語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2017-6-19     計22語
新着語
ネルンストの定理、ネヴァ川のアレクサンドル、念仏、ネクロポリス、ネウェーロフの自殺、ネイテイブ・サイナー、ネガの熟成、ネクローシス、ネオ・ダーウィニズム、ネクロフォビア、


ネアンデルタール(40)
 17世紀のデュッセルドルフの学校長ノイマンは自分の[新しい人]という名前をギリ シャ語で[ネアンデル]と呼ばせていた。ノイマンが生前、散策した渓谷は彼にちなんで ネアンデル渓谷と呼ばれるようになる。1856年この渓谷の洞窟から発見されたのがネ アンデルタール人。オーリニャック人、クロマニオン人と呼ばれる新人が約3.5万年に 出現する以前の旧人。  

ネイテイブ・サイナー(484)
 手話(サイン・ランゲージ)は、日本語や英語と同じように文法をもつ自然言語の一つである。それは、子どもが手話を母語として獲得できることからも明らかである。手話を母語とする人を、ネイティブ・サイナーと呼ぶ。言語学的に見ても、手話が音声言語に勝るとも劣らない機能を備えていることは、ベルージやクリマらによるアメリカ手話の研究によって、実証されている。 ネイティブ・サイナーは、考えごとをしたり夢を見たりするときにも、頭の中で手話を使っているという。

ネヴァ川のアレクサンドル(529)
 アレクサンドル・ネフスキーは、13世紀前半に活躍した、ノブゴロド公国の実在の大公である。彼は、1240年、十字軍としてノブゴロドを襲撃してきたスウェーデン軍をネヴァ川の河畔において撃退し、後にネフスキーの称号をえた。彼は「ネヴァ川のアレクサンドル」つまり「アレクサンドル・ネフスキー」と呼ばれることになった。
その後、ノブゴロドの貴族や市民たちと対立し、ノブゴロド市から追放されていたが、やはり十字軍の一翼を担うドイツ騎士修道会の来襲と進撃によってふたたび呼び戻され、1242年のチュード湖「氷上の戦い」で騎士修道会に決定的に勝利し、これを撃退した。この勝利によって、彼はロシアの偉大な英雄となった。

ネウェーロフの自殺(493)トルストイ
 「ネウェーロフが空想家だって?」とだしぬけにクルイリツォーフが、まるで長いこと叫ぶか、歌うかしたあとのように、ぜいぜい息をきらしながら言いだした。「ネウェーロフ!! あれは、ぼくらの門番の言いぐさじゃないが、地球がめったに生まないような人間だった。そうだ……あれは、全身水晶のような男だ、腹の底まですき通って見えていた。そうだ:あれは、うそはもちろん、でたらめも言えない男だった。単に皮膚が薄いどころじゃなかった、まるで全身赤はだかにでもされたように、神経が全部露出していた。そうだ…複雑な、豊かな天分をもった男で、そこいらにありふれた…いや、こんなことをいくら言ったってはじまらない!

ネオ・ダーウィニズム(253)
 ひとつひとつの遺伝子座ごとの遺伝子の挙動はメンデルの法則に従い、遺伝子プール(生物種の遺伝子総体)全体のパターンはダーウィンの理論に従う。つまり、メンデルの法則に従う遺伝子を集団として把握すれば、そのダイナミクスはダーウィン理論によって記述できるのである。ここにダーウィンとメンデルの理論は統合された。これが進化の総合説(ネオ・ダーウィニズム)。

ネガの熟成(313)植田正治
 もう一つの楽しみは、現像から上がったネガをライトボックスに並べて、十倍くらいのルーペで、丹念に一枚ずつのぞく時。…そんなルーペによる鑑賞がニ、三日つづいて、頭の中がそれらの写真でいっぱいになってから、やっと暗室に入る気になるようです。
若かった昔は、「ネガの熟成」という言葉をいいだして、少なくとも、1ヵ月は引伸機にかけないことを心がけたこともありました。


