私の聴いてきた「レコード」「CD」
2017-10頃より作成開始(70歳の断捨離のために)
100人の作曲家から各人1曲だけ残すとしたら

■50年以上クラシック音楽を聴き続けてきた。その「レコード」「CD」を廃棄すべく、この数年こつこつとデジタル化録音して、ようやく500枚以上の音源がハードディスクに保管でき、そのジャケット写真もこのホームページに残した。これで思い切りたいところだが、このデジタル化作業のなかで、逆に愛着が沸いてしまうレコードやCDがあったりする。というか、長年の収集のなかに、改めてその良さがしみじみと分かったレコードやら、聴かないで放置していた曲のすばらしさが分かったりと、発見が多い。これではきりがないので、今まで聴いてきた音楽から100人に絞って、それぞれ1枚の「レコード」「CD」だけを残して他は廃棄しよう。残すのは以下だ。最初からバッハやベートーベンから1曲というのは決められないので、決め易い人から選び始めよう。

■100人の作曲家というのは、簡単に選べると思うかもしれない。私が40代のころ、聴いた作曲家をリストアップしたことがのあるが、当時で30年近く聴いてきて、500枚以上のレコードがあったが、作曲家としては50人ほどしか上げられなかった。その後、できるだけ聴いたことのない作曲家のレコード・CDを買ってきたつもりだが、100人分上げられれるかは、まだ分からない。

■しかし一部の作曲家を除くと、大半の作曲家は1枚ないし数枚しか聴いていない。今回リストアップするなかで、それらの作曲家の多くの曲を聴き逃していることが分かってきた。それらの曲をメモしていき、今後残り少ない時間で聴く機会を得られることを待ちたい。

1
Hildegard von Bingen
(ビンゲンのヒルデガルト)
1098年-1179年 ドイツ(マインツ近郊生まれ)
■シンフォニア−宗教歌曲集
■BMG−ハルモニア・ムンディ(CD)
■演奏:
セクエンツィア
…ジャケット帯には「天体の音楽(ハルモニア)が人間の精神に交響する。「ラインの女預言者」聖ヒルデガルトの神秘的なシンフォニアは信じられないほど美しい。」とある。6世紀モンテ・カッシノに聖ベネディクトゥスによって設立されたもベネディクト会、そのビンゲン修道院の修道女として、当時最も学識高く神秘思想を持つ女性として知られた。その音楽も自らの幻視・幻覚から生まれた。今回100人の作曲家を選ぶ作業で、たぶん唯一の女性であるとともに、最も古い時期の作曲家ということになる。セクエンツィアの演奏が大変洗練されているので、同時期の音楽であるグレゴリオ聖歌が、粗野に感じられる。ただし心に響くかというと、それほどでもない。
2
Guiiaume du Fay(デュファイ) 1400年頃-1474年 ブルゴーニュ公国 フランドル生まれ
パドヴァの聖アントニウスのミサ曲
 

3
Johannes Ockeghem(オケゲム) 1410年頃-1497年 ブルゴーニュ公国 フランドル生まれ
 

4
Luis de Milan(ルイス・ミラン) 1500年頃-1561年頃 スペイン(バレンシア)
■El Maestro 「ビウエラ曲集」
■アルヒーフ

…ビウエラ・デ・マーノは16世紀に主としてスペインで発達した「指で弾く弦楽器」で、現代のギターに近い。ビウエラのための曲集を最初に出版したのは、このミランである。1536年にポルトガル王ジョアン三世に献呈されたEl Maestroが傑作されている。このレコードでは、リュートで演奏されている。セゴビアはミランをギターで演奏している。
5
Thomas Tallis(タリス) 1505年頃-1585年 イングランド王国
■エレミアの哀歌
 テューダー朝時代に、ヘンリー8世(アン・ブーリンとの結婚を目的としてイギリス国教会を設立)→エドワード6世(プロテストント化)→女王メアリー(カトリック回帰)→エリザベス一世(両派を融和)という宗教改革と反改革との変動の時代に、ずっと教会音楽家として生きた。
 エレミアの哀歌は同時代の多くの作曲家が書いており、このCDにもラススとパレストリーナの同曲が収録されている。
 
6
Palestrina(パレストリーナ) 1525年?-1594年頃 イタリア(パレストリーナ生まれ)
■スタバート・マーテル

…パレストリーナの代表曲は「教皇マルチェルスのミサ曲」である。ローマ教皇マルケルス2世で、その在位は1555年で、コンクラーベ後21日で死去した。だから、この教皇はまさにパレストリーナによってのみ、永遠に名前を残すことができた。その後もパレストリーナ自身はグレゴリオ改革のグレゴリオ13世からシクトゥス5世の時代にローマの教会音楽家として活躍している。
 この曲は、今後CDを探すとして、ここでは代わりに一枚だけあるスターバト・マーテルを挙げる.小曲で、他にマドリガルなどがカップリングされている。16世紀のバチカンには、このような音楽が響いていた。
7
Orlandus Rassus(ラッスス) 1532年-1594年 フランドル
■宗教的マドリガル 「聖ペテロの涙」
■ナクソス

… 皆川達夫さんは「フランドル楽派の最後を飾る大作曲家である。なかでも「エレミアの哀歌」は16世紀ポリフォニー合唱曲の大傑作の一つ」と書いているが、聴いたことがない。
 ここでは、ラッススの絶筆となった「聖ペテロの涙」を挙げる。

、『今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度私を知らないと言うだろう』と主から言われた「ペテロの否認」のドラマである。フランドル的な土臭さは影を潜めて、イタリア風、パレストリーナの清明さに近い。
 ラッススでは、むしろアルヒーフの「ドイツ歌曲」をたまに聴く。
8
William Byrd(バード) 1543年?-1623年 イギリス(バーミンガム生まれ)
■ヴァージナル作品集
 「ブリタニア音楽の父」と呼ばれた作曲家。タイスと同時代に活躍したが、タイスがカトリックと国教の変動の中でうまく生き残ったのに対して、バードは国教への改宗を拒否した。
チェンバロの一種であるヴァージナルのための音楽をグールドがピアノで弾く。グールドの中でも、ブラームスの間奏曲と並ぶ心に染み入る曲達だ。
 
