一日だけの王様UN GIORNO DI REGNO
(2006−8−3記述)
MELODORAMMA GIOCOSO
IN DUM ATTI
Libretto:Felice Romani
Prima rappresentazione : Teatro alla Scala, Millan,5/9/1840




■「GIORNO」は一日、「ボン・ジョルノ」だ。「REGNO」は王国とか王権を意味する。「ウン ジョルノ ディ レーニョ」だから「王権の一日」というのが直訳になるか。ともかく情報がすくないし、レコードもガルデリのものしかない。今も日本盤さがしているが手に入らない。しかし、音楽を聴く限り、親しみやすいメロディで、失敗作として無視される理由が分からない。以下のように、かなりの時間をかけてガルデリのフィリップス盤の解説を訳してみた。特に台本からあらすじを作るのに苦労した。登場人物の関係や伏線が明示されないまま、台詞のなかから少しづつ、それらが分かる仕組みなのだが、こちらの語学力不足も原因だが、そもそも台本のできも悪いのではないかと言いたくなる。初演の失敗の理由は、ヴェルディの音楽ではなく、ロマーニの台本にあったと考えたくなる。

■設定は1733年ブレストとある。ブレストと言えばイギリス海峡を隔ててプリマスの対岸に位置するブリターニュ半島の先端の終着駅。題材は18世紀の歴史的事実に基づいている。世界史の本を調べたが、当時のヨーロッパ大陸はフランス、プロシャ、オーストリー、さらに新興ロシアによる覇権の時代であり、ポーランドが列国に簒奪される直前、わずかな独立を保った時期の話しであるが、物語に、その時代性は現れない恋愛喜劇である。

■ワグナーは1936年、似たような喜劇「恋愛禁制」を書いて失敗する。バイロイトの古い録音のLPを手に入れたが、歴史的な価値はあっても、聞きなおしたいほどの曲ではなかった。それに遅れること4年、1940年に発表されたヴェルディのこの曲ははるかに良く書けている。であるから、初演の失敗はヴェルディにとって不幸な出来事ではあったが、逆にこれによって、ヴェルディの作風が大きく変化し、さらに台本の選択と、その推敲に対する厳しい態度がもたらされ、結果としてその後の名作を生むきっかけとなったという意味では非常に重要な作品だ。もし、この曲が成功していたら、その後我々の知るヴェルディの作品は生まれたであろうか。

LINER NOTE
■PHILIPS 6703 055 (蘭)の解説「Verdi's First Opera Buffa」Martin Sokolをつたない訳で引用させていただく。「オベルト」と同様に、解説情報が少ないので自分のために訳したものである。

■1839年、ヴェルディは最初のオペラ「サン・ボニファチオ伯爵オベルト」を完成した。スカラ座での初演は熱狂をもって迎えられ、この若き作曲家は今後数年の間に3本のオベラを書く契約を得た。それらのうちの最初の契約がスカラ座支配人、バルトロメオ・メレッリとのもので、台本は「Il Proscritto(追放者)」が用意された。これはロッシーニに「結婚手形」「タンクレディ」「セミラーミデ」を提供したGaetano Rossiによるものであった。しかしヴェルディが作曲に取り掛かる前に、メレッリは計画を変えた。来るべきシーズンには、メロドラマよりブッファが欲しかったからで、当時の売れっ子脚本家であるフェリーチェ・ロマーナの数本のデキストをヴェルディに届けた。いずれもヴェルディは気に入らなかったが、しかたなく、そのうちから「偽のスタニスラオ」を選んだ。これは、20年程前にAdalbert Gyrowetzのために書かれたもので、1818年8月5日にスカラ座で初演されたが、11公演で引っ込められ、その後、リパートリから消えた。この「偽のスタニスラオ」が、ヴェルディの曲では、新しい題名「一日だけの王様」に変えられたのである。

■このポーランドの追放された国王の物語は、ロマーニ以前にも取り上げられていた。1812年の春、ヴェニスで、Giuseppe Moscaが「Il finto Stanislao re di Polonia」を公演している。なんとこのときの脚本は、後にヴェルディが拒否した「Il Proscritto(追放者)」を書いたGaetano Rossiによるものであった。さらに42年後には、今度は舞台をスペインに変えた「Un dia de reinado」が、Francisco Asenjo Barbieri作曲、GutierrezとOlona台本によって、マドリッドで公演されている。なおロマーニの台本は、王の歴史的事実から少し離れたPineu-Duvalの戯曲「Le faux Stanislas」によっている。

