語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2017-7-25 計41語
新着語
ソナタ作品番号111、祖先の目、組織を持つ者、創造的な病い、即非の論理、装填されたピストル、存在と無、想像するということ、存在そのもの、創造神の否定、ソロモンの知恵、ソルフェリーノの戦い、相対的賃金関係

ソーヴァージュ(261)
 ソーヴァージュ(粗い)とは研磨も彫刻も施していない、切り出したまま、ということだ。シトー会の精神と建築をこれくらい的確に表現する言葉はないだろう。

臓器売買(302)
 ある貧しいトルコの労働者が、イギリスに渡って腎臓一つを3300ドルで提供した。彼は、その金を自分の二歳の娘の手術の支払いに当てた。臓器売買を不快な行為として、これを禁止している西洋に住む私たち大多数は、この父親に何と言えるだろうか? 娘の命を助けるために腎臓を直接娘自身に提供するのはよくて、同一の目的のために他人に売ることは悪いことなのか?

走行給水(150)  
 蒸気機関車の速度アップのために考え出された、線路の間に溝を掘って水を貯め、これ を走行中の蒸気機関車がすくい取るアイデア。昭和5年「燕」を東京/神戸9時間で走行 させるために、給水停車をなくそうと本気で考えたが、実際にはテンダー(炭水車)の後 に燕専用の水槽車を増結することとなった。この長時間無停止のためには、御殿場越えの 後押し補機を30秒で連結し走行中切り離したり、機関士も走行中に交代したという。

層状吸気(245)
 ガソリンエンジンの燃費改善法であるリーンバーンを実現する燃焼技術で、水平に渦を巻くスワール式と縦方向に渦を巻くタンブル式がある。リ−ンバーンは空燃比を20〜24にするが、混合気が理論空燃比の約15になる層と、空気だけの層に分かれるように層状にすることがポイントである。これによって、軽負荷のときに空気の流入を防ぐようにスロットル・バルブを絞ることによるポンピング・ロスを低減をはかる。

創造神の否定(511)
 ゴータマ・プッダの説く教えは、絶対の原理、絶対の神格による世界創造を否定し、あくまで人間の自覚に基づく実践をそのすべてとした。仏教が、だれでも真理に目ざめればプッダ(仏陀)になれるとした、いわゆる万人成仏を旗印としているのも、創造神の否定に基づくのである。このことは、アリヤン文化の中に生まれた仏教が、アリヤン文化と本質を異にする一面でもある。人間プッダの誕生は、まさしく創造神の否定というかれの合理主義を発端とするが、そこには、プッダの鋭い時代感覚と深い思索が裏づけられていたことは当然である。

想像するということ(517)
 非現実の対象を作りだすということ、つまり想像するということは、意識があたえられた現実的世界の一部ではなく、それ自身を世界から引き離し、世界に距離をおき得るということである。その意味で、世界を超える、あるいは世界の全体を無とすることが、意識の本質でなければ、想像は成りたたないはずである。しかるに世界を超える本質とは、意識の「自由」に他ならない。かくして意識は、綜合的な全体としての世界をつくり出すという働きにおいて自由なばかりでなく、その世界を否定するという働きにおいても自由である。「世界を世界として措定すること、あるいはその世界を無に還元することは、唯一の同じことである」。しかし世界を超える、否定する、無に還元するというとき、どういうし方でもそうすることができるというのではない。非現実を想像するという働きにおいて、意識が自由であるのは、恋意的だということではない。非現実的な対象を想像するためには、その対象がそのなかでは非現実であるような現実の世界がなければならないからである。私が庭に一角獣を想像し得るのは、私の意識がそのなかでは一角獣が存在し得ない庭を、あらかじめ構成しているという条件のもとにおいてである。

創造的な病い(536)
 私(山折)には、そのようなチベット・マンダラの不気味な世界が、かねてから謎であった。それを仏教の堕落形態とよぷ学者がすくなくないが、私はそのような解釈をおいそれとは信じる気になれなかったのである。(チベットのラサの)ベッドのうえで不眠症に苦しめられていたとき、私はそんなことをぼんやりと考えていたのだが、しばらくして、ふと心に響くものがあった。
 唐突ないいかたになるが、高地の風土と空気の薄さは、心の深部をよりいっそう露わにする要因になっているのではないか、という感想が自然にわいてきたのである。チベット仏教に特徴的な怪奇と性愛の雰囲気は、人間の心の深層における怪奇と性愛の不思議をあらわす鏡ではないか、と考えたのである。…高地瞑想は高山病という「創造的な病い」との、 はてしない 戦いをその内にふくんでいるということである。