9
Tomas Luis de Victoria(ビクトリア) 1548年-1611年 スペイン(アビラ生まれ)
■レクイエム「皇太后マリアを悼む」
ビクトリアも、この1枚しか聴いていないので、自動的な選定ではある。
合唱の美しい名曲だと感じるが、このレコードは古い録音のため小音量での歌唱が針音ノイズで興ざめする。
新録音のCDを聴きたいところ。
10
Monteverdi(モンテヴェルディ) 1567年-1643年 イタリア(クレモナ生まれ)
■聖母マリアの夕べの祈り

 きちんと典礼に則って作られているが、大変劇的な表現であり、パレストリーナの清明な音楽を超えて、まさにルネッサンスからバロックへの時代を開く音楽である。
 この人のマドリガーレは、良いとされるが、まだ心に響く曲には出会っていない。むしろオペラの創始者としいくつかの作品が残っているので、これを聴くべきだろう。
11
Heinrich Shutz(シュッツ) 1585年-1672年 ドイツ(テューリンゲン)
■ムジカーリッシェ・エクゼクヴィエン(埋葬の音楽)
■アルヒーフ

シュッツの音楽はみな良いが、みな同じように聴こえるかもしれない。バッハでは「マタイ受難曲」を選ばなかったので、シュッツから選ぶべきだろう。とすると他に例の少ない「十字架上の七つの言葉」を落とすことになる。こまった。どちらも選ばず、カトリックの壮麗な典礼音楽の対極のような粛然とした最もシュッツらしい「ムジカーリッシェ・エクゼクヴィエン」こそ、自分のシャッツ体験の原点であるということで、残した。
12
Joan Cererois(セルロールス) 1618年-1680年 スペイン(カタルーニャ)
■4声の「死者のためのミサ曲」
 ベネディクト修道会の修道士で、モンセラート修道院で音楽活動をする。
セルロールスには7声と4声のレクイエルが残されている。
 レクイエムと書いてあるレコードは出来るだけ買うようにしていると、このような知ることのない作曲家のものも聴くようになる。

13
Dietrich Buxtehude(ブクステフーデ) 1637年?-1707年 デンマーク(ヘルシンボリ生まれ?)
■オルガン作品集
 忘れられたバロック・オルガニスト「ブクステフーデ」は、バッハの復活に伴って、その先駆者として再発掘されてきた。
 このレコードでの、高域の落ち着きのない即興的な曲想は、あまり馴染めないが、それでもブクステフーデはこの一枚なので、上げておく。
14
Arcangelo Corelli(コレルリ) 1653年-1713年 イタリア
■合奏協奏曲 作品6


15
Henry Purcell(パーセル) 1659年?-1695年 イングランド(ウエストミンスター生まれ)
■歌曲集「嘆きの歌」
…パーセルといったら「ディドとエネアス」だろうが、聴いたことがない。持っているたった1枚が、このアルフレッド・デラーのカウンター・テナー。
 
16
A.Scarlatti(A.スカルラッティ) 1660年-1725年 イタリア(シシリア生まれ)
■ヨハネ受難曲
■ハルモニア・ムンディ
■演奏:
スコラ カントルム バーゼル ドクメンタ

…「少数のみが現存しているスカルラッティの手によるミサと教会音楽は比較的重要ではない。」とウィキペディアには記述されている。
 ドメニコの父アレクサンドロのレコードはこれ一枚しか持っていないから、自動的に選択された。そういう消極的な選択であるが、受難曲として異色な曲想で、とても好きだ。少なくとも、ウィキペディアが、A.スカルラッティの宗教音楽はそれほど重要ではないと断言することに対する反論根拠として選んだ。
 
17
Francois Couperin(大クープラン) 1668年-1733年 フランス(パリ生まれ)
■組曲「諸国の人々」
 社会人になって20代の頃、当時は会社の購買部にときどき関連会社である「東芝音楽工業」がレコードを売りに来ていた。そこで、ジャケットの「一角獣の貴婦人」タピストリーに引かれて購入した。だから曲自体には魅力は感じなかった。
   第1曲「フランス人」
   第2曲「スペイン人」
   第3曲「神聖ローマ帝国の人々」
   第4曲「ピエモンテ人」

18
Antonio Vivaldi(ヴィバルディ) 1678年-1741年 イタリア(ヴェネツィア生まれ)
■グロリア・ミサ
 「四季」も好きになれない曲だった。特にイ・ムジチの、非常に商業的と感じられる売られ方がいやだった。それでも、中古レコードが安かったので買ってあった。今回デジタル化して聴いたら、とても良かった。それはアーヨ盤ではなく新しいミケルッチ盤だった。だから、それを選びたいのだが、つい最近、ヴィバルディも悪くないなということで、買った、この「グロリア・ミサ」が、衝撃的に面白かったので、こちらになってしまった。まさにヴィバルディの弦楽合奏だなという冒頭が、ふざけているのかと思いながら引き込まれ、それが徐々に宗教音楽になっていく。
19
Georg Philipp Telemann(テレマン) 1681年-1767年 マグデブルグ(ルター派)
■トランペットとオルガンのためのソナタ

「ターフェル・ムジーク」を選ぶのが筋だろう。
しかし、この「モーリス・アンドレの芸術」シリーズの中の短いこの一曲が、好きで残した。これで名手モーリス・アンドレが残ったのは良い選択だと思う。
20
Jean-Philippe Rameau(ラモー) 1683年-1764年 フランス(ディジョン)
■クラヴサン曲集
 ディジョン大聖堂オルガニストの子として育ち、自身もクレルモン大聖堂のオルガニストとなる。
21
Domenico Scarlatti(D.スカルラッティ) 1685年-1757年 ナポリ王国(ナポリ生まれ)
 
