語彙の森DICTIONARY out of focus
更新日 2017-2-12 計33語
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有機体哲学、郵唯物論者のモーゼ、郵便駅、唯圓房、豊かな社会の失業、有効需要理論、有益な計画、唯名論、唯識、優美と美の区別、ユローフスキー、ユスーポフの夜、ユーグ・ド・パイヤン、友愛数、ユタ効果、
唯一解(314)
 学生諸君の唯一解を求道する姿勢は教育弊害の最たるものだ。大学入試で複数の解が存在すると、設問ミスとなり全員が正解となってしまう。だから高校の物理や数学では唯一解の単純系を学習してきた。しかし、これは大きな間違いである。工学分野は複雑系なのだ。…工学では要するに頂上に立てばよいのである。ルートは必ず複数存在している。…そのなかから最適解・近似解を決定するのが工学だ。

唯圓房(525)
 歎異抄は唯圓の編述であることを何人も拒むことはできまい。そして、面授口伝の唯圓の手記であることが知られて、いよいよこの歎異抄の真価があざやかに認知されるのである。さて、然らぱ唯圓房というお弟子はどんな人物であるか、お弟子のなかに二人の唯圓房がある。そして、この歎異抄の編者は河和田の唯圓房である。常陸茨城郡河和国の報仏寺はその遺蹟である。諸寺異説弾妄によると「正応二年二月六日六十八歳にて往生す」と記してある。…今日ではこれを目安にして推測するより外はない。しばらくこれによると、親鸞の御往生なされたときは唯圓は四十一歳であったわけである。

唯識(443)
「一切は唯識である」とは、換言すれば「あらゆる存在は現象として知らしめられたものにすぎない」ということになる。…「唯識」とは唯だ識すなわち心的存在しかみとめない立場である。こころの外部に事物をみとめない。したがってわれわれがふつうこころを離れて存在すると考える自然界や身体をもこころに還元し、自然界も身体もこころが作りだしたものにすぎないと主張する。…アーラヤ識が身体と自然界とをつねに生みだし、つねに認識しているからこそ、身体と自然界とは、いつ見てもそれは、一見変ることなき不変的物質として知覚されるのである。

唯識学(147)  
 梅原猛は平安期にその基礎が確立した日本仏教を3つに分ける。「心の思想である唯識 、最澄によってもたらされた地獄の思想である天台、そして空海の生命の思想、真言であ る。」唯識学はこころを八つに区別する。眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、末那識 、阿頼耶識。末那識(みなしき)はフロイト的潜在意識。阿頼耶識(あらやしき)は宇宙 的意識。

唯物論者のモーゼ(541)
 フォイエルバッハは、思弁哲学が、神としての神の現実化・合理化であるかぎり、それはまず、神の肯定として有神論であると主張する。だが、それは従来の人格神を否定するという意味で、同時にまた無神論でもある。つまり、思弁哲学には有神論と無神論の二面性がある。ところで、有神論にして同時に無神論である哲学は汎神論である。単なる有神論は、神を想像力によって人格化する。これに反し、汎神論は神を理性の対象とし、それを非人格化する。そして、この理性を直接的に神化すれば、汎神論は観念論になる、とフォイエルバッハは言う。このかぎり、シェリングやへーゲルの汎神論的観念論はスピノザ主義の発展形態とみなされる。ところがフォイエルバッハは、スピノザ主義の真の発展形態は観念論ではなく、唯物論であると主張する。
 有神論は、神を純粋に精神的存在、非物質的存在とみなす。ここでは、物質は空虚な存在あるいは非存在とみなされる。神は物質をつくったといわれるが、神自身、が非物質的存在とみなされるかぎり、有神論は、神からの物質の導出については答えることができない。ここに有神論の限界がある。ところが、スピノザ主義は物質を含めてあらゆるものが神のうちにあると主張する。そして、ここでは延長が神の本質的属性の一つであった。
 フォイエルバッハは、この延長を単に物質と理解する。彼によれば、スピノザの神は物質的存在なのである。ところが、神が物質であることは神の否定を意味するとすれば、スピノザの汎神論は唯物論であると同時に無神論である。近代哲学の課題が神の現実化であり、それが現実的なものの神化を意味しているとすれば、物質を神的属性とみなしたスピノザ主義は、近代の課題を十分に果たしている、とフォイエルバッハは評価する。こうして、「スピノザは近代の自由思想家と唯物論者たちのモーゼである」といわれるのである。