創造の中心複数説(206)p.208
 旧約聖書の創造説を字義どおりに解釈するなら、論理的必然として、ある島だけに分布する特産種はその島で創造されたことになる。つまり造物主による創造の行為が、無数としかいえないほど多くの場所でおこなわれたことになり、創造は旧約聖書の創世記にあるような一回かぎりの特別なことではなくなる。ウォーレスはこの創造の中心複数説に対して「特異な種をもつあらゆる島、あらゆる地域ごとに中心を想定するのでなければ、必要もないし、事実にも一致しない。」と批判した。

創造の前に神は何をしていたのか?(467)
 神が世界と時間の中にみずからをあらわしたのは創造の時からである。世界の創造によって第一にしるしづけられるのは「時」である。時が刻まれ、歴史がつくられて、神の永遠の姿は鏡に映るように歴史に映されてきた。そしてその歴史は、モーセが記し、預言者たちが書きとどめた文字の中に生きている。創造の前には神は何をしていたのか? アウグスティヌスが賢明にも答えたように、「神は知りたがりやのために地獄をつくっておられた」。つまり世界創造以前の無限の時間について、あれこれせんさくするのはただ自分の好奇心を満足させること以外なんの益にもならないし、神に対して不正を働くことだ、とカルヴァンはアウグスティヌスを引きつつ語る。

想像力(158)ファインマン  
 科学にも想像の力がいる。いままですでに観察されたものと、細かいところまで矛盾な く、それでいていままでに考えられたことのある何物とも異なっており、しかも見たこと もないものを想像することはまったくもって難しい。

相対的賃金関係(492)
 景気変動の過程において、貨幣賃金が上がれば実質賃金は下がってしまう。貨幣賃金が下がるならば、実質賃金は上がってしまう。労働者は実質賃金の動きを支配することはできない。雇用者と労働者の間で決定できるのは貨幣賃金だけである。このことをよく知っているから、労働者は貨幣賃金の額、とくに同じ職種であるにもかかわらず、他人に比べて自分が高いか低いかという問題については、多大な関心を払い、少しでも低いと不満をいい、そしてそれに対する引き上げの要求をする。つまり彼らの関心は相対的賃金関係である。
だが全体としてその国の賃金水準が高いか低いかという問題については、それを支配することができないという理論を、知るわけではないけれども、その問題に対しては大きな抗議行動は起こさない。その意味において新古典派の理論に忠実であるということができる、ということをケインズはいっている。


宗竺遺書(168)  
 そうちくいしょ。三井11家の始祖三井八郎兵衛高利は小売りと両替で成功し、没後の 同族経営の原則を定めた。これを長男がさらに整備し明文化したもの。この原則は財閥解 体まで遵守された。

装填されたピストル
 彼は、言葉が、…「装てんされたピストル」だ、ということを知っている。彼が喋るならば、彼は射つのである。だまっていることはできる。しかし射つことをえらんだからには、人間として標的を狙いながらであって、偶然に、眼をとじてただ音をきく楽しみのために射つ子供としてではあり得ない。われわれは文学の目的がどういうものであり得るかをもっと深く決定しようとこころみるだろうが、今でも、われわれは次のように結論することができる。作家は、世界を、殊に人聞を、読者に暴露することをえらんだのであり、その裸にされた対象を前にして、読者は全責任をとらざるをえないのだと。法というものがあり、法律は書かれているのだから、誰も法律を知らないとは見倣されない。そこで法律にそむくことはあなたの自由だが、あなたは危険を冒すということを知っているはずである。同様に作家の機能は、誰も世界を知らないはずはないし、誰も世界について全く責任がないとはいえないように、行動することである。そして一たび言葉の宇宙のなかに自己を束縛した以上、その人はもはや決して語ることを知らないと偽ることはできない。もしあなたが意味の世界へ入るならば、どうしてもそこからは出ることはできない。