22
Handel(ヘンデル) 1685年-1759年 ドイツ生まれ(英国に帰化)
■エラトリオ「メサイア」
 バッハの同時代に、バッハとま逆な方向で、壮麗な音楽を書いたヘンデル。若い頃はその「精神性」の欠落を、低く見ていた。メサイアも、国内の演奏会で聴いて冗長感があった。だから、あえて「メサイア」を聴こうとは長く思わなかったが、「クレンペラー集め」の中で、とりあえず購入したのがこの一枚。
 他の演奏とまったく比較したことがないが、クレンペラーがこのように、ハデな効果を前に押し出した演奏が出来るのに驚いた。宗教音楽としてではなく、演奏会音楽として聴くと、実に楽しめる。ともかくクレンペラーの中でも、飛びぬけて名演奏の名録音だと感じた。
23
Bach(バッハ) 1685年-1750年 テューリンゲン(アイゼナッハ生まれ)
■ヴァイオリン・ソナタ全集
■エラート
■演奏:ヨゼフ・スーク/ルージッチコヴァ


…バッハから選ぶのは難しいと思っていたが、あっさり決められた。若い頃から一番聴いてきたのはカンタータ106番だけれども、バッハから1曲と言われると、そこまでもない。グールドもたくさん聴いたが、今にして思うと、何故に、そんなにゾクゾクしていたか気持ちが分からない。やはりマタイ、無伴奏、フーガの技法あたりから選ぶのが順当だろう。しかし聴きながら居住まいを正すというか、粛然として微笑さえ許さない大曲より、今はこの「ウァイオリン・ソナタ」が好きだ。だれかを喜ばせるためでなく、バッハ自身の心が解き放たれた清明な境地が実にすばらしい。何よりスークがすばらしい。グールドのピアノ版も持っているが、ヴァイオリンよりピアノが主役になっていて、スークの方がいい。
24
Giovanni Pergolesi(ペルゴレージ) 1710年-1736年 イタリア
■スターバト・マーテル
 22歳にして「奥様女中」で大成功し、その革新性でバロック音楽から古典派音楽への架け橋となった。結核で26歳の短い生涯を閉じるが、その死の直前に完成させたのが、このスターバト・マーテルである。
 自分自身の「スターバート・マーテル」体験の原点となった曲であり、多くの作曲家の同名の曲を聴いた。
ロッシーニ、ドヴォルザーク、ハイドン、パレストリーナ…スターバト・マーテルにつまらない曲はない。
25
Haydn(ハイドン) 1732年-1809年 オーストリア(ローラウ生まれ)
■オラトリオ「四季」
■グラモフォン
■演奏:カール・ベーム


…ハイドンは多くを聴いている訳ではないが、ハイドンの最高傑作と断言できる名曲であると思う。宗教曲としての枠にはまっている「天地創造」を超えて、人間と自然のかかわりを教会の農業暦として、神を賛美しつつ、より以上に自然賛歌であり、その自然の中で農民が力強く生活する姿を、生き生きと描いている。
 実はCDの「ショルティー盤」の方が、圧倒的に高音質で歌も良いので、よく聴くが、ここはオーソドックスにベーム盤を選択しておく。
 最近、カラヤンのCDも見つけてしまった。
100枚を選択するリストに残すだけでなく、さらに絞って10枚選択するとしても、この「四季」は残したい。惜しむらくは録音が粗野だ。
26
Boccherini(ボッケリーニ) 1743年-1805年 イタリア(ルッカ)
■チェロ・ソナタ集
 自身がチェロの名手であることから、当時通奏低音の位置付けしか与えられていなかったチェロのための音楽を多く書いた。
 形式にとらわれない情緒的なメロディーが繰り出される。ハイドンやモーツァルトと同時代の音楽家と思えない曲想だが、ではバロックかというと、もっと近代風で、なかなか面白い。70代に入っての愛聴曲だ。
27
Muzio Clementi(クレメンティ) 1752年-1832年 イタリア(ローマ生まれ)
■ピアノ・ソナタ
 ハイドンとモーツァルトの影に隠れてしまったが、ピアノのためのソナタの創始時期の作曲家である。ソナタ形式は、楽曲を「序奏」→「提示部」→「展開部」→「再現部」→「コーダ」と構成するもので、提示部と再現部に第一主題と第二主題が繰り返されるものであり、この古典派時代から発展する。
28
Mozart(モーツァルト) 1756年-1791年 オーストリア(ザルツブルグ生まれ)
■オペラ「コジ・ファン・トゥッテ」
■グラモフォン
■演奏:カール・ベーム指揮ウィーン・フィル


…モーツァルトから1枚選ぶのは比較的難しくなかった。最もよく聴いたのは兄のライブラリだったクレンペラーの「13管楽器…」だったけれど、なぜか歳とってくると、曲の中に入り込めなくなってきた。自分のモーツァルト体験では、上野の文化会館で聴いた小澤征爾さんの2001年の音楽塾での「コジ…」が最も印象深いというか、モーツァルトへの偏見を捨てること、小澤征爾のはじける音楽の魅力を知ったことで、その後の音楽の聴き方が変わった体験であった。というこで「コジ…」を選んだ。
 このレコードはベーム80才の誕生記念の1974年ザルツブルグ音楽祭での生録音。掛け合い合唱の良さは、生演奏に限る。
ということで、以上、あえて「レクイエム」は外した。
29
Beethoven(ベートーベン) 1770年-1827年 神聖ローマ帝国(ボン生誕)
■弦楽四重奏曲 第15番
■スプラフォン
■演奏:スメタナ弦楽四重奏団

■ベートーベンから1曲となると、弦楽四重奏曲第15番しかない。若い頃はバリリの廉価盤しか買えなくて、その中では第14番が好きだった。後年、スメタナの第15番を聴いて、心底感動してしまった。
 弦楽四重奏曲はバリリ、ブダペスト、スメタナ、ABQとは聴いてきたが、ブダペストとABQは世の評価ほどには響かない。むしろ、最近[Hires]音源で購入した東京カルテットが、とてもきちんとしていい。
30
Carl Maria von Weber(ウェーバー) 1786年-1826年 神聖ローマ帝国(リューベック近郊生まれ)
オペラ「魔弾の射手」
■エンジェル
■ヨーゼフ・カイルベルト指揮 ベルリン・フィル
■アガーテ:エリザベート・グリュンマー(Sp)
■マックス:ルドルフ・シュック(T)

