オベルトOBERTO Conte di San Bonifacio
Dramma in due atti
Libretto:Antonio Piazza & Temistocle Solera
Prima rappresentazione : Teatro alla Scala, Millan,17/11/1839

LINER NOTE
■PHILIPS 454 472-2 (独)の解説「Discovering a New Musical Voice」Roger Parkerをつたない訳で引用させていただく。ともかく「オベルト」についての情報が少ないので自分のために訳したものである。少なくとも、普通のヴェルディ伝記で語られている粉飾されたものよりは事実に近いのではないかと感じた。

■……ヴェルディの最初のオペラ、1839年11月17日、ミラノスカラ座で初演され、さらに続演された「サン・ボニファチオ伯爵オベルト」の正確な歴史には、多分驚くべきことはない。このありえないような突出した創世記的出来事の間、ヴェルディは田舎じみた格好で影のように取り残された。もちろん我々の知るように、そこに何の影響も与えなかった訳ではない。友人や仲間は彼のメモを残したり、何が起こったかを記憶に残そうとしなかった。のちに年老いた作曲家がその生涯を振り返って、外向けのパッケージされた伝記として、1842年のナブッコの凱旋的成功が自身の芸術的経歴のスタートであるとこだわった。1889年に、ヴェルディの劇場生活50周年祝賀記念にオベルトをリバイバル上演しようとしたときに、それに強硬に反対したのは作曲家自身であった。
 ヴェルディは語った。このオペラには4人の主役が必要である。舞台装置やリハーサル期間も。結論? 観客の期待が50年前のそれとは違っていることを想像したまえ。オベルトのあの長い2幕を聴く忍耐を強いることはできない。観客は丁寧な沈黙をもってその退屈を示すか、もっとはっきり拒絶するかもしれない。もし後者なら、祝賀行事がスキャンダルになってしまう。
 1889年という時点で考えれば、ヴェルディの初期のスタイルは時代遅れであることを自身が指摘した。しかし今、1世紀以上たって、ヴェルディの全作品を歴史的視点で見るときにはオベルトの絡み合った構成だけでなく、音楽そのもの、劇的語彙を見直す意義は大きい。

■物語はヴェルディがミラノの音楽院の入学を拒絶され、スカラ座の元音楽監督であったヴィンセンチョ・ラヴィーニャの個人授業を受けていた頃、初演の5年前にさかのぼる。ラヴィーニャはヴェルディにマッシーニが指導していたアマチュア合唱団「ソシエタ フィラモニカ」に関わるように仕向けた。ヴェルディはそこでリハーサル指揮者兼オルガン伴奏者として、1834年のヘンデルのメサイヤ、1835年のロッシーニのシンデレラで評価を得た。合唱団のメンバーには上流階級の人達もいて、これを足掛かりにヴェルディはミラノのサロンに顔を出し、自身の売り込みを図った。これは彼の経歴に取って重要の一歩となった。
 早速、1836年4月19日にはオーストリア皇帝フェルディナント一世の誕生祝賀コンサートの仕事を得た。ヴェルディはこのとき、皇帝を賛美する音楽を書いた。この曲は失われたが、当時の新聞は「畏敬すべき君主に対する愛と尊敬が溢れた音楽」と書いた。ヴェルディは後年、オーストリアの北イタリア支配に対する抵抗運動「リソルジメント」の詩人として、そのシンボル的存在となったが、このエピソードは、その評価にいかがわしさを少しばかり感じさせる。

■マッシーニとの重要な出会いを得たミラノの音楽学生生活は1835年末に終わり、やむなくふるさとブッセートに帰らなければならなかった。しかし、ヴェルディはオペラ作家への道として、この知人との接触を絶たなかった。1935年から1936年にかけてのマッシーニとの往復書簡には、まだ名のないオペラについてやり取りされている。1837年には、曲名も脚本も決まり、公演の計画もなされていた。
ヴェルディは次のように述べている。「パルマの復活祭シーズンにこの「ロチェステル」を上演することは困難ではありません。脚本家のピアッツァ(Antonio Piazza:ミラノのジャーナリスト)に会ってみてください。もしピアッツァが、セリフのいつくかを変えたいとしても時間はあります。彼のために2人の夫人のためのデュエットを長くして、もっと堂々とした作品にしましょう。…」
 このパルマでの上演計画は消えてしまったが、その後のヴェルディの手紙にはミラノでの上演計画(マッシーニの助力もあった)が書かれている。これは2年ほど後のことであったが、さらにいろいろと混乱があって、遅れに遅れ、ヴェルディの最初のオペラは、「ロチェステル」とは呼ばれず、「オベルト」になっていた。しかし、これが新米オペラ作曲家のスカラへの画期的なデビューであった。問題は「ロチェステル」に何が起きたのかである。「オベルト」に改名されたのか、「オベルト」は別の新作なのか、ヴェルディの手紙からは、うかがい知ることはできない。後年、ヴェルディ自身によって刊行された本には、先の仮説を暗示する別の脚本家の名前が出てくる。
「…マッシーニ、誰がかれほど無名の作曲家である私を信頼してくれただろう。彼がフィロドラマティコ劇場(ミラノの中小劇場)のためにオペラを書くようにいって、ソレーラ(Temistocle Solera)が部分的に修正した脚本をくれた。これがオベルトになった…」