総統の個人的囚人(485)
 マルティン・ニーメラーは、1892年に、北西ドイツの町リプシュタットにおいて生まれた。ドイツ敗戦後は、転じて牧師となる道を選んだ。…しかし、1933年のヒトラーの政権獲得後、《ドイツ的キリスト者》の運動が強まるなかで、それに反対する《牧師緊急同盟》を組織化し、やがて《告白教会》の戦列の先頭に立つにいたった。…おそらくナチ・ドイツの全期間を通じて、ヒトラーと面と向かって渡り合った人間はニーメラーのほかなかったのではなかろうか。
 その応酬の代価をニーメラーは、のちにヒトラーの復讐の形で支払わされた。1937年7月、ニーメラーは反国家行動=煽動などの容疑で逮捕された。世界の注目を浴びて行なわれた裁判は八カ月後にニーメラーが「内乱罪や反逆罪の犯人とはおよそ似つかわしくない」人物であるとして、事実上の釈放をもって終結した。それは、ナチ司法の中に貫かれた並々ならぬ勇気と良心を証しするものだった。この判決を聞いたヒトラーは激怒した、その日以後、ヒトラーの特別命令にもとづく《総統の個人的囚人》としてザクセンハウゼンさらにダハウの強制収容所に送られた。敗戦の日まで、彼はついにそこから解放されることはなかった。


創発(62)
 エマージェント。個々の部分は単純なしくみでありながら、それらが相互に関係するこ とで複雑な特性を獲得すること。気象は創発的な特性だ。生命は創発的な特性だ。心は創 発的な特性だ。

属人区(390)
 1982年、教皇ヨハネ・パウロ2世はオプス・デイを属人区″として承認した。これは教会法で定められた組織形態で、その裁治権が特定の地域ではなくオプス・デイの会員そのものに及ぶことを意味する。つまりオプス・デイは、聖職者の地位と同じく、地理的な制約を受けなくなったのである。教会で唯一の属人区として特別に認可されたことで、オプス・デイはヴァチカンからも教皇自身からも高く評価されていることを世に示した。
 オプス・デイに対するヴァチカンのひいきぶりは1992年に再び公然と示され、この組織にまたお墨付きを与えることになった。サン・ピエトロ広場に30万人の支持者を集めて、エスクリバーを福者として公認する式典が催されたのである。とはいえ、1975年にエスクリバーが帰天してからわずか十数年しかたっていないのに、教皇ヨハネ23世らを差し置いての列福が決まった際には、控えめに言っても多くの異論が出た。


即身成仏義(377)
 顕教では、生身の人間が悟りを得るには、幾度も生まれ変り、数えきれない年数をかけて修行しても、きわめて困難だと考えている。それに対して密教では、父母より授かった生身のままで、成仏することが可能であると説く。自己の眼を見開くことによって、即時に、この肉体のままに成仏しうることを、即身成仏という。この即身成仏の問題だけを取り上げて、さらにくわしく理論的に説明したのが、『即身成仏義』である。空海はその中で、インドや中国の密教にも見られない六大説をもって、即身成仏の理論を構築している。地水火風空の五大によって、世界が構成されているという思想は、古くから西洋にも、インドにもあった。ところが空海は、地水火風空の五大を世界の物質的な側面、識大を精神的な側面とみて、仏の世界も、世俗の世界も同じくこの物心両面を備えていると説いた。したがって凡夫も仏も同じく六大からなり、質的に相違がないから、凡夫といえども真理に開眼すれば、即時に成仏しうると説く。