 ウェーバーからの一曲をなかなか決め切れなかった。結局は当然のように「魔弾の射手」である。若いころに聴いていたカイルベルト(ベルリン・フィル)のハイライト盤、次にカルロス・クライバー(バイエルン歌劇場)、さらにヨッフム(バイエルン放送交響楽団)の3種だ。一般にはクライバーのものが圧倒的に定評があるだろう。
 ここではカイルベルトを選んだ。これがハイライト盤でなければ、さっさと決まったが、全曲版でないことへの抵抗があった。さらに、この100曲の中にカルロス・クライバーを入れたいが「ベートーベン第7番」は入らなかったので、「魔弾の射手」を聴きなおす。それでも最初に耳になじんだカイルベルトの持つ「ドイツの暗い森」の響きを越えなかった。

31
Rossini(ロッシーニ) 1792年-1868年 イタリア(ペーザロ生まれ)
■スターバト・マーテル
■ドイツ・グラモフォン
■演奏:フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団


…ロッシーニのオペラはほとんど聴いていない。「湖上の美人」のCDしか持っていない。ところが、スタバト・マーテルだけは、フリッチャイ指揮のものと、ケルテス指揮のものの2枚持っている。ケルテスのほうはパヴァロッティがテナーを歌っていて、美声が際立つが、ヘフリガーが歌っているこのフリッチャイ盤の方が好きだ。というか、スターバト・マーテルが宗教音楽であるとすれば、パパロッティの美声は教会の中では心に響かない。

32
Franz Schubert(シューベルト) 1797年-1828年 オーストリア(ウィーン郊外生まれ)
 

33
Gaetano Donizetti(ドニゼッティ) 1797年-1848年 イタリア ベルガモ
■オペラ「ランメルモールのルチア」
 

34
Hector Berlioz(ベルリオーズ) 1803年-1869年 フランス(イゼール県生まれ)
■オラトリオ「キリストの幼時」
 作曲者名を知らずに、これを聴いたら、ベルリオーズ作とは思えないだろう。といってフォーレでもないし。ベルリオーズ自身は「17世紀のピエル・デュクレ作」と言って、この曲の一部を発表した。
 ベルリオーズは、それほど好きではないが、この曲だけには引かれる。40年前、大学卒業後に購入した。
 これを書くなかで、さらにベルリオーズには、ほぼ演奏不能な「テ・デウム」という大曲があることを知って最近入手したが、まだ良さが分からない。
35
Vincenzo Bellini(ベッリーニ) 1801年-1835年 シチリア王国
■オペラ「ノルマ」
ヴェルディとプッチーニ以外に聴くべきイタリア・オペラを知らなかった。今回レコードをハイレゾ化するなかで、カラス収集で集まっていたベッリーニを知ることになた。ドニゼッティと同じ様なものだろうという潜入感はこのノルマとの出会いによる。それは今年70才になっての出来事である。ヴェルディで「ナブッコ」を知ったときの印象に似ている。ということで最近「清教徒」も買った。
 この時代のオペラがバタバタした感じなのに、ノルマはドラマチックでリズムよりも流れるようで陰影の深いメロディーに特徴があると思う。
36
Mikhail Glinka(グリンカ) 1804年-1857年 ロシア帝国 ノヴォスバスコイェ
■歌曲集
 

37
Mendelssohn(メンデルスゾーン) 1809年-1847年 ドイツ(ベルリン生まれのユダヤ系)
■オラトリオ「エリア」
 どんな曲でも偏見を持たずに聴くようにしていたつもりだが、、メンデルゾーンのヴァイオリン協奏曲だけは、どうにも耐え難いところがあって、結局それがメンデルスゾーンの曲全般を遠ざけることとなっていた。ワグナーが「改宗ユダヤ人」であるメンデルスゾーンを否定した影響もある。それが10年程前に、中古レコード屋で、この曲を見つけた。
 宗教音楽家としてのメンデルスゾーンをもっともっと聴きたくなったきっかけの一枚。曲自体も近代オラトリオとして傑出しており、ロマン主義音楽が宗教音楽足りうる少ない例である。最近、この「エリア」と対になる「聖パウロ」のCDを手に入れたが、エリアの音楽の方が良い。

 実は、e-onkyoでハイレゾ音源として購入したオルガン・ソナタ第6番もとても好きになったが、落とした。
38
Frederic Chopin(ショパン) 1810年-1849年 ポーランド
■ワルツ
 リパッティの「ブザンソン告別リサイタル」
ショパンは、これしか知らない。何か鬼気迫る。
39
Robert Schumann(シューマン) 1810年-1856年 ザクセン王国(ツヴィッカウ生まれ)
■交響曲第3番「ライン」
 シューマンはあまり聴いていない。シューマンのオーケストレーションは下手と言われる。と言ってもピアノ曲はほとんど知らない。だから好きな「ライン」を選んだ。
 自然描写的な交響曲としては「田園」「スコットランド」「ライン」がすぐに思い浮かぶが、みんな好きだ。特にメンデルスゾーンの「スコットランド」は特に好きなので、その代理で「ライン」に入ってもらった感じ。

 表題は本人がつけたものではないが、ライン川畔の町デュッセルドルフ管弦楽団の監督として招かれたときの作曲である。次のようにイメージされるという。
 第1楽章 ローレライ
 第2楽章 コブレンツからボン
 第3楽章 ボンからケルン
 第4楽章 ケルンの大聖堂
 第5楽章 デュッセルドルフからカーニヴァル


同じ「ライン」であれば、クレンペラーのものが良いが、遠慮してもらった。
40
Franz Liszt(リスト) 1811年-1886年 ハンガリー王国(ドイツ殖民系)
■ロ短調ピアノ・ソナタ
 超絶技巧のピアニストであったリスト。特に即興で限界的な演奏をするので、ピアノにとって過酷なピアニストであった。ヴェーゼンドルファーは、このリストの激しい演奏に耐えられるということで評価を高めた。若いころに凄みと感じた曲想は、最近では大げさに感じられる。
 
