語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2016-12-29 計37語
新着語
輪廻転生、理性の祭典、理性の宗教リゾチームの発見、リシャール・ド・プランタジュネ、リカード体系、流動性選好利子論、理神論と汎神論、龍城の大悟、良書のしるし、料理女マルタ、リナッシタ、龍樹、両部神道、


リヴァイアサン(10)(35)
 陸の怪物ビヒモス(バヘモト)に対応する海の怪物。(10) 清教徒革命時代にイギリスの近代政治思想を方向付けたホッブスの著作も「リヴァイアサ ン」。想像上の地上最強の人工国家の名。

理解(236)
 人はあまりにも賢くわかりすぎるからである。わかったと思う瞬間に何がわかってじつは何がわからないかを忘れるからである。…そこで立ち止まり、やがてそのことに関心を失ってしまう。そして忘れてしまうのである。

リカード体系(492)
 リカードはいう。経済学というのは総量に関してはなんらの法則をも提起することはできない。だが割合についてはほぼ正確というべき法則を提起することができる。日がたつにつれて、私は前者の研究は無益であり、かつ人を惑わすものであって、後者のみがこの学問の目的とするところであるということに、確信をもった、と。
 つまりリカードが明らかにしようとしたことは、資本主義の進展、つまり資本蓄積とともに地主階級の所得の割合はしだいに増大し、経済発展の原動力である資本家階級の所得割合は低減し、労働者階級の所得である賃金水準は最低賃金水準に規制されている。この資本主義の進展に伴う相対的な分配関係の変化を明らかにすることが、リカード経済学の中心命題であるということをいいたいのである。そしてこれを理論的に明らかにするために、賃金という価格、農産物の価格等々、諸価格関係がどうなるか。これが結局は人々の相対的収入、所得関係を決めることになるのであるが、この相対価格関係に関する法則を明らかにしようとしたのであり、そのためにリカードの地代法則、マルサスの人口論、そしてアダム・スミス以来の価値論をここに適用しようとしたのがリカード体系であった。


リーキーの縄張り(337)
1891年、ジャワ島のソロ川の河岸のトリニールでオランダ人のウジェーヌ・デュボアはピテカントロプス・エレクトゥスを発見したが、旧弊な学会をこれをなかなか認めなかった。1924年オーストラリア出身のレイモンンド・ダートは南アフリカのタウングで最古の人類アウテトラピテクス(タウング・ベイビー)を発見。このときも学会の権威者は反論した。1959年にルイス・ルーキーがタンザニアのオルドヴァイでジジャントロプス(アウストラピテクス・ボルセイ)を発見した頃になると、ダートもリーキーもスターとして扱われた。リーキー一族は、ケニヤとタンザニアでの独占的調査を行い、だれもリーキーの許可なく、同地域での研究を行うことができなかった。

離極力(10)
 大陸は西方に移動するとともに極から赤道側に移動する。アイソスタシーからこれを説明する。

リーゲルスブルグ城(NHK-TV)  
 オーストリア、シュタイヤーマルクの難攻不落の山城。1600年代の暴君ガロリンの悪の城として名高い。拷問具「鉄の乙女」。ガロリンの夫、騎士デダロン・フォン・カペ ルはトルコ軍のと戦闘で死ぬ。またガロリンの次の時代は魔女狩りの中心として多くの魔女を火刑台に送った。

リシャール数(195)  
ある数nがある。その数の特性、素数か奇数か、自然数か等々を数えていって、その数 がnなる数をリシャール数と呼ぶ。この定義をしたとたんに、この数はリシャール数と言う特性が増えてしまいリシャール数ではなくなる。  

リシャール・ド・プランタジュネ(494)
(獅子心王イングランド王リチャード1世のフランス語読み。元はフランスのアンジュー伯である。)
 フィリップ2世は顔色ない。リシャールという男は、やはり嫌な奴だと吐き捨てたかもしれない。イングランド王とはいうが、女傑アリエノール・ダキテーヌの秘蔵っ子は派手好き、賑やか好き、賛沢好きの浮かれた南フランス気質であり、かつてルイ7世が、自身の妃でもあった母親アリエノールを嫌ったように、その息子をフイリップ2世も好きになれなかったに違いない。


