語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2017-4-30         計62語
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オークヤ・セナピモック、御蔵入り三十三観音、大友宗麟の理想郷、お経消し、王による正義の実現、オルデンブルグ公への侮辱、男のマグダレーナ、老いは不治の病、おのがゲニウス、オイゲン・ヘリゲル、大文字の他者、オープンスプリンクラー


オイゲン・ヘリゲル(486)
 本書(弓と禅)の意義と価値とは、これが実は全く精神的な悟達見性の体験記であるところに存しているのである。すなわちドイツ哲学者としての博士の立場が、あくまで厳密な論理主義にあることは言うまでもない。(オイゲン・ヘリゲル)博士が新カント学派の代表者であり、特に「哲学の論理学」によって斯界に新生命を画したラスクの直系であることによっても明白である。
 しかし博士はまた、論理主義者なるがゆえに、かえって論理の世界に最後の安住を求めることができなかったもののようである。このことは、博士が若年の頃より神秘主義に対する激しい情熱に燃えておられた事実によって明白である。しからばこの、論理主義と神秘主義との二つの相容れない動機は、いかにして融合すべきものであるうか。博士においては、この疑問に解決を与えたものが、わが国の弓道であったのである。かように考えると、本書は、論理主義者たる博士が、弓道修練の行を媒介とすることによって、論理の世界から神秘的体験にまで飛躍せられた魂の記録ともいうべきものであって、その記録が単に神がかり的、突発的な断想に終らずして終始厳密な心理描写をもって一貫し、寸分のゆるみもなく、極めて克明に描かれているところに、本書独特の魅力があるのである。
 いうまでもなくわが国において、ラフカディオ・ハーンを知るものは多く、プルーノ・タウトを語る人も少くない。しかしその生涯における最善の時を日本弓道の修業に精根を傾け、究極的なものに対する畏敬の念から、もはや死期の近きを自覚するや幾多の草稿を焼き捨て、身をもってする実例を通じて人間が与え得る唯一のものとして、換言すれば正しくそれを「白鳥の歌」として、外ならぬこの弓道における禅を残して逝かれた博士の功績は、断じてそれらに優るとも劣るものではない。

老いは不治の病(516)
 老いは正しく精神と肉体の双方の病気だったが、老い自体が不治の病だということは人間存在自体が不治の病だというに等しく…衰えることが病であれば、衰えることの根本原因である肉体こそ病であった。肉体の本質は減びに在り…そして、澁澤氏は著書で次のように主張する。
三島氏もまた、四十五歳の皮膚の下につとに肉体という不治の病のひそんでいることに気がついていればこそ、この病を終焉せしめる唯一の手段ともいうべき、自殺という荒療治に頼ったのであろう。なぜなら、衰えることの知らない死は、永遠であり健康であるからだ。これこそ三島氏自身が明かした、もっとも単純明快な自殺の意味であり、私には、秘密の穿鑿はこれだけで十分であるようにさえ思える。(澁澤龍彦著『三島由紀夫おぼえがき』中公文庫)


オイラーの動摩擦(87)
 ニュートン力学で当初、摩擦力が無視されていたのは一定速度を得る方法がなかったか らである。バーゼルで生まれペテルブルグのアカデミーで活躍したオイラーはそれまで測 定不能の動摩擦係数を明らかにした。 斜面に沿って距離Sだけすべった物体Wは、失った位置エネルギを摩擦仕事F×Sと運 動エネルギに転化する。 これから W sinθ = mv2/2 + FS 動摩擦係数 μ = tan θ − 2s/(gt2cosθ) と距離と時間で求め られる。これが、動摩擦が静摩擦より常に小さいことの証明。  

オイラーのベルト理論(87)
 プーリに巻き付け角 θ で巻き付けられたベルトの一端の引っ張り力をT0、他端の引 っ張り力T1とする時、微少部分の摩擦釣り合いを積分して T1=T0 exp(μ×θ) 巻き付けによる倍力機構を説明した。プーリ直径に依存しない。

オイリュトミー(12)
 シュタイナー教育の方法論の2本柱。 心象的創造舞踏。もう一本はフォルメン線描。  

王円?(411)
(おうえんろく) オーレル・スタインに二束三文で貴重な敦煌千仏洞古写本を売った道士。おそらくこの辺が戦乱にまき込まれた時、経典その他の文書を洞窟の壁内に穴を穿って塗りこめたものと思われる。写本の年代の日付から見て、隠された時期はおそらく十世紀末かと考えられる。スタインは1907年、その第二回探検に際して、この寺院を管理していた王円?という道士から三、四万巻の古写本のあることを聞き、その約三分の一を買って持ち帰った。これを聞いて各国の東洋学者は相ついで敦燈に駆けつけた。中国政府がこれを知って敦煌出土品の国外流出を禁止した時には、すでに手遅れで、千仏洞に残されたものは寥々たるものであった。