41
Richard Wagner(ワーグナー) 1813年-1883年 ザクセン王国(ライプツィヒ生まれ)
 
42
Giuseppe Verdi(ヴェルディ) 1813年-1901年 パルマ公国(ロンコーレ生まれ)
オペラ「  」
 
43
Henri Vieuxtemps(ヴュータン) 1820年-1881年 ベルギー生まれ
ヴァイオリン協奏曲第4番・第5番
この時期のヴァイオリン協奏曲には、ラロやブルッフもあるが、なぜか耳が拒絶する。皆ヴァイオリンの技巧のみが語られ、精神性が低くみられている。近年パガニーニや、ヴュータンには魅力を感じるようになった。

44
Cesar Franck(フランク) 1822年-1890年 ネーデルランド連合王国(リエージュ生まれ)
■ピアノ五重奏曲
フランクの音楽も、「交響曲」以外は、この曲しか知らない。順当には「交響曲」を挙げるべきだろうが、こちらにした。それは、この100枚のリストにピアノ五重奏曲を残したかったからである。ピアノ五重奏というのは、室内楽の中で、ピアノが威張り過ぎないでいて、かつ弦楽四重奏曲よりも曲想が豊か、名曲が多いように感ずる。
 フランクはオルガニストで通っているが、若い頃は、ピアニストとしてスタートしているから、ピアノの扱い良く知っているはずだ。
45
Smetana(スメタナ) 1824年-1884年 チェコ(リトミシェル)
■弦楽四重奏曲第1番「我が生涯より」・第2番
 スメタナが育った時代のボヘミアはハプスブルグ帝国に組み込まれていたので、その音楽的成功のために、フランツ・ヨーゼフ1世の結婚に際して「祝祭交響曲」を書いたりしている。その当時のウィーンの主役はヨハン・シュトラウス2世であった。
 だからスメタナが民族主義的音楽を書くのは、帝国の支配力が低下してくる晩年である。「我が祖国」全曲が完成したのは1882年だから、その死の直前であった。この弦楽四重奏曲も同時期に作曲された。
46
Anton Bruckner(ブルックナー) 1824年-1896年 オーストリア(アンスフェルデン生まれ)
 

47
Johann Strauss U(ヨハン・シュトラウス) 1825年-1899年 オーストリア(ウィーン生まれ)
■ワルツ「美しく青きドナウ」
 当時のウィーン人が感じていたような、陰りのない明るいリズムとメロディに、ウィーン音楽の伝統を聴くことは、現代日本人には無理だろう。同時代のブラームスやワグナーに対して「通俗音楽」と感じる気持ちは明らかにある。
 キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」に、この「美しく青きドナウ」が使われたのが、最も印象深い。残念ながら、未だにウィーンの「ニューイヤーズ・コンサート」の曲目からシュトラウスを外せないものかと感じている次第。
48
Alexander Borodin(ボロデイン) 1833年-1887年 ロシア(サンクトペテルベルグ)
■弦楽四重奏曲第2番
 ボロデインはあまり聴いてこなかったが、交響曲2番とこのレコードしかない。このレコードはB面のショスタコーヴィチが凄い。ボロディンの方は、民謡的な曲想が耳になじみやすい。
49
Johannes Brahms(ブラームス) 1833年-1897年 ドイツ(ハンブルグ生まれ)
ヴァイオリン協奏曲

ブラームスはたくさん聴いてきて、どれも好きだけれど、一曲に絞るのが難しい。結局ヴアイオリン協奏曲にしたが、ブラームス通にはバカにされる選曲だろう。ブラームスらしい交響曲的楽想と室内楽楽想の両方が味わえる。なによりオイストラフとセルの素晴らしい演奏が残されたこと、それに後年になって出会えたことは、自身の音楽体験において大きな位置を占める。
99
Camille Saint-Saens(サン=サーンス) 1835年-1921年 フランス (パリ)
交響曲第3番「オルガン付き」

曲もさることながら、このレコード・ジャケットがフランス風で洒落ていて好きだった。
50
Georges Bizet(ビゼー) 1838年-1875年 ビゼー(パリ)
■オペラ「カルメン」
 ニーチェがワーグナー批判に転換したとき、その対極として賞賛したのがビゼーの南方的な快活な音楽だった。若い頃それまで軽んじてきたビゼーに関心を持つことになったきっかけだった。それでもニーチェが言うようには、「カルメン」がすごいとは思えなかった。だから「アルルの女」がオペラとして残されたらどんなに良かったかと考えていた。だから、ビゼーからはクリュイタンスの「アルルの女」を選ぶべきだろう。
 このプレートル指揮の「カルメン」はカラスの全盛期を過ぎた歌唱とされる。しかし素人的には、まず録音が比較的新しいこと、なにより歌詞がフランス語になっていて、カルメンの持つ土っぽさが、妙に洗練されているところが気に入っている。
51
Modest Mussorgsky(ムソルグスキー) 1839年-1881年 ロシア帝国(ブスコフ州生まれ)
 
52
Peter Tchaikovsky(チャイコフスキー) 1840年-1893年 ロシア帝国
■交響曲第6番「悲愴」
 960年9月に全員120人がムラヴィンスキーとロジェストヴェンスキーに率いられてイギリスを訪問、エディンバラ音楽祭、ロンドン…で演奏会を開いて、イギリスの紳士淑女の「たしなみ」を完全に失わせたほどの一大センセーションを捲き起こしました。
この三大交響曲のステレオ盤は、その演奏旅行の際に…録音されたものです。(藁科雅美)
私の感想は、それほどでもない?
 上は、このレコードをデジタル化するときの2016年の感想。基本的にチャイコフスキーの音楽は愛好してこなかったこともあるが、特に「悲愴」はその悲壮感が押し付けがましい感じがあって、今回も、この一枚には「交響曲第1番」を選ぼうと思った。

