死を待つ人の家へ
| 死を待つ人の家外観 この日は朝から雨が降っていて とても肌寒かった それが一層 僕の心を不安にさせた・・・。 何年たっても僕には この建物の中で見た光景が 一つ一つ くっきりとした輪郭を持って 思い出される。 僕は再びここへ 訪れることはあるのだろうか。 それは今でもわからない。。。 |
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昨夜乾燥していた空気は一転して雨模様のためどんよりしていた。そしてそんなどんよりな気持ちに追い討ちをかけるように僕らは息が詰まりそうな施設へ着いた。五十嵐さんが念を押して言う。
「ここは死を待つ人の家です。決してふざけたりしないように。騒がしくしないように。」
僕らが施設に入って行った時中ではお昼の祈りが行なわれていた。だから僕らが入って行く事でその祈りの妨げには絶対になるなと言う事だ。
ひんやりとした空気。施設の建物の最初のドアをくぐった僕。そこには細い1メートルも幅がないような白い廊下があった。そしてそのすぐ壁際に黒ずんだ布が何かを包んでいた。とても細いものだ。長さは1メートルと60センチくらいあった。そう人と同じくらいの大きさだ。
「!!」
僕と僕の後ろから歩いてきた子はその包まれているモノに視線がくぎ付けになった。これってもしかして。。。
そう、それは今朝亡くなった人の亡骸だったのだ。あまりにも痩せていて細すぎて僕らにはすぐにはそれが人の形とは思えなかったのだ。
後ろに押されてどんどん中へ入って行く。床に所狭しと並べられたベット。その上には人が横に寝かされていた。人。。。僕にはそれが人に見える。。。けれど皆やせ細って動きもしない。本当に人なんだろうか?
何故動かないんだ??これだけ大勢の人間が部屋に入ってきたなら注目も浴びるはずなのに。。
僕は思い出した。ここが死を待つ人の家だという事を。静まりきった空間。ボランティアをしている人達が静かに祈りを捧げている。息をのむ音さえも響いてしまいそうだ。
「ここには家族にも見捨てられ、路上で行き倒れになっていた人々がシスター達の手によって運ばれて来ています。」
こんなマザーの言葉がある。
「愛の反対は憎しみではなく、無関心である。」
「人は誰にも必要とされていないと、それだけで生きていけないのだ。人は愛を失うと絶望をするのだ。」
短大時代に僕にマザーの存在を教えてくれた講師の言葉だ。彼もマザーに傾倒していた。
すごい事だと思った。家族にも見捨てられ、孤独の中で人生を終わらせようとしている人々。ベットの上に横たわる人々。けれどそんな人々の為に懸命に働くマザーを始めとするシスター達。人々が亡くなるとその人が信仰していた宗教のやり方で弔ってやる。決してキリスト教を押付けたりしない。人々を尊重しているのだ。
「みなさん、ボランティアをするために今回のインド心の旅に参加されたと思いますが、ボランティアをしてあげる、ではなく、ボランティアをする事を通してこの人々からとても多くのものを与えられていることを感じてください。」
五十嵐さんはそう僕達に伝えた。
死に行く人々。僕はかつて一度だけ人の亡骸を目の前にした事がある。それは僕が高校生の頃、父方の祖母が92歳の長寿をまっとうし亡くなった時だ。父は11人兄弟の末っ子で祖母にとてもかわいがられていたが、僕はその父親の末っ子として生まれたので、古いしきたりの本家に近寄りがたく疎遠であった。祖母に会った記憶もよくよく思い出さないとあまりない。ただし、強烈な記憶は断片として残っている。それは、まだ、僕が幼稚園にあがるかあがらない頃、本家へ家族で泊まりに行った時僕は祖母と一緒にお風呂に入れられた。事もあろうに祖母は水に顔をつけられない僕の顔を石鹸でごしごしと洗ったのだ。僕はその時発狂したように助けを求め叫びまくったらしい。よほど恐かったんだろう。その後僕はもともと疎遠だった祖母をさらに好きではなくなって行った。
そんな祖母との思い出しかない僕が祖母の葬式に出席した事はとても不思議な感覚がした。棺におさめられた祖母の顔を見て僕はこんな事を思った。
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| 死を待つ人の家の回りの風景 |
「やっと天国へいけるね。」
親族が聞いたら不謹慎極まりないと思われるだろうが僕の正直な気持ちだった。祖母はなんてったってハレー彗星を2度見ているくらい長生きをしているんだから悔いはないんじゃないだろうかと思うからだ。それに祖母の晩年はあまり幸せではなかった。本家に嫁いできた嫁との折り合いがあまりうまくいってなかったと僕は母から聞いていた。どこにでもある嫁姑問題は我が祖母も例外ではなかった。だから僕は穏やかな眠りにつく祖母に「やっと天国へいけるね。」という思いを抱いてしまったんだ。ある意味僕にとって死に行く人々はまだリアリティが欠けている事の一つだったのかもしれない。それは現在の僕にとってもまだ言える事であるが。
人の死ー僕にとって身近な人が亡くなった事がまだない。だから人が亡くなった時僕の中に一体どんな感情が沸くか検討もつかない。そしてもし僕が死ぬような事があったら僕の死は回りの人々にどんな影響を与えるのだろうか?