唯名論(449)
 認識論の根本に関わる実在論と唯名論の対立は、すでに十二世紀以来のものである。(実在論では)われわれは感覚を通じて甲なり乙なりの人間(可感的事物〉に触れ、さらに能動的理性および受動的理性(霊魂)の働きを通じて、個別的人間が属するところの《人間そのもの》人類(普遍〉の概念に到達する。この《人類》(普遍)は霊魂の想像物でも虚構でもなく、われわれの霊魂という場では普遍概念の状態にあるが、同時に目前の個々の具体的人間のなかでは存在そのもの、《実在》としてある。同様に霊魂は、アナロジーの助けを借りて神−永遠・無際限・全知の神を想像することが可能である。神の存在がアナロジー(類比)によって理性的に納得できるものとなれば、キリスト教教義もまたアナロジックに理性によって理解可能となる。
 このような考えかたを、唯名論者は正面から否定してしまうのである。すなわち、もしも《普遍》が個別的(複数)のものと明確に区別されるものとして存在するのだとしたら、それは数的に一つ、単一性を持つはずで、そうすれば同時に多くのものの中に存在することは不可能である。唯名論者にとっては、いかなる普遍も霊魂のうちに概念として宿る以外に実在はしないことになる。こうして唯名論者は形而上学と理性神学の可能性を否定してしまった。神の存在であるとか霊魂の不滅性であるとか、あるいは全質変化や原罪といった、実在論者が理性によって論理的にあるいはアナロジックに証明可能だとした教義や命題は、再び証明不可能となってしまったのである。それならば彼らは教義に対してどういう態度をとったか? オッカムの次の言葉がその説明となろう。
「私はかく信ずる。何となればそれはカトリックの信仰だからだ。ローマ教会が信ずるすべてのことを、私は絶対かつ明白に信ずる。」

友愛数(357)
 フェルマーが発見したことの一つに、友愛数″または友数″と呼ばれる数の問題がある。これは二千年前にピュタゴラスを魅了した完全数と深くかかわり合っている。友愛数とはペアになった二つの数で、一方の数が他方の数の約数の和になるようなものである。ビュタゴラス教団は、220284が友愛数だというめざましい発見をした。220の約数は1、2、4、5、10、11、20、22、44、55、110で、これらの和は284である。一方、284の約数は1、2、4、71、142で、これらの和は220となる。 こうして、この二つの数は友愛の象徴となった。…中世には愛を育む護符として、この二つの数字を彫りつけたお守りが売られていたという。
 1636年、フェルマーが17296と18416のペアを発見。デカルトは3番目のペア(9363584と9437056)を発見した。

有益な計画(460)セネカ
 するとお気付きになるでしょうが、あなたが持つ年月は、あなたが数える年月よりも、もっと少ないでしょう。…(略)…あなたがこんな長い生涯の聞に行なった仕事は一体何であるか。いかに多くの人々があなたから生活を奪い去ったことか−−失ったものにあなたが気付かないうちに。いかに沢山のものが無益な悲しみゃ、愚かな喜びや、飽くことのない欲望や、こびへつらいの付き合いによって持ち去られたことか。…(略)…ところがその問に、諸君が誰かか何かに与えている一日は、諸君の最後の日になるかもしれないのだ。諸君は今にも死ぬかのようにすべてを恐怖するが、いつまでも死なないかのようにすべてを熱望する。多数の人々が次のように言うのを聞くことがあろう。「私は五十歳から暇な生活に退こう。六十歳になれば公務から解放されるだろう。」…(略)…有益な計画を五十歳・六十歳までも延ばしておいて、僅かな者しか行けなかった年齢から始めて人生に取りかかろうとするのは、何と人間の可死性を忘れた愚劣なことではないか。