■Stanislaus Leszeczynski(スタニスラオ一世,1677-1766)は1704年7月2日にポーランド王に即位した。しかし1706年ポルタヴァの戦いでザクセン王フレデリック アウグストスに破れ、王位を奪われた。ルイ15世の妻となっていた娘マリーをたよって亡命する。さらに1733年にフレデリック王が死去すると、フランスの支援を受けて、ポーランドの覇権を取り戻した。しかし彼の第二期王権は、1736年に再びザクセンに敗れて、一期よりもさらに短いものとなった。再びフランスに舞い戻って、今度はロレーヌとBarの侯爵になる。1733年、スタニスラオがポーランドに戻るとき、王は御者に変装し、若いフランス士官のBeaufleurが影武者となった。

■「偽のスタニスラオ」あるいは「一日だけの王様」は、このBeaufleur(Belfiore:ベルフォーレ)の王への変装による恋愛話しに関するものである。ヴェルディはそもそも陰気な性格であったし、さらに1838年に娘を、1839年には息子を失うという失意のどん底であり、とても喜劇を書けるような状況ではなかった。事実、彼が再び喜劇に取り組むのは半世紀もあとの1893年のファルスタッフなのであった。作曲を始めて数週間、今度は妻マルゲリータを脳炎で失うという悲劇が襲う。
  結局「一日だけの王様」は1840年9月5日スカラ座で秋の5公演の初っ端として初演され、完璧な失敗に終わる。ヴェルディはこの絶望によって、二度とオぺラは書くまいと誓った。メレッリはヴェルディとの契約を解除する。しかしヴェルディは彼本来の手法に戻って、次の「ナブッコ」の美しい歌でスカラ座との約束を果たす。

■確かに、「一日だけ…」の失敗の主原因はその台本にあるが、当時の批評によれば、それ以上に演奏自体がお粗末だった。だから、この作品は我々が信じさせられいる程の大失敗作という訳ではない。ヴェルディが約40年後にリコルディに宛てた書簡によれば、彼は最初の公演以来一度も「一日」だけ…」の演奏を見ていないと言っている。これは事実であったにしても、このオペラが再演されなかったとするのは誤りである。ベニス(1845-10-11)や、ローマ(1846-2-9)さらにナポリ(1859-6-2)で公演され、ベニスではセンセーションを巻き起こしたという。

■Gyrowetzとヴェルディの台本の違いを比較することは悩ましい作業だが意味があるだろう。相互に大きな類似性がある一方、たくさんの違いもあるが、常にGyrowetzの方が優れている。ヴェルディのテキストは構成が粗雑で、多くの答えのない問いがなされる。例えばヴェルディにおいて、伯爵夫人は、彼女の恋人が不実だと信じて、イヴレア伯爵と結婚する気になるということになっている。しかし、どう考えても彼女がベルフィオーレを疑う理由が解らないし、彼女のイヴレア男爵と結婚して復讐しようという行為は、ベルフィオーレに対するよりも自分自身に対して不信的である。Gyrowetzの台本では、伯爵夫人は、ベルフィオーレと結婚していたのだが、ある日突然跡形もなく夫ベルフィオーレが失踪(それはスタニスラオ王の命令であるのだが)してしまったので、裏切られたと感じてイベレア男爵と結婚する気になってしまうということになっている。
 またエドアルドをベルフィオーレが手助けする理由もヴェルディでは単純であるが、Gyrowetzでは、エドワルドはベルフィオーレの古い友人であるサンヴァルの息子であり、彼が手助けする強い動機がある。
 ヴェルディでは、一幕の終わりで、ケルバール男爵と財務官の和解を命令する。ところが第二幕が始まると、男爵は財務官に決闘を申し入れ、自身の王にたいする立場を不都合なものとしてしまう。Gyrowetz版ではベルフィオーレは男爵の味方となっている。偽王は財務官にジュリエットと結婚するか、そうでなければ男爵に復讐の満足を与えよと命令する。これは男爵の挑戦を信じられるようにするだけでなく、財務官の巨大な資産を彼の姪のものにすることができる。しかし彼はエドアルドがジュリエットの夫としてふさわしいか心配しすぎて、自分自身のこんがらかってしまっている。以上は一例であって、このような混乱は他にもたくさんある。ヴェルディのような舞台通がこのようなひどい台本を直さなかったのは不思議だ。確かにヴェルディはGyrowetzの台本による舞台に親しんでいた。結局、ヴェルディはこの仕事に無関心であったと想像するしかない。これでは、台本がなぜこんなものになってしまったかのの答えにならない。ヴェルディとロマーニの知られざる関係に光が当てられない限り、答えは得られないだろう。

