語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2018-4-20 計15語
新着語
わずらわしい思想家、我あり、私自身が神ではない、私の過誤、ワッセルマン反応、ワイマールの万屋、若きイエールザレムの悩み、ワットとスミス、ワグナーのただの指揮棒、ワイガンド博士、ワイン、

ワイガンド博士(朝日03-4-21)
 米国3位のタバコ会社(B&W社)の不正を内部告発した。88年に研究開発担当副社長として入社して、93年に解雇される。「他人を害する行いを見たとき、それを見過ごしてはならないという市民としての道徳的な義務がある。その害を引き起こしている会社への忠誠ではなく、自分が所属している社会への義務です」
 97年、訴訟は、たばこ会社各社が約40兆円という空前の和解金を40の州政府側に支払うことで合意した。守秘義務を破ったなどとしてたばこ会社がワイガンドさんを相手に起こした訴訟の取り下げも合意に盛り込まれていた。

ワイマールの万屋(496)
 ここで政治家としての彼(ゲーテ)の実務活動をまとめて述べておこう。大臣ではあってもさしあたりは無任所で、特定の行政機関を率いたのではないようである。ただ諸種の委員会を主宰して、多様な行政上の政策遂行に当った。まず鉱山事務を委任され、イルメナウの鉱山の復興を計る。…ここではシュトゥルム・ウント・ドラング的な奔放な天才風はいまやまったく超克されて、すべてを責任をもって処理するすぐれた行政官、そして政治家になったのである。
 とくに功績があったのは、貧しいこの小国の財政面の整備、予算の確立、軍隊の縮小である。カール・アウグストは軍隊好きであったのにこれを実現したのはゲーテの努力のほどを思わせる。火災があればみずから駆けつけて実状を見、やがて消防条令を起草する。こんなことでへルダーは噸笑して彼を「ワイマルの万屋(よろずや)」と名づけたという。

ワイン(303)ヘルマン・ヘッセ
 そうです。それは悲しいことです。人生はしばしばそれほどに悲しいものなのです。私はそれを知っています。私の場合もやはりそうでした。それに耐える努力をしなさい。そしてまったく役に立たないときには、ワインを一本飲みなさい。そしてそれも役に立たないときには、頭に一発弾丸を打ち込むことができると考えなさい。

若きイエールザレムの悩み(496)
 イエルーザレムはブラウンシュヴァイク大公の公使館付書記官としてウェツラルに派遣されている青年官吏である。すでにライプチヒでゲーテは同学の学生同士として彼と知り合っていた。…自殺の前日(ある官吏)夫人の前に脆いて自分の思いを告白する。ところがカトリック信者であるその夫人は非常に怒ってそれを斥け、…これが彼への最後の打撃で、彼はケストネルからピストルを借り、おのれの額を貫いて命を断った。
 (ゲーテは)イェルーザレムの死を聞いて、同人の目途のない恋、一般的にいえばおよそ意味の見いだされない生の倦怠を直感的に察し、おのが悩みと引き合わせて震擁されたのだと思われる


若宮(201)  
 英国のアークロワイヤルが世界初の水上機母艦とされているが、それよりも数ヶ前の大正3年に5180トン、ファルマン水上機4機積載の若宮が完成し、青島偵察爆撃を行 っている。  

ワグナーのただの指揮棒(359)
 最初のプロの指揮者は、生まれつきの負け馬だった。創造の才はほとんどなかったが、才能の限界を見きわめる分別には恵まれていたから、彼は作曲家とオーケストラの間に広がるコミュニケーション.ギャップに徐々にのめりこんでいった。不朽の作品をつくり出すことはできないと知っており、また単につくり直すことも好まず、彼は、自分を利用し侮辱した、卓越した男たちに献身したのだった。由緒正しい家系の末裔、ハンス・グイード・フライヘル・フォン・ビューローは、ロマン主義の時代におけるアンチ・ヒーローだった。ハートを射止める勝利者ではなく、レイプの被育者だった。権勢家ではなく、ディナー・テーブルで嘲られる哀れな人物だった。「私たちの時代の最もいいように用いられた音楽家」と、ある称賛者は書いた。「ほかの誰よりも、誤解され、笑われ、こきおろされもした」
 指揮者の原型は、音楽上の必要からと同様、個人の危機からも進化した。トップ記事で騒がれた結婚の破局と挫折の瀬戸際で、つねにきわどい状態にあった精神状態のなか、彼は二つの世界レベルのオーケストラをつくり、二つのワーグナーの楽劇とブラームスの交響曲を初演し、ごみ箱から最も難しいピアノ協奏曲を救い、若いリヒヤルト・シュトラウスを育て、グスタフ・マーラーの〈復活〉交響曲に生命を吹きこんだ。公平な目から見て、これらは、たいへんな偉業であり、おそらく不朽のものだろう。彼の目から見ても、また歴史の審判から見ても、ビューローは、落伍者、自ら「ワーグナーのただの指拝棒」と称して出てきた男だった。卑屈かと思えば倣憤、つつましやかでありながら横柄、感傷的でかつサディスティックと、彼は未来の指揮者たちの矛盾と分裂を身をもって示している。


