「メセナ探訪−直島文化村」
 
 瀬戸内海に浮かぶ直島を知ったのは、昨年、社団法人企業メセナ協議会によるメセナ大賞’98「メセナ国際賞」を岡山に本社を持つベネッセコーポレーションが受賞したのがきっかけであった。直島文化村ベネッセハウスの運営がその受賞理由である。文化村の発行する直島通信が送られてきたとき、この表紙を飾る海に浮かぶ建造物に非常に興味を持ったが、このたび実際に行く機会を得たので、その報告をしてみたい。
 直島は、高松からフェリーで50分、宇野からは20分という距離にある香川県に属する島である。この島の3分の1は、三菱マテリアルの精錬所やそこで働く人たちの住居が占める。残りの3分の1が島の住民の居住区であり、その他3分の1を文化施設にしたいといのが、町の考えであったようだ。しかも、広大な敷地を分割することなく総合文化施設にしてもらいたいとのことで、岡山県に本社を持つベネッセコーポレーション(当時福武書店)が開発に乗り出した。
 平成元年に直島キャンプ場がオープン、同4年に「自然・アート・建築の共生」をコンセプトにしたベネッセハウスが開館した。安藤忠雄氏の設計によるその建物は、直線を基調にした美術館・宿泊棟、山の頂きに楕円型の宿泊棟、そして専用桟橋近くの現在開館準備中の展示施設からなる。豊かに残された自然の中に、安藤氏の自然と調和した石作りの建造物群は、海から山へと続く。専用桟橋に到着した者は、自然と建物の調和に感動することだろう。山腹の美術館から山頂の宿泊棟へは、古風な手作りのケーブルカーで登る。宿泊者は、そこで再び感動することだろう。流れる滝と水をたたえた池(循環している)、そして曲線で構成された建築。さらにその向こうには瀬戸内海の絶景が眼下にひろがっている。
 美術館は、入館料を払えば誰でも見学できるが、宿泊者は1日中気が向いたときに自由に観賞することができる。ちょっと高めであるが、食事も海を見下ろす食堂でとれるし、リゾートホテルに泊まった気分で、現代美術を楽しめる環境なのである。まさに「美術館の中に泊まるホテル」そのもであり、現代美術の観賞において、新しいコンセプトを示したものとして評価できる。美術館には立地が重要であるという考え方に対し、環境と雰囲気を美術とともに楽しむ美術館であれば人を集めることができるということを証明したものともいえる。アサヒビール大山崎美術館(こちらも新館は安藤氏の設計)なども、京都からも大阪からも遠いにもかかわらず、その雰囲気を求め多くの人が集まる。リピーターが増え、その友人が集まり、その人たちが再びリピーターとなって来館者を伸ばすという循環ができあがっている。
 さて、建築物そのものがアートといえる美術館には、今回個々の作家の名前をあげて説明はしないが、ベネッセコーポレーションが収集してきた数多くのコンテポラリーアートが展示されている。さらには、内外の作家を招聘し、滞在してもらうことによって、オリジナル作品を創作してもらうコミッションワーク方式による作品収集も行われている。この美術館に足を踏み入れると、直島の自然と贅沢な空間の提供によって創作意欲が沸き、すばらしい作品を残してくれるというのもうなずける感じがする。そして文化村の敷地には、様々な野外作品が点在する。それらは、作者の意図どおり、それぞれの立脚する自然の中で最高の背景を得てそこに存在する。直島文化村ベネッセハウスは、こうした「自然」「アート」「建築」の共生がみごとに調和し、現代美術愛好家をはじめ現在アートや建築を学ぶ人、そして芸術家を引きつけてやまないのである。
 文化村の国際キャンプ場には、これも芸術作品なのだというパオ(テント)がビーチの近くに点在している。夏には多くの子供たちや家族連れ、グループが楽しむことだろう。そこにある美術作品は、景観のひとつとなり無意識に芸術と親しむことになる。浜辺の大きな作品は、ある時には釣り竿置き場にもなるのである。
 ベネッセコーポレーションの活動は、文化村に留まらず、現在「家プロジェクト」が進行中である。島の住民が暮らす古い民家を改修、保存を行う。街並みの保存ならば、すでにあちらこちらで行われているが、民家の修復をアーティストに委ね、そのプロジェクトに住民を巻き込んで、作品を作り上げるという試みは、例がないのではないか。現在、一般に公開されている家屋「角屋」と呼ばれる住居を訪れた。入口には表札のかわりに作者と作品番号が記載されている。玄関を入ると、誰しも驚くであろう。中は伝統的な建物を最大限に生かした美術作品となっている。ここには、監視員はいない。朝、職員が電源を入れ、夜消して帰るだけで、あとは島の人たちが見ているのである。この文化村は、すでに海外のアーティストや美術関係者に知られ、多くの外国人が島を訪れている。もちろん、道に迷う鑑賞者もいるが、それは島の人たちがちゃんと案内してくれるのだ。
 さらに、将来構想として「滞在型アーティスト村」を考えているという。ベネッセハウスは、確かにすばらしい創作意欲を生む環境であるが、滞在者はホテルに宿泊しているのと同じで、「お客様」になってしまう。また、宿泊・食事が高いことから、長期の滞在にはむいていない。そこで、老朽化し、空き屋になっている三菱マテリアルの宿舎を活用し、滞在型のアーティスト村を作ろうという企画が現在検討されている。さらに、直島をとりまく無人の小島を活用したアーチスト村など夢はどんどん広がるが、いずれも自治体の協力が不可欠であろう。
 企業によるメセナ活動は、昨今の経済情勢から一頃の勢いを失っているように見える。しかし、メセナ活動は、特徴ある企業文化を持つ企業に積極的に支持され、着実に定着していることがうかがえる。特に、都市部から地方へというメセナ活動の広がりが、実感できた感じがする。この島は、メセナ活動を通じ、地域の振興などという枠組みを飛び越え、いきなり世界に扉を開いた島だと言うことができるだろう。