語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2017-11-30 計73語
新着語
蟾蜍(ひきがえる)、一人の人間の頭脳、美に降伏した日本人、悲惨な自然死、美は天国を予感、ピリミジン二重体、非寛容、美人投票、剽取の誤謬、ヒトラーのオペラ鑑賞、ヒエロファニー、緋の衣、

ピアニスト(435)
 ピアノを学習している学生と、ヴァイオリンその他の楽器を習っているものとの間に、実に目立った違いのあることを、最初発見した時、ひどくおどろいた。それは、ピアニストの卵は、たとえ「音楽的素質」が低いものでも、音楽に対しても、それ以外のことに対しても、ほかの楽器学習者より、どこか知的なものがあることである。簡単にいえば、ピアノのうまい学生は、ほかの学科の成績も一応それにバランスしている。ところがヴァイオリニストとなると…。

ビアノの蓋(249)バックミンスター・フラー
 あなたの船が難破して、救命ボートも全部なくなってしまったとする。その時、うまいぐあいにあなたを水に浮かべるだけの浮力のあるピアノの蓋があれば、偶然の救命具になるだろう。だからといって、救命具の最良のデザインがピアノの蓋の形だというのではない。ただ昨日偶然に考えたにすぎない工夫を与えられた問題の唯一の解決法と思い込む点で、われわれは、たいへん多くのピアノの蓋にしがみついていると思われるのだ。

ビアルニ(67)
986年、コロンブスに先立ってアメリカ大陸を発見。「赤毛のエリク」と呼ばれるバイキ ングがグリーンランドに植民した後、エリクの友人の子ビアルニがグリーンランドに渡る つもりで、たまたま漂流してノバスコシアか、ニューファンドランドに到達したと考えら れる。

フィラエ島(221)p.30
古代エジプト最後の王朝、マケドニア出身のプトレマイオス王朝の王たちが美しいイシス神殿を建てたナイル上流ヌビアの島。母の神であるイシス信仰は、エジプト外へ広がり、ローマを経てマリア信仰につながる。

非有もなかった(445)
 『リグ・ヴェーダ』…その内容は、宇宙にいまだなにものもないとき、原水があり、それから思考作用などが出現し、世界創造がなされる。というものである。その創造の神秘についてはなにものも知らない。その不可思議さに対する驚きを余韻として、詩人はこの讃歌をしめくくる。…そのとき、非有もなかった。有もなかった。空間の領域もなかった。その上の最高の〔領域〕もなかった。いかなるものが按撫したのか、いかなるところで、いかなるものの保護において、そこしれぬ深い水は在ったであろうか。…太初には暗黒が暗黒によっておおわれていた。この〔世の〕すべてのものは、しるしをもたぬ水であった。空虚によっておおわれて発達しているものである、あのただ一つなるものは、熱力のカによって生まれた。

ピエモンテ(138)  
ピエディ・ディ・モンティ(山々の足)を語源とする。スイス・フランス・アルプスの 南、ロンバルディア平原へ至る丘陵地帯。小国サルディニア王国であったが、近代イタリ ア統一を成し遂げた。トリノを中心とし、バローロやバルバレスコの故郷でもある。

 ■ヒエロニモス・フォン・コロレド(31)
ザルツブルグ大司教。モーツァルトに対して、最も荘厳なミサ曲でも45分を越えてはな らない、しかも楽器は全てを使って作曲することを命令。その他、その才能を理解せず、 ザルツブルグに生まれたモーツァルトを、他の地に走らせる原因となった。

ヒエロファニー(398)
 「聖なるものの顕現」…キリスト教の聖地では、まず古代宗教の供犠の場と関連するエルサレムの「岩のドーム」や「地の果て」のメタファーに接続するコンポステーラがあげられる。キリスト教聖地の前身として、イランのミトラス教やケルトのドルイド教の聖所をみることも多い。…このように、広範囲に聖地の習合と連続性を追跡することができよう。また聖地には、単宗教だけの聖地は少なく、むしろ同一聖地を複数の宗教が棲み分ける場合がみられる。
 未開社会の原始・自然宗教を基底にしたヒエロファニーの祖型が、その後の歴史的な「高度宗教」 の解明に有効な概念となることである。…キリスト教を例にとれば、「受肉」 の秘儀をはじめ、「十字架」や「聖母崇拝」さらに「巡礼」 の様相などに、その痕跡をみることができよう。
 世界的な歴史宗教の聖地には、現在も異教的な母体の 「聖なる空間」がひそんでいる。その現存は、一面、未開宗教のヒエロファニーと等質の構造をもつことを証するものであろう。いわば、原始キリスト教とくにローマ教会は、一方では地中海世界の祭儀に距離をおきながらも、他方ではヒエロファニーに象徴される自然宗教と啓示宗教の統合に努めてきたともいえよう。

