ドモンケンのアーアー                             2000-8-20 


■[土門拳−生涯とその時代:阿部博行,法政大学出版局(3300円),1997年1刷]の44ページに土門拳が宮内写真場の徒弟時代にアサヒカメラに投稿した話がのっている。
……電車の中で向かい側に座っていた子供が、大あくびした瞬間をスナップしたのも、使いの途中だった。「アサヒカメラ昭和10年十月号に代百十三回月例懸賞入選者が発表され、応募作「アーアー」が第一部二等となり、賞金三円を得た。……月例には第一部から第四部まであり、第一部は極初心者で、印画は葉書版以下……

■上の写真がそれである。東京都写真美術館でコピーさせていただいた。コピー品質もよくないが、もともと雑誌の印刷品質が悪いので、とても良い写真とは見えない。再び伝記に戻ると「……土門のアーアーが載ったアサヒカメラ十月号で、偶然に次のような日本工房の写真技師志望者を求むの広告を見つけた。……折からのの就職難のため応募者は百数十人集まった。……三分の面接でOKが出た。」

■土門拳はアサカメの初心者クラスの投稿していた直後に、名取洋之助の日本工房に飛び込み、写真家としてスタートしたのである。初心者の部の投稿もゆめゆめ侮るなかれ。参考のために同年の八月号で佳作となった写真も添付する。ちなみにこの号は、後にシュミットをして「降りかかる火の粉は払わなければならぬ」を書いてライカを擁護せざるを得なかった、佐和九朗の「ライカとコンタックスとどちらがよいか?」が掲載された号である。後日、全文をインプットする予定。乞うご期待。




【カメラの触感】