有機体哲学(545)
 『中国の科学と文明』の著者であるジョゼフ・ニーダムなどは、驚くべき可能性を示唆している。ニーダムによれば、ダーウィン、フロイト、ホワイトヘッド、アインシュタインと続く現代ヨーロッパの思想の主流は、17世紀のデカルトを中心とする世界観とは全く異質のものである。デカルトとその追随者が、原子と真空によって構成される世界を背景に自らの哲学を組み立てていたのに対して、これらの思想家はミクロからマクロまでが有機体的に結合している世界を頭に描きながら、それぞれの論を立てている。そして、有機体哲学というこの現代のヨーロッパ思想の主流は、「すべてライプニッツにさかのぼり、そこで姿を消す」とニーダムは言うのである。。さらに、そのライプニッツの先には、中国思想さらに、とりわけ新儒学があるのだと。

有機体の非対称性(266)ロペール・エルツ(吉田禎吾訳)p.142
 あらゆる社会的階層は、事物の本性に基づくといわれる−−「法によるのではなく自然に基づく」(訳注プラトン「ゴルギアス」)。そのために階層性は永続性を享受し、変遷をまぬがれ、改革者の攻撃を逃れている。アリストテレスは、ギリシャ人のバルバロイに対する民族的な優越性ということによって奴隷性を正当化した。今日男女同権主義者から種々の要求をつきつけられ悩まされているが、男性は女性が「生まれつき」劣っていると主張している。同じように、現在、一般の見解では、右手の優越は有機体の構造に直接由来するもので、慣習や、人間の変わりやすい信仰などによるものではないとされている。しかし、両手の属性を調べてみると、人間間、男女間の葛藤の場合と同様に、生得的要因はみかけほど明白でも決定的でもない。

有効需要理論(492)
「かくて実際の総貯蓄額と総消費支出額は予備、深慮、打算、向上、独立、企業、自尊、及び貧欲には存在しない」とケインズはいうのである。つまり社会全体の貯蓄額は消費性向を決めるものの変化にはなんら関係がない。ケインズの新しい理論を新古典派の人たちが理解できなかったこと、あるいは新しい経済学による旧経済学への挑戦の中心命題がここにある。
社会全体の貯蓄額は人々がよけい貯蓄するか少し貯蓄するかとは無関係なのである。一国全体の投資の量によって決まる−−これである。そして投資は同額の貯蓄を生み出すように所得の水準を変えていく。これがケインズの有効需要の理論であり、投資の増加が何倍の所得の増加をもたらすか、これがケインズ『一般理論』の中心的な理論、乗数理論にほかならない。

優美と美の区別(441)
 ヴァザーリによれば少しでも画家が骨を折ったという跡が絵にみえることは、その絵の「優美さ」を著しく破損することになり、それは致命的欠陥であるというのである。努力や苦心の跡は、ひたすら隠されるべきであり、やすやすと描かれたという印象を与えることこそ、大切なのである。…この高度の熟練によって得られる「優美」(グラツィア)という特質は、ヴァザーリたちにとってたいへん重要なものであった。なぜなら、彼らは「優美」と「長」とを区別し、「優美」を「美」の上に位置するものと考えたからである。美とは単に規則に基づく合理的性質のものであるが、「優美」とは熟練によって直観的に会得されるものなのである。

