大学の頃から、「扁額(へんがく)」というものに興味を持っている。扁額と言うと耳慣れ
ない方も多いかもしれない。試しに、神社や寺院で、視線を上のほうに向けてみるといい。
鳥居の上、拝殿の入り口の上、本堂の上、いろいろなところに額が掛かっているはずだ。
あの額のことを、扁額と呼ぶ。
おおくは、建物の名前、たとえば「稲荷神社」とか「浅草寺」だとか、建物の名前が書い
てある。ほかにも、
山号=「金龍山(浅草寺)」 「華頂山(知恩院)」など、寺域を「○○山」と呼ぶ
神号=「稲荷大明神」 「諏訪大神」など、祭られている神の名前
仏句=「選仏場」「獅子吼」など、仏典から引用した句
などのパターンがある。 茶室にも扁額があり、「○○庵」、「○○斎」など茶室の名前を、
その茶室とゆかりの深い茶人、禅僧が揮毫したものが好んで掛けられる。
いわば、その建物自身の表札のようなものである。いずれも、「この建
物を文字で表現すればこうだ」と言いたげに、じつにいろいろな書風があ
って、見て飽きない。鎌倉の鶴岡八幡宮にある、「八幡宮」という扁額の
「八」の字は、並んだ2羽のハトになっていて、笑みを誘う。
それでいて、意識しなければ気づかない頭上で、ひっそりとしている。
わたしは、扁額のそんなひそかな自己主張が好きである。
天皇から下賜された扁額は、特別に「勅額(ちょくがく)」と言って、別格扱いだ。四谷の
学習院初等科に、孝明天皇から下賜された「學習院」の勅額が掲げられている。
大学4年の時、実際に訪ねていって講堂で見たものは、レプリカであり、
本物は目白に保管されている。それでも、古い書体で書かれた額字は、
かつての華族学校のプライドを感じさせてくれた。
初等科長(いわゆる校長)先生に、「あんがい小さく見えますが、どれ
くらいの大きさなんでしょう?」と聞いてみた。先生は、「そういえばわか
らないです。いま、定規を持ってきますから、あなた、その演壇にあがっ
て測ってくれませんか」と言われた。
そして、教室から、竹の1メートル定規を持ってこられた。演壇に上って測ったところ、
縦1メートル、横70センチであった。
先日、井伊直弼の『茶湯一会集』を読んでいたら、次のような文に出会った。
物を見るときは、、何時も立ちとどまりて見るもの也。すべて声高にほむるは
悪し。感じたる様よし。石州之か条にも、額たかくよみほむべからず。よみ違
いありては聞きぐるしきもの也と云えり。
露地から大声で、読み間違いが聞こえてきたらどうだろう。亭主の困った顔が目に浮かぶ。
知った顔をしがちな私などには、耳に痛い文である。
※勅額の写真は、写真集『学習院大学の50年 写真と図録』から転載