応化(378)
 …ヒントは、聖徳太子に付された「応化」(おうげ)(『元亨釈書』)という形容にあるように思われる。「応化」とは「権化」と同じ意味であり、人間以外のものが仮に人の姿をとってこの世に現れた存在をいう。「人間以外のもの」とは、聖徳太子の場合救世観音だった。…聖徳太子=応化説は、中世には広く共有された観念だった。聖徳太子は人間ならざるものの「応化」であるがゆえに、日本の未来を覚知できたと考えられたのである。応化としての存在は聖徳太子だけではない。奈良時代に活躍した民間僧行基も、「文殊の化身」(『日本往生極楽記』)とされた。…勅書銅板の作者聖武天皇は、…観音の化身だった。藤原鎌足は維摩居士・金粟如来の垂迩と考えられていた。慶滋保胤は、伝教大師最澄と弘法大師空海を「権化の人」(『本朝文粋』)と呼んでいる。

オオカミ(306)
 オオカミは実際に、追った獲物は必ずしとめる。なぜなら成功する見こみが非常に高い場合しか追わないからだ。獲物の群れの中から足を引きずっている、方向転換が鈍い、反応が遅い等の弱いものを発見して、初めて獲物を追う。この狩を成功に導く、オオカミの生物学的役割は「間引く」という獲物の側にとっても都合のよい機能も果たしている。

王権(438)
 王権は拘束力から生じ、支配能力は連帯意識(アサビーヤ)から生じる。人々のそれぞれの欲望が一つの目標追求に向かって一致し、心が結ばれるのは、神の助けで宗教を確立したときにのみ起こることである。神は言い給う。〈汝がたとえ世界中の財宝を全部使ったとしても、決してみんなの心を一つに纏めることはできなかったであろう〉(コーラン八章六三節〉。この真意は、心が偽りの欲望に負け、この世のことに偏るときには、お互いのあいだに嫉妬が生まれ、不和が広がるということである。しかし、真理に心を向け、現世と虚飾を投げ捨て、神に向かって進むならば、人々の心は目的に向かって一つになり、嫉妬は消え、不和もなくなる。そして相互扶助の気持が強くなる。その結果、われわれがこれから説明するように、国家の領域が広がり、王朝は強大となる。

王権神授説(241)p.12
 宗教改革によって教皇権が失墜した結果、絶対君主が自らの統治に宗教的権威を与えるための根拠としたのが、聖書の「すべての人は上にたつ人の権威に従うべきである。なぜなら神によらない権威はなく、およそ存在している権威はすべて神によってたてられたものだからである。したがって権威に逆らうものは神の定めにそむく者である。」という言葉。 

王室の実験(302)
 天然痘の予防としての種痘は当初はジェンナーが使った牛痘ではなく、人痘接種がアジアで行われていた。これを、ヨーロッパに伝えたのが、メアリー・モンターグ。1721年、これを英国王室でも適用しようとする前には、まず六人の死刑囚に恩赦を条件に種痘の実験が行われた。さらに次は孤児院の子供に試みられ、それらの成功を確認した上で、二人の王女に人痘接種が行われた。この「王室の実験」を非難する人はいなかったが、宗教的理由と、接種による二次弊害の発生によって、人痘接種は普及しなかった。

王朝の三世代論(438)
 彼(イブン・ハルドゥーン)はまず国家に関するいくつかの前提を設定する。その第一は、国家はいったん確立された以後であれば、連常意識がなくても存続できる場合があるというものである。第二は王権の獲得に宗教的要家が加えられる場合についてで、宗教は連帯意識に対して助長的役割を果たすことはあっても、王権獲得の要素とはなりえず、宗教宣伝といえども、連帯意識なしには成功しないという。第三は国家の領土についてで、国家は領土を拡大しようとするが、連帯意識の力も一つの自然な力である限り、それにはおのずと限界があるというもの。第四は王権の所有者、すなわち主権者は、その本質上専制化および生活の奢侈と安逸化への傾向をもっという定理である。
 彼はこのような定理に立って、王朝の三世代論を説く。それは一世代約四十年とみなし王朝の寿命は慨して三世代を越えないというもので、強い連務意識に支えられている第一世代、奢侈と安逸から連帯意識が弱化する第二世代、完全に連帯意識を喪失した第三世代の計百二十年からなる。

