語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2016-12-29 計20語
新着語
ルターの便秘、ルイトポルトアリーナ、累積の力、ルネッサンスの美、ルシタニア号、ルサンチマン、ルイス・カーン、ルルドの群集、ルネッタ、ルビンの杯

ルイス・カーン(279)
 ルイス・カーンの作品が今日の彼に与えた影響を問うと、安藤忠雄はこう答える。「私がとくに賞賛するルイス・カーンの作品は、アーメダバードにある「インド経営大学」である。明らかに厳格で冷淡な幾何学の図式を用いながら、彼は地元の建築材料を使い、土地の文化と状況に敬意を払った点が見事な建築において、光と影の戯れを作り上げることに成功した。」

累積の力(477)
 ありえなさという問題に対する答として自然淘汰が有効であり、偶然と設計がはなから不適格であるのはなぜだろう?その答は、自然淘汰が累積的な過程であり、これが、ありえなさという問題を小さな断片に分割するから、である。小さな断片のそれぞれは、小さなありえなさをもつが、それほどはなはだしくありえないわけではない。こうした小さなありえなさをもっ出来事が非常に多数集まってひとつながりになれば、その累積による最終産物は、実際、とんでもなく非常にありえないもの、偶然が到達できる範囲をはるかに超えるだけのありえなさをもつことになる。創造論者がうんざりするほど繰り返しもちだす議論のテーマになるのは、こうした最終産物である。創造論者は…統計学的にありえないことの創生を、たった一度かぎりの出来事として扱うことにこだわっているからである。彼は累積の力というものを理解していないのだ。

ルイセンコ学説(203)
 戦後一時的にもてはやされた生物学説。正統的遺伝子説を否定し、獲得形質が遺伝すると主張。日本の学者がイデオロギーや海外の権威に弱い ことの例証とされる。

ルイトポルトアリーナ(513)
 神聖ローマ帝国は首都をおかず、皇帝は家臣をつれて城から城へと移り住んだが、おおくの皇帝がこの町(ニュルンベルグ)をこのんで居館とした。とくにカール4世は、生涯で40回も訪問したことで知られる。彼は1356年にニュルンベルクで金印勅書を公布し、第1回の帝国会議はニュルンベルクでひらかれることになった。ニュルンベルクはドイツ支配の大会(会議)の由緒ある場なのだ。
…いよいよニュルンベルクがナチス党大会の町にえらばれることになるのは、その翌年、1927年の第三回党大会のおりであった。…記念すべきナチス党第五回党大会は、1933年8月30日から9月3日にかけて、ニュルンベルクのルイトポルトアリーナを主会場として開催された。


ルーカス教授(165)  
 ヘンリー・ルーカスが寄付したケンブリッジ大学の数学教授職。二代目がアイザック・ ニュートン。1980年38歳のホーキングもその職についた。

ルー・ゲーリック病(165)  
 ルー・ゲーリックがかかったためにアメリカではそう呼ばれるようになった筋萎縮性側 索硬化症のこと。随意筋を制御している神経細胞が徐々に崩壊していく。ホーキング病と 呼ぶべき。

ルサンチマン(353)
 フェルスター(パラグァイにドイツ純血主義の入植地を作った)の行動の奥にあった動機は、ニーチェならルサンチマンと呼んだものであろう。すなわち、羨望、嫉妬、復讐心の混じり合った感情である。これはほかの道徳との対照によってはじめて定義づけられる道徳で、ほかの道徳はこれに邪悪というレッテルを貼り、ニーチェは奴隷の道徳と呼んでいる。ニーチェにとっては、キリスト教が究極の奴隷の道徳であるが、国粋主義と人種差別主義もやはり奴隷の道徳に含まれていた。ベルンハルトとエリーザベト(ニーチェの妹)は極めつけの奴隷道徳家だった。ニーチェは『道徳の系譜』 のなかで書いている。「高貴な道徳はどれも誇らしげにみずからを肯定するところから発展するものだが、奴隷道徳は最初から外部のもの、異なっているもの、自分以外のものに否という。この『否』 こそがこの道徳の創造的な行為なのだ。……ルサンチマンの人は正直でも純真でもなく、また自分自身について誠実でも率直でもない。その魂は横目づかいをし、その精神は隠れ場所、秘密の小道と隠れた入り口を愛する……。」

ルシタニア号(369)
 1915年5月7日午後2時29分、イギリスの巨大な豪華船ルシタニア号は、ドイツの潜水艦に撃沈され、1198名の命もろとも海のもくずと消え去った。…犠牲者のなかに含まれていた124名のアメリカ人の死がアメリカに第1次世界大戦参戦をうながし、それが連合軍勝利のきっかけになったのだ。これは世界有数の大事件だっただけでなく、永遠に解けない謎を残した。ルシタニア号は、客船だったのか、それとも軍艦だったのかという謎である。ルシタニア号は、最高速の大西洋横断定期客船に授与される「ブルーリボン賞」を目当てに設計され、海軍省から補助金を得てつくられた。全長670フィート、乗組員900名、収容乗客2300名。航行25ノットで、6インチ砲を21門搭載することができた。…このときドイツは、ルシタニア号に乗ろうとしている客たちに、「公海上の戦闘水域にいる敵国客船は、攻撃される恐れがある」として、乗船を控えるように警告していた。それにもかかわらず、1888人の勇気あるアメリカ人たちが、ルシタニア号の乗客として切符を予約していたのだ。このとき弾薬4千ケース余が、公式には「無害」とされて、ルシタニア号の積荷に加えられた。ルシタニア号のニューヨーク出発後、大西洋のむこう側では、何人かの人々がこの船の運命を案じていた。当時のイギリス海軍大臣チャーチルは、海軍本部委員長フィッシャー卿を招いて、「船がアメリカ人乗客もろとも沈められた場合の影響」を、前もって調査するよう命じている。

