JOHN LENNON / PLASTIC ONO BAND
1.Mother
2.Hold On
3.I Found Out
4.Working Class Hero
5.Isolation
6.Remember
7.Love
8.Well Well Well
9.Look At Me
10.God
11.My Mummy's Dead                                          

       1970年作品


夢は終わってしまった
いつかはここで語ってみたいと思いながら、思い入れがあり過ぎて逆に決心がつかなかった作品である。
かって英国のある音楽評論家はこのアルバムをこう表している。
「ジョンは勇気をもって一つのボールをレールに置き、走りくる列車は敬意をもって静かに止まった。」 なるほど・・・そんなアルバムである。
 
 「神」

 神は僕らの苦悩の度合いをはかる一つの観念に過ぎない
 もう一度言おう
 神は僕らの苦悩の度合いをはかる一つの観念に過ぎない

 僕は魔法を信じない 占いを信じない 聖書を信じない タロットも信じない
 僕はヒトラーを信じない イエスを信じない ケネディーを信じない 釈迦も信じない 
 僕はマントラを信じない 僕はジタを信じない ヨガも信じない
 僕はあのキング達を信じない エルビスを信じない ディランも信じない 
 僕はビートルズを信じない・・・

 僕は自分だけを信じる
 YOKOと僕を
 それが現実なんだ

 夢は終わった
 なんて言えばいい?
 夢は終わった
 昨日のこと

 僕はずっと夢の紡ぎ手だったけど
 今、生まれ変わったんだ
 僕はずっと哀れなセイウチだったけど
 今、JOHNに成ったんだ

 そして親愛なる友よ
 君も歩いていくしかないのだね
 夢は終わってしまった

                                             (和訳 GP)

これはアルバム中、最大の聴きもの「God」の訳詩である。このアルバムについては自分の思い込みを書くよりまず内容に直に触れたいという気持ちもあり、あえて全文を引用した。歌は旋律に詩がのって初めて成立するもので詩だけを持って来ても、本来的には不完全かもしれないが、純粋に詩としても面白いのでその意味を読み取っていこうと思う。
詩の中には「夢」という言葉が多く使われているが一般的にも夢という言葉は多様されており、例えば夢のような生活、見果てぬ夢、夢想家等々・・・夢を含んだ慣用句、慣用的表現は数多い。そしてこの辺は英語のdreamであっても同じだと思う。
その使われ方はポジティブな意味合いからネガティブ意味合いまで幅広いが、どうもこの「夢」という言葉には本質的にそのどちらか一方には限定できないとらえ所の無さがある。そう・・・夢がたとえ幻想であったとしても絶望するには能わず、逆に夢がたとえ希望であるとしてもその儚さは知って然るべきだろう。
ジョンが「僕は魔法を信じない・・・」以降の節で信じないものしてと列挙する事柄は、実はジョンとって過去にこだわりのあったものばかりである(ビートルズに至ってはまさに自分自身その一部であった)。そしてそれを信じないと宣言することは一見自己否定かもしれないが究極的には自己肯定である。すなわち自分を投影してきたいろいろな事柄から一旦抜け出て新たに自分に帰っていくという行為に思える。それが次の部分に集約されている。

 僕は自分だけを信じる
 YOKOと僕を
 それが現実なんだ

ここにYOKOという名前があることの意味は大きい。もしこの宇宙に信じるものが自分だけだとしたらそれはつらいことだろう。じつに「YOKOと僕を」の一節が、この詩全体を凡百のニヒリズムから大きく隔てさせているように思われる。

 そして親愛なる友よ
 君も歩いていくしかないのだね
 夢は終わってしまった
 
この部分は直接的には当時絶縁状態であったポール・マッカートニーへのメッセージとも取れるが、今となってはそううがった見方をする必要もないだろう。ジョンからリスナー全てへの問いかけであり、とても素直にジョンへの共感を感じさせる部分である。ただし、この言葉には一切の気負いが感じられず、木陰でYOKOに抱かれてまどろむジョンのモノローグともとれる一節ではある。
このアルバムに収められている11曲はどれもジョン・レノンという個人の内面を深く表したものであるが、その心の奥はまるで地下水脈のように多くの人達と繋がっている。
たとえジョンの死によっても、時間の経過によってもその水脈が枯れることはないだろう。
 

<BACK !!