語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2017-11-30   計21語
新着語
ヤケ酒、ヤコブのイベリア伝道、ヤコブ伝説の否定、ヤハウィスト、ヤスクニの祭り、病の価値、山片蟠桃、槍兵ロンギヌス、山の長老、ヤコブの帆立貝、病んだ科学の症状、痩せた土地、安井仲治、

ヤケ酒(564)太宰
 あまりたくさん書ける小説家では無いのである。極端な小心者なのである。それが公衆の面前に引き出され、へどもどしながら書いているのである。書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハツキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この理由からである)
 私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は沈黙する。


ヤコブ伝説の否定(515)
 サンチャゴ伝説には、どこか胡乱な感じがつきまとう。だいたい、伝説に出入りが多く、複雑すぎる。歴史的に確実な事件らしいのは遺骸発見だけで、それ以前のことはもともと真偽の決め手のないことであった。何もなかったからこそ、「発見」されねばならなかったのではないか。その種の聖者信仰成立のパターンを、すでに私たちはよく知っている。
疑惑は、じつはかなり古くからあった。コンポステラがスペイン教会の首座を要求するため他の教会、わけてもスペイン最古の寺格を誇るトレドとの摩擦はたえまがなかったし、巡礼の群れが西に吸引されてローマがさびれかねなかったために法王庁が警戒したことも一再ではなかった。しかし、中世には、まっこうからヤコプ伝説を否定する声は聞かれない。サンチャゴの勢威はあまりにも大きく、その信仰は全欧に根を下していたからであろう。
表面化するのは近世初頭であった。十六世紀、法王クレメンス八世の時、法王庁は教会年代記からヤコプ伝説を削除した。トレド大司教ガルシァの意見を汲んだ結果だという。十七世紀初頭の法王庁は、これを単なるスペイン教会の伝承と見なした。1925年、ピオ十一世の時、ヴァティカンに描かれた使徒諸国伝道の図にもスペインにおける聖ヤコブの場面は、なぜか省略されている


ヤコブのイベリア伝道(515)
 (ヤコブ)の生前のイベリア伝道については、同時代はもちろん、それにつづく時代の文書も完全に沈黙している。スペインのキリスト教化はかなり古いうえ、とくにガリシァにプリスキリァヌス派の異端がひろがって西欧の注目を引いたため、この時代としては文書はけっして少ない方ではない。それなのに六世紀の末まで、この地にヤコブの名を見ることはない。五世紀初め、オロシウスが著わした『世界史』にも、まだ言及はない。著者はブラガの人で、ここは現在でこそポルトガル領内だが、スペインもポルトガルもまだなかった当時、ブラガ大司教座はイリア・フラヴィアをも管轄下においていた。だから、五世紀の初めにはヤコブとのつながりは現地でさえまだ知られかったのである。五世紀のなかば、イリヤ司教イダキウスの「ガリシア年代一記』も、同様である。
 ヤコブ伝道と両立しがたいし説が積極的にとなえられている。それは416年の法王インノケンティウス一世の回勅で、「イタリア、ガリア、イスパニア、アフリカ、シケリア、ならびにその他の島々をふくめ、いずくの地においても、使徒ペテロあるいはその継承者以外に司教を任命した者はいない。他の使徒がかくかくの国にて伝道したなどと、文書にもとづいて主張できる者はいない。かかる文書は見出し得ぬがゆえである。さればこそ、これらの地にてはローマ教会の悩習と典礼の桑が遵守されるべきである」と述べている。


ヤコブの帆立貝(347)
 巡礼者の出で立ちは、暑い日差しをさえぎってくれるつばの広い帽子と裾長のマント、水筒代わりのひょうたんを下げた杖、そして肩から吊るした頭陀袋、それに首から吊るした帆立貝だ。帆立貝がなぜ巡礼者のシンボルかというとねヘデロ王によって斬首されたヤコブの遺骸が船によって運ばれてきたとき、船底にたくさんの貝が付着していたる以来、帆立貝はヤコブの象徴となった。

安井仲治(314)
 惜しまれながら亡くなる写真家は多いが、安井仲治ほど痛切な印象を与える人は稀かもしれない。…安井仲治は、戦前のモダニズム写真の興隆期を、強い光芒を放って駆け抜けた写真家である。大阪に生まれた彼は、家業の洋紙店の経営に携わりながら、浪華写真倶楽部や丹平写真倶楽部の中心メンバーとして、同時代の写真表現の最前線を切り拓いていった。…1931年に開催された「独逸国際写真移動展」に大きな衝撃を受け、新興写真の技法を積極的に取り入れていくようになる。…1942年、安井は惜しまれながら38年の生涯を閉じた。