ヒエロファニー(475)
 エリアーデは、宗教の基盤をなす秘儀としての「聖体験」を、独自に「ヒエロファニー」と名づけている。いわゆる、「聖なるもの」が、「俗なるもの」の諸事物の中に自らを現し、それを「まったく別のもの」に変えることである。この相反する他者的なものが、「聖」の弁証法によって高次に合一化される。それは、聖の特殊性格ともいえるパラドクシーの表象でもある。たとえば、自然の木、石、水、日、月、大地などの形態が、ヒエロファニーによって空間と時間の均質性を失い、新たに「中心」と「再生」のシンボルとして永遠性と創造力の源泉となる。
重要な論点は、未聞社会の原始・自然宗教を基底にしたヒエロフアニーの祖型が、その後の歴史的な「高度宗教」の解明に有効な概念となることである。…キリスト教を例にとれば、「受肉」の秘儀をはじめ、「十字架」や「聖母崇拝」さらに「巡礼」の様相などに、その痕跡をみることができよう。…原始キリスト教とくにローマ教会は、一方では地中海世界の祭儀に距離をおきながらも、他方ではヒエロフアニーに象徴される自然宗教と啓示宗教の統合に努めてきたともいえよう。

ビオゴン型(191)  
第二次大戦後の新レンズに関する最も重要な発明の一つは、逆望遠を2個背中合わせに して歪曲を極限まで低減したレンズ。航空写真用に用いられたが、ツァイスのベルテレは これを超広角レンズにした。それがビオゴンである。その延長がシュナイダーのスーパー ・アンギュロンであり、、1966年のツァイスのホロゴンである。

ビオディナミ(319)
バイオダイナミック、日本語でしいていえば有機農法ということになる。…ビオディナミのワインには、飲んでいると酔っていきながらも同時に覚醒させるような、独特の酔い心地がある。…こういったワインに出会ったのは、…ボージョレのドメーヌであるマルセル・ラピエールの「モルゴン」を飲んだのがきっかけだ。

光の教会(426)
「まぁこの教会の名前をですね、『茨木春日丘教会』いう名前がついてるわけですけども、われわれ事務所では『光の教会』って呼んでるんですよ。あの、十字架の形をした光が聖堂のなかへ入ってくる。そういう象徴的な十字架という形と、光というものと、その二つでまあ『光の教会』というふうに呼んでるんですけどね」と軽込牧師を前にして水谷は切り出した。「ああ、はい、なるほど」と牧師。「光の教会」なんて、なかなかいい名前ではないか。それで、この十字架のところ、ガラスを入れなかったら、もっとキレイな光が入ってくるんじゃないかと(苦笑)、ちょっと、言ってるんですけど」

ピカレスク(190)
ピカロ的。黄金時代のフィリーペ二世のスペインに出現した社会の底辺で特異な生き方を する人々で多くの文学に描かれた。怠惰なならず者。体面だけを取り繕う社会生活や、新 世界発見に伴う繁栄の幻想から逸脱し、社会の寄生虫であることに誇りや羨望を感じると いう屈折した生き方。

非寛容(497)
 およそ古今東西、宗教で寛容などを言い出すときは、まずその宗教がすでに熾烈な生命力を失い、単なる伽藍宗教か儀式宗教という形骸に堕し去ったときだと思ってよい。困ったことだが、ある意味で非寛容ということは、生きた宗教の宿命だといってもよい。異教徒たちの善は、神の前に悪であるといった聖アウグスチヌスの激しい言葉を思い出さないわけにはいかないのだ。

蟾蜍(ひきがえる)(564)太宰
  そしてその翌日も同じ事を繰返して、
  昨日に異らぬ慣例に従えばよい。
  即ち荒っぽい大きな歓楽を避けてさえいれば、
  自然また大きな悲哀もやって来ないのだ。
  ゆくてを塞ぐ邪魔な石を
  蟾蜍(ひきがえる)は廻って通る。
上田敏訳のギイ・シャルル・クロオとかいうひとの、こんな詩句を見つけた時、自分はひとりで顔を燃えるくらいに赤くしました。(それが、自分だ。世間がゆるすも、ゆるさぬもない。葬るも、葬らぬもない。自分は、犬よりも猫よりも劣等な動物なのだ。蟾蜍。のそのそ動いているだけだ)


引き裂かれた少女(393)
 リーザは二人いる。「リーズ」と「リーザ」である。本名はエリザヴュータ(口語形はリザヴュータ)。ロシア語の愛称はリーザ、フランス語の愛称がリーズ、これが正しい理解である。リーザははじめ、リーズとして登場する。会話のなかでも地の文でもリーズである。ところが驚くべきことに、作者はある時点でリーズと呼ぶことを諦める。それはいつの時点なのか、理由は何なのだろうか。

ピクト人(118)  
スコットランドの起源となるアルバ王国を紀元前に作った民族。ピクトグラムの語源と なる。絵や記号でコミュニケーションしていたと見られる。

ピコ・デラ・ミランドラ(187)  
フィチーノと同時期に古代異教をキリスト教的に解釈しようとしたルネッサンス思想家。 その美貌と夭逝によって、独特の雰囲気を漂わせる。

ピサの斜塔(18)  
1174年に着工以来、最初から北に傾いている。1991年現在の傾きは5.7度。 一方では最近の地面がずぶ濡れになるほどの激しい雨で塔がまっすぐになり、地中のコン クリ―トブロックに結合された傾斜鋼ケーブルで一時的に安定したことが1991年に報 告されている。(本当?)  