ネクローシス(255)
 …やがて修復機構で維持できなくなった細胞は、細胞機能が自然に停止し、死にいたると考えられる。このような自然死による細胞死をネクローシスと呼んでいる。ネクローシスを起こすと細胞や核が膨潤し、やがて細胞融解が起こる。…細胞はネクローシスのようにエントロピーの増大に任せて死を待つのではなく、自ら生存の価値がないと判断し、死の道を選ぶことがわかってきた。それが、アポトーシスと呼ばれる細胞死である。

ネクロフォビア(236)
 死への恐怖。死への憧憬はネクロフィリア。

ネクロポリス(515)
 「アルルに来ては、アリスカン(アリスカンピス)なる墓地に行かねばならぬ。そこで祈祷、讃唱、さては供物を献じて、死者たちの追善供養を営むが慣わしである。縦横ともに、一マイル。地上のいかなる墓地にも、かくばかり数多く、かくばかり大いなる大理石の棺のあるところはない。しかも、それらは地面に整然と並べられている。棺の細工は千差万別。古きラテン文字の銘文が刻まれているが、我らの知らぬ言葉である。遠く離れて眺めれば、棺の並び方の見事さはさらによくわかるであろう」。
『案内』のいうとおり、アリスカンは他に類を見ない死者の都(ネクロポリス)である。アルルの町はずれ、ローマ街道沿いに据えられた、幾千という石棺の群を見る。…アリスカンとは、エリシー・カンプス(エリシウムの野)の転訛で、シャンゼリゼと同義である。棺の刻文や考古学の調査によれば、ローマ時代、もちろんキリスト教以前から墓域であったらしく、使用は十三世紀末まで続いている。


ネゴシアン(47)
 英語ではシッパー(船積業者)という意味のフランス語。中小のワイン栽培家から仕込 み直後のワインを樽買いして、ブレンドして自社ブランドで内外に売りさばく営業業者。

ネズミ−ゾウ曲線(106)
 哺乳類の体重と脳容積の関係。体重の増加よりも、脳の増加率の方が少ない。その標準 的な比率をEQ(脳化指数)と呼ぶ。

鼠泣き(85)p.89
 コンタックスのシャッターは金属幕で軽快音を発するため、発売当初から鼠泣きと呼ばれてコンタックスファンにとってたまらない魅力であった。

ネッビオーロ(138)  
 環境適応力が弱いために、ピエモンテ地方にしか土着できないブドウ品種。バローロと バルバレスコがこれで造られる。アルコールのボリュームと酸味がピノ・ノワールに近く さしずめバローロはたくましいシャンベルタン、バルバレスコは絹のようなコルトンにた とえられる。

ネーピアの計算棒(48)
 計算機の始まりはバビロニアのアバカスで、ソロバンの元祖。その後の改善は少なく、 東洋では使用技能の高度化でこれを補ったが、ヨーロッパでは定着しなかった。16世紀 になってスコットランドのネーピアは掛け算を足し算で代行させる計算機を考案。この原 理によってブリッグスが常用対数表を作り、オートレッドが計算尺を発明することになる 。

ネフェルタリ(221)p.119
 第19王朝ラムセス二世の妻、「最も美しい女(ネフェルタリ)」と呼ばれた。王の妻が王と並んで神格化されることがなかったエジプトの例外として、ラムセスは自らの大神殿の対としてアブシンベル小神殿にハトホル女神化したネフェルタリを彫った。

ネフェルティティ(221)p.77
 西アジアのミタンニ国から輿入れしたタドウケパ王女は、その美貌から「やってきた美女(ネフェルティティ)」と呼ばれた。アメンヘテプ三世の妻、その子のアメンヘテプ四世の妻となる。アメンヘテプ四世はアテン神一神教を目指す宗教改革を行い、アクナテン(アテンに気に入られた者)を名乗った。