ヤスクニの祭り(485)
 ドイツ兵がスターリングラードで最後の死闘をくり拡げていた1942年の末頃、宣伝相ゲッベルスは、彼が編集する週刊紙『帝国』の巻頭言にこう書いた。「われわれが国民意識と宗教心とを完全に一致させるエネルギーを生み出さなかったことが、われわれの国民的不幸である。われわれの望むものが現実にどんなものかは、日本国民にみることができる。そこでは、宗教的であることと日本的であることとは一致する。この国民的および宗教的な思考と感情の一体性から巨大なダイナミズムをもった愛国のエネルギーが湧き上ってくる」。彼は、さらにつづけてこう記す。「戦死した英雄たちのヒロイズムを国民的神話に拡大するような、戦死者にたいする宗教的義務を、まだ所有してはいない」と。…ゲッベルスが求めているのは、あきらかにヤスクニの祭りであり、国家神道と結びついた天皇神格化の神話こそ彼の思い描く国家宗教のモデルだった。

痩せた土地(320)
 ワイン作りに適した良質のぶどうは、痩せた土地で育つといわれている。地中の養分が少なければ、それだけぶどうの木は地中深く根を張り巡らす。剪定によって枝を払い、一本の木につける果実を絞ればそれだけ凝縮した果汁が得られる。豊かな土地ですくすく育ったぶどうからは、けっして良質なワインは生まれない。…ボルドーでは、たとえばメドックのグランヴァンになれば、1ヘクタールあたり8000本を超える密植にしているところもあるほどだ。これも果実を充実させるために、根に負荷をかける方法のひとつだ。

ヤハウェ資料(291)
 聖書を綿密に読むと、創世記の第一章と第二章に述べられている人間創造の二つの記録が著しく矛盾していることに気づくであろう。…第一章(6日目に人間の男女を作った)はバビロン捕囚以降に祭祀たちによって記述された「祭祀資料」から採られた。第二章(最初に人間の男を作り、その後他の生物を作った後、ついでに男の肋骨から女を作る)はそれより数百年前に成立した「ヤハウェ資料」に基づいている。この古い物語の素朴な魅力、陽気ささえ感じとれるふんい気は、「新しい資料」の荘重さとは対照的である。

ヤハウィスト(510)
 ヤハウィストが「創世記」二章四節後半から神名「ヤハウェ」を用い、ソロモン時代のユダで成立し−−従ってJと略す−−エロヒストが「出エジプト記」三章以前に、神名ヤハウェを用いず、一般名詞「エローヒーム」(神〉を一貫して用い、北イスラエルで成立し−−北イスラエルの中心エプライムと関係させることもできる−−Eと略する。
いちばんむずかしい問題はJなりEなりが、個人なのか集団なのか、ということであろう。グンケルがすでに以前にグループないし伝承のサークルを考え、エロヒストのいちばん新しい研究であるジエンクス(1977年〉も部族連合の叙事詩的伝統をつぐものとして集団説を強く主張するが、前文学的段階から文学的段階にJ、Eで変わったとすれば、そのように断定しうるかははなはだ疑問である。我々は折衷的に次のように考える。J、Eは集団を背後にもつとしても、たとえば「創世記」二・三章(J)や二二章(E〉のような文学的なまとまりある秀れた作品が集団によって書かれたなどとは考えられないのではないか。思想の面から見ても個人を想定した方がより自然な場合が多い。


ヤブノロイ山脈(44)
 シベリア鉄道は……そればかりか、バイカル湖南岸にかぶさるようにそそり立ち、その まま巨大な絶壁となって垂直に水際に落ち込むヤブノロイ山脈を貫通しなければならなかった。この山脈一帯70Kmたらずの区間に実に38のトンネルがうがたれている。

病の価値(477)
 オックスフォード大学の神学者リチャード・スウィンパーンン自身がパロディ顔負けの言辞を弄してくれる。性懲りもなく彼はここでも、現世で神が課す苦しみを正当化しようとする。
…苦しみは私に、勇気と忍耐を示す機会を提供してくれる。それはあなたに、同情を示し、私の苦しみを和らげるのを助ける機会を与えてくれる。そして、社会に対して、あれこれの特定の種類の苦しみの治療法を見つけるために多額の金を投資すべきかどうかの選択の機会を与える。正しい神は、私たちの苦しみを気の毒に思いはするが、きっと神の最大の関心は、私たち一人一人が忍耐、同情、寛容を示し、それによって敬度な人格を形成することにあるのだ。ある人々は、自分たちのために病気になることがぜひとも必要なのであり、別の人々は、他人に対して重要な選択の機会を与えるために病気になることがぜひとも必要なのである。こういった形で後押しをされることで初めて、自分のなるべき理想の人格を得るべく、重大な選択をおこなえるような人々がいる。そうでない人々にとっては、病も価値はない。