ワグナーの張力場ウエブ理論(81)  
 91式飛行艇で初めて用いられた、箱型翼の強度理論。ドイツのワグナーによるもの で、従来の翼が骨格に強度を持たせていたものに対して、外板に金属を用いて、板そのも のに強度を持たせて軽量化する設計方法。その後の日本の金属製飛行機の構造を決定つけ た。

わずらわしい思想家(575)
 デューイは、二つとか三つに区分された観念から出発するところからうたがうので、能率ということを主に考える人にとっては、わずらわしい思想家に見える。したがって読まない。プラグマティズムというのは、能率よく実務をさばく思想の流儀であると思っている人にとっては、米国のプラグマテイズムの哲学を、ほとんど四分の三世紀にわたって代表しつづけたデユーイに、こんなに能率の足をひっぱられるとは想像してみることもないにちがいない。しかし、デューイの哲学の核心は、言いかえれば、デューイのプラグマティズムの核心は、先入見によりかかった区分をこわしては、くりかえし経験から新しく考えなおす試みである。こんな仕事は、人間がその一生をかけるにあたいするか?あたいすると、デューイは考えた。こういう関心のもち方は、自分の思考の方法をくりかえし吟味する考え方である。だが、デューイ哲学は、方法論とかかわる哲学であるとはいえ、それほどきっちりした体系をもつ哲学であるとは言えない。


(225)p.33
 ここには「私」のアイデンティティを確実にするものは一切無い。つねに変化していく、知覚の束とコレクションの暫定的なまとまりを「私」と呼んでいるにすぎない。だからヒュームは、「私」とは何かという問いは哲学上の問題ではなく、文法上の問題にすぎないという。むしろそこには「私」という主語的世界が存在するというよりは、知覚の束という述語的世界が帰属する焦点とし「私」と呼びうるものがあるにすぎないというべきだろう。

私自身が神ではない(474)
 第二証明の骨子は、すでに確立されている〈われ〉の存在についてその原因を問うて、〈われ〉の存在が〈われ〉に由因するという想定も、また〈われ〉以外の、たとえば両親その他の神よりも完全性の劣るものに由因するという想定も斥け、結局その由因するところは神でなければならぬ、ゆえに神はある、という結論に至ろうとするところにある。しかし、〈われ〉が〈われ〉を創ったと言えぬのは何故であるか。デカルトによればそれは、「私に私〔の存在〕が由因している」−−つまり無から有を創造することが私にはできる−−としたならば、それについての或る観念が私のうちにあるところの−−たとえば全能、たとえば全知といった−−完全性のすべてを私に私はいわば惜みなく与えたことであろうし、かくして私自身が神に等しく完全なものになっていたはずであって、かくては「私が疑うということもないであろうし、私が願望するということもないであろうし」、−−要するにそういう完全性の欠落より生ずる事態が私に起こることはなく、つまりは−−およそ何かが私に欠けているということもないであろう、と考えられるからで、かくて〈われ〉は〈われ〉の存在の原因ではありえない。だが、〈われ〉が〈われ〉を創ったとは言えぬとしても、それだからといって〈われ〉を創ったものを探し求めるまでもなく、「われ」はいわば無始の初めより存続していると言えないであろうか。存在の維持はその時々刻々の創造にほかならぬといういわゆる連続的創造説をデカルトはそこに持ち出す。
…私の生涯の全時間は、無数の部分へと分割されることができ、そしてその一つ一つの部分はそれ以外の部分へはいかなる意味でも依拠してはいないからして、何らかの原因が私をいわば再度この瞬間に創造する、言いかえるならば私を維持する、というのでないかぎりは、少し前に私があったということからは、私が今あって当然であるということは帰結しない、からである。


私の過誤(574)
 私のうちにはかくて、私がこの上もない存在によって創造されたというかぎりにおいては、私を誤らしめ、もしくは過誤に引き込むようなものはなるほど何もないのではあるが、また或る意味では無にも、あるいは言いかえて非存在にも、私が与っているというかぎりにおいては、言いかえるならば、私自身がこの上もない存在ではなくて、私にはきわめて多くのものが欠けている、というかぎりにおいては、私が誤るというのもそれほど驚くには当らない、ということである。実際そのようにして確かに私は、過誤が、それが過誤であるというかぎりにおいては、神に依拠するところの実在的なものではなくて、ただ単に欠陥にすぎないことを、したがって過つのには、この目的のために神から特別に授けられた何らかの能力が私に必要ではないのであって、私が過つということは、神から私が得ているところの真を判断する能力が、私のうちで無限ではない、ということから起こることを、知解するのである。
 以上のごとく「第四省察」を論じ起こしたデカルトは、…