悲惨な自然死(516)
 専門家としてヌーランドは、「はじめに」の所で「私自身、人が死に行く過程で尊厳を感じた例に出会ったことはほとんどない」と主張し、エピローグにおいても「臨終の瞬間は概して平穏で、その前に安楽な無意識状態が訪れることも多いが、この静けさはつねに、恐ろしい代償とひきかえでなければ得られない」と言っている。つまり、「自然死」のほとんどが悲惨なものであり恐ろしいものであるにもかかわらず、世間にはなぜか、「穏やかな自然な死」とか、「眠るような老衰死」という神話のようなものがあるが、それは間違った思い込みであることを問題にしているのである。そして、三十年にわたって約九千人の患者をみとった医師として、「尊厳のある平穏な自然死」という希望はほとんどの人の場合に望めないこと、そして、正に千差万別の仕方で肉体的精神的に耐え難い苦しみを経由してでない限り死は訪れないことを知っておく必要があると言うのである。

ヒシムスンダ(?)  
2000-3-18にやっと意味が分かった。ヒシムスンダという魅力的な語感が耳に響き続けていたが、シヒスムンダが正しい。セルバンテスの奇書の「ペルシーレスとシヒスムンダの苦難」のヒロインの名だ。本箱の隅にあった。

ピジャージュとルモンタージュ(358)
 「ピジャージュ」(米:パンチング・ダウン)……赤ワインのアルコール発酵中、発生する炭酸ガスのためにワインの表層に浮かんでくる果皮や果梗を棒状の器具でワイン中に沈める作業。これによりバクテリアの活動を抑制し、果皮や種子、果硬からより多くの色素やタンニン、香味成分を抽出可能になる。(ピノ・ノワールで用いられる)
 「ルモンタージュ」(米:ポンピンク゜・オーバー)……発酵中にワインの表層に浮かんでくる果皮や果硬から色素やタンニン、香味成分を抽出するため、発酵タンクの下部からワインを引き抜き、ポンプにより果皮の上にワインを循環させる作業。色素の濃い葡萄品種に用いられる。(カベルネ・ソーヴィニョンで用いられる)


毘沙門天(143)  
持国天(東)、増長天(南)、広目天(西)、多聞天(北)の須弥山を護持する四天王 のうち多聞天は単独に毘沙門天として表現される。

ビジョン・イングリッシュ(283)
中国語なまりの英語。

ピジン語化(8/1TV3)
外来語との混成による新造語。これが混成であることが意識されないようになることを クレオール語化という。

ピジン手話(222)p.102
手話は言語の単語あるいは形態素に対応した手指記号をつづるものであるが、聾者間で慣用されている伝統的手話(「お父さん」「帰る」「まだ」)と、特定の言語に対応する体系的手話(「お父さん」「は」「まだ」「帰る」「ない」)の二種がある。近年これがピジン化してきている。(「お父さん」「まだ」「帰る」「ない」)

美人投票(492)
 だがそれ(ある事件)によって彼(専門家)は株価は上がるとか、下がるとか、単純には決定しない。彼が考えることは、この事件を大衆はどのように考えるであろうかを考えるのである。そうして大衆が、この事件は予想利潤率を上げるに違いないと考えるとき、彼は株価を引きあげ、それによって売ってくるものに対してはいくらでも買い、買ってくる者に対してはいくらでも売っていく、という行動をとっていく。
ここにケインズの大衆社会を見る目がにじみ出ていることに注意する必要がある。それはあたかも美人投票の原理と同一である。いく人かの候補者がいて、大衆がこれに対して誰がいちばん美人であるかを投票する。そしてその結果一位になった人に投票した人たちの中から、抽選で何人かに賞金、賞品が贈られる。この場合投票する人はどのように考えるであろうか。市民社会の論理であったならば、ひとはひと、われはわれなり、かくて自らの判断にしたがって美人と思う人を選ぶであろう。だが、美人投票の場合、彼はそのようなことを行わない。彼はみんなは誰を美人と考えるであろうかと思って投票するに違いない。


ビストゥン摩崖碑(129)  
17世紀からヨーロッパ旅行者によって、その存在を知られていたイランの街道すじの 岩山に彫られた楔型文字の大碑文。これがアケメネス朝ペルシャのダリウス1世のもので あると解読したのがローリンソン。

非生産的労働(430)スミス
 社会のもっとも尊敬すべき階級のなかのあろ者の労働は、家事使用人たちの労働とおなじように、なんの価値をも生産しないし、また、労働が終ってしまったあとも持続し、あとになってからそれと引換えに等量の労働を獲得できるような、なんらかの永続的な対象物または販売しうる商品のかたちで、固定されたり具体化されたりはしない。
 たとえば主権者、かれに奉仕する司法や軍事にたずさわる官吏や、また全陸海軍人などは、ことごとく不生産的労働者である。かれらは公共社会の使用人なのであって、他の人々の勤労の年々の生産物の一部によって扶養されている。…かれらのサーヴィスは、どんなに名誉あるものであろうと、また社会にとってどんなに有用で、かつ必要なものであろうと、あとになって等量のサーヴィスをそれと引換えに入手できるような物を生産することはない。国家の保安、安全、防衛などの本年のサーヴィスは、それによって来年一年間の国家の保安、安全、防衛を買いとることはできない。