山片蟠桃(412)
 やまがたばんとう(1748〜1821) 下僚たちが昼寝の夢を楽しんでいる時間を利用して、四万数千字に及ぶライフワークを書き上げたおそるペき町人学者がいる。それも、五四歳から七三歳に至る晩年の二〇年間を、寸暇を惜しむようにして完成させたものだ。著書名は『夢の代』(全一二巻)。著者は大坂の豪商升屋の番頭久兵衛こと、山片蟠桃がその人である。ペンネームの由来は、主家に対する功績から、主家の山片姓を許され、三〇〇〇年に一度花が咲き、実がなるという「蟠桃」の故事に、「番頭」の韻を重ね合わせたものだといわれている。『夢の代』は、鎖国下にある著者が、世界学の体系を志した野心的な大著として、江戸時代を通じて他に類例をみない。

大和の発電容量(212)
 戦艦「大和」の発電容量は4800kWと、ちよっとした小都市の電力をまかなえるくらいのパワーを持っていた。

山羽虎夫(220)p.18
 日本の国産第一号自動車を1904年に制作。横須賀海軍工廠の見習工から初めて明治の先端企業を渡り歩いた後に岡山で山羽電機修理工場を設立、ここで蒸気自動車を開発して、乗合自動車として販売した。最大のネックはタイヤで、空気タイヤを国産できなかったために、丸ゴムをそのままつかったが、結局これが実用にならず、事業としては失敗する。

山の長老(354)
 この暗殺教団(アサシン)は、実際にはイスラム教のなかで最も重要な分派であるシーア派を代表していた。彼らの首領の一人アル・ハッサンが、カスピ海の南にある鷲の巣のようなアラムートの城を奪取したのは、正確には十字軍がはじまる少し前のことであった。この城からシーア派は外の世界に挑戟することが可能であったし、またこの城は、中世の物語が語る同派の老師である「山の長老」の居城となるのである。この城には夢のような数々の庭園があり、そこで山の長老の弟子たちは香水の薫りと、最も甘美なる快楽のただ中に時を過ごすといわれていた。こうして享楽にふけった彼らは、長老の命令一下いかなる使命たりとも遂行する真のロボット人間になっていた。

槍兵ロンギヌス(361)
 ローマ百卒長ガイウス・カシウス・ロンギヌス。…キリストの右脇腹、四番目と五番目の肋骨の間に槍を通した。このような方法は戦場でのローマ兵士の習慣で、こうして彼らは傷を負った敵兵の死を確かめる。つまり、すでにこときれた肉体から血は流れ出ないからである。だが、「ただちに血と水と流れ出で」た。救い主の償いの血が奇跡のごとく流れ出た瞬間、ガイウス・カシウスの白内障の眼は、完全に癒えた。カシウスが、これを行なうのにユダヤの隊長の手から権力の守護符である槍を取ったのか、それとも彼自身の槍で、この自発的な慈悲の行ないをなしたのか、さだかではない。どちらの槍で、彼がエゼキュルの予言、すなわち「かれら己が刺したる者を見るべし」を成就したのかを示す歴史的証拠は何もない。

ヤルツァンボ川渓谷(日経98-5-24)
 深さ5382m、長さ496kmの規模のチベットにある大渓谷。工人日報が23日、 現地調査の結果としてグランド・キャニオンを上回る世界一の規模を確認。この渓谷の山 は雪に覆われているが、谷底は熱帯雨林気候になっており、熱帯植物も発見された。

ヤロビザチャ(278)
 「春化処理」 秋まき性コムギの種子に、適当な低温条件を与えてこの段階を経過させてやると、春まきしても出穂する。これをヤロビザチャという。ルイセンコ理論の実践的証明とされる。

病んだ科学の症状(342)
 1932年ノーベル化学賞を受賞したラングミュアは、「細胞分裂促進光線」とか「N光線」、「アリソン効果」、「デイビス=バーンス効果」など、それぞれ何百という論文が書かれながら結局は存在しないと証明されたいわゆる「エセ科学」について、6つの症状を示した。
1)観測される現象は、いちばん大きいものでも、ありやなしやの瀬戸際でしかない。また、現象の大きさは、これを生んだ原因の大小にほとんど関係しない。
2)現象の大きさはたいてい検出限界すれすれのところにある。
3)精密この上ない形で現象が報告される。
4)お粗末な実験の割には、すばらしい理論が考え出される。
5)批判に対しては、その場その場で適当な言い訳がある。
6)信者と不信者との比はおおむね五分五分くらいまで行くが、やがてゆっくりとゼロに近づく。

両班(25)  
 ヤンパン。朝鮮半島を解題する最も重要なキーワード。高麗初期に発生した官僚を出す ことのできる科挙に合格した家系。東班/西班。1894年の甲午改革による身分解放に よって特権の廃止が行われたが、現在も意識として強く残っている。

ヤンブルグ問題(89)
 ヤンブルグ天然ガス開発でのパイプライン圧送プラントを受注した日欧企業に対して、 レーガン政権がGEのガスタービン特許権を盾に対ソ経済封鎖を行った。 民間企業であるGEの海外特許権が国家の政策遂行のために利用された。これはナチが 戦時に行った対米技術抑圧政策と同じである。企業の私的契約を国家間の制裁・報復の関 係に格上げするというファッショである。


【語彙の森】