人とカメラと写真の歴史
■■年表2:バルナックのカメラから(1911〜1953)■■
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年代 歴史的事項 技術者 カメラとレンズ 写真家
海外ブランド 国内ブランド
1911
明治44
1月2日オスカー・バルナックがライツ光学工場に機械技術試験部長として入社。 オスカー・バルナック
1912 バルナックがキノテッサー付ハーフサイズカメラを試作。
デッケル社が旧コンパーシャッターを作る。
ジョーシ・P・スミス ベスト版コダック
1913 バルナックが゜映画2コマ分の24×36ミリのカメラを2台試作。Ur Leicaである。当時のフィルム感度はASA3〜5であった。 ウルライカ
1914
1915
1916
1917
1918 ミニマム・アイデア
1919 合併会社コンテッサ・ネッテル社発足。
旭光学合資会社、高千穂製作所設立。
1920 モハリ・ナギ
マン・レイ
1921
大正10
アルス「カメラ」創刊。
1922
1923 福島信三が「光と其階調」を出版、光のグラデーションと調和を尊重する印象主義的写真を主張。
1924 ヌルライカ
1925 Leipzig Fair in Spring にラ イカTを出展し、35mmカメ ラ生産を開始。
留学の帰りに後の陸軍参謀となる石原莞爾はベルリンでT(A)を購入。ライカ を最初に購入した日本人となった。
ライカT(A)
ELMAX 50mm
F/3.5
1926 アサヒカメラ創刊。
カール・ツァイス財団がエルネマン、コンテッサ・ネッテル、イカ、ゲルツ、アンシュタルト光学ゲルツ、ハーン光学を吸収してツァイス・イコン社を設立。
カプスタフ(米)によって微粒子現像液<D76>が発表。
ライカT(B)
(コンパー付)
1927
1928 エーリッヒ・ザラモンが大口径のエルノスターでキャンディド・フォトと呼ばれる写真を撮り始める。 エーリッヒ・ザラモン
1929 フランケ・ウンデ・ハイデッケからローライフレックスが発売。
ツェッペリン飛行船が来日。この時エッケナーが持っていたライカにひかれて木村伊兵衛はライカを購入。
パーレット
1930 ライカT(C) (非互換 レンズ交換式)
1931 DINのフィルム感度記号が第8回国際写真会議で決定。 ライカT(C)
(互換 レンズ
交換式)
1932 エドワード・ウエストンに影響を受けたアンセル・アダムスらによって[f:64]グループが組織。
Leipzig Fair in Springにキュ ッペンベンダーが設計したコン タックスTを出展。
キュッペンベンダー ライカU(DU)
(連動距離計) ライカ スタンダード
コンタックスT
ムンカッチ(画像)
1933 名取洋之助、木村伊兵衛らにより「日本工房」が設立。
精機光学研究所(現キャノン)が六本木の竹皮屋ビルにて発足。
ライカV(DV) (連動距離計 低速シャッタ) エドワード・ウエストン
ブラッサイ「夜のパリ」
名取洋之助「Nippon」
1934 パウル・ヴォルフが写真集「ライカによる私の経験」を出版、小型カメラ写真術を伝道した。 吉田五郎 KWANON(試作)
1935
昭和10
35mm一眼レフの元祖スポルトが登場。 ライカVa  (1/1000付き
スポルト(ソ連)

CANON
ORIGINAL
(定価270円)
1936 ロビンソン・ルースが「ライフ」誌創刊。
1月16日バルナック死去。 アサカメでライカ・コンタック ス論争。シュミットは対抗し 「降り懸かる火の粉は払はなけ ればならぬ」を発行。
スペイン人民戦争コルドバ戦線でキャパが「崩れ落ちる兵士」を撮影。
コンタックスU
コンタックスV


キネ・エキザクタ
HANZA
CANON
(定価275円)
LIFE創刊時スタッフ写真家
バークホワイト
アイゼンシュテット
マッカヴォイ
スタックボール
1937 エドワード・ウエストンがグッゲンハイム財団の会員となり、アメリカ西部地方の撮影を行う。
ラトビアの「パルスツ電気」がミノックスほ製造。
エドワード・ウエストン
1938 ライカVb
(接眼部接近)
1939
1940 土門拳らによって国家協力的な「日本報道写真家協会」が組織される。紀元2600年奉祝撮影奉仕隊が編成された。 間宮精一 ライカVc
(ダイカスト化)
マミヤシックスT
1941
1942 「アサヒカメラ」休刊。
1943
1944 戦争の影響でライカ生産台数が 0台となる。
1945
昭和20
ヤルタ協定で東西ドイツが分断。イエナのツァイス技術者を米軍が西に連行してオーバーコッヘンで生産開始。
1946 アンセル・アダムスのアメリカ国立公園写真集にたいしてグッゲンハイム財団から奨励金。
1月「カメラ」(アルス社)復刊。
アンセル・アダムス
1947 (私、K.Fが生まれる)
ブレッソン、キャパ、シーモアらによって写真通信社[MAGNUM]が設立。
1分写真のポラロイド・ランド・カメラが発明される。
ロバート・キャパ
1948 ニコンT
1949
1950 ライフのカメラマン、ダンカンが来日し、ニッコールを発見、朝鮮戦争でその実力を知らしめる。
第一回「フォトキナ」開催。
ライカVf
(シンクロ同調)
コンタックスUa
コンテッサ

エキザクタ・バレックス
ニコンM
1951 6月1日を「写真の日」として制定。 ニコンS
コニレットT
1952 木村伊兵衛が秋田を初訪問、71年まで撮り続ける。
カナダ・ライツ操業開始。

キャノンWSb カルティエ・ブレッソン
「決定的瞬間」
1953 帝国光学工業が9枚構成のズノーf:1.1を試作。 コンタフレックスT

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■■年表1:創世記(〜1910)■■
続く
■■年表3:M3の衝撃から(1954年〜)■■



【カメラの触感】