■即非の論理(524)
 鈴木大拙先生は、大乗仏教の根本原理を「即非の論理」と呼んでいるが、これは恐らく著者の命名であろう。しかし論理と言ったところで、宗教に関する限り、単なる概念的構成ではなくて、論者自身に宗教的体験の事実のあることが前提されていなければならない、これがないと一切の「論理」は説得性をもたぬことになるからである。『金剛〔般若波羅蜜〕経』に、「仏の般若波羅蜜と説くは即ち般若波羅蜜に非ず、是れを般若波羅蜜と名づく」とあるのが、即非の論理の由来である。ところで人間は、なぜ肯定を否定し、その上でまた肯定に戻るというくどくどしいことをせざるを得ないのかと言うと、これをしないと、或いはこうして物の真実に到達するのでないと、心が落ちつかないからである、いつも不安でいなければならないからである。例えば、我々は死というものに対して、常に不安の念をいだいている。それは−−「死は死である」と無反省に肯定しているからである。これを否定して、「死は死でない」と判かれば、死を恐れる必要はない。こうして否定を経た上での「死」は、「在りのままの在る」であるから、もはや恐怖という主観的な情意の対象にならないのである。


ソクラテスの殉教(442)
 ソクラテスの死は、彼の神的なるものの概念があまりにも純粋でありすぎたことからする、一種の殉教ではなかったか ?  彼は、旧約聖書の中で、キリストの到来を予示する役を果している二、三の人々の場合と同様に、受難の原型であり、真の模範であった。ストアの哲学者たちが説いた、全存在物に浸透している神的原理、かつ世界の原因としての「ロゴス」も、すでにソクラテスがある程度論じたものである。

組織を持つ者(552)
「それは私にはあの大祭司カヤパが主イエスを殺すときに言った言葉を思いださせます。全国民を守るためには一人の者を身代りにするのはやむをえまい。あの時、カヤパもそう言いました」そう、大祭司カヤパにはいつも秩序と安全とが大事だった。秩序と安全とを守るために彼は主イエスをその生費にしたのだった。
 「我が子よ、私は大祭司カヤパのその言葉を肯定したくはない。しかし主はあの時、組織を持っておられず、カヤパには組織があった。組織を持つ者は、いつも、カヤパと同じように…大多数を守るためには一人の者を見棄てるのはやむをえない…そう言うだろう。主を信じている我々も、教団を作り組織を持った瞬間から、大祭司カヤパの立場になってしまった。あの聖ペテロでさえ、教団を守るために仲間だったステファノが石打ちの刑で殺されるのを見棄てておかねばなら・なかったのだから」


ソシュール(263)
 言語研究の歴史の上で、言語学を一般的な方法によるのではなく、その固有の対象のための固有の方法によって完結した体系に組織しようという願望を、かってないまでにはっきりと名言したのは、ソシュールが最初だろう。……ソシュールが、言語学を他の何かに依存せずそれ自体として自立した学科として組織するためにとった処置は、言語を超個人的な社会的事実として扱うために社会からきりはなし、また、話し手の意識にその体系性の根拠をゆだねることによって、時間と経過と歴史とを抜きさって、いわゆる共時態をつくり出したことである。…19世紀の比較言語学では、時間の経過の中での変化、異なる歴史的な相の相互間の比較こそが言語学を科学に組織する方法的基礎であったのに、ソシュールにおいては、その歴史なるものが、言語それ自体の学を組織することを阻む要因であった。

祖先の目(556)
 周知のように、人間の目は電磁スペクトルの比較的狭い領域、すなわち約400から800ナノメートルの領域だけを知覚できるが、シュレーディンガーは、この事実から出発して、我々の目のそのような機能は発生学的に太陽光線の影響として説明されるとの考えを、最初に述べた研究者の一人であった。
…人間の目の感受性曲線が、特徴的に太陽光線の強度の極大のところに集中していることは知られているが、網膜の光に敏感な二つの部分、棹体と錐体には明らかな相違がある。つまり、「棹体の曲線」が、「錐体の曲線」に対し、スペクトルの短波長側(青色)へかなりずれているのである。シュレーディンガーによると、この現象は、灰色の夜間視をつかさどる棹体が、色彩視をつかさどる錐体に比べ、ずっと古い視覚器官であり、前者が我々の「祖先」がまだ水中に棲息していた時代に発生したと仮定すると、水はすでにわずかな水深のところで青緑色がかり、水中動物にしてみると、太陽光線のスペクトルのエネルギー分布がそれにつれて変化して見えることから、棹体における感受性極大のずれが説明される。また、棹体器官の幅広い順応性や、多くの動物、特に下等動物の制限された色彩視に対しても、同様な説明が成り立つ。