ネボ山(126)  
 ヨルダン渓谷を見下ろす聖なる山。死の直前モーゼは主の導きでネボ山に登り、ユダヤ の約束の地を見る。そしてモーゼはこの山頂に葬られた。 

 ■ネミ湖のローマ船(135)  
 ネミ湖はフレーザーの金枝編で有名だが、ムッソリーニが発掘したカリギュラの巨大な 屋形船が第二次大戦で焼失さえしなければ、カリギュラの気まぐれの産物の証拠としても 記憶されたろう。

 ■ネメシス(108)  
 恐竜の絶滅を隕石衝突によるという仮説は白亜紀と第三起の地層境界に大量のイリジュ ウムが堆積していることから説明される。さらに生命の絶滅が2600万年周期で起こる ことから、2600万年周期で地球近傍に出現する天体があるはずだ、これは太陽の伴星 のはずだ。これをネメシスと名づけた。

ネルンストの定理(555)
 一つの物理的な系……任意の種類の原子の集合体……が「力学的法則」(ブランクの意味での)あるいは「時計仕掛けの特性」を現わすのは如何なる場合でしょうか? 量子論はこの間いに対してきわめて簡単に答えます−−絶対温度零度において、と。温度が零度に近づくに従って、分子の無秩序は物理現象に何らの影響をも与えないようになります。これがワルター・ネルンストの有名な「熱定理」であって、しばしば「熱力学の第三法則」という堂々たる名で呼ばれるのも決して不当ではありません。(ちなみに第一法則はエネルギーの原理、第二法則はエントロピーの原理です。)
量子力学によりネルンストの経験的法則の合理的な基礎が与えられ、一つの系が近似的に「力学的」な行動を演ずるためには絶対零度にどの程度まで近づかなければならないかを算定することもできるようになりました。


ネロの善政(135)  
 若きネロを補佐したセネカは政策の基本をクレメンティア(寛容)とした。ネロの最初 の5年は、師セネカの影響によって、後の賢帝トラヤヌスによってネロの善政と呼ばれる ものであった。

■念仏(524)
 働きかけてくる無礁の慈悲の光の中に、この身をなげ入れるということが真宗の信仰生活であると、自分は信ずる。此の土の延長である浄土往生は、あってもよしなくてもよい。光りの中に包まれているという自覚があれば、それで足りるのである。念仏はこの自覚から出るのである。念仏から自覚が出ると言うのは、逆である。とにかく、まず無辺の大悲にひとたびは摂取せられなければならぬ。そしてこの摂取は自分が深く大地から出ているものであるというところに感ぜられる。此の世の憂さもつらさも、悉く大地を離れて、みずからをのみ生きんとするところからくるということを覚悟しなくてはならぬ。此の世が苦しいから彼の土へ往きたいというは、真宗の本義ではない、日本的霊性の特異性でない。これは通俗化した信仰で、他力の真相ではない。それは貴族文化の残浮である。
 浄土系思想の中心は念仏であって極楽往生ではない。念仏が方法で往生が究極のように、浄土信者はいずれも思っているが、念仏なしの往生はないのである。念仏→往生と続き、往生→念仏と続くとすれば、念仏即往生で、往生即念仏である。しばらく此の世と彼の世とを対照させる意識の上で、念仏から往生へうつるように言いなすが、それは分別上の計らいの話である。念仏のほかに往生があるものなら、念仏のほかにまた往生の途がなくてはならぬ。念仏して往生するとすれば、念仏のところに極楽あり、往生ありとしなくてはならぬ。それが念仏三昧の生活である。念仏しつつ往生を考えていては、その念仏は純粋性をもたぬ、絶対の念仏ではない。法然上人は蓬生坊に教えて、「念仏の行はかの仏の本願の行にて候」と言い、また「ただ本願の念仏ばかりにても候べし」と言っている。





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