郵便駅(533)
 シューベルトの『冬の旅』の「ポスト」(郵便馬車〉の歌を聴くと、伴奏が馬の足音と車のわだちの音をよく表わしていることに気づくだろう。
…馬車のスピードはそれほど速いものではない。たとえばミュンヒェンからアウクスプルグまでの平坦な70キロの道に、モーツァルトの時代の馬車は丸一日を要した。山地では40キロ
がいいところだ。もっと早く行くためには個人負担で自家用馬車に各駅で特別に馬をつけなくてはいけない。そういう「駅」がドイツでは16世紀から郵便制度のため主要街道に約20キロの間隔で設けられた。イタリアでは12キロ間隔、フランスではルイ14世が40キロ間隔の駅を整備させた。郵便企業が全国に「駅」をつくったとき、ほとんどの都市の住民の抵抗に遭って、駅舎を市門の外に置かなくてはならなかった。現代でもドイツの国鉄駅の多くは、とくに中小都市では市の中心からかなり離れたところに設けられている。郵便駅をそのまま引き継いだからである。


月台(149)
 ユエタイと発音する。駅のプラットフォームのことを台湾ではこう表示する。

月台票(304)
 台湾での鉄道必須用語。月台票(ユエタイピヤオ)=入場券。臥車(ウォーチョー)=寝台車。火車(ホーチョー)=汽車。車站(チョーチャン=駅。餐車(ツアンチョー)=食堂車。去回票(チュイホイピャオ)=往復乗車券。車票(チョーピヤオ)=切符。

ユーグ・ド・パイヤン(360)
 パイヤソはシャンパーニュ地方の首都トロワの近くにあって、石灰質の原野に散在するプドー畑と穀物の耕地にかこまれる平坦な土地に建てられた城下町で、そのパイヤン城こそ、神殿騎士団創立者.ユーグ・ド・パイヤンの居城であった。「さまよえる巡礼たちを見守る伝説の騎士」と呼ばれ、全ヨーロッパから寄せられる尊敬を一身にあつめた老騎士ユーグが200年前この城に住み、そして人未踏の修道騎士という、新しいタイプの人間像の創出に想いをめぐらせいていたのである。

ユグノー(110)  
 宗教弾圧でフランスから周辺各国へ離散したユグノーもディアスポラの一種であり、外 部インテリゲンチャである。彼らが、ドイツ、イギリス、オランダの科学/経済の近代化 に果たした役割は非常に大きい。

ユージェニクス(243)
 優生学。ダーウィンのいとこのフランシス・ゴールトンが天才の家系の遺伝的分析などをおこなう論文でこの用語を提唱した。その後、ボーア戦争で劣勢である要因を兵士の体格と体力の不足にあるとして、これらを「優れた」「屈強の」戦士にするために、優秀な民衆を保護し、退化を防止するために、劣性な民衆を処置すべきという科学的体裁をとった思想。

ユージン・エリー(201)  
 ライト兄弟が飛んでわずか7年後の1910年、世界で初めて船上から飛び立つことに 成功した飛行家。この時は軽巡バーミンガムの前甲板に25mの滑走板を設けて、カーチ ス機で発鑑した。翌年には装甲巡洋艦ペンシルバニアの31mの着艦台に着艦することに 成功し航空母艦が実現可能であることを示した。

ユスーポフの夜(419)
 暗殺者たちは…水面が凍結していない所を見つけ、そこから(死体を)水中に投げ込むつもりだった。小ネヴァ川にちょうどいい場所が見つかった。暗殺の準備について語ったユスーポフやプリシュケヴィチの回想を読んだとき、そのディティールの多くは私(ラジンスキ)にはおなじみのものに見えた。
…それに(ユスーポフ宮殿)の地下室のものも。すべては皇帝一家の殺害の準備にそっくりだったのだ。皇帝一家が殺害されたエカテリンブルクのイパーチェフ家の地下室も、とてもよく似たものだった。1916年の12月16日から17日にかけての夜に、ラスプーチンは殺害される。皇帝一家が殺されるのは1918年7月の16日から17日にかけての夜だ。…皇帝夫妻の愛したムジークの殺害は、皇帝一家の将来の殺害のリハーサルだったかのようだ。ユスーポフの夜は、イパーチェフの夜のリハーサルだったのだ。