ゾッキ本(171)  
 新刊が売れないために、新品なのに古本屋で見切り売りされる書籍。真善美社の「死霊 」、月曜書房の「不合理ゆえに吾信ず」ともに、埴谷雄高の作品を出版することで倒産に 至り、ゾッキ本でしか買えなかった。
(月曜書房はいつ倒産したかとのメールに答えて)
 私の辞書に「ゾッキ本」をアップした、その引用源は、    木村俊介:奇抜の人,平凡社,(1999),p.53という一般書です。埴谷雄高の評論集の編集を手掛けた松本昌次さんの回顧です。松本さんは未来社に入社する1953年以前に、月曜書房刊の「不合理ゆえに…」を入手しています。私の手元の「不合理ゆえに…」は現代思潮社の1975年初版ですので、あとがきなどからは、有用な情報は得られませんでした。河出版「埴谷雄高作品集2」の解題によれば1950年に月曜書房刊の「不合理ゆえに…」が出版されていますので、倒産年度は1950〜1953ですね。


 ■ソッドの法則(105)
 遅かれ早かれ最悪の事態がおこる。マーフィーの「失敗する可能性があるときは失敗す る」と同類。

ソドムのプリンス(346)
 お気に入りの美少年、すなわちミニヨン(寵臣)ばかりに取り囲まれて暮らすアンリ三世の宮廷を周囲の人々は「両性具有の島」と呼んだ。…これらの美しいミニヨンたちは、長い髪を人工的ちぢらせて、淫売屋の娼婦のようにビロードの小さなトーク帽をかぶっていた。…ソドムのプリンスとも呼ばれた。…そろって美貌で、並々ならぬ剣の使い手であるこれらの青年たちは、つねに唇に皮肉な笑みを浮かべて長剣で風を斬り、たえず懸架斬り合いの種を探し出し、主君のために命を捧げることを情熱的に欲し、主君に対してほとんど狂信的に忠実だった。

ゾナー(191)  
 エルネマン社を吸収したツァイスはエルノスターのベルテレも手に入れた。彼が設計し たのがゾナー。1931年にF2(3群6枚)についで翌年にF1.5(3群7枚)も出 た。ゾナーという名前はコンテッサ社のテッサー型レンズものだったが、ツアイスが同社 を吸収して、その名前を得た。

ソナタ作品番号111(558)
 サー・ジョンとレディ・フランクリンは、クイーンスクエアのホールでルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンという作曲家のピアノソナタ三曲を聴いた。演奏したのは、モシェレスという名のかくしゃくとした老紳士だ。
 最後のソナタを聴いていたとき−−〔作品番号111〕という名だ−−奇妙な感覚に襲われた。ジョンの思考は、牛の半身や食糧樽をはるかに超えた高みに上り、目は視線の方向を変えることのないまま、老ピアニストと、グランドピアノから離れた。音楽は、悲壮であると同時に軽やかで明瞭で、ゆるやかな楽章は、まるで海岸を歩くかのようだった。波と、足跡と、繊細な模様の砂。同時にそれは、馬車からの視線にも似ていた。馬車から外を見る者は、常に自由に遠方の景色を遠ざけたり、近くの景色を輝かせたりすることができる。ジョンはそこに、あらゆる思考の繊細な葉脈を体験するような気がした。あらゆる構造の要素と、同時に恣意性を、あらゆる観念の存続と逃避を。ジョンは、自身が深い洞察力をもち、楽観的になった気がした。最後の音、が響き終わって数分後、突然ジョンは悟った−−勝利も敗北も、まったく存在しないのだと。それは、人間によって設定された時間の観念のなかを浮遊する恣意的な概念にすぎないのだと。

ソバ・デ・アホ(388)
 ホセ神父のソパ・デ・アホは夕冷えで少し冷たくなった私の身体をたちまち温めてくれた。一杯の熱いスープが、今までどれほど巡礼者を温め、励ましてきたことだろう。盗賊による難を逃れ、命からがらこの村に辿り着いた中世の巡礼者たちは、この一杯のスープに、今あることのありがたさをしみじみ思ったことだろう。聖ホワンは、明らかに巡礼者でないもの、異教徒の輩にも分け隔てなくソパ・デ・アホを振る舞ったという。スープの後、私は何もないサン・ホワン・デ・オルテガの村の夕暮れを見に外へ出た。アルベルゲ前の広場では、スープを飲んだ巡礼者たちが、立ち去りがたくそこに集っている。