ビーダーマイヤー(119)  
いつの時代でも、先行する時代に対していくらか蔑んだ調子で名前を与える。ゴチック 、マニエリスム、バロックがそれである。ビーダーマイヤーとはウイーンの詩人が創作し た実直で虚勢を張らない学校教師としての架空の名前である。メッテルニヒのウイーン会議から三月革命までの、それ以前のナポレオン好みの豪華で 儀式ばったアンピール(Empire)様式が、平和を取り戻した市民社会で、簡素で機能的な様 式に変化した時代。

左利きの大脳(266)ロペール・エルツ(吉田禎吾訳)p.143
ブローカは「われわれの大脳が左利きなので、われわれは右利きなのである」と述べている。つまり右手の優位は精神中枢の非対称的構造に基づいているのであって、その原因は何であれ明らかに有機的なものであるという。
…この右手と大脳に関する二つ現象のうち、どちらが原因でどちらが結果なのであろうか。「われわれが右利きだから大脳が左利きなのだ」と、ブローカの主張の因果関係を逆転させることを何を妨げているのだろうか。


悲嘆と破損(190)  
ドン・キホーテの食卓に現れた料理。当時の多くの文学書に出現するが、現代に残る料 理書には記述がないために、どのようなものか、センバンテス研究者を悩ませてきた。肉 食節制の土曜日に食べられたので、卵か内蔵肉か脳味噌の料理か。その名前から肉体を砕 き、その形態が悲惨な材料であったと推定され、卵と脳味噌のオムレツとか、塩豚の卵あ えといった解釈が行われている。

(303)ヘルマン・ヘッセ
私の心よ おまえも おまえ自身を慰めるがよい
おまえのあこがれがどんなに激しくおまえを悩まそうと
おまえを母のようにやさしく抱きしめてくれる夜が近づいているのだ
ひとつのベッドが ひとつの柩が 安らいを知らぬこの遍歴者のために
見知らぬ人の手で用意されるだろう
その中でおまえはついに休息するのだ

羊の木(112)  
実の代わりに背中で吊るされたままの羊を生らせる木。始めて新大陸から綿花を得たと きに、ヨーロッパ人が理解し、信じたイメージ。 

羊の目(271)指輪物語
ビルボ「リンディアよ、人間とホビットの区別がつかないというなら、あんたの鑑定眼も、思ったほどのことはないらしいな。両者の違いたるや、豆とリンゴほどあるよ。」リンディア「そうかもしれぬ。羊の目には、ほかの羊はたしかにちがって見えるものよ。」


否定の道(189)  
エックハルトを始祖とするドイツ神秘主義をローマ法王の枢機官という立場でありなが ら突き詰めたのがニコラウス・クザーヌスであった。否定と無知とを介してのみ神に触れ うるという否定神学を確立した。後の世代に強く影響を与え、異端とされる教義であった が、本人は最後までカトリック内部からの改革を試みた。

ビテッサの煙突(167)
 ビッテッサのフィルム巻き上げシャッターチャージ用シャフト。シャッターにしては長すぎる棒。おなじく蛇腹の両開き前カバーはガマグチと呼ばれた。

人の口に入るもの(370)アルケミスト
 「ここではぶどう酒は禁じられているのではありませんか?」と少年は開いた。「悪いのは人の口に入るものではない」と錬金術師は言った。「悪いのは人の口から出るものだ」 錬金術師は少し威圧的だった。しかし、少年はぶどう酒を飲むと、気持ちがゆったりとした。食べ終ってから、二人はテントの外にすわった。月の光がこうこうと輝いていたので、星の光ははっきりと見えなかった。

ひとのもと救霊会(456)
 農業・工業・商業から政治・哲学・宗教へとつらなる下部−上部の連関は、積木細工のように上下に重なっているのではなくて、回帰的な円環構造をとっていると認めざるをえないということでありました。…、天皇制というものが、この日本社会の上部構造の最先端にあると目されるものなのでありますが、残念ながらそれはローマ教皇の位置と権威には相当せず、天皇制を支える神道理念は、先端まで行った所で、ふわっと、農村の自然崇拝とその日々の感情生活へと解体されるのであります。
 下部底辺・上部頂点の癒着せる神ながらの道は、戦闘的な要素など殆んどもたないものであり、礼儀正しく、清潔を好み、常に微笑して温和な−−他の文化圏の人々にも、満州事変のおこるまでは美徳として称揚されていた日本人の性質は、すべて本来の神ながらの道に属するものなのであります。同時にそれは、流血をともなわぬ第二、第三革命のための絶好の条件なのであります。ひのもと救霊会の信仰と運動には、国体という型に虚構化される以前の、信仰が同時に労働であり、信仰の改変が直ちに生産関係のありかたの改変につらなる、本来の神ながらの道が存狂すると、私(中村鉄男)は認めます。


