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「無党派」の幻想(小泉論2)

2001年12月14日 のほほ


小泉の支持者は、いままでの自民党の行って来た党利党略的な政治手法を嫌う人々であろう。特に、一部の業界や官庁の顔ばかり見る政治家、すなわち「族議員」がけしからん、という意見が強い。
日本国憲法においても「公務員は一部への奉仕者ではなく、全体への奉仕者である」(この場合の「公務員」には特別職の公務員=国会議員も含まれる)と規定されている。特定の支持者団体によって、政策をねじ曲げ、結果として国民の利益が損なわれることは、到底許されるべきではない。

では、小泉が特定の支持者におもねらない「無党派」なのか、というと、どうもそうとは思えない。
小泉が国会議員に当選してからの経歴を見ると、党財政部会委員、大蔵政務次官、衆議院大蔵委員長、というように、大蔵省(現・財務省)に関係した役職が目立つ。また、二度にわたって厚生大臣に就任している(そういえば、狂牛病について厚生大臣だった菅直人が批判されたけど、コイツも大臣だったんじゃん)。
永田町的には、小泉は「大蔵(財務)族」「銀行族」「厚生族」なのである。
また、現在は無派閥と称しているが、つい最近まで彼は森派の幹部であり、森が首相になったあとは会長にもなっている(総裁になったら派閥の長をやめるという申し合わせによる)。彼はあの悪名高い森政権を支えていた「戦犯」なのだ。

「役職や派閥にいたというだけで、彼を批判するなんてばかげている。彼は郵政大臣をつとめたが郵政族なのか。現に彼は、郵政族や建設族の牙城であった郵便事業や公共事業を改革しようといている。それは、国民の利益になることではないか」
小泉支持者は、そう反論するであろう。特定の役職にいただけで批判するのは間違っていると思う。だが、現在彼が行っている「構造改革」でもっとも利益を得るのが、他ならぬ財務省や銀行であるとしたら、これはまさに「一部のために奉仕する」族議員的行動ではないだろうか。

次回以降、実例を挙げて説明する。



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