理趣経(376)
 題名「大楽金剛不空真実三摩耶経」についてですが、その意味は「大いなる楽は金剛のごとくに堅固・不変で空しからずして真実であるとの仏のさとりの境地を説く経」ということです。旧来の伝統的な仏教では楽しいというようなことはいけない、快楽を求めてはいけないというような傾向だったのですが、ここでは楽しいことを積極的に求める、安楽を追求することをまず題名の中で提示しているのです。そして、それは金剛のごとくに堅固・不変である。つまりダイヤモンドは堅いので、変わることもないし腐ることもありません。そしてそれは不空です。「空」というのは虚ろであるという意味ですが、そうではなく空しくない、だから真実である。そういう三摩耶(仏の境地)を説く経典という意味です。また「三摩耶」という難しいことばがここに出ていますが、これは仏のさとりと合一した境地、実在と現象の差別がなくなった境地という意味です。

利潤(76)  
 新しい技術を創造し、新しい製品を作り出し、新しい市場を開拓して、従来の経済社会 を打ち壊し、革新を導入し、成功していく新しい企業者(シュンペータにとっての資本主義の担い手)の行動に対する対価が利潤である。それに模倣者が続き利潤が競争によって消 滅していく(収穫逓減)。利潤を剰余価値として、搾取によって基礎つけたマルクスに対 して、シュンペータは利潤を革新への対価として位置つける。マルクスの資本論と対比す るなら、特別剰余価値の生産だけを認めたのであり、搾取利潤を否定する点ではワルラス の系譜だったのである。

理神論(210)
 17世紀の半ばから盛んになった科学的な認識によって神に近づこうとする考え方。{「私たちが対象を拡大すればするほど卓越さと神秘が現れ、私たちが自分の感覚の不完全さを見出せば見出すほど、偉大なる創造主の遍在と無限の完璧さが明らかになる」とロバート・フックはその観察記録「ミクログラフィア」で述べている。すなわち人工物と自然を対比して神の作った自然の完璧さを賞賛する。

理神論と汎神論(477)
 彼(アインシュタイン)はヴォルテールやディドロと同じような理神論者だったのだろうか? それとも彼がその哲学を賞賛していたスピノザのように汎神論者だったのだろうか?「私が信じるのは、存在するものの整然たる調和のなかに自らを現している神であり、人間の運命や所業に関心をもつ神ではない」。
 有神論者は、そもそもこの宇宙を創造するという主要な仕事に加えて、自分の最初の創造物のその後の運命をいまだに監視し、影響を及ぼしているような超自然的知性の存在を信じている。
…理神論者も超自然的な知性を信じているが、その活動は、そもそも最初に宇宙を支配する法則を設定することに限定される。理神論の神はそれ以後のことに一切干渉せず、人間界の事柄に特別な関心をもっていないのも確かだ。汎神論者は、超自然的な神をまったく信じないが、神という単語を、超自然的なものではない〈自然〉、あるいは宇宙、あるいは宇宙の仕組みを支配する法則性の同義語として使う。理神論者は、彼らの神が祈りに応えず、罪や機悔に関心をもたず、私たちの考えを読みとったりせず、気まぐれな奇跡によって干渉したりしないという点で有神論者と異なる。理神論者は、彼らの神が、汎神論者の神のように宇宙の法則の比
喰的あるいは詩的な同義語ではなく、ある種の宇宙的な知性である点で汎神論者と異なる。汎神論は潤色された無神論であり、理神論は薄めた有神論なのである。

リスク(285)
 コニカのカメラ技術部長であった内田康男は当時の富岡社長から、ハネウェルのAFモジュールを技術導入する許可を得るときに言われる。「オートフォーカスを組み込んだ商品は、まだ世の中にでていない。その最初の商品は販売面でもリスクはある。経営の立場から、そのリスクを最小限にするには、そのとき会社がもっている最も強い商品に組み込むことだ。それはピッカリコニカだ。」…こうして5万ドルで技術開示を受けて、世界最初のAFカメラ、ジャスピンコニカが誕生する。

理性(114)  
 正しく判断し、真偽を区分する能力、これこそ本来、良識とか理性と呼ばれているもの だが、そういう能力がすべての人に生まれつき平等に備わっていることだ。だからわたし たちの意見が分かれるのは、ある人が他人より理性があることによるのではなく、ただわたしたちが思考を異なる道筋で導き、同一のことを考慮してはいないことから生じる。

理性の祭典(523)
1793年十一月十日、ノートル・ダム寺院のせまい内陣に山が築かれ、山上の岩には真理の炎が燃えさかっている。山頂には、革命の生みの親たる賢者たちの肖像で飾られた哲学の神殿がそびえていた。
公会はさらにコミューンの非キリスト教化のイエシアチプに従う。十一月十六日、カンボンの提案で、教会を救貧院と学校に変えることが決定される。これは暗黙のうちにカトリック教を国教としての位置からひきずりおろすものであった。そして派遣議員によって、非キリスト教化は地方に波及してゆき、いたるところで教会は理性の神殿と化す。


