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まず、Marcel TabuteauのNumber
Systemに続き、今度はPhiladelphiaのもう一人の巨人、William
Kincaidによるフレージング(Phrase
Grouping)の考え方のさわりの部分をご紹介したいと思います。といっても、こちらもそんなに単純なお話ではありません。
Kincaidは、"beat
note"(拍にあたる音−適当な訳を知りません)を「到着点」とみなします。つまり、その"beat
note"にたどり着く以前に起こったことの結果として"beat
note"が存在する、というのです。したがって、その"beat"の性質というものは、どのようにしてそこにたどり着いたかによる...これらの"beat"は、フレーズの「始まり」ではなく「終点」ということだそうです。(???)
もう少しわかりやすい比喩としては、我々が歩くのと同じで、その歩き方を決めているのは拍と拍(つまり足が地面につく瞬間)の間に何をしているか(走ったり、スキップしたり、大股に歩いたり)によるわけです。したがって、"beat
note"そのものはそこに至る(ステップを踏む)までに何をしたかの結果によって特徴づけられる、というわけです。下手な解釈をやめて、要点だけ英語で示します(この方がわかりやすい!...かな?)。
In summary, rhythm is not superimposed with
dynamic accents but rather evolves from the interior
progressions to the beat.
この考えはさらに「グルーピング」の考えへと発展します。下図の(a)のような独立した2連符、3連符などでは、動作が完了していない状態で、持ち上げた足をどうするのかがわかりません。それが(b)のように次の拍が示されることによって、2連符、3連符というものがはっきり認識されるというわけです。
Kincaidによれば、こうした全ての"beat
notes"は一種のバランスを取るポイントと考え、"finishing
notes"と呼んでいたそうです。この考えを元に音符をグループ化していくのが、Kincaid流のフレージングの基礎になります...。
というわけで、よくわからない難しいお話はこのぐらいにしておきます。このKincaidの考え方は、Tabuteauのフレージング論とアプローチは異なるものの、根本にあるもの(それは何だろう?)は非常に似ていたとされています。そうしたこともあってか、Curtisの学生の間では、「KincaidとTabuteauはお互いをライバル視して争っている」というような噂でいつも盛り上がっていたらしいです。
しかし、Kincaidの弟子でPhiladelphiaのフルート奏者であったKenton
Terryによれば、こうした話はかなり尾ひれが付いて伝えられており、本当の二人は、あるフレーズが与えられたときに、どちらがより上手にフレージングを披露するかを楽しみながら競い合っていたと言っています。そして、この二人の間には真の友情と尊敬の念が間違いなく存在したと解説しています。Terryの話は、このサイトの表紙にある写真を見て頂ければ、どなたでも納得いただけるのではないでしょうか。
改めていうまでもなく、KincaidはTabuteau同様に、米国の木管楽器奏者、あるいはあらゆるオーケストラ奏者に多大な影響を与えた教育者の一人でもありました。Kincaidの弟子には米国の名フルート奏者がほとんど全て含まれていたと言えます。Kincaid自身、インタビューの中で自分の弟子の全てをリストアップするのは不可能と言っていますが、主要な奏者として以下のプレーヤーを挙げています。
Julius Baker (Bach Aria Group)
Harold Bennett (Metropolitan Opera Orchestra)
Doriot Anthony Dwyer (Boston Symphony Orchestra)
Byron Hester (Houston Symphony)
Britton Johnson (Baltimore Symphony)
Joseph Mariano (Rochester Philharmonic)
Emil Opava (Minneapolis Symphony)
Donald Peck (Chicago Symphony)
Kenneth Scutt (New Orleans Philharmonic)
Elaine Shaffer (recitalist)
Maurice Sharp (Cleveland Orchestra)
Felix Skowronek (Seattle Symphony)
Albert Tipton (Detroit Symphony)
Robert Willoughby (Cincinnati Symphony)
James Pellerite, Robert F. Cole, John C. Krell, Kenton F.
