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連載番外編 「法を守れない人たち」

2009年8月5日 のほほ


今回はある政治家(作家?)の考えを通じて、この国の現状を分析してみる。

昨今は「無駄をなくせ」が絶対善のスローガンである。
その先端を行っているのがあの党だ。何と言っても、数兆円の財源も「無駄の排除」で捻出しようというのだから…

その政党の「期待の星(笑)」である長妻昭氏には、細かいところまで気がつかれているようで、かつてこの質問主意書*1で、公務員の給与振り込みを推進して経費節減を!と指摘していた。
まあ、言われる前から国も振り込みを推進していたのであるが。(実際、給料日に銀行から現金を持ってくるのはイヤですよ、経理担当としては)。

そんな流れに乗ったのか、あの党と協力関係にある新党日本の代表 田中康夫氏がさきの国会にこんな質問主意書を提出していた。

(抜粋)
国家公務員の給与振込は人事院規則等により、国庫から日本銀行が、日本銀行代理店である金融機関に振り込むものとされ、その手数料を日本銀行が支払うものの、手数料の詳細に関し、日本銀行は公表するに至っていない。
然らば政府は、国家公務員の給与の全額振込化を推進するに当たり、その手数料のあり方について、財政上無駄のない制度にすべきであり、また、手数料会計についての情報公開が求められるところである。

さらには、給与振込手数料の支出を削減すべく、その手数料を受益者負担とし、国庫支出をゼロにする方策も鋭意、検討されるべきと考える。

パブリック・サーヴァントの観点に立ち、給与振込手数料は受益者負担とし、職員給与から控除し日本銀行経費からの支払いをゼロにすべきと考える

「振り込み手数料が税金から払われているなんてけしからん!手数料は給与から天引きして役人に払わせろ!」
という趣旨のようだ。*2

ここで「おおーっ!その通りだ!税金無駄遣いの公務員は身銭を切れ〜!」と賛同したあなた、ちょっと待ってほしい。

この質問主意書に対する政府の回答を見てみよう。

(抜粋)
民間労働者に対する賃金の支払においては、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第二十四条に規定する全額払の原則により、原則としてその全額を支払うこととされており、国家公務員についても同様に一般職の職員の給与に関する法律(昭和二十五年法律第九十五号)第九条において、職員の俸給の全額を支給することを規定しているところである。
また、民法(明治二十九年法律第八十九号)第四百八十五条において、弁済の費用は、債務者の負担とすることが原則とされていることからも、債権者である職員の給与からその振込みに係る手数料を控除することは適当ではないと考える。

「給与は全額支払うものであって、手数料を差し引いて支払うなんて、民間企業であっても法律違反ですよ!*3

はっ、恥ずかしいやつ…こんなことも知らなかったのか。

去年あたりに世間を騒がせた「派遣会社が給与から手数料を天引き」ってニュースも同じ問題だ。
ここで民法が出てくるのは、労働者に支払う給与は、「労働債権」って言葉もあるように、会社にとっては「労働」という役務の提供の対価にあたるから。
ググッたところ、法律違反をしている会社、結構あるようだ。

・派遣110番によく寄せられる質問と回答例(FAQ)
・派遣にまつわるお金と保険(エン・ジャパン)
・給料振込みの手数料って自己負担?(Yahoo!知恵袋)
・給与や賞与の振込みの際、振込み手数料を差し引いてもよいでしょうか?(社会経済生産性本部)

Wikipediaで田中康夫を調べると、
「1981年3月に一橋大学法学部を卒業し、同年4月モービル石油に入社するも3ヶ月で退社。以後、文筆活動やテレビ出演などを行う」
だそうで。なるほどね。でも、いくら民間での勤務経験が乏しいとはいえ、法学部出身でこれだもんな。
hamachan先生が言う「実際の生活で役に立たない大学教育」という実例のひとつである。