素朴実在論(239)
 リアルだと考えていた世界。世界が緑だから、世界が緑に見える。このような実在感は、通常、哲学の世界では「素朴実在論」と呼ばれる。しかし、見る側の条件によって世界のあり方そのものが変化するのだとしたら、世界は本当に、私たちに先立ってリアルに存在しているだろうか。

訴陳を番える(378)
 鎌倉幕府の裁判では通常、原告人と被告人が直接法廷で争う前にそれぞれ「訴状」と「陳状」と呼ばれる書類を三度ずつ提出して、それを交換することが行われた。「訴陳を番える」(つがえる)といわれるこの段階で、原告と被告はそれぞれ証拠や必要な文書をすべて自分たちの責任でそろえる必要があった。その裁判で適用さるべき法律(式目) の条文そのものさえも、原告・被告おのおのがみずから探しださなければならなかったのである。 …ここに偽書が作られる温床がある。

ソルフェリーノの思い出(310)
 クリミヤ戦争におけるナイチンゲール等の傷病者救護に感銘を受けていたスイスのアンリ・ジュナンは、イタリア解放戦争の折、ソルフェリーノの激戦に遭遇し、負傷兵の救護にあたった。彼は帰国後、その悲惨な状況と国際救護組織の必要を説いた「ソルフェリーノの思い出」を出版、その影響によって1893年国際赤十字が創設された。

ソ連宇宙飛行の父(308)
 ポドリプキやゴロドムリャでの研究成果(拉致されたドイツ人ロケット学者達の研究)が、その後のソ連の技術開発に流れ込んでいることは間違いない。とはいえ、最初の人工衛星の打ち上げや、最初の有人宇宙飛行の実現に果たしたコロリョフの卓越した役割については、争う余地はない。1966年に死去した後、初めて明らかにされ称揚されるにいたった。 このコロリョフが、1946年10月にブライヒェローデでクルト・マグヌス博士を拉致した張本人である。

ソ連生物学界の粛清(278)
 1948年ソ連農業科学アカデミー会議で、会長にまで上り詰めたルィセンコが行った冒頭の演説。(1)生物学は農業の基礎である。(2)生物学の歴史はイデオロギー闘争の場である。(3)生物学における二つの世界−−二つのイデオロギー (4)メンデル・モルガン主義のスコラ哲学。(5)「遺伝物質」学説における不可知性の観念。(6)メンデル・モルガン主義の無成果。(7)ミチューリン学説は科学的生物学の基礎である。(8)若いソビエト生物学者はミチューリン学説を研究しなければならない。……このスターリンの指示を後ろ盾にした学説は、多くの粛清と転向を求めた。

ソ連の非行少年(351)
 田中寿美子(元労働省婦人課長)著,「新しい家庭の創造−ソビエトの婦人と生活」岩波新書、1964年
「私有財産制度を廃止し、資本家階級による搾取が制度としてなくなった社会主義国、ソビエトの家庭ほどうだろうか? 世界を通じて、資本主義国で、家庭の危機が間患になっているのにくらべて、社会主義国では、家庭は社会主義建設のための核となるものとして重要視され、国家の手厚い保護をうけているから、原則として、個人と家庭と社会とは矛盾したり対立したりすることがなく、一直線につらなっていると考えることができる」
「ソビエトにも不良少年がいると雑誌などで宣伝されていますけれど、本当ですかー」との問いに対してこう答えている。「ないことはないけれど、日本やアメリカのように非行少年が横行するという状態ではありませんね。何といっても、人間による人間の搾取関係が基本的に制度としてのぞかれた社会ですから、まじめな人間が失業して食えないという資本主義国とちがって、不良少年が発生する経済的な条件はのぞかれています」