Terry (Philadelphia Orchestra)
ある日、ステージの入り口での、着飾ったご婦人とKincaidとの会話。
「キンケイドさん、あなたのお弟子さん達は本当に素晴らしい!」
「当たり前ですよ、もともとベストの人材しか弟子にしないんだから!」
以前から繰り返し触れてきましたが、Murray
Panitzの名前がないのがちょっと寂しいですね。しかし、よく見ていただくと、Panitzの師匠であるMarianoの名前がありますから、実は孫弟子なのですね。それよりも不思議なのは、Kincaidの後任として首席に就任したJames
Pelleriteが1シーズンで退団したこと。普通に考えれば、John de
Lancieとともに2世代目が黄金時代を長期にわたって築くと思われたはずです。Pelleriteのことは十分調べていないのですが、その後はIndiana
Universityをはじめとして大学で教鞭を執っているのが主な活動となっていたようです。
教師としてのKincaidはやはり大変厳しかったそうです。学生は教則本を暗譜するように指示されていましたが、実際Kincaidは最初から最後までを完璧に暗譜していたそうです。全ての学生はこの能力を大変賞賛した一方、これをマネできるものはほとんどいませんでした。
Kincaidの人柄を物語るエピソードはほとんど見つかりませんでしたが、有名なバスーン首席奏者、Bernard
Garfieldの前任者であるSol
Schoenbachが書いたものを読みますと、結構おもしろい方でもあったようです。Philadelphia
Woodwind
Quintetがデビューした際のインタビューでのこと。簡単な英語なのでSchoenbachによる英語の原文をどうぞ。
Interviewer said, "Let's begin with your
parental bacground." Mason Jones said that his father was
Welsh and his mother Polish. De Lancie offered that his
mother was Swiss-Italian and his father English. I
(Schoenbach) said my parents were Hungarian-Austrian and
Gigliotti brought in his Hungarian mother and Italian
father. Kincaid was silent for a few minutes and then said,
"I'm half Scotch and half soda!"
(こうやって読むと、「し〜ん」としそうなジョークですが、まぁ、そこは実際の場を想像していただいてご勘弁を。)しかし、皆恐ろしくインターナショナルな血筋なのですね。
Kincaidは1960年に65歳の定年制によって不本意ながら引退することになりました。引退のニュースが流れたときPhiladelphiaは大変な騒ぎだったといいます。音楽関係者はもとより、例えばおまわりさんがオーケストラのメンバーに、
「キンケイド氏が引退するっていうのは本当かい?」
と訊いてみたり、ソーダ売りが
「キンケイドが引退するなんて−嘘だよな」
と心配そうに尋ねたり、アフタヌーンティーやカクテルパーティーの席でも
「全ては移り変わっていくものだ!」
と感傷に浸っていた、というのですから...すごいですね(作り話ではないようです)。
その当時、本人ははっきりと「引退したくないないのだけど」とインタビューで答えています。そして、引退後も1967年に亡くなるまで、常にかつての同僚との交流を絶やさなかったそうです。
最後に、KincaidによるOrmandyの評価。
It's to Eugene Ormandy's credit that he could
take over after so individualistic a conductor. He not only
has retained the good points of the orchestra but has
increased its abilities and its prestige."
(レコードに聴くWilliam
Kincaid−独断と偏見によるベスト5!)
- Telemann: Suite in A minor
1941年の録音。これはすごい。息をつく暇もないテンポ。気のせいかOrmandyもついていくのがやっとという感じの伴奏です。このCDはお薦め。(一番下のジャケット)
- Mendelssohn: A Midsummer
Night's Dream (Scherzo)
これは1957年のモノラル盤。もうほとんどステレオ時代に入っていることもあり、音質も柔らかく良好。このスケルツォはどこでブレスをしたのかよくわからない謎の演奏。驚異的なテクニックを感じます。
- Griffes:
Poem for Flute and Orchestra
Weekend Review Vol. 20で取り上げたFirst
Chairに収録された小品。1952年のモノラルでありながら艶のある太い音色。しかも音色が旋律に合わせて微妙に変化します!
- Mozart: Concerto for Flute
Mozartの協奏曲の録音はホルン、ファゴット、オーボエ、クラリネットが1961〜62年なのにフルートだけは1960年! 引退直前のKincaidが聴ける貴重な録音。ステレオであることも嬉しい。さらには伴奏の弦楽器の美しさも格別。
- Ravel: Daphnis et Cloe No.
2
1959年のステレオ録音があります。これなどはフルート奏者の卵にとっては模範とされていた演奏(らしい)。
これらと同様に重要なのは、次の書籍。このページの情報はほとんどこの書籍を参考にしています。
- Kincaidiana (by John C.
Krell):PhiladelphiaのPiccolo奏者 (1952 - 1981)
によるKincaidの教えをまとめたもの
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