大友宗麟の理想郷(528)
(1578年)、大友宗麟は自ら日向国へ侵攻することを宣言した。フロイスの記述によれば、宗麟はこの日向国に再び入植し、新妻と共に隠居の地とすること、一方義統は宗麟から引き継いだ豊後以下の従来の所領の安泰を図ることを決めたという。侵攻に際しては、日向出身でキリシタンとなるべき人々と、宗麟と共に滞在する武士300人のみを伴うこと、日向に建設される都市は日本とは異なる新たな法と制度により統治され、日向の住民と彼及びその家臣とは全員キリシタンとなり、兄弟のような友愛と絆により暮らすこと、また彼自身受洗することを宣言し、さらにそのために司祭一人と修道士数名が同行することを求めたという。
…耳川の合戦で島津軍に大敗し、豊後国に逃げ帰ることになるのであるが、その後も宗麟個人は信仰を守り、隠居領津久見において、全領民を改宗させるキリシタン領主としての支配を行った。


王による正義の実現(523)
 キリスト教の基本は恩寵にある。神は、自分の好みしだいで、ある者を救い、ある者を地獄に落とす。人間がどのように努力しようと、それを改めることはできない。神は愛するが、裁きはしない。つまり、キリスト教の愛の教義から正義は生まれてこないのである。しかも、社会を形成する人間は、正義なしに生きることができない。ところが、神の気まぐれな恩寵にすべてをまかせるドグマでは、正義は地上に実現しょうがない。そこで人々は、一つの政治的宗教のうちに正義の救いを見いだそうとした。つまり、一個の人間を「正義の神」として崇拝し、このはっきり目にみえる神が、目にみえぬ恩寵の神によって曇らされた正義の光を人間のために顕示してくれるものと信じようとした。それがフランスに統一をもたらしたプルポン王朝の王なのである。

王妃カトリーヌ(338)
 フランソワ一世を継いだヴァロア家のアンリ2世の元にフィレンツェから嫁いできた后妃。神聖ローマ帝国のカール5世の庶出の娘と結婚して皇帝の義理の息子となったアレッサンドロ・メディシスの妹であり、教皇クレメンス7世の姪。権謀術策の中に生きた。アンリ2世の死後、自らの子を次々に即位させ、新旧キリスト教が対立したユグノー戦争では、聖バルテルミーの大虐殺にも、その陰で陰謀を凝らした。ユグノーの指導者ブルボン家のナヴァル公がアンリ4世として即位し、みずからカトリックに改宗し、新旧の和合を図るナントの勅令を出して、30年の宗教戦争を終結させた。

王妃の頸飾り事件(418)
 要するに、作られたときから王妃の頸飾り以外の何物でもなかったこの頸飾りは、1780年の初め頃、みずからが収るべき頸を求めて宙に浮いていた。1785年に頸飾りはあやうくマリーアントワネットの頸に飾られそうになるが、たちまちそれは見せかけでしかなかったことが露見する。そして1780年代の終りに、人びとは何故ルイ王朝最後の王妃の頸を飾るのに相応しいものがダイヤではないかをこの目で見ることになる。最後の王妃の首は、ダイヤの頚飾りのかわりにギロチンの刃に繊細に細エされた血の滴りに飾られなければならなかったのだ。
…事件の経過そのものは簡単である。1785年2月1日、べーマーとバッサンジュは王妃が頸飾りを買うという報に接してロアン枢機卿の館を訪れる。ルィ・ド・ロアンは二人に王妃が件の宝石を買い上げる旨したためた書類を示した。…書類と引替えに二人の宝石商は頸飾りをロアン枢機卿に手渡す。しかし、第一回の支払い日に相当する同年8月1日にべーマーが王妃側近のカンパン夫人に支払いを要求すると、意外な答えが返ってくる。「あなたがたは詐欺に掛ったのですわ。王妃はそんな頸飾りなど受取ったことはございません。」 

大橋高炉(328)
 安政4年釜石の山中、大橋という場所に築かれた高炉から、はじめて溶けた鉄が流れ出した。日本の近代製鉄は、この大橋高炉から始まったのである。成功したのは、この付近から「もち鉄」と呼ばれる良質の磁鉄鉱が採れ、原料が確保できたこと、そして大島高任という天才的ともいえる技術者が、高炉の建設を指導したからであった。