 今日、ムラヴィンスキーを聴き直して、初めてすばらしさが分かった。効果を狙わない淡々たる演奏であった。
53
Antonin Dvorak(ドヴォルザーク) 1841年-1904年 オーストリア帝国(プラハ郊外生まれ)
■ヴァイオリン協奏曲
 ドヴォルザークでは「レクイエム」を長く聴いてきた。8番の交響曲も好きなほうだった。このヴァイオリン協奏曲は、高齢になって中古レコード屋で手にした。スークの演奏はみんな良いが、この曲はそもそも聴いたことがなかった。
 ヴァイオリン協奏曲から一曲残すとしたら、ブラームスか、これか悩むところ。
54
Arrigo Boito(ボ-イト) 1842年-1918年 イタリア(パドヴァ)
■オペラ「メフィストフェレ」
後年ヴェルディの晩年のよき理解者・協力者として「シモン・ボッカネグラ」「オテロ」「ファルスタッフ」の台本を提供た。この「メフィストフェレ」はワグナーに心酔していた時代1868年に作曲され、スカラ座で初演されるが惨憺たる失敗となる。
 今聴くと面白い、よく出来た曲だと思う。
55
Edvard Grieg(グリーク) 1843年-1907年 ノルウェー ベルゲン
■叙情小曲集
 この抒情小曲集は1864年から1901年まで、第1集から第10集まで生涯に渡って書き続けられた。同じ北欧のシベリウスにもグールドのピアノ小品があり、それも良い。何か冷たい空気感が、逆に暖かい。
56
Rimsky-Korsakov(リムスキー・コルサコフ) 1844年-1908年 ロシア帝国(ノヴゴロド近隣生まれ)
 
57
Widor(ヴィドール) 1844年-1937年 フランス(リヨン生まれ)
■オルレアン聖十字架大聖堂カヴァティエ=コル・オルガン」によるオルガン交響曲第5番
■DENON COCO-70993(録音:1985年)
■演奏:ピエール=イーブ・アスラン(オルガン)


…たまた中古CD店で、「オルレアン聖十字架大聖堂」というタイトルを見つけて買ってみた。この大聖堂には、サンテイアゴ巡礼「トゥールの道」を歩いたときに立ち寄っているので、そんな興味からで、大した期待もなく聴いてみて衝撃、ヴィドールという作曲家の作品を聞き逃すことのなかったことに感謝している。巡礼の思い出に浸りながら聴くが、中世的な響きはなく、近代的なオーケストラ風で、非常に耳になじみやすい名曲である。
…カヴァティテエ=コルは19世紀の代表的なオルガン製作者であり、フランスのオルガン製造の近代化に寄与した。ヴィドールはそこに弟子入りしてオルガニストとしてのキャリアを築いた。19世紀のオルガン音楽というと、サンサーンスの第3番とフランクになるだろうが、ヴィドールはパリ音楽院でフランクの跡をついでオルガン科教授となっている。10曲のオルガン交響曲を残しているが、交響曲といっても、楽器はオルガンのみである。

58
Gabriel Faure(フォーレ) 1845年-1924年 フランス(ミディ=ピレネー生まれ)
■レクイエム
 多くのレクイエムを偏愛してきた。モーツァルト、ブラームス、ドヴォルザーク、ヴェルディ、ブリテンなど。しかしどの曲も、その作曲家から一曲を選ぶとすると残らない。そんな中、室内楽を多く聴いてきたフォーレのレクイエムは、心情は吐出するが、宗教性というか、精神的な高さが感じられず、軟弱という印象を持っていた。
 それでも、100曲のなかにレクイエムの大曲がないというのは寂しいし、フォーレの室内楽から1曲選ぶのも難しいので、これに落ち着いた。
 クリュイタンスの不滅の名盤だろう。
59
Leos Janacek(ヤナーチェク) 1854年-1928年 オーストリア帝国(モラヴィア生まれ)
■弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル ソナタ」
ヤナーチェクは民族主義的音楽家と見られる。その曲は、「フィンランディア」や「わが祖国」のような周辺民族の抑圧された感情の高揚はない。
 内省的な気分を独自の、すなわち生来身についた音楽で描く。歌曲「消えた男の日記」を民族的音楽とは言わない。

二曲の弦楽四重奏曲、1番は「クロイツェル・ソナタ」、2番は「内緒の手紙」だ。平易なクロイツェル・ソナタの方を愛好していた。ベートーベンのそれとは直接的には関係なく、トルストイの同名の小説に触発されたとされる。
60
Alfredo Catalani(カタラーニ) 1854年-1893年 イタリア(ルッカ)
■オペラ「ラ・ワリー」

父親に望まない結婚を押し付けられて、故郷を捨て山に入るときに歌う「さよなら故郷の家よ」でのみ知られる。
61
Ernest Chausson(ショーソン) 1855年-1899年 フランス パリ生まれ
「愛と海の詩」
 

62
Josef Franz Wagner(J.F.ワーグナー) 1856年-1908年 オーストリア
■双頭の鷲の旗の下に
 R.ワグナーとは無関係なオーストリアの軍楽隊長。
 この曲が特に良いというわけではないが、カラヤンがプロイセン・オーストリア系の軍楽隊マーチを演奏しているレコード。ドイツではなくプロイセンに限定しているのが、ジャケット画も含めて、カラヤンらしいか?
 この曲は1902年に作曲されているので、バルカンの火花が着火する前の、軍縮時代の作品になる。ラデツキー行進曲は1948年革命(ウィーン革命)時代に北イタリアの蜂起をラデツキー将軍が鎮圧した戦勝音楽であるが、この曲はオーストリア・ハンガリー二重帝国の最後の輝きである。
 残念ながら録音は良くない。

63
Edward Elgar(エルガー) 1857年-1934年 イギリス(ウスター生まれ)
■チェロ協奏曲
 イギリスは作曲家不毛の地にして、痛烈なる批評家の宝庫として理解されている。この100人に一体何人入るだろうか。最初にはいるべきはエルガーだろう。
 エルガーの「威風堂々」は運動会音楽という訳ではない。 ウィーン・フィルの新春コンサートで、毎回最後に「美しく青きドナウ」が演奏されるように、ロンドンの「プロムス」(2001年に聴いたが、知った曲はやらなかった)でも、毎年最終日はこの「威風堂々」で締めくくられるそうだ。夭逝のデュ・プレを悼んで、このCDを選んだ。
64
Giacomo Puccini(プッチーニ) 1858年-1924年 イタリア王国(ルッカ生まれ)
オペラ「ジャンニ・スキッキ」
 