ヒトラーのオペラ鑑賞(480)
 ヒトラーにとって作曲家としてのマーラーは(ワグナーの直系であるはずだが)どうでもよく、当時大人気のリヒヤルト・シュトラウスにも眼もくれなかった。ワグナーがすべてであり、クピツェクとともに(四ヶ月間で)ヒトラーの一番好きな『ローエングリーン』だけでも十回は宮廷歌劇場で聴いたそうだ。クピツェクは、そんなヒトラーのワグナー崇拝をうまく表現している。
…彼の場合ワグナーを聴くということは、普通の人が劇場に通うということを意味するのではなく、彼はリヒャルト・ワグナーを聴くことによって陥るあの異様とも言える興奮状態に身を置き、あの自己忘却へ、あの神秘的な夢の国へと漂浪するのであり、彼の爆発的気性の凄まじい緊張に耐えるためには、そうしたことが必要だったのである。

ヒトラーのかんしゃく(359)
 大の男をその席で震え上がらせ、そのパンツを滞らしてしまうような恐怖を与えるのは、残忍な暴君によく見られることであり、トスカニーニこのやり方は、アドルフ・ヒトラーがその権力を行使した恐ろしい怒りに、胸が悪くなるほどよく似ていた。…狂暴な悪意にみちた興奮状態に群衆をわきたたせること、あるいは、現にチェコスロヴアキアのかよわいハッカ大統領を心臓麻痔に追い込んだように、敵対しそうな者を麻痺させることが、冷酷に計画されていた。ヒトラーのかんしゃくは、精神分析学着たちからは、母親に言うことを聞かせることを目的とした「子供の武器」だと解釈されてきた。彼は、特定の人間とは関係をもつことができず、顔のない大衆としかつきあえないという点で、トスカニーニと共通していた。

独り言(351)ファインマン
 11、2歳のときだったことは間違いない。−−「けど、考えることは独り言を言っているのと同じだよ」と私が言った。すると、ベニーが、「そう? 自動車のクランク軸の妙ちきりんな形を知っている?」「じゃあ聞くけど、独り言ではクランク軸はどう言うの?」 こうして私はベニーから考えは言葉にするだけでなく眼に見えるようにすることもできると教えられたのだった。

一人の人間の頭脳(555)シュレージンガー
 われわれは、すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望を、先祖代々承け継いできました。学問の最高の殿堂に与えられた総合大学(ユニバシィティ)の名は、古代から幾世紀もの時代を通じて、総合的な姿こそ、十全の信頼を与えらるべき唯一のものであったことを、われわれの心に銘記させます。しかし、過ぐる100年余の間に、学問の多種多様の分校は、その広さにおいても、またその深さにおいてもますます拡がり、われわれは奇妙な矛盾に直面するに至りました。われわれは、今までに知られてきたことの総和を結び合わせて一つの全一的なものにするに足りる信頼できる素材が、今ようやく獲得されはじめたばかりであることを、はっきりと感じます。ところが一方では、ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまったのです。この矛盾を切り抜けるには(われわれの真の目的が、水久に失われてしまわないようにするためには)、われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手を着けるより他には道がないと思います。


ビナコテカ(213)
イタリアで絵画館のこと。ドイツではピナコティーク。

■美に降伏した日本人(554)
来日後、日本人一般に関しても、「日本人の眼と手の両方ともが、自然から美を伝授された」(『日本への旅人』)とか、「ヨーロッパでは多くの国々で、国民皆教育と国民すべてのための軍事教練が行われているが、日本に存在するような、国民すべてに行きわたっている美意識のこのような修錬は他のどこにも見あたらない。ここでは、国民全体が美に降服してしまっているように見える」(同上)と言っている。
 タゴールは第1回訪日の際、主として横浜三渓園に滞在していた。その三渓園を日曜毎に訪れて来る多数の男女が、そこの自然美と静謐さに融け込み、生き生きと調和している姿を見、しかもかれらが芸術家という特殊な人々ではなく、労働者階級一般であることを知って、他の国々にない光景であると深い感動を覚える。これに関連して、「美に対するこの深い感情、この静かな完成感こそが、かれらの日常行動の中で、様々な仕方で表現されている」 と言っている。


悲の器(454)
 罪人偈を説き閻魔王を恨みて云えらく、何とて悲の心ましまさずや、我は悲の器なり、我に於いて何ぞ御慈悲ましまさずやと。閻魔王答えて曰く、おのれと愛のアミにたぶらかされて、悪行を作りて、悪行の報いを受くるなり。−−源信「往生要集」

緋の衣(474)
これは、枢機卿を意味する。緋の衣、そして赤い帽子は、「教会の君主たち(イ・プリンチピ・デッラ・キエーザ)」といわれた、ローマ・カトリックの教会で法王に次ぐ地位を誇る、枢機卿たちの代名詞なのである。「三重冠」が法王を、そして「紫の衣」が皇帝を意味するように。

火の指輪(275)指輪物語
キアダン「あなたの任務は困難なものとなりましょうが、これはあなたが自ら負われた仕事に倦み疲れられた時、あなたを支えるものとなりましょう。なぜならこれは火の指輪であり、あなたはこれによってしだいに冷えていく世界の人々の心をふたたび燃え立たすことができるからです。わたしのことなら、わたしの心は海とともにあり、最後の船が船出するまで、わたしはこの灰色の海辺に住まうのです。あなたをお待ちしています。」