理性の宗教(511)
 すでにブッダがバラモン教の陥った過誤を正して、もってアリヤン文化の普遍性を回復しようとしたのに、かえってその後の仏教がカース卜制度の社会体制によって縛られ、結果的にはインド国外に追放されてしまう破自になったことは、インドにとってきわめて不幸なことであった。西紀前に侵入したギリシア人をはじめ、その後インドにやってきた異民族たちは、アウト・カーストのゆえに、バラモン教やヒンドゥー教を信奉することができなかった。ギリシアの王ミリンダが熱心な仏教徒となったのも、右のような事情が背後にあったからである。仏教はあらゆる人びとに開かれた教えであり、万人が成仏できるという人間の宗教であって、神というごときいかなる絶対者をもたてない理性の教えであった。

リゾチームの発見(500)
 ライトがフレミングの論文を(1922年)2月13日に王立協会へ投稿したときには、フレミングが実験ノートでは用いなかった二つの用語が含まれていた。溶菌物質はリゾチームになり、最初「A−F球菌」(フレミングが風邪を引いたときの鼻水)と呼んだ細菌はミクロコッカス・リソデイクティカスとなった。培養性状からミクロコッカス属に分類されたのだが、リソデイクティカスというのは、ギリシア語で「溶解のしるし」を意味するあまり使われない単語で、典型的なライトの発案だ。 これまで、涙、唾液、痰、粘液分泌物は体の表面の細菌を洗い流して除去するのではないかと考えられていたが、いまや強い抗菌性が実証されたと彼は指摘する。フレミングは、空気中に存在する細菌104株の75パーセントと、非病原性のブドウ球菌やレンサ球菌の多数がリゾチームで殺されることを示した。
 そして、これらの菌が病原性を示さないのは、まさにリゾチームに感受性をもっているためではないかと考えた。この類推を進めて彼が、リゾチームに耐性をもつ菌は、そのためにこそ病原性を示すのではないかと考えていた可能性もある。

リチャード・バシュビー(210)  
 あるとき、とあるイギリス女性にバシュビーとは誰か聞いたのだが、そのときの彼女の顔を忘れることができない。それは「あなたバシュビーも知らないの?」という軽蔑と驚きの入り混じったような表情である。パブリック・スクールであるウエストミンスター・スクールの校長。ロバート・フックの師となる。

リナシッタ(389)
 16世紀半ば伝記作家で画家のジョルジオ・ヴァザーリは、この時代を「リナシッタ(rinascita)」と呼んだ。これがルネッサンス(フランス語)である。

リヒター・スケール(18)  
 マグニチュードのこと。欧米ではマグニチュードでは通じない。  

リボソーム(255)
 DNAは非常に大切なもので、小さな傷でも細胞に大きな影響が及ぶ。そこで細胞質には直接持ち込まず、必要な部分だけをメッセンジャーRNAという形で転写して、それから核から持ち出して使っている。細胞質にあるリボソームがこれを受けとり、そのコピーに従って部品を調達し製品(ほとんどたんぱく質)を作る。この作業を翻訳と呼ぶ。

琉球の森(300)
 プチャーチン提督の日本との通商を求めたパルラダ号の周航に随行したゴンチャロフは、旅行記「フリーゲート艦パルラダ号」を残した。1853年ペリーが浦賀に来航した翌月、長崎に到着した。ゴンチャローフは長崎の港の美しさについて、「至る所が絶景であり、一幅の絵画なのだ。さながら巨匠の精緻な手すさびである!」と絶賛する一方で「こんなすばらしい海岸がなぜこんなにも空虚で活気がないのか?」という疑問も記している。オブローモフの著者ゴンチャロフは怠惰な人としてイメージされるが、以下の一文に片鱗が見える。日本のあるオランダ語通詞に対して「何故英語を勉強しないのか」と問い、「オランダ語を学んだのが残念だ。何もしないで寝そべっているのが好きでござる」と答えた吉兵衛を好感を持って描いている。
 さらに旅の初めの頃にあまりに人工的なロンドンの公園を批判したゴンチャローフは、琉球の森について、「何処を見ても人間の目と手が行き届いている。人間は自然から夥しい幸を取ってはいるが、決して自然の威厳を傷つけたり、自然を軽んじたりはしていない」と絶賛していた。

