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パラレル・ワールド2

2002年10月9日 のほほ


(この話に登場する人物・団体等はすべて架空のものではありません・笑)

 屋本国政府の中枢を構成する彼らは、見た目だけは透明なガラスに囲まれた壮麗な首相官邸の一室に集まっていた。
 窓のない会議室は、四方を厚い壁に囲まれている。かつての官邸では目の前の廊下に立ち入ることのできたマスメディアの記者たちも、ここではロビーでたむろうことしかできない。
 これを開かれた政治の府と呼ぶべきだろうか? 私は閣議室の中央を占める楕円形の卓の一席に坐って、そう思った。いまに始まったことではなく、SPの高い人垣に囲まれて会議室に入室するたびに、その疑問にとらわれるのだった。
 その日の会議には、議題のひとつに、経済評論家が立案した不良債権処理策の可否を決定する、ということがあげられていた。政策次第で立ち直れるであろう企業を容赦なくつぶし、一気に経済の膿を出し切ってしまうという処理案を、政治的責任を持たない評論家集団が直接、会議に提出してきたのだ。私にとっては、過激としか思えない。

 会議が始まると、私は大量倒産による不良債権処理策に反対する論陣を張った。
「このままゆけば国家財政より早い時期に社会と経済が瓦解するだろう。最新の失業率統計をご存じか」
「……いや」
「5.4%だ」
「ここ4ヶ月間悪化していないし、欧米に比べれば異常な数字とは思えないが……」
 私は勢いよく机をたたいた。
「これは数字による錯覚だ! 失業者数は17ヶ月連続で増加している。さらに若年層の失業者数が急増しているのは危険だ。年金財政を例に挙げるまでもなく、将来への悪影響は計り知れない。社会機構全体にわたって、ソフトウェアの弱体化が徐々に進行しているのだ。これがどれほど恐ろしいことか、賢明なる閣僚諸氏にはご理解いただけると思うが…」
 私は口を閉じ、ふたたび一同を見回した。まともにその視線を受け止めた者はいなかった。ある者は下を向き、ある者はさりげなく視線をそらし、ある者は高い天井を見上げた。
「つまり民力休養の時期だということです。市民の抱いている不安を取り除き、消費を回復することができれば、企業の収支も回復し、結果として不良債権は霧消する。何も好んで失業者を増やす政策に出る必然性はないではないか」
 私は熱心に説いた。
「これ以上、市民に犠牲を強いるのは民主主義の原則にもはずれる。彼らは負担に耐えかねているのだ」
 反駁の声が上がった。不良債権処理プロジェクトチームのメンバーである金融コンサルティング会社社長の本村剛からであった。つい1週間前に新任されたばかりだ。
「大義を理解しようとしない市民の利己主義に迎合する必要はありません。そもそも犠牲なくして大事業が達成された例があるでしょうか」
「その犠牲が大きすぎるのではないか、と市場は考え始めたのだ、本村さん」
 私は彼の公式論をたしなめるように言ったが、効果はなかった。
「どれほど犠牲が多くとも、たとえ全ての企業が倒産しても、なすべきことがあります」
「そ、それは経済の論理ではない」
 思わず声を高めた私をさりげなく無視して、本村氏は列席者に向かい、よく通る声で意見を述べはじめた。
「わたしたちには崇高な義務があります。不良債権を一掃し、アメリカ、そしてIMFから認められる国になるという義務が。安っぽいヒューマニズムに陶酔して、その大義を忘れはてるのが、はたして大道を歩む態度と言えるでしょうか」
 彼は在野の評論家として、一部の人たちに熱烈な人気があった。それだけに、私が感じた危険は一段と大きかった。彼こそ、安っぽいヒロイズムに足首をつかまれているのではないか。
 私がふたたび反論しようとしたとき、それまで沈黙していた大泉首相が初めて発言した。
「ええと、ここに資料がある。みんな端末機の画面を見てくれんか」
 経済音痴の首相が発言したことに、全員はいささか驚いて首相に視線を集中させ、ついで言われた通り端末機に目をやった。
「こいつはわが内閣に対する一般市民の支持率だ。一息ついてはいるが、発足時の高さには及ぶべくもない」
 49%という数値は、列席者の予想を大きく違っていなかった。1年前の政権発足時には80%という驚異的な高支持を得ていたが、市民に人気があった女性閣僚を「首相の意に従わないから」という理由で更迭して以降、一貫して低下していた。先日の高麗社会主義国への電撃訪問で、何とか小康を保っていたが、その訪問で、高麗社会主義国が我が国の市民を誘拐していた事実が明らかになり、今後の対応次第では、ふたたび支持率の下落が始まるおそれがあった。
「一方、こちらは不支持率だ」
 41%という数値に、かすかな吐息が漏れた。改革への期待が実現しないことへのいらだちが不支持を増大させているようであった。
 首相は一同の反応を見ながら続けた。
「このままでは来年にはある総選挙での安定多数は望めん。選挙で大勝利を勝ち得ないとなれば、抵抗勢力につけ込まれることは目に見えている。ところがだ…」
 首相は声を低めた。意識してか否かは判断しがたいところだったが、聞く者の注意をひときわひく効果は大きかった。
「鮫島秘書官に計算させたところ、ここ100日以内に不良債権処理について画期的な政策を示せれば、支持率は最低でも15%上昇することが、ほぼ確実なのだ」
 軽いざわめきが生じた。
「本村氏の提案を閣議決定すべきです」
 経済担当大臣の竹上氏が言うと、数秒の間をおいて数人から賛同の声があがった。全員が、権力の維持と選挙の結果によって起こるであろう、マスメディアからの批判の大合唱とを秤にかける、その間だけ沈黙があったのだった。
「待ってくれ」
 私は、座席から半ば立ち上がった。新築された閣議室の明るい蛍光灯の下にいるにもかかわらず、その顔は老人じみて色あせていた。
「吾々にはそんな権利はない。政権の維持を目的として大恐慌の引き金を引くなど、そんな権利は吾々に与えられてはいない…」
 声が震え、うわずった。
「ほう、きれいごとを言うものだな」
 大泉首相の冷笑が華やかにすら響いた。私は言葉を失い、為政者自身の手で民主主義の精神が汚されようとする情景を呆然と見守った…


 ここにあるような議論が実際にあったとすれば、まだ彼の国は救いようがある。
 私の目には、責任を負わない評論家に一国の経済、ひいては命運をゆだねて安穏としている首相しか映らないのだが…

「金融対策は経済財政・金融担当相に任せてある」
「株価の下落? まあよくない」


おまけ。

「ダメな企業が(市場から)退場するのは資本主義の普通のルール。大きいからといって放っておけば、周りまで悪くなる」
「竹上大臣、君のいまの発言は常軌を逸しているのではないか」
「どこがです?」
 市場の鋭い反応を受けながら、竹上は胸をそらせた。
「企業への資金供給という銀行の大きな使命を棚に上げて、なんでもつぶせばよくなるというのが節度ある発言と言えるか」
私は一般論を述べただけです。特定の企業の倒産を求めているととられては、はなはだ迷惑です」

フォーク准将〜(爆)

追記:
元ネタを知らない人は、読む気も失せる長文ですね。
最後のおまけだけでよかったかも。



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