■台本や演奏自体のまずさはあるにせよ、やはり初演失敗の理由は音楽それ自体にも幾分かは求められなければならない。ある批評では、独創性のない派生的音楽と決め付けている。たしかにロッシーニやドニゼッティとのたくさんの類似性を見ることができる。これらの問題点は、130年前の聴衆にとっては好ましいことではなかったが、逆に現在の我々にとっては18世紀の前半から中葉へのイタリアオペラの連関性に光を与えるものとなっている。ロッシーニの影響は特に序曲と終曲に見られるが、一方でヴェルディの進歩の跡もたくさんある。伯爵夫人の「Se dee cader la vedoba」(訳注:下の台本の<7>曲後半部分)は明らかに「仮面舞踏会」のオスカルの「Di che fulgur」の先行例である。またエドアルドの「Provero che degno io sono」(訳注:下の台本の<6>曲中盤部分)はドニゼッティの「L'elisir d'amore」を思い起こさせるが、一方で彼とベルフィオーレとの二重唱は、「ドンカルロス」の偉大の友愛の歌を予期させるものである。

■以上のような事項は音楽学者の興味を引いても、一般聴衆に「一日だけ…」が受け入れられていくことには寄与しない。この曲が受け入れられるのは、まさにヴェルディの新鮮で陽気なメロディと、品がよくて浮き浮きする音楽によるのである。ヴェルディはとても不可能と思われることを成し遂げている。最も悲惨な環境の中で、喜びに溢れた音楽を作り出し、我々聴衆をして、ヴェルディの失敗作が、彼の幾多のライバルの成功作をはるかに凌駕することを知らしめる。

CAST
ベルフィオーレ(Br)
■ケルバール(Br)
■エドアルド(T)
■ポッジョ伯爵夫人(S)
■ジュリエッタ(S)
■ガスパロ・アントニオ・デラ・ロッカ(Br)
■デルモンテ(B)
■イヴレア伯爵(T)
騎士ベルフィオーレ(スタニスラオ王の影武者)
ケルバール男爵
エドアルド・デ・サンヴァル
ケルバール男爵の姪の寡婦、ベルフィオーレの恋人
ケルバール男爵の娘、エドアルドの恋人