癒瘡木(190)  
 血液性疾患の梅毒に対して各槊治療が獅ンられた。梅毒は黒胆汁と黄胆汁の異常であ り、発汗療法や水銀療法が効果ありと考えられた。16世紀に聖なる木、命の木と呼ばれ る薬用植物が新大陸からもたらされ、効果があると珍重された。

豊かな社会の失業(492)
 所得の水準が右(増加方向)に行けば行くほど、その水準維持を可能にするものは、増大する貯蓄の割合を補うに十分な投資が存在するということである。だが豊かな社会においては、十分な資本設備がある以上、そのような投資が毎年々々行われるとは限らない。もしそれが減ったならばどうであろうか。投資需要はその所得水準を維持するほど十分ではなく、したがって所得水準は低下する。なぜならば社会の有効需要である消費需要と投資需要のうち、投資需要が不十分だからである。豊かな社会を維持するためにはそれを維持するに十分な投資、がなければならない。だがそれが実現しにくい。このことが豊かな社会の問題であり、これが豊かな社会において失業を大量に生み出す原因である。これがケインズの認識である。

ユタ効果(342)
 1972年ユタ大学化学科が2枚の板ではさんだ銅のゲルにレーザを当てたら反対側からX線が出たと発表したが、結局まったくの非科学的幻想であることが判明した。この事件によって「ユタ効果」という蔑称が生まれた。「面白いがマユツバに決まっている。なんせユタ発の話しだから。」 1989年、今度もまた、化学科のスタンリー・ボンズ教授とマーチン・フライシュマン教授は重水を入れた試験管の中で、パラジウムと白金を電極にして常温で核融合を起こしたと発表した。これによって空前の常温核融合開発ブームが現出するが、これも「ユタ効果」だと否定する意見も多かった。

ユダヤモデル(199)  
 トインビーが文明の3大パターンとしたのが、ギリシャ・モデル、中国モデルそして ユダヤ・モデルである。ギリシャは連続的発展のモデル。中国は統一と分裂のモデル、ユ ダヤはディアスボラのモデルである。

ユニ・ブラン(319)
 コニャックの品質は90%以上がぶどうで決まる…。この地方で栽培されているぶどうの大半はユニ・ブランという品種だ。これで作った白ワインは、そのまま飲むには酸が強すぎるが、蒸留するとかぐわしい液体になる。この透明な液体「オー・ド・ヴィ(命の水)」を樽で貯蔵する。…その複数の原種をブレンドして、初めてコニャックが生まれる。

ユノー植民都市(151)  
 護民官グラックス兄弟の弟ガイウスが計画した植民都s。25年前にローマによって徹 底的に破壊され、植物が育たないように塩をまかれた土地に新都市を作ろうとしたが反対者によって挫折した。これが今日みる廃墟すらないカルタゴである。

指輪(270)指輪物語
 サウロンを打ち倒したのは、エルフの王ギル=ガラドと、西の国のエレンディルじゃった。かれら自身もその戦いで倒れはしたが。エレンディルの息子、イシルデュアが、サウロンの手から指輪を切り取り、自分の物にした。…しかし指輪はなくなってしまった。それは大河アンデュインに落ち消え失せたのじゃ。というのは、イシルデュアは大河の東堤に沿って、北へ進んでいたのだが、うれし野近くで、霧ふり山脈のオーク鬼どもに待ち伏せされ、…かれは川の水の中に飛び込んだ。しかし泳いでいるうちに、指輪は、その指から抜け落ちてしまった。…それからずっと後のこと、…荒地のはずれ、大河の堤のほとりに、器用な手と音をたてぬ足を持った小さな人たちが住んでおった。…一族の中に、最もせんさく好きで、好奇心まんまんの、スメアゴルと呼ばれるものがおった。かれは物事の根底と始原とに興味を持っておった。…かれはデアゴルと呼ぶ同類と釣りをしていて、川底からデアゴルが見つけた指輪を、彼を殺害して奪った。スメアゴルは、これを誕生日のお祝いと呼び、さらに「いとしいしと」と呼んだ。