ピノ・ノワール(358)
 この非常に気難しい、冷涼な気候を好む葡萄品種は確かにブルゴーニュの限られた斜面でのみ、その繊細な美しさを発揮し、「神の約束の地」でのみ花開くことが許されているように思われました。実際、1980年代前半においても、ピノ・ノワールは世界中のさまざまな土地に植えられて、同名のワインとなっていましたが、それらは実際にはブルゴーニュの秀逸なワインからは程遠く、色調の薄さからなんとなく「ピノ・ノワールかも知れない」と想像される程度でした。

美は天国を予感(514)
 彫刻は、11世紀にフランスで復興した。そしてやがて、クリュニーの修道院長たち、つまり聖フゴと尊者ペトルスとによって、思想を最も強力に補助するものとして採用された。彼らは、アキテーヌ、ブルゴーニュ、プロヴァンスからさらにスペインにいたるまでの地域に、彫刻を普及させたのである。…彼らは、芸術の力を信頼したのである。
…聖ベルナルドゥスが彼の支配下にある聖堂から装飾をすっかり取り払ってしまったその頃、尊者ぺトルスの方は、柱頭を刻ませティンパヌムを彫らせたのだった。簡素と厳しさとを熱心に説いたあの聖ベルナルドゥスの雄弁をもってしても、美は危険なものだということをぺトルスに納得させるにはいたらなかったのである。彼は、それとは逆に、聖オドも言ったように、美は天国を予感させるものであると考えたのだった。芸術愛は、クリュニーの偉大さの一つをなすものであった。


ヒプソメトリック・カーブ1(216)
ウェゲナーの大陸移動説の1つの証明。地表と海底面の高さ分布が海面上と海面下の2つのピークを示すカーブ。海底地殻の上に別の組成の大陸地殻が乗っていると考えるとこの二つの山が説明がつく。

ビヤークネス(179)
 ノルウエーの気象学者。1919年に「移動性低気圧の構造」という論文で、寒気と暖 気がぶつかって低気圧に発達する様子を戦争の最前線になぞらえて前線と呼んだ。近代気 象学の基礎の理論となった。

白毫相(147)  
白毫とは釈迦の眉間の白い毛のこと。源信は極楽浄土を願い求めよという。それが想像 できなければ阿弥陀仏を想像せよ、それすらも困難であろう。そのときに白毫だけなら想 像できるだろう。そこの輝く光を想像できればいいのだと考える。

非ユークリッド幾何学(244)
ユークリッドの「原論」における「平行線の公理」(直線外の一点を通り、この直線に平行な直線はただひとつである)を証明しようとする努力はまったく別り幾何学を誕生させた。ユークリッドのこの公理を否定しても矛盾のない幾何学の創造であった。ロバチェフスキーとボヤイは「直線の一点を通り、この直線と交わらない直線は無数にある」という公理を採用して「双曲幾何」を構築した。このとき三角形の内角の和は180度より小さくなる。一方リーマンは「直線の一点を通り、この直線と交わらない直線は存在しない」という公理をもと、今度は三角形の内角の和が180度を越える楕円幾何を構築した。

ヒューゴー・エッケナー(61)
シェッペリン飛行船の共同開発者。ライカによる航空写真を残す。昭和4年にツェッペリンが 来日したときにエッケナーの手にあるライカを目にして、これに興味を持ち、物を売り払 ってライカを手に入れたのが木村伊兵衛である。 エッケナーにライツはno.10,000のボディを寄贈する。
no.25,000 はスウェン・ヘディン
no.575,000 はシュバイツァー
 no.666,666 はエドモンド・ヒラリー
no.750,000 はアンリ・カルティエ・ブレッソン


ヒューズ(181)  
ある荷重になったら破断することなく曲がってしまうように特定の部品を設計する。シ ステムの中でどこをヒューズとするかということは設計の大きなポイントである。ところ が特殊条件試験である部品が破損したことから、この部品に欠陥があると指摘する試験担 当者は多い。ヒューズが切れたといってヒューズの欠陥があると指摘する人間はいないの に。  

ヒュームの法則(253)  
ヒュームは、事実命題「○○である」と規範命題「××すべし」を区別し、後者は前者から導けないとした。これがヒュームの法則である。さらに20世紀初頭のムーアは、進化倫理学を批判して、還元不能な価値を自然主義で説明すること、たとえば善や道徳の根拠を人間の生物的な特性に求めるというような行為を、自然主義の誤謬と名付けた。

ピュロスの勝利(419)
 古代ギリシャの王ピュュロスが莫大な犠牲を払ってローマに勝利した故事から、割に合わぬ勝利のこと。

表現の節約(120)  
「いかなる音楽家もこれほど僅かな音でこれほど多くを表現しはしなかった。この音楽 的繊細さの頂点がイタリア歌曲集である。このきわめて微妙な声楽的室内楽の中には最小 の表面にも最大の緊張がある。」ヴィテニシュックのフーゴー・ヴォルフへの評。

表現は信用できぬ(408)原口統三
沈黙した精神を、あらゆる汚穢と非礼と、無節操との混沌の中から洗い上げて立ち上がらせること。という意味は彼にとって自死以外のなにものでもなっかたのか。