大文字の他者(479)
 ラカンの場合パーを跳び越すのはたいそう時聞がかかったが、尻をかすめて跳び越したのは、エノンセ(言表)とエノンシアシオン(言表作用)との差異がわかったときである。それはラカン特有の自我論でもある。私は言葉(大文字の他者)を習得することによって、存在から意味の世界に移行し、そのことによってナマの私から決別し、抹消された私(S)を引き受けざるをえない。私は言葉を習得するととによって、私の欲望を他人の欲望として語る(エノンセ)ととしかできなくなり、しかもまさにそのことによって私固有の欲望を語り続けようとする(エノンシアシオン)のである。エノンセの主体とエノンシアシオンの主体とのズレを引き受けること、それが(言葉を用いて)私が語るということなのだ。ひらたく言えば、「私は悲しい」と語ることによって、私はそこに生じている固有の感情ではない一般的な何かを語ってしまっているのだ。その場合の「私」とはすでに抹消された私にすぎない。しかも、もし私が自分固有の感情(欲望)を語ろうとするなら、と語るよりほかがないのである。

沖牙太郎(168)  
 田中久重(からくりや儀右衛門)の弟子である金銀細工師。沖電気の創始者。  

翁草(32)
 京都の町奉行所の与力を退職した神沢杜口(1710〜1795)が表わした歴史見聞 録200巻。さらに塵泥(ちりひじ)50巻もある。天明の大火で翁草の原稿を焼失する という挫折にも諦めず記憶を辿りながら彼が見聞したおびただしい情報を記録した。森鴎 外の高瀬舟のモチーフもここから取られた。

お経消し(527)
 浦上村山里の檀那寺は、浄土宗聖徳寺で井樋口にあった。そして今もこの寺はある。幕府のきびしい掟によって、死者があれば檀那寺の坊さんに読経してもらい、納棺に立ちあってもらわねばならなかった。キリシタンたちは、しかし読経の間、別室で「お経消し」の祈りをとなえ、坊さんが帰ってから、棺をひらいて六文銭や頭陀袋など、仏教的なしるしを取払ってから埋葬した。後に聖徳寺の坊さんを招かず自葬したことが問題となり、浦上四番崩れといわれる大検挙事件の発端となる。

御蔵入り三十三観音(539)
 (奥会津三十三観音は)「御蔵入り三十三観音」ともいい、現在の南会津郡と大沼郡の一部に位置している。この一帯は江戸時代に幕府の天領とされたことが何度かあり、そのときは年貢米を当時江戸浅草にあった幕府の米蔵に直接納めていたため、「御蔵入り地方」と呼ばれた。元禄11年(1698)に三十三力所の霊場が定められた。
 霧の中の山肌、豊かな山林、清らかな川の流れ、古い民家、純朴な人情が残る美しい山里の道をたどってゆけば、札所の観音様ばかりでなく、路傍の石仏や野草の可憐な花がいまでも巡礼者をやさしく見送ってくれる。


オークヤ・セナピモック(548)
 ソングタム大王は城井久右衛門にクンの称号を与え、王室近衛部隊を日本人たちだけで編成することを命じた。クンと言う称号はいわば爵位のなかでも一番、下のものだが、しかし異国の者がこの位をうることは名誉にはちがいなかった。…総司令官オークヤ・カパインから始まったこの式は長い間つづいたが、山田長政の名もよばれた。「オークヤ・セナピモック……」長政は国王の前に脆き、そしてヨターティプ内親王の細い手が赤い花輪を彼の首にかけてくれるのを待った。

オシリス神話(86)
 エジプトの神話の中心存在。神、人たるオシリスは兄弟のセトに殺害されるが妹で妻で あるイシスの魔力によって復活する。

オジルビー社(95)
 初期ライカのイギリスにおける有力な販売代理店。ライカTに特注レンズを付けたり、 金メッキ、色皮貼りさせて販売。販売力があり、その要請でコンパーレンズシヤッターを 付けたTbモデルをライツに作らせた。

オストマルク(323)
 ヒトラーは「今日からオーストリアと言わずに、オストマルクというんだ」と言い渡した。オストマルクとは8世紀末のこの地の名前である。オーストリアは消滅したのである。

オズワルド・エイブリー(407)
 直感は研究の現場では負に作用する。これはこうに違いない--という直感は、多くの場合、潜在的なバイアスや単純な図式化の産物であり、それは自然界の本来のあり方とは離れていたり異なったりしている。形質転換物質についていえば、それは単純な構造しか持ちえないDNAであるはずがなく、複雑なタンパク質に違いないという思考こそが、直感の悪しき産物であったのだ。…あくまでコンタミネーションの可能性を保留しつつも、DNAこそが遺伝子の物質的本体であることを示そうとしエイブリーの確信は、直感やひらめきではなく…。
…エイブリーは、最後まできわめて慎重な論調の論文を残して、1948年、ロックフェラー医学研究所を定年職した。…ロックフェラー大学の人々にエイブリーのことを語らせると、そこには不思議な熱が宿る。誰もがエイブリーにノーベル貴が与えられなかったことを科学史上最も不当なことだと語り、ワトソンとクリックはエイブリーの肩に乗った不遜な子供たちに過ぎないとののしる。