■私を誰も拒絶していない(554)
 私は私の内在する創造力の話を書いた。私の生のすべての歓びと悲しみと、すべての出来事に統一を与え、目的を与えている力、また、私の次々と変化する形と繰り返される誕生を同じ糸で編む力、またすべての生物、無生物の中に統一を感じさせるあるもの、このあるもの、このある力を、私は「生命神」と命名し記した。
    ああ、内の内なる方よ、あなたの渇きはすべて
    私の内に来て満たされたのですか
    私は苦楽の無数の流れで
    器を満たして私はあなたにさしあげました
    踏まれた葡萄のように、厳しい圧迫で胸はつぶされ。
    何というとりどりの色、多くの匂い
    何という多様の音調、多くの韻律によって
    私はあなたの花嫁の床を織り上げたことでしょうか
    私は毎日私の願いの黄金を融かし融かして
    あなたの束の間の戯れのために常に新しい像を造りました。
 私は何かになり始めている。私は表現され始めている。それは驚異である。私の内部の無限の甘美さとは何であろう。その甘味さの故に、私は果しなき宇宙の数限りない日月星辰のあらゆるカによって養われ、この光の中で、空の方に自をみひらいて立っていた。私を誰も拒絶していない。


ワッセルマン反応(500)
 ワッセルマン反応における理論的な基盤はしばらくすると崩壊してしまった。対照実験の過程で、研究者たちは、正常な肝臓が梅毒におかされた肝臓と全く同じようによく反応するという驚くべき事実を発見したのである。梅毒スピロヘータが存在してもしなくても無関係であり、権毒の抗体が肝臓を含めた種々の正常組織内に存在する一物質とたまたま特異的に反応したことは、ワーセルマンにとってはまったくの幸運にすぎなかったのだ。
 梅毒患者の肝臓は簡単に入手できなかったから、この発見によって検査ははるかに容易になり、その正確さは損なわれなかった。しかし、精綴な理論づけに基づく検査の大成功が、会く偶然の幸運による説明不能の現象であることが判明したとき、応用理論の正しさを確信する人々の心は揺れ動いたことであろう。生物学の研究は、理論だけから確実な筋道を立てることなどできはしないのである。


ワットとスミス(430)
…ジェイムズ・ワットのためにグラスゴウ大学の構内に仕事場を作らせたことは余りにも有名であり、それはたんにグラスゴウの同業組合がワットに対して市内に仕事場をつくることを拒否したことに対するスミスの反発の結果であったばかりでなく、蒸気機関にかんするワットの着想にスミスは無限の技術的発展の可能性をみてとったからである。…ワットは当時20歳の青年で、数学用具製造業をはじめるためにロンドンからグラスゴウに帰ってきていた。ところがこの町には他に数学用具製造業者がいなかったにもかかわらず、鍛冶工組合は、彼がここの市民の息子でも養子でもなく、そのうえ、市内の同業者のもとで徒弟修業をしていなかったという理由で、彼が市内に住むことを拒んだ。しかしこういう特権の時代には、大学もまた特権をもっていた。グラスゴウ大学の教授は、大学構内においては絶対独立の権威を享有していたので、ワットを大学御用の数学用具製造人に任じ、大学内に一室をあたえて彼の仕事場とし、別に校門の近くに一室を与えてその製品を販売させ、これによってワットに対する圧迫をくじいた。

我あり(574)
 私はそこで、私の見るもののすべてが偽である、と想定することにする。当てにはならぬ記憶が表象ないしは、再現するもののうちにはかつて存在していたものは何もない、と信ずることにする。何らの感官も全く私はもっていないことにする。物体、形状、延長、運動、ならびに場所は、幻影であることにする。それでは、何が真なのであろうか。おそらくは、確実なものは何もないというこの一事のみであろう。しかしながら、今も今私の列挙したところのすべてとは別個のもので、それについては疑う事由のそれこそほんの少しもないようなものが、全然ないというわけではないかも知れぬではないか。何らかの神、あるいはどのような名でそれを私が呼ぼうと、何かそういったものがあって、私の精神にそういうすべては疑わしいという考えそのものを送り込んでいるのではないのか。なにゆえに(実は)しかし、私はそう考えるのか、たぶん私自身がそういう考えの創作者でありうるというのに。そうであるなら、少なくともこの私は何ものかであるのではないのか。しかしながら、すでに私は私が何らかの感官をもっということ、そして何らかの身体をもっということ、を否定した。私はしかし(それでも)踏み切れない、いったい何がそこからは帰結されるのか、と。私は、身体や感官に繋がれていて、かくてそれらなしにはありえないのであろうか。しかしながら私に私は、世界のうちには、天空も、大地も、精神も、物体も、全く何一つとして全然ないということを、説得したのである、が、そうとすれば、また私もないと、説得したのではなかったか。いな、そうではなくて、何かを私に私が説得したというのであれば、(少なくも)この私があったことは確かである。しかしながら、誰かしら或る、この上もなく力能があり、この上もなく技智にたけた欺瞞者がいて、故意に私を常に欺いているということも、ありうるであろう。とはいえ、彼が私を欺いているならば、そうとすれば、この私がすでにしてあるということには、疑いの余地は全くないのであって、彼が力のかぎり私を欺こうとも、しかし(それでも)けっして彼は、私が何ものかであると私の思惟しているかぎりは、私が無である、という事態をしつらえることはないであろう。(デカルト)




【語彙の森】