『写真家マン・レイ』検閲問題資料                2001-8-26 



■この話はマン・レイが活躍していた戦前の話ではない。つい最近の1982年とは、まだこんな時代であったことを我々は忘れてしまっているのではないか。パリのポンピドーセンターで開催されたマン・レイの展覧会を機にして、その写真目録を日本語版で印刷して製本発行すべく、製本されていない状態の印刷ページをフランスから輸入しようとして起こった事件だ。

■上の写真は『写真家マン・レイ』みすず書房,1983年2月28日発行(10000円)である。不自然な黒墨による矩形の塗布がある。全体で4枚の写真にこのような処置がされている。なぜこのような処置がされたのかは、写真集のしおりに書いてある。それが、以下に引用する 

 『写真家マン・レイ』特別付録
 『写真家マン・レイ』検閲問題資料
みすず書房

である。滑稽な昔ばなしのようにも思える。1991年『water fruit』:篠山紀信,朝日出版社(女優樋口可南子の写真集)で初めて、このような黒塗りをしないことが黙認されるようになった。マン・レイはわいせつであったが、篠山紀信はわいせつではないということになった。その後の表現の拡張は現在のWEBに見るとおりである。


■1982年8月16日
原産地フランス、積出港アントワープの写真印刷物『写真家マン・レイ』4パレット、東京港に到着。
■1982年8月18日
住友倉庫平和島営業所へ搬入。
■1982年9月3日
東京税関大井出張所、統括審査官堀内是明氏より呼出しあり、ヘア露出の写真あり、返送、廃棄あるいはスミの塗抹かの選択を要求される。
■1982年9月5日
大蔵省税関局山田実審議官に事情を説明善処を求める。
■1982年9月10日
大蔵省において、上記についての会議の結果。以下の決定事項を申し渡される。
(1)9月5日「善処」の申し入れに対し関税定率法第21条第1項第3項により、特別の措置をとることはできない。
(2)全購読者の氏名がチェックできれば、無修正輸入も考えられるが、4000部の場合には読者は不特定多数であり、具体的氏名の把握も不可能であるから、それは困難である。
(3)芸術かポルノかの判定は税関ではできない。その判定をしたとすれば、文化統制のそしりを受けることになろう。
(4)東京都内のよう書店の店頭、例えば西武百貨店内「アール・ヴィヴァン」で、同書の輸入洋書が販売されているが、その件についての関税局側の説明は、次の通りである。「少部数の輸入であり、輸入の際に誓約書を書かせている。また販売の際には購入者の氏名を書かせている。これは文化的芸術的著書としての考慮からである。いわゆる店頭にははず、云々」
■1982年9月13日
以上により、ヘア消去はやむなきに至ったので、(1)紙ヤスリによる消去、(2)スミの塗抹、(3)黒色インクの印刷などの具体的方法について見当、(1)印刷物を毀損し、(2)印刷物の汚損であり、従って印刷物が印刷物に止まるためには(3)以外にありえず、この点を説明し諒解を求める。
■1982年9月17日
印刷による消去を決定、物品を未通関のまま印刷所へ移動させるため、裁断、印刷の会社所在地を臨時保税区域に指定し、他所蔵置の手段の具体的手続などの打ち合わせ。
■1982年9月20日
鈴木製本所、精興社より、東京税関長あて同意書提出。
■1982年9月21日
輸入禁制品該当通知書送達される。
■1982年9月22日
物品を鈴木製本所、精興社に移動。
■1982年10月12日
在日フランス大使館より、大蔵省関税局に対し、日本のわいせつ取締規定について質問あり、それに対して、現行法と条文が返答として述べられた由。在パリ日本大使館に対して、フランスの出版社フィリップ・セールより日本での『写真家マン・レイ』の輸入さし止めについての訴えありしため、同大使館より事情について大蔵省に問い合せあり、それに対し、これまでの措置の説明が与えられた由。
在日フランス大使館より、著作権についての説明要求が大蔵省に対してなされたが、これは税関局の管轄外で関係なしと返答されし由。
■1982年10月12日
印刷による消去のゲラ見本刷初校について、東京税関本館・図書調査課が検討、意見メモ「拝見したところ消去されたと認められません」通知される。
■1982年10月16日
ゲラ見本刷再校について、意見の交換あり。(税関)「色も各種あり、黒色が印刷物使用の黒色にならぬか」(みすず)「百パーセントの黒、つまり濃度の一番濃いものを使用した。印刷は紙にインク粒子を注入することであるので、既に印刷済みの黒色を消すためには、もっと黒いインクでなければならず、それも一度では充分でなく、二回の印刷が必要である」(税関)「四角でなく、円形または楕円形ではいかん?」(みすす゜)「一番機械的なものとして、四角形、矩形の方がよいと思う」
■1982年10月20日
再校について、税関の承認あり。
■1982年10月25日
印刷完了。
■1982年10月26日
東京税関・長堀、大手氏、印刷所所在地朝霞市精興社に出張、現品検査完了。
■1982年10月23日
仏国対外貿易相ミシェル・ジョベール氏より、パリ駐在日本大使内田宏氏宛て抗議文、日付不明。
■1982年11月29日
共同通信社、上記についての記事を各社に配信。
掲載紙  日本経済新聞、東京新聞、スポーツ日本、西日本新聞、新潟日報、熊本日日新聞、南日本新聞、岩手日報、京都新聞、信濃毎日新聞、北海道新聞、神戸新聞、東京タイムズ、中日新聞、下野新聞、神奈川新聞、その他。
■1982年11月29日
フジテレビ、「ニュースレポート」(午後6:30)にて報道される。山田実審議官、写真家細江英公氏、フランスのフィガロ紙特派員マチアス氏、みすず書房小尾等の出演。
■1982年11月30日
東京放送「奥さま8時半です」番組(午前8:30)にて報道。
■1982年12月1日
テレビ毎日「トゥナイト」(午後11:25)にて報道。
■1982年12月2日
テレビ朝日「今日は二時です」(午後2:00)にて報道。
■1982年12月21日
朝日新聞「論壇」に「わいせつ助長の税関検閲」の題名にて、投稿掲載される。




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