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銀河英雄伝説外伝「急転」 2012年7月9日 のほほ |
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「結論を言おう……」 お縄の声は陽気ではむろんなかったが、奇妙に危機感も悲壮感も欠落しており、表情とあわせて、仮面をかぶったがま蛙が機械じかけで声をだしているかに思えるのだった。 「有志とともにミンス党を離党する。マニフェストを反古にされたら、そうするしかあるまい」 泥鰌総理が抗議の声をあげかけると、針を投げつけるような視線が、お縄の両眼から放たれた。 「わたしは正式に党籍を剥奪されたのか?そうではないはずだ。とすれば、わたしが作り上げたこの党の行方を決める責任と資格とが、私の手中にあるということだ。その責任を、その資格においてはたすだけのことだよ」 「どうかやめてください」 総理の声は、怒りよりもなさけなさに揺れていた。 「民主主義の意味を曲解して、その精神と歴史をおとしめる権利は、あなたにはない。あなたひとりで、一世紀余りにわたる立憲政治の歴史を腐食させるつもりなのですか」 お縄の唇の両端がつりあがると、彼の顔はいちだんとがま蛙めいた印象を深めた。 「ずいぶんとえらそうなことをいうものだな、泥鰌くん。君は忘れたかもしれないが、わたしはよく憶えているよ。どうにかして公認候補になりたいと、私の家へ、高価な手みやげを持参してきた夜のことをね」 これほど卑しい悪意に満ちた言葉を、かつて耳にしえた者は、一同のなかにもまれであったろう。 「それに、きみが総理になる前、いま主張していることと正反対の演説をしていたことや、地元の駅前で坂本龍馬を気取った間抜けな辻説法をしていたことも、私はみんな知っているんだ」 総理の厚すぎる頬は、暑さのためではない汗の玉を無数に噴きださせていた。 「私は三流の政治業者です。現在の地位につくことができたのも、あなたのおかげです。あなたには恩義がある。だからこそ、あなたが亡国の為政者として歴史に悪名を残すのを見すごすわけにはいかないのです。考えなおしてください。吾々は次の選挙に落選するかもしれませんが、いま適正な国民負担をもとめる道筋をつけられれば、この国は救われるんです。国民が嫌う政策を実行するのは有権者への裏ぎりになるかもしれませんが、これは事実です。次の選挙でわが党が滅びても、自問党が政治をたてなおしてくれるでしょう。吾々のつぎの政治指導者が彼らと協力して……」 「ふん、自問党か」 声が毒物になりえるとしたら、お縄の声はまさにそれだった。 「考えてもみたまえ。自問党の愚か者どもが、無駄な公共事業に金をつぎ込まなければ、わが国の財政は破綻しなかったのだぞ。こうなったのもあいつらのせいだ。なにが責任ある政治だ。将来の見えない、とんだ無能者ではないか」 なぜかこの場にいたKO大学のK教授の生霊が、このときはじめて発言した。 「なるほど、もし財政破綻の原因が公共事業であるならば、自問党の責任はまぬがれないでしょう。しかし、財政破綻の原因は、国民が求めている政府の規模にたいして負担が少なすぎたことによるのです。そもそも、自問党が大規模な公共投資を決めたとき、あなたは自問党の幹事長をしていたのだし、その後にもいくどか連立政権に加わっていた。それなのに、平然として『永遠の嘘』ををつきつづけるというわけですかな」 白髪のために実際の年齢より老けてみられるK教授の声は、激しくはなかったが、お縄の暴言にたいしては花崗岩の壁のごとく立ちはだかった。 「要するに、この国は命数を費いはたしたのです。政治家は実現できないマニフェストをもてあそび、一部の経済学者は年金破綻の主張にみられるように売名的な言論にのめりこんだ。民主主義を口でとなえながら、それを維持する努力をおこたった。いや、国民すら、すぐにばれるようなマニフェストの嘘を見抜こうともせず、政治を恥知らずな職業的詐欺集団にゆだね、それに参加しようとしなかった。専制政治が倒れるのは君主と重臣の罪だが、民主政治が倒れるのは全国民の責任だ。かつて福澤諭吉が唱えたように『この人民ありてこの政治あるなり』だ。あなたがた職業的詐欺集団を政治の世界から追う機会は何度もあったのに、みずからその権利と責任を放棄し、自分たち自身を売りわたしたのだ」 「演説はそれで終わりかね」 お縄は薄く笑った。彼に期待していたこともある政治学者の雪斉がそれを見れば、かつて印象づけられた侮蔑の念をあらたにしたにちがいない。 「そう、演説すべきときはすでに終わった。もはや行動の時だ。『政策は選挙で決める』だ。よろしいかなお縄さん。わたしはあなたの政治生命を絶ってみせますぞ」 教授は全身に決意の色をみなぎらせて席からたちあがった。教授は素手だったが、ひるむ色もためらうようすもみせず、知識や分別のある国民にお縄一派の犯罪的な行いを知らしめるため、ホームページの更新をつづけた。 周囲から声があがった。最初は制止の、つぎは狼狽の声だった。国会の扉があけはなたれ、いくつかの人影が中央政界に躍りこんできたのである。警備の兵士ではなかった。だが、つぎの選挙で選ばれた一〇〇人以上の男女の表情は、兵士たち以上に没個性的な従順さをあらわしていた。彼らはお縄をまもるように肉体の壁をつくり、ほかの出席者たちを選挙で蹴落として政界に進出したのだ。 「維新教徒……!」 立ちすくんだ教授のうめきが、心ある人たちに徒労感と絶望感をあたえてしまった。彼らの視線は、乱入してきたひとびとを率いる指導者の顔面に凍てついた。そこには有名弁護士から地方の首長になった人気政治家がいた。うたがいようのない維新教徒の象(しるし)だった。 「彼らを政界から追放してくれたまえ」 おごそかにお縄は命令した。 この駄文の登場人物はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ただし、繰り広げられた詐欺的行為は実際にあったことです。 参考:勿凝学問379 歴史の共有と人間の感情――アメニティフォーラムで話をした「礼儀と歴史」 ちなみに、自問党というのは「VOW」に掲載された誤植が元ネタ。 |
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