オーダー(405)
 (西洋建築の)流れの一つは、「オーダー」 の造形原理にしたがう様式の系統(古典系と呼ばれる)である。オーダーとは、円柱とそれが支える水平材からなる、建築のもっとも基本的な構成部分で、ギリシア人によって普遍的な美の規範にまで高められたものである。
 オーダーは、円柱(コラム)と、円柱が支えるエンタブラチェアと呼ばれる水平帯からなる。(ギリシャ建築における)各オーダーの違いは、円柱とエンタブラチェアのそれぞれの構成要素にあるが、そのうちもっとも特徴的なのは、円杜の頂部をなす柱頭(キャピタル)である。ドリス式の柱頭はきわめてシンプルで、浅い鉢のような形をしたエキノスと、その上に載るアバクスと呼ばれる正方形の頂板からなる。イオニア式の柱頭はこれよりも装飾的で、左右に広がる渦巻き(ヴォリュート)が特徴である。ユキノスは左右の渦巻きの問に抱きかかえられるように吸収される。
 コリント式の柱頭は、地中海沿岸地方に自生するアカンサスという多年草の菓をモチーフにした篭型で、イオニア式よりもいっそう装飾性が強い。


オチデント(135)
 オリエントの対語。西方。

落ちなかった果実(408)
 果実が落ちるのはこれをささえる夢の根本の力が足りないということだ。僕の理想論は、この支える力がより強くなることだ。より強い夢にはより重い果実がよりよく熟しつづけるものである。落としてしまうことは、この誠実さに謀反する行為である。…われわれの貧弱な脳髄は、獲得したものを残らず貯えておくわけではない。落ちなかった果実は、いつか死滅し消失するであろう。人生とはかくの如きものである。

オッカムの剃刀(189)
 13世紀にトマス・アクイナスによってキリスト教とアリストテレス哲学の融合である スコラ哲学は頂点を示したが、14世紀始めオックスフォードのオッカムは、さらに突き 詰め再び、信仰と哲学を純化し、哲学を再び神学と切り離した独立の世界認識とした。世 界をもっぱら感覚的経験によって知ろうとするその後の科学的自然研究のきっかけとなっ た。そのオッカムは「ものの説明原理をできるだけ少数に無駄のないように採らねばなら ぬ」と自らに厳しい剃刀のような論客であった。
(342)「少数の事項を考えれば説明できる問題を、それより多くの事項を持ち出して説明するのは無益」「自然は単純を好む」


オック語(93)
 ラング・ドック。ラテン語から派生したフランス古語にはオイル語、オック語があり、 南フランスで用いられていたオック語は北フランス文化が覇権を得ることで、一方言とし て細々と存在することとなった。

オーティズム(163)
 自閉癖。自閉児がもつ無目的な反復行動である。常同行動とも呼ぶ。デラカートは、こ れを自己の感覚障害を自己治療しようとする試みと考えた。たとえば骨を砕くまで指をか じり続ける少女は、手から脳にいたる回路を開こうとしているのであった。だから事故で 指に怪我をしている間はこの行動を起こさなくなった。

男と女(218)
 男と女には少なくとも三つのカテゴリーがあることになる。性染色体の組み合わせで決まる生物学的セックスとしての性、外性器の形態で決まる社会的な性、性格や心理などて決まるジェンダーとしての性。これらの三つの性は究極的には互いに独立であることになる。
ヒトの男の性染色体はXY、女はXXである。しかし性染色体がXXであっても、ある酵素の欠乏によって外性器が男性化するし、その逆もある。彼ら、彼女をどちらと決め付けることはできない。


男のマグダレーナ(519)
 こうした男(アナトーリ)のマグダレーナともいうべき遊蕩児には、自分の無垢を信ずる潜在感情がある。それは、女のマグダレーナの場合と同じように、贖罪の望みに基づいていて、例の「彼女にはすべて許さるべし、何となれば彼女は多く愛したればなり」という筆法でいけば、「彼にはすべて許さるべし、何となれば彼は多く楽しみたればなり」といえるような性質のものなのであった。