エドアルドの叔父、ブリターニュの財務官
偽のスタイスラオの従者
ブレストの軍司令官
注)音域はあくまでも、ガルデリ盤の場合。

SYNOPSIS
舞台の背景
<1>序曲 <スタニスラオ1世ポーランド王は1706年ポルタヴァの戦いでザクセン王フレデリック・アウグストスに破れ、王位を奪われた。ルイ15世の妻となっていた娘マリーをたよってフランスに亡命する。フランスの支援を受けて、ポーランドの覇権を取り戻すために、1733年スタニスラオがポーランドに戻るとき、王は御者に変装し、若い騎士ベルフィオーレが影武者となった。>
…以上の伏線は明示的に示されない。
第 1 幕 【第1場】<ブレストのケルバール男爵の館にて>
<2-3導入と二重唱 祝宴ムードのなかで、ケルバール男爵と財務官は、財務官を男爵の婿として迎えることの誇りと喜びを歌う。
<4>シェーナとカバティーナ 偽王(騎士ベルフィオーレがスタニスラオ王に扮している)の登場が告げられる。偽王は仰々しいもてなしは不要である、これからポーランドに戻り、困難な使命が待っていると言う。一方「同僚が、今の自分の振る舞いをみたら私が狂ったか、ならず者が突然哲学者か王に成りすましていると思うだろう」と独白する。
<5>レチタティーボ 男爵は偽王に「明日、男爵の娘と、ポッジョ男爵夫人の二組の結婚式が予定されている」と告げる。ポッジョ婦人の名前を聞いて、うろたえた偽王は、男爵に席を外させる。
偽王は、ポッジョ婦人が現れる前に、影武者の身分を下りないと大変になると考え、既にワルシャワに到着しているはずの本物のスタニスラオ王に「影武者の任務を解いてくれないと、自分自身の愛を失う」という手紙を書く。
<6>レチタティーボ、シェーナ、二重唱 <エドアルドが登場して>
エドアルドは偽王に従ってポーランドの戦場に行きたいと懇願する。偽王は、エドアルドが男爵の娘と相愛であり、財務官のライバルであるのを知っているので、その目的が理解できない。結局、随行を許す。
<7>シェーナとカバティーナ <ポッジョ婦人がこっそり入ってくる>
ポッジョ夫人は、ポーランド王が自分の恋人ベルフィオーレだと見破り(歌詞の上では、「あれは彼だ」「あれは彼だ」としか言わない)、裏切られたと思い、イヴレア伯爵と結婚するふりをして、ベルフィオーレの愛を試そうと考える。「私の望みは愛と若さ」と歌う。
【第2場】<翌朝庭園にて>
<8>合唱とカバティーナ ジュリエッタを祝う農夫や召使達の合唱。しかしジュリエッタは悲しみに沈み、「あんな年寄りはいや。もっと若い素敵な人と結婚したい」と歌う。
<9>レチタティーボ 男爵と財務官が登場し、「王にお目通りだというのに、なぜ庭に出てしまうのか?」と言い、何とかジュリエッタの気を取り直そうとする。そこに偽王とエドアルトが登場し、エドアルトを王の騎士志願者として紹介する。エドアルドは財務官の甥だとここで明らかになる偽王は男爵と財務官に軍事の諮問をして、エドアルドとジュリエッタを二人きりにさせるように仕組む。
<10>6重唱 エドアルドとジュリエッタは喜びを歌うが、偽王に話しをそらされている財務官は若い二人が親しくしすぎるので不快で気が気ではない。そこにポッジョ婦人が登場し、今度は偽王がそわそわする。ポッジョ婦人はすぐさま偽王が恋人ベルフィオーレであることに気付き疑心暗鬼になる。若い二人は喜びを、男爵と財務官は偽王からの信頼への喜びを歌ってこの場を終わる。
<11>レチタティーボ その場に残った二人の恋人にポッジョ夫人は、王は偽者ではないかと言う。しかし話しは混乱していさかいになる。
<12>三重唱 結局三人は理解し合って「若さと愛がすべて」と歌う。
【第3場】<館の回廊にて>
<13>レチタティーボ 偽王は大臣のポスト、Ineska王女とその財産までも餌にして、財務官がジュリエッタとの結婚をあきらめるように仕向け、財務官もすっかりその気になる。
<145>こっけいな二重唱 男爵がジュリエッタと財務官の結婚契約書を持って登場し、サインを求めるが財務官は、王から別の縁談を勧められたとして、これを断る。
<15-16>終曲 怒った男爵は名誉を傷つけられたとして血の復讐を誓う。皆はジュリエッタとエドアルドの結婚を勧めるが、男爵は、そんな取引は割に合わないと怒りは収まらない。
第 2 幕 【第1場】<館の回廊にて>
<17>合唱とアリア 召使達は、突然の祝宴の中止に困惑を歌うが、エドアルドは、自分の運命に一条の光が射したと喜ぶ。
<18>レチタティーボ 偽王は、男爵が新しい組合せでの結婚を拒絶する理由が、男爵の貧困にあり金目当てであることを知り、財務官に彼の城と財産をエドアルドに譲ることを提案し、これを財務官も了解する。
<19>レチタティーボと二重唱 男爵は財務官と二人きりになって、男爵は剣でと、財務官は爆薬の入った樽の上に乗って点火しようではないかと、決闘の方法で罵り合う。財務官のバカげた提案に、臆病になった男爵は決闘を諦める。
【第2場】<館の庭に面した広間にて>
<20>二重唱 ポッジョ婦人は、偽王がベルフィオーレであることを知っていながら、知らない振りをして、偽王と話し合い、ベルフィオーレへの裏切りをなじる。
<21-22>レチタティーボとアリア 軍司令官のイヴレアの来場が告げられると、ポッジョ婦人は偽王にあてつけて、もしすぐさまベルフィオーレが現れ、許しを請わないかぎり、イブレアと結婚すると言うが、偽王は身分を明らかにできない。
<23>シェーナと二重唱 ジュリエッタがエドアルドと結婚できると喜んでいるところに、エドアルドが入ってきて、偽王が今すぐポーランドに出立すると伝える。エドアルドはついていかなければならないので、結婚式をしている時間がないとあわてる。ジュリエッタは、なんとか王の許しを得ようとする。
【第3場】<館の回廊にて>
<24>レチタティーボと7重唱 イヴレアが登場し、ポッジョ婦人へ結婚を申し込むと、婦人は1時間以内にベルフィオーレが戻らなければ受け入れると述べる。そこに偽王が登場して、イヴレアは秘密の命令によって王に同行する必要があると伝えるので、これで2組目の結婚式もできないと全員混乱してしまう。
<25>終曲 従者デルモンテが手紙を持って登場し、偽王に手渡す。偽王はエドアルトとジュリエッタの結婚を命令した上で、手紙を読み上げ、いままでのミステリーの種を明かす。「王スタニスラオはついにワルシャワに到着し、王権を復活した。よってベルフィオーレの影武者の任を解くとともに、元帥に任ずる」という本物の王からの手紙であった。偽王はベルフィオーレに戻り、ポッジョ婦人に愛を誓う。年寄り達はバカを見たという感じだが、終わりよければ全て良しで、大騒ぎの一日が2組の結婚式で大団円となる。





【いまさらオペラ入門】