流血のメアリー(118)  
 16世紀のイングランド女王のメアリ・チューダー。スペインのフェリペ王と結婚。反 プロテスタント弾圧を行う。同時期のスコットランドの女王も、メアリー・スチュアート ということでややこしい。  

流産した文明(199) トインビー
 わたしはギリシャと西洋が一つの種の2つの標本であることを理解した。わたしは 21の文明を数えた。いまわたしは少なくとも31まで数えあげている。そのほか流産し た少数の文明を除いて。初期シリアはエジプト文明に、ネストリウス派はイスラム文明に 、スカンディナヴィアは西欧文明によって流産させられた。

龍樹(381)
 仏教の伝統的用語では「空」の思想を「空観」とよぶ。空観とは、あらゆる事物(一切諸法)が空であり、それぞれのものが固定的な実体を有しない、と観ずる思想である。この思想は、すでに原始仏教において説かれていたが、大乗仏教の初期の『般若経』ではそれをさらに発展させ、大乗仏教の基本的教説とした。その後この空観を哲学的・理論的に基礎づけ、大乗仏教の思想を確固たるものにしたのが龍樹(ナーガールジュナ) である。…代表的著作は『中論』であるが、同書の思想はインドの深い哲学的思索が生み出したものの中でも最も難解なものの一つとされている。

龍城の大悟(453)
(龍城に流摘された王陽明は)は思いつづけた、聖人がこのような境遇に処するとして、いったいどんな道があろうかと。ある日、夜半、夢うつつの間に、誰か語りかけるものがいるようで、「格物致知」の意味を大悟した。そのとき、歓喜のあまり、思わず気が狂ったように踊りあがったので、従者も驚いて目をさましたほどであった。彼はここに始めて「聖人の道は自分の性におのずから充足している。これまで理を事物に求めてきたのは誤りであった」と自覚したのであった。これが「心即理」と定式化される根本的自覚で、朱子学の方法論にたいするコペルニクス的転回をもたらした。主体に自己充足的な道徳原理がそなわっているかぎり、格物は道徳規範にたいする対象的認識〈窮理〉の意味を失い、この道徳原理を実現貫徹するための内面的工夫とならなければならない。

流動性選好利子論(492)
 ケインズは不完全雇用の状況のもとにおいては、貯蓄は所得水準によって大きく動くのであるいうことを展開し、…要約すれば、ケインズ体系は、投資と貯蓄が所得水準の変化を通じて等しくなるという乗数理論を中心に置くのに対して、新古典派の理論は投資と貯蓄は利子率によって等しくなるという投資・貯蓄、利子率決定理論をその中心に置いた。そしてこの後者は、完全雇用のときにおいてのみ妥当する理論であるということをケインズは主張したのである。
 以上のように、ケインズは、新古典派の理論を乗り越えた。ではこの流動性選好利子論の政策的帰結は何であろうか。それは利子率は市場の自由の動きに任せるのがいちばんいいという投資・貯蓄、利子率決定理論を否定することによって、利子率を人為的に動かし、それによって投資量を増やし、完全雇用を維持しようという、利子率介入の正当性を描き出した点にある。これが流動性選好利子論の目的ともいえる。
 …現行利子率が低いと、わずかな利子率の上昇でも人々は現金を持とうとし、あえて投資を行おうとは考えなくなる。このことが成熟した社会において民間投資が減退し、不完全雇用が生まれる原因であるとケインズは考えたのである。そこでこのような状態において利子率を下げるためには、政府の介入やむなし、そのためには公開市場政策をとれとケインズは主張している。

両界曼荼羅(137)  
 大日経によって[理]の世界を描いたのが胎蔵界曼荼羅、金剛頂経によって[智]の世 界を描いたのが金剛界曼荼羅。東寺伝真言院曼荼羅は、12院のピラミッドを平面図に した胎蔵界、3×3の9枚からなる金剛界から構成される。

良書のしるし(444)
 ウィトゲンシュタインは、この年(1913)ケンブリッジにはほとんど帰っていない。アレー・ガッセの自宅かホーホライトの別荘にこもって、ラッセルの論理思想を反面教師とし、みずからの考えを明確に定式化することをひたすら目指す。とくにラッセルの階型理論に対する批判はきびしく、ラッセルはのちにオットライン・モレル夫人宛の手紙で、「かれの批判はわたしの生涯で第一級の重要さをもっ出来事で、わたしにはかれの正しいことがわかり、自分にはもう哲学における基本的な仕事の達成を二度と望みえないことがわかりました。」とさえ告白している。
…ラッセルは、『論考』が「正しいとは確信できないが、本当に偉大な書物だと感じています。全部正しいか、全部間違っているかのいずれかであることは確かで、それは良書の印しだと思っています」とレディ・オットラインにわざわざ報告している。