オートジャイロ(423)
 ヘリコプターのローターも一部の例外を除けばじっさいに羽ばたいていることを思えば、失敗した羽ばたき飛行家たちも、多少は気が楽になるかもしれない。ローターが回転するときには、毎回その激しい作用が起きる。スペイン人発明家のファン・デ・ラ・シェルバは、翼が失速を起こして墜落しないような飛行機を工夫しているときに、ローターの羽ばたきの重要性に気づいた。そこでできあがったのが、商品名を(オートジャイロ)というシェルパの名高いマシーンだった。…シェルパなどがオートジャイロで築いた基礎は、その後、1930年代末に登場するヘリコプターの新しい波に、大きく頁献している。
 初期のしごく単純なオートジャイロは、動力なしのローターを飛行機の胴体の上に取り付けるといぅ仕組みになっている。前進するときに風を受けて回転するように、ローターは斜めになっている。初期の型では、飛行中にパイロットが制御しやすいように、短い主翼のようなものがあったが、必要がないとわかって取りはずされた。飛行に必要な巽は、上のローターのみだった。オートジャイロのローターブレードは、空気の流れを受けて揚力を発生するような形に設計されている。前進する力は、飛行機とおなじような機首のプロペラに任されている。


音と戦争(292)
 1938年、日独青少年団の交歓事業として来日したヒトラー・ユーゲントの多くが高度の音感を持ち、雑音や和音を聞き分けるいい耳を持っていたことに驚いた。…日本の場合は、園田高広や藤井英一らのようにあらかじめ絶対音感のある音楽家たちが軍の実験に参加した一方で、まったく西洋音楽とは無縁の一般国民までもが国民総動員のかけ声の下、戦意高揚の和音に振り回された。

オートローテーション(117)
 ヘリコプターでエンジン停止しても滑空飛行ができる。ロータ・ブレードのピッチ角を 下げて機体を前傾させて急降下させると、その位置エネルギーでロータを自転させること ができ、これで機首起こしして着陸させる。

オーナーシップ・ソサエティ(402)
 バカな奴らだと責めてはいけない。アメリカ人は住宅以外に老後を託すものがなかったのだ。年金を破綻させたブッシュ大統領は「オーナーシップ・ソサエティ(資産家による社会)」なる言葉を掲げ、老後は年金ではなく投資によって自分で支えろと唱えた。しかし、ITバブル崩壌後、株式投資はアテにならなくなった。住宅だけが信頼できる投資だったのだ。それも崩壊した今、サブプライムの崩壊は金融危機にまで拡大し、株式も落ちた。結局、このバブルで儲かったのは不動産屋だけだった。それでも懲りずに、アメリカ人はまた別の夢の風船を探して膨らますんだよね。割れるまで。

おのがゲニウス(496)
 (ゲーテの)胸にはおのがゲニウスを信ずる心が強く、天才の自覚は時と共に増していったようである。まだ世間にこれという業績を示しているわけではないが、自作の詩文はたびたび知友に披露しており、言動にはつねに並々ならぬひらめきが見え、周囲は彼の天才性を認めないわけにはいかなかったと思われる。
(以下ウィキペディア引用)古代ローマの宗教におけるゲニウスとは、個人や場所や事物にあまねく現臨している普遍的な神性を個別化したものであり、換言すれば、万象に宿る非人格的な神的力を個別に人格化・神格化したものである。


オーバーコッヘン(85)
 ヤルタ協定によってイエナのツァイスがソ連に接収されることを知ったアメリカ軍が技術者百数十人を強制連行して、ツァイスを西側で再開させた村。戦後の名レンズ、ディスタゴン、プラナー等が生み出される。一方、残された多くの技術者はソ連に連行されたが 、その中の一部がコピー機キエフを生み出すことになる。

御破裂山(378)
 承元二年(1208)閏4月13日、多武峯にある藤原鎌足の墓が鳴動し、翌日にはその肖像が「破裂」するという事件が起こった。ここでいう破裂とは、木像の頭部などにひびや陥没が生じることである。報告を受けた氏の長者藤原家実は、この異変の意味するところを占わせた。結果は、鳴動は火事や氏族中の病気を、破裂は争いごとの生起を、それぞれ警告するものだった。…多武峯の鎌足墓所とその木像は、たびたび異変を起こすことで知られていた。とくに有名だったのは、墓のある山(いまは「御破裂山」と呼ばれる)の鳴動と肖像の破裂だった。

お筆先第一番(456)P.399
 「いまは獣類の世、牙の世、強いもの勝ちの悪魔の世。神の光を悪魔が覆うて、まことの人の胸に血が流れるぞな。働き人は疲れ、女は泣き、子は飢える。如何がすればよろしきや。 三千世界一度に聞く神の御手。このままでは生命は短い蜉蝣の夢。どうしても、この世界を立直らせねばならんぞよ。三千世界を組みかえる、神の怒りが下るぞよ。あらためよ、くいあらためよ皆の衆。これぞ神のお告げぞよ。」だがまたお筆先第一番を誦し終らぬうちに、遠藤村長は胸
をかきむしり、がっくりと首を垂れて折りくずれた。