■ソレーラは以前からスカラ座のために多くの脚本を書いていたし、彼がオベルトでしたような変更は普通のことであった。ドニゼッティのオペラがこうむったのと同様に、検閲や配役の関係で音楽をプロットからプロットに移動することはしばしば行われていた。さらにマッシーニへのヴェルディの手紙によって、以下の事実を知ることができる。「ロチェステル」では、二人の女声のタイトルロールがあり、それはオベルトの初期のバージョンには存在したが、ヴェルディ自身がカットしてしまった。またオベルトの自筆スコアには、ロチェステルの名が残っている。テノールの部分で、オベルトのリッカルドに書き換えられているのだ。絶対とは言えないが、オベルトはその形や中身が変わったにせよ最初はロチェステルとしてスタートした。そして3年のときを経て、上演場所も配役も新しくなって生まれ変わった。19世紀中葉のオペラ作家に求められている最大の才能は状況の変化への対応能力であり、ヴェルディはこの才能を如何なく発揮したのである。

■さてその音楽はどうだったのだろうか。後年のヴェルディによる少し偏見のある報告は、このオペラの二つの性格を選び出している。一つは長すぎること、もう一つは4人の主役を必要とすることである。当時のイタリア・オペラの経済学の観点から、この二つは密接に関係している。それぞれの主役が、各幕でそれぞれ最低限の長さのソロとデュエットを、さらにスター二人は幕の後半にソロを要求するからである。通常3人の主役が4人になるということは、必然的にオペラを長大なものにする。それは結果としてドラマを間のびさせ、逆に重要な合唱やアンサンブルに時間を与えることができなかった。しかも個々の歌手は、自分の欠点を隠し、聞かせどころ目立たせようとすることを期待するのである。すなわち初演時の歌手が誰であるかということが、まさにオペラのそれぞれの役割を決定付けるのである。この事実をオベルトにはっきりと見ることができる。
 クニーザ役は英国ノコントラルトのマリー・ショウが非常に穏当な音域にした。一方ドニゼッティ歌いとして卓越したテノールであるロレンツォ・サルヴィによるリッカルド役は、ヴェルディ的力強さよりも、明るくデリケートなニュアンスを生み出した。タイトルロールはバスはイニャーツィオ・マリーニであり、このとき配役の中では最も大物であり、彼のために「アッティラ」のタイトルロールを書くことになる。

■最も興味深いのはプリマドンナであるマリーニの妻、アントニエッタ・ラニエーリ・マリーニのレオノーラ役である。最初の台本ではプリマドンナはソプラノに当てられていたが、アントニエッタは「ハイA」より上を必要としないメゾソプラノで、力強い低域と、アジリタを持っていた。ヴェルディは彼女の独特な音域に対応し、この歌唱は、その後のこのオペラの歴史に典型として記録された。
 オベルトの初演はまずまずの成功であった。その後数年の続演は限られたもので、1840年にトリノとミラノ、1841年のナポリとジェノヴァ、1842年のバルセロナで公演された。その最後を除いて、すべてレオノーラはラニエーリ・マリーニが歌った。このことは、彼女の才能を示すショーケースとして、オベルトが選ばれて演奏されたと見ることもできる。

■後知恵的にはこの4人の主役の存在感が、合唱部分を短縮したと言えるが、精彩に満ちた多くのアリアこそがオベルトに個性を与えている。この種のオペラとしては仕方のないことではあるにせよ、それでも若きヴェルディは、そこで力強い個性豊かな音楽を成し遂げた。このオペラには、この当時としては避けられないことだが、速い音楽にはロッシーニの、カンタービレにはベッリーニ(リッカルドの最初のアリアに特に)の影響が聴かれる。さらに注意深く聴けば、師ラヴィーニャによる厳格な対位法音楽が聴かれたり、当時新星として登場していたメルカダンテの音も聴くことができるだろう。再び後知恵を言わせていただければ、これらの特徴こそが、最もヴェルディ的な瞬間を作っている。