65
Isaac Albeniz(アルベニス) 1860年-1909年 スペイン
■スペイン組曲
 ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスは好きな指揮者だった。このレコードは、LP末期に高音質を狙って分厚い超重量レコードとして販売された。
 アルベニスはマーラーと同い年生まれだった。
66
Gustav Mahler(マーラー) 1860年-1911年 オーストリア(イーグラウ生まれユダヤ系)
■交響曲「大地の歌」
 同一の曲目で、最もたくさん違う録音を所有している曲目である。クラシックを聴きだして最初に好きになったレコードでもあった。
 50代になってから、急速にマーラーを聴かなくなった。マーラーは若者の音楽だ。最後の頃は、第6番・第7番あたりを聴いていた記憶がある。今回、レコードをデジタル化するので、やむなくマーラーも聴いている。大地の歌の他の録音も多く聴いた。いまのところ、結局クレンペラーの演奏が良い。
67
Hugo Wolf(ヴォルフ) 1860年-1903年 オーストリア帝国(現在のスロヴェニア生まれ)
メーリケ歌曲集・アイヒェンドルフ歌曲集・ゲーテ歌曲集より
 

68
Frederick Delius(ディーリアス) 1862年-1934年 イギリス ブラッドフォード
 

69
Claude Debussy(ドビュッシー) 1862年-1918年 フランス(サン・ジェルマン・アン・レー生まれ)
 
70
Richard Strauss(R.シュトラウス) 1864年-1949年 バイエルン王国(ミュンヘン生まれ)
交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」
 
71
Jean Sibelius(シベリウス) 1865年-1957年 フィンランド
■クレルボ交響曲
 若きシベリウスがウィーンやベルリン留学を終えて、カレリアをもとにして作曲した出世作。後年になるにしたがって、沈潜し朦朧としていく音楽に比較して、若々しく明瞭な音楽である。シベリウス自身は、若書きで自身の精神性を表出できていないと考えたか生前には演奏が許されなかった。1892年に初演されている。
72
Erik Satie(サティー) 1866年-1925年 フランス オンフルール
■ピアノ曲集
 

73
Zemlinsky(ツェムリンスキー) 1871年-1942年 オーストリア(ウィーン生まれユダヤ系)
■叙情交響曲
■グラモフォン
■演奏:ロリン・マゼール


…ツェムリンスキーはこの一曲しか知らない。だから自動的な選定である。
マーラーの「大地の歌」は李白の詩を歌っている。それに触発されツェムリンスキーはタゴールの詩によってこの「叙情交響曲」を作曲した。さらにこの曲はベルクに影響を与え、「叙情組曲」が生まれる。

 
74
Alexander Scriabin(スクリャービン) 1872年-1915年 ロシア帝国(モスクワ生まれ)
 
75
Sergei Rachmaninov(ラフマニノフ) 1873年-1943年 ロシア帝国(ノヴゴロド州生まれ)
 
76
Schoenberg(シェーンベルク) 1874年-1951年 オーストリア(ウィーン生まれユダヤ系)
■グレの歌
■グラモフォン
■演奏:ラファエル・クーベリック

■学生時代からの愛聴盤だ。3600円のこの2枚組を買ってしまうと、その月の生活が困窮した。学生時代にカートンボックスに入った2枚組のLPを買うというのは、大変勇気がいるものであった。 まだワグナーの影響を色濃く残す世紀末ウイーンの耽美的な曲想だけれど、最後になって唐突に無調化して、自身の革新者としての第一歩となった。 
77
Albert Ketelbey(ケテルビー) 1875年-1959年 イギリス(バーミンガム生まれ)
■修道院の庭にて・他
 40歳代に、聴いてきた作曲家をリストアップしたら60数人しか上がらなかった。その後意図的に、聴いていない作曲家のレコードを買ってみた。そんな一枚である。
通俗名曲として括られる「ペルシャの市場にて」のみで評価されているが、異国情緒とくに東洋的な描写音楽に優れる。このレコードでは、「修道院の庭にて」が好きになった。
100
Ottorino Respighi(レスピーギ) 1879年-1936年 フランス (ボローニャ生まれ)
「聖
 

78
Canteloube(カントルーブ) 1879年-1957年 フランス(オーヴェルニュ生まれ)
■オ−ヴェルニュの歌(第1巻)
■ヴァンガード
■演奏:ネタニア=ダヴラツ(ソプラノ)


…たまた中古CD店で見つけた。サンティアゴ巡礼でフランス側のル・ピュイの道は、オーヴェルニュ地方を通る。そのロマネスク聖堂は美しい。そんな程度の関係だったが、とても独特の音色で愛聴するようになったレコード。たまたま饗庭孝雄の「聖なる夏」の中に、オーヴェルニュのロマネスク聖堂を回るときの記述に、キリテ・カナワの「オーヴェルニュの歌」を想起する場面が出てきた。しかしキリテ・カナワの華やかさは合うとは思えない。

…カントループのオリジナル作品ではなく、古くから伝わるオーヴェルニュ地方民謡を採録したものだ。
98
Ernest Bloch(ブロッホ) 1880年-1959年 スイス→アメリカ (ユダヤ系)
「聖なる典礼(Avodath Hakodesh)」
 