剽取の誤謬(487)カント
 「感性的なものと悟性的なものに関する、形而上学の一切の方法は、主としてつぎの規定に帰着する。感性的認識固有の原理が自己の限界を越えて悟性的なものを触発しないように、細心に注意さるべきこと。ところで、感性的概念を悟性的徴表であるかのごとく偽装することによる悟性の欺瞞は、窃取の誤謬といわれうるから悟性的概念と感性的概念との交換は、窃取の形而上学的誤謬であろう。」
…要するに、もろもろの「形而上学の夢」を生みだし、あい対立する主張の救いがたい対立にひとをまきこむ「悟性の幻影」は、悟性的概念と感性的概念とのとりちがえ、もうすこし具体的にいえば、悟性的概念である述語に、空間・時間に関係する感性的概念である述語が誤って付けられること(あるいはその逆)によって生ずる、というわけである。


剽窃(427)
 黄禹錫教授の研究に捏造と偽造は確認されたが剽窃の疑いはない。

表定速度(150)  
列車が、停車時間を除いてその全区間を走行する時間から求められる平均速度。列車の 実速度は500mおきに設けられたキロポストを用いる方法があるが、戦前はレールの長 さが10mに統一されていたので、36秒間に聞こえる継ぎ目の音の数が60なら時速6 0kmと分かりやすかった。

ピラタス・ポーター(117)  
日本の南極越冬隊も使った極地用軽飛行機。フェアバルトシュテッテ湖のリギ峰の向か いピラタス峰に本社がある。エミール・ウイックのヒマラヤ飛行が著名。水平尾翼が壊れ たら、垂直尾翼を外して付け替えられるように、その垂直尾翼は無骨な長方形である。

ピリポの右手(259)
レオナルドの「最後の晩餐」でイエスが、この中に裏切り者がいると言った瞬間、使徒ピリポの胸に当てられた両手には、前のめりになってイエスのほうに身を乗り出し、切なげに顔を傾けて、わが身の潔白を訴える彼の心情がみごとに表されている。このピリポの右手はすでに「白甜を抱く婦人の肖像」に表されている。そしてさらに「モナ・リザ」の右手へと発展するもので、レオナルド作品の中でも特に重要なモチーフである。

ピリミジン二重体(512)
 ヒトのDNAには一日に細胞あたり約7万2000個の傷が生じ、1万個の塩基が失われるといわれている。これが本当ならば、100歳になるときまでに全DNAの約10%が失われる計算になる。しかし、DNAの傷害の大部分は、修復酵素が働いて正常に戻される。
…太陽光は細胞に損傷を与え、皮膚を老化させ、皮膚ガンを引き起こす。現に太陽の照射量が多くなる赤道近くに住む白色人種ほど、皮膚ガンの発生率は高くなっている。これは太陽光に合まれる短波長の紫外線による。紫外線がDNAに照射されると、DNAの同じ鎖上でとなり合った2つのチミンどうしやシトシンどうし、あるいはチミンとシトシンがお互いに手を結びあった形のピリミジン二重体が形成される。


ビル・ジョイの法則(468)
 サン・マイクロシステムズの共同創業者、ビル・ジョイが1990年のインタビューでぽろりと漏らした言葉は、コース理論(コースは画期的な論文「企業の本質」にしたためて1937年に発表した。企業は、時間や手間や面倒や間違いなどの取引コストを最小にするために存在する、と言ったのだ。)の欠点を突いていた。「いちばん優秀な奴らはたいていよそにいる」という彼の言葉は、いまでは「ビル・ジョイの法則」として知られている。彼が言わんとしたのは、取引コストの最小化を優先すると、もっとも優秀な人材とは一緒に仕事ができない、ということだった。
 ジョイの言葉は、コースのライバルだったフリードリヒ・ハイエクの理論をいま風に言い直したものともいえる。コースが統制された組織の存在理由を説明しようとしたのに対し、ハイエクは逆のことを唱えていた。1945年に発表された「社会における知識の利用」いう論文で、ハイエクは、知識が人々のあいだで不均質に分散していると述べ、統制され計画的に協調された組織は分散した知識に手を伸ばすことができない、と主張した(それができるのは自由市場だけ、というのが彼の持論だった)。


ピルトダウン原人
1910年代サセックスのピルトダウンの洪積層からホモ・サピエンス系統の最古の系 統の人類の頭骨が発見されたという考古学における世紀の詐欺事件。それが偽造であるこ とが証明されるには43年かかった。この真偽の議論によって結果的に古代人類学の発展 に寄与した。

ピルトダウンの発掘者(348)
 チャールズ・ドーソン(1864--1916)…アマチュア地質学者で、アクフィールドに事務所をもつ事務弁護士。ピルトダウン人骨の第一発見者。彼が管理人をしていたバーカム荘園(マナー)に通じる並木道にある浅い溝の礫層が発掘地である。
 アーサー・スミス・ウッドワード(1864--1944)…ドースンと自身によるのピルトダウン発掘物から復元頭蓋を製作し、現生人類と類人猿をつなぐ、未発見の最古の人類であると信じた、当時大英自然史博物館の地質学部長。