オープンスプリンクラー(468)
 成熟産業を改革するには、アイデアを公開して外部の意見を取り入れることがいちばんだ。
    1 もしその製品がインターネットにつながると、なにがどう良くなりますか?
    2 もしデザインがだれにでも改変できるとすれば、どう改善されるでしょう?
    3 特許使用料がなければ、値段はどのくらい下がりますか?
 ここでスプリンクラー改良大作戦を想像してみよう。これを「オープンスプリンクラー」と呼ぶことにする。まず、携帯電話でスプリンクラーを簡単に操作できるようにする。スプリンクラーをセットするのを忘れて休暇に出かけてしまった。……あっという間にレシピが完成した。インターネットにつながる、お手頃価格のオープンスプリンクラーのできあがりだ。

オペラの本質(385)
 オペラは変わらなければならないと浅田彰は言う。坂本龍一が作曲する以上、むろん信じがたいほど変わらざるをえないだろう。しかし、それならばなぜオペラという様式を踏襲しなければならないのかという問いを、彼の言葉の中に読み取ることは難しい。オペラ・ハウスを爆破せよと言ったのはブーレーズだが、そこまで言わなくとも、今世紀2、30年代にオペラの危機が論じられてすでに久しいということぐらいは、承知しておいてもらわなくては困るのである。「オペラの本質的要素」は「音楽が貧困化すること」だ、とアドルノは言っている。
「人々をオペラに結びつける力とは、彼等がもうまったく思い起こすことのできない何ものかへの追懐、来世になって今までは持ちえなかったその輝きをようやく獲得する、市民制度の伝統的な黄金時代への追懐なのである」


オペラは不純だ(385)
 マーラーはまったく逆のことを言っている。オペラは筋書きと台詞がある分だけ把握が容易で、ヴェルディなど、想像力の貧困を外見上の豊かさで隠蔽している虚仮脅かしの音楽にすぎない。純粋のオーケストラ曲の方が演奏はずっと難しい。たとえばベートーヴェンの交響曲は、尋常の指揮者にはとても歯が立つような代物ではない。それを演奏できる人間は、過去にはワグナー、現在では私がいるだけだ、と。そのワーグナーは、オペラを堕落した芸術と呼んで軽蔑した。また現代にも、オペラは不純なものだと発言して世界中のオペラ・ファンの反感を買った、チェリピダッケのような指拝者がいることも付け加えておいて良いだろう。

オペラ・ブーム(385)
 オペラ・ブームという、近年の表層的《文化》現象に群がる無数の消費願望の一形態にすぎないことは言うまでもあるまい。日本で初めて専用オペラ劇場が誕生したとき、これで日本の音楽文化もようやく世界的な水準に達したと喜んだ文化人達もまた、同じ欲望の海を泳いでいると言ってよい。ドイツ音楽もイタリア・オペラも等しく消化できるほど、彼等の胃袋が強靭であるとは僕には信じられない。にもかかわらず、あれもこれも呑み込むことができるのは、彼等がただ積年の消化不良を、自らの不健康に無頓着でいられる程度まで飼い慣らすことができたということを意味するにすぎないのではないか。少なくとも僕の胃袋はイタリア・オペラを消化できない。そしてそのことを、特に残念だと思ったこともない。

オベリスク(28)(221)
 ギリシャ語で「小さな焼き串」を意味する。エジプトに定着したギリシャ人が名づけたもので、ピラミッドも同じく「小さなパンの塊」の意。

オマハ海岸(102)
 Dデイにキャパが同行した第二大隊E中隊が上陸したのが、オマハ海岸のイージー・レ ッド。この時、ローライフレックスとコンタックスを持参しているが、上陸時はコンタッ クスで36枚撮りフィルム2本を撮りきった。乾燥時の不注意で乳剤が融け、11カット のみかろうじて映像が残った。

オリエンテーション(405)
キリスト教公認直後の教会堂では礼拝形式が定まっておらず、ローマの旧サン・ピエトロ大聖堂のように、西側にアプスを、東側に入口をとる教会堂も存在したが、六世紀には東側にアプスをとる配置が定式となった。オリエンテーション(定位)という言葉は、教会堂の建立にあたって、その方位(入り口から内陣に向かう中心軸)を東に定めたことに由来する。

オリエント急行(44)
 1883年パリ・リヨン駅からイスタンブール・シルケチ駅へオリエント急行の処女便 が発車した。絶頂期には56時間で走破していた。歴史と政治に翻弄され、1969年に 廃止。その豪華車両は今マレー半島クアラランプルとバンコクの間を観光特急として走っ ている。