ユフォリア(236)
 多幸性。

夢の代(32)
 ゆめのしろ。ソビエト科学アカデミーの「世界哲学j」に初期唯物論の先駆的著作と紹 介された。豪商の番頭という町人学者、山片蟠桃(やまがたほばんとう)(1748〜1821)が松平定信の寛 政の改革の経済ブレーンとして改革の挫折後それまでの経験主義的哲学を展開した12巻 の百科全書。地動説、無神論、神話の排撃等の近代に先駆する唯物論的世界観を築いた。

夢の責任(297)
 すべては想像力の問題なのだ。僕らの責任は想像力の中から始まる。イェーツが書いている。In dreams begin the responsibilities−まさにそのとおり。逆に言えば、想像力のないところに責任は生じないのかもしれない。…夢の中から責任は始まる。

ユリウス=クラウディウス朝系図(135)  
 初代ユリウス・カエサル(BC100〜44)は二代目として養子のアウグストゥスを指名した。血統にこだわらなかったカエサルに対してアウグストゥスは執念と想える程の自らの血統の継承にこだわった。そのために一人娘のユリアは、最初アグリッパに嫁し、 大アグリッピーナとさらに2人の男子を得た。このルキウスとガイウスは相氓「で死亡し てしまい、血統が維持できなくなる恐れを感じ、今度はティベリウスと結婚することにな る。この2度の結婚ともに、前の妻を離婚させての皇帝の強制であった。  一方名門クラウディウス家のティベリウスはドゥルーススと兄弟で母リヴィアが、アウ グストゥスの後妻となったので、ティベリウスは連れ子になる。中継ぎでティベリウスが 二代皇帝につくが、アウグストゥスの血統は大アグリピーナの子に継がれることになる。 ゲルマニア進攻の将ドゥルーススはクラウディウスとゲルマニクスを子にもったが、この ゲルマニクスと大アグリピーナの間の子がカリグラと小アグリピーナである。第3代カリ グラは暗殺され、ゲルマニクスの弟クラウディウスが思いもよらず第4代につく。さらに 小アグリピーナの子ネロが第5代につくが、スペイン属州総督ガルバの反乱に倒され、アウグストゥスのパクス・ロマーナも瓦解する。

ユローフスキー(420)
1930年代には重要な幹部党員たちが次々とラーゲリへ追放され、そして死んでいった。
 相変わらず彼らはメドヴュージェフの住居に集まって、思い出話にふけっていた。いつも同じ話、あの銃殺の話だ。それ以外のものは彼らの生活には何もなかった。お茶を飲みながら散文的に黙示録を思い出し、それでもやはり話は最初の一発は誰が射ったかの堂々めぐりになるのだった。ユローフスキーに分があった。それは彼の夢想の実現のためだ。彼はユダヤ人だった。君主制主義者たちのおかげで、ツァーリ殺害はユダヤ人の報復によるものだと宣言されていたからだ。 チエキスト・メドヴエージェフの息子。「ある時、エローフスキーが得意満面でやって釆ました。西側で出た本が彼のところにとどけられたのですが、そこにははっきりと、ニコライを殺した者、それはユローフスキーであると書かれていたのです。彼はしあわせでした ー だって歴史に残ることになったのですから」


ユンカースの波板(138)  
 ユンカース博士が世界初のオール金属性の航空機を1915年に完成させたときに使用 した強度と空気抵抗低減の両面から採用されたコルゲート板。17人旅客機JU−52が 戦前の花形機であった。この波板は現在のルフトハンザのCIデザインとなって いる。

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