■ソルフェリーノの戦い(502)
 スイス人のアンリ・デュナンは、イタリア統一戦争(1859年)の最大の激戦「ソルフェリーノの戦い」で生じた、おびただしい負傷兵とその救護現場を目の当たりにして衝撃を受けた。彼は平時からの救護組織の創設と、その活動を保証するための国際的保護制度を提唱した。デュナンと彼に賛同する人々は、その実現にむけて世界に働きかけ、赤十字という組織とジュネーブ条約(1864年)を生み出した。

 ■ソロモン神殿騎士修道院(41)
 第11次十字軍直後の1118年ユーグ・ド・パイヤンらが聖地守護を目的にエルサレ ムで創設されたテンプル騎士団の別名。

ソロモンの知恵(510)
 ソロモン王国の成立は一方で完全に世俗的・政治的な歴史の開始であった。しかし他方神殿の建設は天地を結ぶ接点となり、天地はユーニティとしてとらえられた。しかしこのユーニティの把握は思弁的でないのはもちろん神話的・神秘的ですらなく、我々のいう霊的であった。具体的に神殿の礼拝においてこの霊的ユーニティが心ある人々に次第に深く渉透した、と思われる。そこからこの神殿における経験を深めた宮廷人が政治の問題、軍事の問題、要するに世俗の問題に新たに立ち向かった。その時、世俗の事柄がそのまま神の事柄として霊的に把握されるに至り、ここにイスラエルの知恵、霊的知が生まれた。

ソロモンの指輪(8)  
 コンラート・ローレンツは特にハイイロガンを通じて動物行動学を確立した。名著と言 われるこの書名に「ソロモンの指輪」が使われたのは、古代イスラエル王国のソロモン王 が動物の自由に話すことができる指輪を持っていた旧約の挿話から来ている。

存在そのもの(517)
 現実にある物は、知覚を通じて、意識にあらわれると同時に、意識のつくりあげる意味の世界に位置づけられる。それは意識にとっての物である。しかし物の存在そのもの(「即自存在」)は、意識に依存しない。その意味で意識に超越し、意識の外にあり、意味なくしてただそこにあるものである。たとえば公園の樹の根は、必然的にそこにあるのではなく、理由なくして偶然的にそこにある(偶然性)。そういう存在そのものが、いわば意味の世界の向う側に、直感されることがある。要するに意味づけを離れた、あるいは意味づけ以前の直感であり、その「吐気」を催す経験を具体的に叙述したのが、小説「吐気」(1938)である。

存在と無(517)
 『存在と無』は、「現象学的存在論の試み」という副題をもつ。そこでは人間にとっての現実が、今ここにあるもの(存在)と今ここにないもの(無)とから成立するとされる。この場合の「ない」は、「ある」の論理的否定であるばかりでなく、「無」として「存在」のもう一つの姿とされる(存在論的概念)。したがって「ない」は、「ある」ものを「無に帰すること」でもある。
…今日常語でその要点をいい換えれば、「存在と無」は、物と意識との双方を含む世界の基本的な構造を、否定の概念を中心として、説明しようとした試みに他ならない。物はただそこにある。意識は、それと同じ意味でそこにあるのではなく、それ自身のなかに否定を含むものとしてある。「存在と無」というのは、「物と意識」というのに近い。

存在論的論証(477)
 神の存在を支持する論証は、先験的(ア・プリオリ)か帰納的(ア・ポステリオリ)かという二つの大きなカテゴリーに分けることができる。トマス・アクイナスの五つの論証は、世界の観察にもとづく帰納的なものである。一方、純粋に机上の推論にのみ依拠する先験的な論証で、もっとも有名なものは、1078年にカンタベリーの聖アンセルムスによって提唱され、その以来、数多くの哲学者によってさまざまな形で言いなおされてきた存在論的論証である。
…かくして、愚か者でさえ、それ以上偉大なものを思いつくことができない何かが、少なくとも、彼の理解のうちに存在することを納得させられる。たとえば、この言葉を耳にするとき、彼はそれを理解している。そして理解されたことは何であれ、理解のうちに存在する。そして確かに、それ以上偉大なものを思い浮かべることができない何かが、理解のうちだけに存在しえるはずがない。なぜなら、もしそれが理解のうちにだけ存在すると仮定すれば、それが現実に存在すると
考えることができ、そちらのほうがより偉大である。






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