ルターの便秘(536)
 そのマルチン・ルターが、同時に痼疾のような悪魔信仰をもっていたことは、あまり知られていないのではないだろうか。かれは死ぬ数日まえでさえ、窓の外の雨どいのうえに悪魔が背中をみせて坐っているのをみていたのである。ルターは、悪魔がしばしば肛門の汚れたところに姿をあらわすと信じていた。だから悪魔に嘲罵をあびせて駆逐するためには、牛飲馬食して巨大な便を排泄しなければならぬ、とかれは考えた。それはほとんど強迫観念にも似た気の奪われかたであったが、不幸なことにルターは生涯を通して便秘と閉尿に苦しんだのである。

ルート・デ・グランクリュ(97)
 極上銘柄街道。ボルドー市内からスーラック行きの道標をたどり、パリ行きの高速道路 との分岐を過ぎて3〜4km行くと、道はポーイヤック方向に右折する。これがメドック へいたる県道D2号線である。ぶどう園めぐりの旅はやってみるだけの価値はある。生涯の思い出になるような経験になるはずである。

ルドルフ二世(185)  
 16世紀のプラハをマニエリスム芸術の中心地としたパプスブルグのドイツ人皇帝。ア ルチンボルトを庇護し、ティコ・ブラーエやケプラーを招聘する一方、多数の錬金術師を 抱えた魔術も愛好した。その驚異博物館は世界中の珍奇で異常なものを収集していたが、 それは現存しない。チェコ人にとっては400年に及ぶ大国支配下の不快な一エピソード に過ぎない。

ルナー・ソサエティ(108)  
 バーミンガムで、ダーウィンの祖父、エッジワース、ウエッジウッド、ワット、プリー ストリらによって開かれた科学談義の社交場。幅広いアマチュア的科学議論の場。現代の 細分化した先端科学の議論への警鐘。日本ではロゲルギストと名乗る学者による物理の散歩道が類例となる。

ルネッサンス(110)  
 トインビーの独自説。ルネッサンスは子文明による親文明の再生である。単なる同一文 明内の復古主義ではない。これらの中に、状況を克服する方法論を見出せないときに発生す る。よって文明に親子関係があるところには、すべてルネッサンスがある。ルネッサンスはあまり成功しない方がよい。活発な文化創造を抑制することになる。

ルネッサンスの美(441)
 スイス生まれの美術史家ハインリヒ・ヴェルフリン(1864--1945)は「ルネッサンスとパロック」(1888年)の中で、ルネッサンスの美について次のようにいっている。…ルネッサンスは平静と美の芸術である。その美とは人を解き放つ効果をもっており、それゆえにわれわれは安らぎと生命力の持続的な高揚をそこに認めるのである。その創造作用は完璧であるから、なんらの無理強いや抑制も、居心地のわるさや動揺も示すことはないのである。(坂本満訳)

ルネッタ(258)
 リュネットとも書く。アーチ建築の天井下の半円形壁面。ミケランジェロは1506年33歳の時から4年をかけてシスティナ礼拝堂の天井に旧約聖書創世記の世界と5人の巫女と7人の預言者を描いた。60歳になって、今度は正面壁に最後の審判を描いた。登場人物400人、この祭壇画は一枚の絵としてはおそらく世界最大のものであろう。この最上部のルネッタに、天上を舞う天使が描かれた。

ルビ(朝日新聞99-6-20)
英国で7ポイント活字をルビーと呼んだ。日本で漢字の読みをこの7ポイント活字で印 刷したことからルビと呼ばれるようになった。お雇い外国人の影響である。

ルビンの杯(219)p.85
 杯にもみえるが、見ようによっては向かいあう二つの顔にも見えるという図形。

ルフトヴァッフェン・ライカ(95)
 グレーライカと呼ばれるドイツ空軍特別仕様のVcをベースとしたライカ。シャッター にボールベアリングを使用、耐摩耗性、耐寒性を向上させた。このメカニズムはVfで市販でも採用された。

ルルドの群集(261)
 「かしこには担架の上に重病人が横たわっている。朽葉色の顔をした男が眼を開く。とつぜんとぼされた二つの残り火が灰色のまぶたのなかにひかる。彼はむさぼるように聖体盒をみつめ、やがてすべてが消える。一瞬照らされた彼の顔はふたたび暗黒な顔となる。結核性脊椎炎をやむ女は膿汁に溺れながら、眼も開かない。彼女はもはやこの世のものとも思われない。他の女たちも昏睡のなかに落ちている。ひとりの娘ははたでいくら拭いてやっても血泡をふいている。」病み、疲れ、汚れた悲惨な群集。その頭上に燦然と輝く大蝋燭。…これは作家のユイスマンが「ルルドの群集」の中に描き出した寺内の光景、彼の把握した限りでのキリスト教の真髄だが…


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