両性球体(183)  
 ヘルマフロディトス。アンドロギュノス(両性具有)である。ヘルメスとアフロディ ーテーの子とされるが、ギリシャでは忌嫌されたが、アジアに渡って、完全球体的存在 として信仰されるようになる。

両部神道(378)
 大日如来とは、密教で説かれるもっとも根源的な仏である。この世界のあらゆる存在はこの大日如来の働きであり、その顕れであるとされる。そうした世界観を視覚化したものが曼荼羅であるが、日本では空海以降金剛界・胎蔵界という二つの曼荼羅が一対のものとして捉えられるようになった。…このように、神宮の(内宮と外宮の)両宮を両界景羅になぞらえて解釈する理論は、「両部神道」とよばれている。

料理女マルタ(422)
 リフラント(ドイツ騎士団の支配したバルト海岸の地域リヴォニアのドイツ語名称。) のプロテスタント牧師グリュックの家のみすぼらしい小部屋に、…とても美しい料理女マルクが住んでいた。マルタは結婚していたが、夫なしで暮らしていた。結婚相手は…美形の料理女といい仲になつたあと戦争に行き、…二度と帰ってはこなかった。本来ならこの美しい女は、そのまま牧師館で料理や洗濯をして年老いていくはずであった。…もしもこの地にロシアの軍隊が侵攻して、マルタがロシア軍の捕虜になるという事件さえなければ。
 ここから、昨日までの料理女は魔法のような人生を歩み始めることになる。それはロシア軍司令官シェレメーチェフ伯爵のベッドで始まり、その後彼女の豪華な体は、さらに上の位にあたるピョートル大帝の寵臣で、絶大な権力を誇るメンシコフ公爵のベッドに納まった。そしてそこからはもう皇帝自身のベッドまで、まっすぐな道が続いていたのである。…この美女の魅力と善良な気性が、信じがたい奇跡を起こしたのだ。こうして全ロシアの皇帝が、なんと夫のある料理女と結婚することになった。マルタは洗礼を受けてエカテリーナ・アレクセーエヴナと命名され、ピョートルは彼女に皇后の冠を授けた。


料理の三角形(311)
 レヴィ=ストロースは「料理の三角形」と言われる見事な図式で、世界中の料理について、「生のもの、火を通したもの、腐らせたもの」という三つの公式を使えばすべてを分類できることを示した。複雑な現象の基礎となる「構造」を解明したといえる。

 ■輪郭的思考(111)  
 知覚形式の2種が、東洋的な輪郭的思考と西欧の階差的思考。対象から輪郭を抽出 する脳の概念的作業と、目で見たままの光と影を見るものの差である。

リングィスティックス(263)
 言語学。哲学や倫理学のように、古代ギリシャからあったわけではない。英語でlinguisticsと言いはじめたのはかなり新しいことであり、それが通常の人の日常会話の中で用いられ理解されるようになったのはごく最近のことである。1933年、ブルームフィールドが「言語」という本を著したとき、その書き出しのところでこの語を紹介している…。

燐光(332)
 発光(luminescence)には「蛍光(fluorescence)」と「燐光(phosphorescence)」の2種類がある。発光するには、エネルギー的に高い状態(励起状態)になって、その高い状態から基底状態に飛び降りるときにエネルギーが放出される。エネルギー的に高い「一重項励起状態」から飛び降りたときの発光が「蛍光」で、エネルギー的にそれより低い「三重項励起状態」から飛び降りたときの発光が「燐光」であるが、熱に変わりやすく、発光しにくい。従来は常温で燐光を発生する物質は知られていなかった。有機ELにおいて、理論的には、「三重項」と「一重項」の出現確率は、1:3であるから、電子から光への変換効率は25%を越えられないと考えられていた。これが「内部量子効率」である。「一重項」から燐光を発する材料の発見できれば、この壁を越えられる。

輪廻転生(536)
 仏教がわが国にもたらした輪廻転生の考えは、ついに日本人のあいだに定着することがなかった。その哲学的な死後観念が日本人の心情をふかくとらえることはなかったと思う。なぜなら日本人は、死後における魂の多元的な転変の可能性を否定して、ただ一回かぎりの霊魂の安定性のみを求めようとしてきたからである。日本仏教のカリスマたちが、輪廻転生からの解脱よりも、むしろこの現世におけるそのままの解放に関心をもち、その有効性のみを説きつづけてきたことが、なによりもそのことを明らかにしている。



【語彙の森】