79
Bartok Bela(バルトーク) 1881年-1945年 オーストリア・ハンガリー帝国(現在はルーマニア)
 
80
Igor Stravinskii(ストラヴィンスキー) 1882年-1971年 ロシア帝国(サンクトペルブルグ近郊生まれ)
 
81
Anton Webern(ウェーベルン) 1883年-1945年 オーストリア・ハンガリー帝国(ウィーン生まれ)
 
82
Alban Berg(ベルク) 1885年-1935年 オーストリア(ウィーン生まれ)
■オペラ「ヴォツェック」
 ベルクは叙情家だから、ヴァイオリン協奏曲、弦楽四重奏曲などみんな良い。ヴァイオリン協奏曲は好みがはっきりして、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いだ。ベルクはシベリウスと似た雰囲気で、好きなグループ入りしている。それでも、ベルクから一曲となると「ヴォツェック」を上げるしかない。
 ベームとディスカウの名盤が発売されたの学生時代だったと思う。買えないし、FMで一部を聴いたくらいだ。後年、ようやく買ったのが、このドホナーニ盤。
83
Heitor Villa=Lobos(ヴィラ・ロボス) 1887年-1959年 ブラジル(リオデジャネイロ生まれ)
■ブラジル風バッハ
 20世紀最大の多作家であるとされるが、この「ブラジル風バッハ」しか知らない。特に五番のソプラノ・ヴォカリースを含む独特のメロディーを知ったときは、すごいと思ったが、後にテレビ等で、安易なイメージ音楽として使われるようになって残念な気持ちを持った。このレコードは作曲家自身による演奏である。
84
Sergei Prokofiev(プロコフィエフ) 1891年-1953年 旧ソビエト(ウクライナ生まれ)
■カンタータ「アレサンドル・ネフスキー」
 1938年、エイゼンシュタインの映画「アレクサンドル・ネフスキー」のために書かれた。プロコフィエフ自身は革命初期に日本を経由してアメリカに亡命したが、再び祖国に戻り、典型的な社会主義リアリズム音楽と目される音楽を書いたが、その本当の心情は分からないところ。
85
Arthur Honegger(オネゲル) 1892年-1955年 フランス共和国(ルアーブル生まれ)
■火刑台上のジャンヌ・ダルク
 
86
Paul Hindemith(ヒンデミット) 1895年-1963年 ドイツ
■歌曲集「マリアの生涯」
 ヒンデミットは多作家だが、聴くことのできる曲は少ない。これと画家マティスしか聴いていない。中世の幻想画家グリューネヴァルトは好きな画家だったが、この曲からは、どこにも画家のイメージは沸いてこないほどの、機械的な音楽だった。だから、ナチスに目を付けられてドイツを脱出することになる。
 この歌曲は、人声の使い方は普通である。この100曲の中にグレン・グールドが1枚も入らないというのも寂しいと思っていた。バッハでも、ブラームスでも選べなかった。以外なところで残ったが、グールドのピアノは意図的か普通だ。

87
Carl Orff(オルフ) 1895年-1982年 バイエルン王国(ミュンヘン生まれ)
 
88
Francis Poulenc(プーランク) 1899年-1963年 フランス共和国(パリ生まれ)
 
89
Aaron Copland(コープランド) 1900年-1990年 アメリカ合衆国(ブルックリン生まれ)
■エル・サロン・メヒコ
 
 
90
Aram khachaturian(ハチャトゥリヤン) 1903年-1978年 旧ソビエト(グルジア生まれ)
■ヴァイアリン協奏曲
 これもハチャトゥリヤンの唯一のレコード。
スターリン時代の1940年に作曲されてた、この曲の初演者オイストラフと作曲家自身による演奏である。民族的で色彩豊かな曲想は、社会主義リアリズムの枠を超えているが、逆にブルジュア的でないとされたか、ソ連体制内で否定されていない。
91
Dmitrii Shostakovich(ショスタコービッチ) 1906年-1975年 ロシア帝国(サンクトペルブルグ生まれ)
 
92
Olivier Messiaen(メシアン) 1908年-1992年 フランス(アヴィニョン生まれ)
■7つの俳諧
 大曲「トゥランガリーラ交響曲」が選ばれるべきだが、同カップリングで武満徹を選んでしまった。現代音楽のなかでは、メシアンは比較的よく聴くほうだ。これは最初に買ったレコード。1962年に来日したときに、曲想の一部が日本の自然の中から採譜された。
93
Benjamin Britten(ブリテン) 1913年-1976年 イギリス(港町ローストフト生まれ)
■オペラ「ピーター・グライムズ」
 発売当時、ブリテン最高の名曲と喧伝されていたように思う。その頃、「戦争リクイエム」は既に聴いていていて、これも聴くべきだという気持ちはあった。何よりカートンボックスの印象的な写真が、孤独な曲想を感じさせるものだった。ただし3枚組のこのレコードは買えなかった。後年、中古レコード店で手に入れた。
 
 
94
Pierre Boulez(ブーレーズ) 1925年-2016年
■打ち手なき槌「ル・マルトー・サン・メートル」
 作曲家自身による演奏。
初演は1955年にハンス・ロスバウド(ブルッキナーの第7番に名演奏を残す)であった。アルトと6楽器による音楽である。歌詞を持っていること、なにより無調であっても、メロディが比較的受け入れやすいので、印象深い曲だ。
95
武満徹 1930年-1996年 日本
■ノベンバー・ステップス
この小澤征爾のレコードは、メシアンの「トゥーランガリラ」がメインだが、武満徹として選んだ。
96
Krzystof penderecki(ペンデレツキ) 1933年- ポーランド(クラコフ生まれ)
■広島の犠牲者のための哀歌
 先日、N饗で鈴木俊夫の東日本大震災を追悼する「嘆き」(オーケストラとソプラノ)を聴いた。なんとなく似ているなと思って、今日この曲を聴きなおした。こちらは1960年に書かれた52弦楽器のための曲である。
97
Schnittke(シュニトケ) 1934年-1998年 ソ連(ユダヤ系ドイツ人)
■合唱のための協奏曲
 スターリン亡き後の雪解け時代に、無調や実験的音楽に取り組むが、後年は自身が「多様性」と呼ぶ手法で音楽を書いた。…ロシア正教会の力強い神秘主義に親近感を持っていた。…ソ連時代において国内で最も人気の高い作曲家の一人とされる。
この曲は中世アルメニアの詩人ナレカツィの叙情詩をロシア正教の典礼を現代風にしたような感じで無伴奏で歌うものである。

100
Ottorino Respighi(レスピーギ) 1879年-1936年 フランス (ボローニャ生まれ)
「聖
 

ラヴェル


【僕の聴いてきたレコード】