■第2幕の四重唱「La vergogna」は明らかに追加された部分であるが、これによってベッリーニ風の女声二重唱が削除された。ただし自筆楽譜の付録としてこれは残されており、本CDにも付録として録音されている。
 本CDの付録にはさらに、1840年スカラ座の秋のシーズンに、2作目の「一日だけの王様」が大失敗に終わった後、オベルトに差し替えられて再演されたときに追加された他の二つのナンバーも含んでいる。
クニーザ役はLuigia Abbadiaで、彼女の名声と、初演時のマリー・ショウよりも高い音域に適応するために、第一幕のはじめのアリアと、リッカルドとの二重唱を提供した。ヴェルディはこのような臨時のピースでは、その才能を触発されることはないのだが、この二重唱の凝縮したメロディーは数少ない例外である。この音楽はオベルトの他の部分とまったく違った曲になっている。人は、この1840年の後半に、このような飛躍ができたことに疑問を感じるかもしれない。この年の6月、若き妻の死という悲劇を味わったために、せっかくのスカラ座への登場というチャンスをボロボロなものにしてしまった。作曲時における悲惨な環境がその創造力に及ぼした影響が残っていると言える。しかしヴェルディはこのような苦悩を乗り越える強い精神力によって、次の「ナブッコ」こよって、最初の偉大な成功を収めるのであった。

CAST
オベルト(B)
■リッカルド(T)
■レオノーラ(S)
■クニーザ(Ms)
■イメルダ(Ms)
サン・ボニファーチョ伯爵
サリングェルラ伯爵リッカルド
オベルトの娘
ヴェローナ領主エッツェリーノ家の公女クニーザ
クニーザの侍女

SYNOPSIS
舞台の背景
<1>序曲 サリングェルラ伯爵リッカルドとヴェローナ領主エッツェリーノ家の公女クニーザとの結婚式がバッサーノのエッツェリーノ城で挙行される。登場するリッカルドを大勢の人々が歓迎する。
第 1 幕
<2>アリア リッカルドはクニーザへの愛を誓い、打ち破ったサリングェルラ家の敵への侮辱を語る。人々とリッカルドは城内に入っていく。
<3>シェーナ(カバティーナ) 人々がいなくなるとレオノーラが登場し、裏切られた元の恋人リッカルドへの思い切れない愛を歌い、同時に復讐を誓って、立ち去る。
<4>シェーナ(二重唱) オベルトは、娘レオノーラがリッカルドから受けた扱いを知り、故国からの追放令を無視して、城にやってくる。城前で父娘は出会い、娘は父に自身と家の名誉を回復するか、それができないなら死ぬことを誓う。
<5>合唱 城内で夫人たちがクニーザの結婚を祝福する。
<6>レチタティーボ(二重唱) クニーザはそれに感謝し、夫人たちは立ち去る。花嫁クニーザはリッカルドに何か心を許せない冷たいところがあると感じる。リッカルドはそんなクニーザの気持ちをほぐし、クニーザも思い直して2人は愛を誓い合う。
<7>シェーナ オベルトとレオノーラは城内に忍び込む。レオノーラは侍女イメルダにクニーザへの取次ぎを頼み、「私は、オベルトの娘レオノーラ」と名を明かし、リッカルドの裏切りを打ち明ける。クニーザは恐れおののき、二人を援助しようと思う。
<8>ファイナル プリモ

クニーザはオベルトを控え部屋に隠し、リッカルドと参会者を呼ぶ。全員の前で、リッカルドのレオノーラに対する卑劣な行為を告発する。すべてが明らかになり、現れたオベルトリッカルドは決闘することになる。

第 2 幕
<9>レチタティーボとアリア  リッカルドは次女イメルダを介してクニーザに面会を求める。クニーザはこれを拒絶し、自身の恋は諦めて、リッカルドにはレオノーラの元へ戻るように告げる。
<10>合唱 舞台は城に近いさびしい荒地。延臣達はクニーザへの同情を歌う。
<11>レチタティーボとアリア 延臣達はバラバラに去っていく。オベルトは、これから始まるリッカルドへの復讐の時を熟考する。戻った延臣達はクニーザが二人の決闘を中止するように取り成しを求めて必死に働きかけていることを伝えるが、オベルトの復讐への決意は変わらない。
<12>レチタティーボとシェーナ (四重唱) そこにリッカルドが現れるが、レオノーラクニーザの懇請によって決闘への決意は鈍る。さらに自身の恥ずべき行為を認め、レオノーラと結婚することを、クニーザに約束させられる。一方オベルトの決意は変わらない。
<13>合唱 延臣達の祈りの歌は、決闘の争いの音でさえぎられる。音の方向へ走り去る。
<14>ロマンツァ リッカルドが手に血に染まった剣を持って現れ、今しがたしてしまった行為を嘆き悲しみ、神の慈悲を請う。
<15>シェーナと終曲 リッカルドを探しにクニーザイメルダが登場し、オベルトの亡骸にすがって嘆き悲しむレオノーラを見い出す。クニーザは不吉な予感が当たったことを嘆き、レオノーラは自分が殺したも同然だと泣く。そこにリッカルドの手紙が届き、そこにはレオノーラの許しを請い、罪を贖うために遠くへ旅立つとある。父を失い、リッカルドをも失ったレオノーラは、すべての希望をなくして嘆き悲しむ。



【いまさらオペラ入門】