もっとも、公務員を目の敵にしている人は「パブリック・サーヴァントの観点に立ち、給与振込手数料は受益者負担とし、職員給与から控除」することを支持しそうである。

法律なんてムシムシ!憎いやつはとことん叩く!
こういう風潮が関西の某府知事や鹿児島の某市長みたいな人をスターダムに上げるのだろう。


蛇足ながら、振り込み手数料を公務員に負担させたとして、どれだけの予算が浮くのか、政府は明らかにしていない*1
国の場合で概算してみると、振り込み手数料が1件105円として、人事院白書にある職員数282,546人(平成20年)を掛ける。
そして出てきた金額は 29,667,330円。
「庶民感覚」では決して小さくない金額だが、某政党の公約を実現させるための財源には遠く及ばないことだけは確かである*5。



[脚注]

*1
「質問主意書」は、憲法に定められた国会の国政調査権の一環として、国会議員が政府に文書で質問する制度。
「質問主意書」を受けた政府は7日以内に回答しなければならない。回答は内閣が責任をもって行うため、閣議に付されて決定される。
もともと「質問主意書」は、国会で質問時間がもらえない小会派(質問時間は会派の議席数で決まるため)の議員が政府の意見を質すために使われるものだった。
ところが、質問時間が割り当てられている大政党の議員*4がこれを多用するようになり、しかもそれが膨大な資料の開示を求める内容だったりしたため、政府公務員が本来業務以外に忙殺されることが増えた。(私も終電まで残って仕事しましたよ。ええ)
一応、議院の先例では「資料を要求するためだけの質問主意書は受理されない」とされており、今回の場合は回答する義務は無いと言える。

*2
ちなみに、主意書では「1人の給与を2つ以上の口座に振り込める制度」についても指摘しているが、これはここではひとまず措く。
(単身赴任の職員や遠隔地に住む親のために、この制度を必要としている人がいるのは承知しているが、個人的には便宜を図りすぎだと思う)

*3
労働基準法(昭和22年4月7日法律第49号)
(賃金の支払)
第24条  賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

一般職の職員の給与に関する法律(昭和25年4月3日法律第95号)
(俸給の支給)
第9条  俸給は、毎月一回、その月の十五日以後の日のうち人事院規則で定める日に、その月の月額の全額を支給する。

民法(明治29年法律第89号)
(弁済の費用)
第485条  弁済の費用について別段の意思表示がないときは、その費用は、債務者の負担とする。

法制度上、国家公務員には国家公務員法があるため、労働基準法は適用されない。だから、国家公務員法や地方公務員法に「振込手数料は給与控除」という規定を設ければ、公務員叩きが好きな皆さんがお望みの制度にすることは理論上可能だ。
※ただし、地方公務員には労働組合法などの民間向け労働法が一部適用される(地方公務員法第58条)。

とは言っても、国家公務員法にも地方公務員法にも「社会一般の情勢に適応するよう」基準を変えろと規定されており、民間=労基法で違法になることを国家公務員にだけ適用するのは無茶。

国家公務員法(昭和22年10月21日法律第120号)
(情勢適応の原則)
第28条  この法律に基いて定められる給与、勤務時間その他勤務条件に関する基礎事項は、国会により社会一般の情勢に適応するように、随時これを変更することができる。

地方公務員法(昭和25年12月13日法律第261号)
(情勢適応の原則)
第14条  地方公共団体は、この法律に基いて定められた給与、勤務時間その他の勤務条件が社会一般の情勢に適応するように、随時、適当な措置を講じなければならない。

*4
「『自分は質問主意書日本一だ』と自慢して、選挙公報に出している人までいる。非常に行政上の阻害要因になっている」
(2004年8月5日の細田官房長官発言。名指しにされたのは民主党の長妻昭)
「質問主意書日本一」のお方はこんな質問主意書も出しています。
サービス残業を認めるわけにはいかない政府にとって苦しい答弁だが、ここは実際に関係した全職員の延べ残業時間を調べてほしかった。

*5
「チリも積もれば山」と言うのならば、「チリ」を全部並べてもらおうか。
「□□の無駄を削って○円、▲▲の無駄を削って○円、総額○○兆円を調達します。ただし、この予算削減により□□といった影響があります」
ここまで出して、初めて財源調達議論が出来るというものだ。
もっとも、かの党の党首殿は「あなたは人の命より財源の方が大事なのか」なんて言ってごまかすからなぁ…


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