オリュンピアス(316)
 エーペイロス王家のオリュンピアスは、サモトラケ島で行われたカベイロスの秘儀で、マケドニア国王フィリッポスニ世と出逢う。…嫁いだ後も、彼女の神憑りは一段と烈しくなった。…蛇はディオニュソスの化身でもあり、秘儀の際につね入信者の胸の上を這わせたといわれている。…あるとき夫のフィリッポスは、オリュンピアスの寝床で添い寝をしている蛇を見た。…妻の傍らにいたのは、蛇に姿を変えたアンモーン神だとの託宣を得た。オリュンピアスは否定しなかった。… フィリッポスは、この嫌悪すべき母子を追放するが、20歳になった息子らに殺され、この息子が権力を握る。これが後にアレキサンダー大王と呼ばれる人物の出生の秘密である。

オリュムポスの十二神(257)
 ティタノマキアとギガントマキアで巨人族を打ち破ったゼウスは天地を支配し、兄のポセイドンは海洋を、ハデスは冥府を支配することとし、ゼウスはオリュムポス山に落ち着いた。ゼウスは神々と人間の父である。そのオリュムポスの十二神とは、家長ゼウス、正妃ヘラ、娘アテナ、アルテミス、アプロディテ、ヘスティア、息子アポロン、ヘルメス、アレス、ヘパイストス、の家族(ただし母親はそれぞれ違うのでややこしい)とゼウスの兄弟のポセイドンとデメテルを言う。

オリンピック作戦(212)
 太平洋戦争、米国側の対日最終作戦名。7月24日のトルーマンの原爆投下命令が幕開け。

オルガヌム(435)
 ポリフォニーの芸術は、ゴシック建築の夢のような壮麗さを思いうかべることのできた時代にはじめて生まれでることができたのである。…9世紀にかかれた理論書「音楽提要」…にはポリフォニーに関する最初の理論的扱いとその実例がある。その技法は、オルガヌムとよばれる。その最も単純な形は、グレゴリオ聖歌に、第二の声部を加えたもので、第二の声部は、もとの聖歌に対して、上または下で、5度または4度の音程で厳密に平行して進行する。

オルデンブルグ公への侮辱(520)
 単にナポレオンの権勢欲がさかんであり、アレクサンドルが頑強であり、イギリスの外交が狡猾であり、またオルデンブルグ公が侮辱(ナポレオンによる公国の併合をさす。当時の公はロシア宮廷で育ち、皇太后の妹と結婚している)されたために、何百万人というキリスト教徒が互いに殺しあい、苦しめあったという説明は、われわれにとって不十分である。…1811年の終り頃から、西ヨーロッパ諸国の武装強化と、兵力の集中が始まった。1812年にはこの兵力、すなわち何百万という人々が(軍隊を輸送したり、給養したりする者も数えて)−−西から東へとロシヤの国境さして進んだ。ロシヤの兵力も1811年以来、同じくその方向へ牽引されていた。6月12日、西ヨーロッパの兵力はロシヤの国境を越えて、やがて戦争が始まった。

オルドワン石器(63)
 250万年前の最古の道具。道具を最初に使い始めたことから、この道具の主ジンジャ トロプスをホモ・ハビリスと呼ぶ。脳容積が700ccを越えたことが、新たな文化を創 始するきっかけとなった。

オルフェウスの密議(86)

オルメカヘッド(TV)
 従来アメリカ大陸最古の文明と信じられていたのはマヤ文明。メキシコ南部から石頭オ ルメカヘッドが発見されることで定説が覆る。紀元前の文明、オルメカ文明である。  

俺を許すな(458)P.255-6
 「調べてくれ。俺を許すな」と村瀬は同じこと繰返した。「いや調べなくったっていい。何もかも言う。おれは……」
…その一瞬に、憤怒の共有があったと落合は思った。人は欲しもせぬ時に罰せられ、そして犯罪者の最後の権利として懲罰を望むとき、罰からも疎外される。それがまた最大の懲罰であり侮蔑であることを法は知っているのだ。いや法的には、時効を待たずして、村瀬の過去の諸行為はもはや存在しないのだ。

恩赦妄想(52)
 精神医学はいわゆる恩赦妄想という病理を知っている。死刑を宣告された者が、その最 後の瞬間、絞首のまさに直前に恩赦されるだろうと空想することである。

オンドマルトノ(292)
 シンセサイザーの元祖といわれるこの楽器は1920年代後半、音楽家でもあり電気技師でもあったフランス人モリス・マルトノによって発明された。オルガンのような鍵盤を持つが、鍵盤はあくまでも音階の位置を示す目安。左右に張られた弦を指で操作することによって奏者が音階をつくるという、音楽と人間のインタラクティブ性を重視したものだった。テクノロジーを優先するモダニズムに対するアンチテーゼとしてつくられたといわれる。




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