ヒルベルトのホテル(357)
 無限よりも小さいはずのものがやはり無限になるというのは、いったいどういうことなのだろうか? ドイツの数学者ダーフィト・ヒルベルトはこう述べた。「無限! 人間の精神をこれほど深く動かした問題はかつてなく、人間の知性をこれほど豊かに刺激した概念もかつてない。そして無限という概念ほど、今後解明の待たれるものもないのである」 …偶数の集合を考えてみよう。直感的には、自然数から偶数だけを取り出したものは無限よりも小さくなりそうだ。しかしカントールの定義によれば、これもやはり無限なのである。
 ヒルベルトは、ヒルベルトのホテル″の名で知られる例を作り、無限がもつ奇妙な性質をわかりやすく示した。この架空のホテルは、部屋数が無限だというたいへんに魅力的な性質をもっている。ある日このホテルに一人の客が到着し、部屋数が無限であるにもかかわらず満室と聞いてがっかりする。フロント係のヒルベルトはちょつと思案したのち、なんとかお部屋をご用意いたしましょう、と言った。


広井勇(282)
内村鑑三は昭和3年の日記に書いた。「同窓同級の友、東京帝国大学名教授工学博士広井勇君が永眠した。…50年前に彼と同時にバプテスマを受け、共に福音宣伝の為に働かん事を誓いしも、彼は日本第一の築港学の権威となり…」 お雇外国人でさえ成し遂げられなかった極寒、波涛の小樽に大堤防を築くことに成功する。土木技師・青山士の恩師。

品がある(290)
マナーは他者の視線が自己に向けられることを前提にしており、他者の視線のなかで適切なふるまいをすることを要求する。超自我は適切なふるまいを要求する他者を自己のなかに取り込み、他者の視線と自己を一致させようとするのである。したがって、自立しているとは、意識せずに適切なふるまいのできることであり、自由にふるまいながら他者を傷つけない人は「品がある」という評価を受けるのである。

ピン製造業(430)
 『国富論』と「分業」とは切っても切れないほど不可分に結びついている。スミスは「分業」がどんなに人間の勤労(インダストリ)の、また生産力の、上昇と飛躍に役立つものであるかについて、具体的な例としてピンの製造工場のばあいを説明している。いくつかのスミス伝によると、スミスは幼いころ、その郷里のカコォディの町にあった製釘工場に眺め入っていたという。
…「分業の結果、おなじ人数のものがつくり出すことのできる仕事の量がかくも大きく増加するのは、三
の異なる事情にもとづくものである。第一は、個々の職人の技能の増進、第二は、ある種の仕事から他の仕事へ移るばあいにふつうは徒費される時間の節約、そして最後に、労働を促進し、短縮し、しかも一人で大勢のものの仕事がやれるようなさまざまな機械の発明にもとづくのである。第一に、職人の技能が改善されるので、かれのなしうる仕事の量は当然に増大する。分業は、各人の仕事を単純な一つの作業にしてしまい、またこの作業がその人々の生涯の唯一の仕事になってしまうのだから、職人の技能は当然のことながら大いに増進される。…

ヒンデンブルグ号(309)
1930年代半ば、ユンカースJu−52旅客機は、搭乗乗客わずか17人、飛行距離も1000キロメートル余りであった。それに対してツェッペリンLZ−129ヒンデンブルグ号は50名の乗客を1万3000キロメートル彼方まで運べた。当時は豪華客船が大西洋を4日間で横断していたが、ヒンデンブルグではわずか2日足らずだ。

ヒンドゥイズム(445)
 インドにおける宗教・思想・文化の複合体を(漠然と)「ヒンドゥイズム」(ヒンドゥー教〉とよぷ。…「ヴェーダ」はヒンドゥイズムの母胎であるといえる。しかしヒンドゥイズムは、「ヴェーダ」の宗教や思想の単純な発展系形ではない。…その分類方法の一つを例としてあげれば…
・「ヴェーダ的なもの」/「ヴェーダ」の権威を絶対なものとなし、その伝統を堅持する宗教・思想。たとえば、顕著な例としては、グプタ王朝(320年以後〉の時期に体系化された、正統バラモン系統の思想。(ブラフマニズム)
・反「ヴェーダ」的なもの/「ヴェーダ」の宗教や思想に対し批判的である宗教・思想。たとえば、仏教およびジャイナ教や、仏教成立当時に輩出した自由思想家たち(仏教からみて異端の思想をとなえた六人のきわだった自由思想家が存在したので、かれらはしばしば六師外道とよばれる)の宗教・思想をいう。
・ なかば「ヴェーダ」的なもの/「ヴェーダ」の影響を強く受けながらも、「ヴェーダ」以外の、とくに土着の宗教などの影響を強く受けた宗教・思想。たとえばヒンドゥイズムで、ヴィシュヌを最高神とするヴィシュヌ派、シヴァを最高神とするシヴァ派などをいう。
・非「ヴェーダ」的なもの/土着の宗教の流れをくむもの。たとえば、女性的原理である精力(シャクティ)に対する信仰を中心とするヒンドゥイズムのシャクティ派など。




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