|
床屋の回転灯における螺旋構造 2009-5-6 |

| ■上の写真をご覧になって単に古びた床屋さんとは思わなかったことを期待したい。この写真こそ、私が10年来探し求めていたものが写っているからである。ついに日本国内で左ねじりの回転灯(サインポールと呼ぶらしい)を発見した。 一般の回転灯は「右ネジ」を緩む方向に回転させて、螺旋が上昇運動しているように見せる。しかしこれはなんと「左ネジ」ではないか。 5月連休を利用して四国遍路歩きをしているとき、その遍路道で発見した。高知県赤岡町は絵師金蔵の「絵金蔵」で有名だが、28番札所大日寺への遍路道の途中に位置する。前回とは少し違う道を歩いた結果、絵金蔵の手前で見つけた。かなり嬉しかったが、閉店しているのか、回転していなかったのがとても残念。もしかして螺旋が下向きに動いていたら最高に面白かっただろうし、お店に人がいれば、このように回転灯を設置した理由を聞くことができただろう。 ■実は日本以外では、韓国旅行をしたときに既に「左ネジ」の回転灯は見つけた。たまたま旅行で見つけられたので、韓国では「左ネジ」の回転灯は珍しくないのかもしれない。上の写真が裏焼きでない証拠に回転灯をアップにして右下に示す。 |
![]() |
![]() |
| 大邱(デグ)にて (2002−7) | 上の写真のアップ |
| ■床屋の回転灯の歴史は典型的な雑学ネタとして、クイズ番組やネットにその情報は少なくない。代表的な例として以下を参照させていただく。しかし、情報はここ止まりで、これと類似の情報がいろいろとコピーされて流布している。 蘊蓄 床屋はすごい http://jitama47samurai.gozaru.jp/newpage33.htm 赤は動脈、青は静脈、白き包帯ということになっている。そこまでは良いとして、それがどうして日本に伝来したか、なぜヨーロッパでこの回転灯を見ないのか、という私の関心に対して説明するサイトを今日も探した。ところが全く意外なサイト情報を見つけてしまった。「全国理容生活衛生同業者組合連合会」のサイトだから、最も信用していいはずだ。 ……理容店の看板の「赤・白・青」のあの3色は、かつて理容師が外科医を兼ねていたことに起因しています。中世のヨーロッパでは、理容師の仕事は髪をカットしたり髭をシェービングすることにとどまらず、歯の治療や傷の手当てまでを行う「理容外科医」という職業でした。7、8世紀頃には既に職業化していたそうですが、理容の歴史は、後に医学が発達するようになり、外科が医学の分野として記録されるようになった12、3世紀頃から外科医史に登場します。その当時のポピュラーな治療法のひとつに、『瀉血(しゃけつ)』がありました。その様子は、14世紀に出版された「ラトレルの聖詩篇」に描かれていますが、これは「身体の悪い部分には悪い血が集まる」という考えから、その部分の血を抜き取るという治療法でした。 治療に際しては、患部を切開して血を抜き取る際に、患者に棒を握らせ、腕を固定し、そこを伝って受皿に落ちていくようにしていましたが、術後に血のついた棒をそのままにしておくのは衛生上好ましくないとのことから、その棒を赤く塗って使用するようになりました。その棒は、barber-surgeon's pole(理容外科医の棒)と呼ばれ、後にbarber's poleつまり理容店の棒と呼称されるようになったといわれています。 治療が終わった後、洗浄したその棒と傷口に巻いた包帯を店の軒先に干していたところ、風に吹かれてその包帯が瀉血棒に螺旋状に巻き付き、バーバーポールが転じて理容店の看板・サインポールの原形になったと言われています。 後に、1745年にイギリスで、理容師のユニオン(組合)と外科医のユニオンが分裂した際に、外科医は赤白に、理容師は青を加えることが定められたため、理容店の看板が今日の赤・白・青の3色になったといわれています。 この他にも、ナポレオンが最終的敗北を被ったワーテルローの戦い(1815)の際、野戦病院の入口にフランス国旗を旗棒に巻き付けておいたものが、そのはじまりとする説もありますが、年代的にみて「瀉血棒説」の方が確実で信憑性の高いものであるようです。…… ■しかし問題は、「理容グッズの歴史」の年表に示された以下のサインポールの図である。当たり前のように、「右ネジ」「左ネジ」の回転灯が示されているではないか。これでは、このページを書く意味を失ってしまった。では逆に聞くが、当たり前のように「左右のネジ」があった回転灯が、なぜ現在の日本では「右ネジ」だけに統一されてしまったのか。 |

| ■私には、床屋さんの回転灯は遺伝子の二重螺旋に見える。ここで書きたかったのはそのことだったが、上の図を見つけてしまって、すっかりガッカリして意欲を失った。人間の左右感覚のいい加減さはこんなもんだったのか。床屋の看板はみんな「右廻り」だが、遺伝子の二重らせんは「左廻り」だと、左利きとしてつまらない自慢をしたかったのだ。 |