ガリラヤ訪問

〜コフル・カルア村の壁絵〜

グリーンライン(ヨルダン川西岸地区とイスラエルを分ける停戦ライン)近くのイスラエル内にコフル・カルアというパレスチナの村があります。その村のサッカー場の壁に、アメリカ人のアーティスト、マイク・エールウィッツさんが壁絵を描きました。アラビア語とヘブライ語と英語でNO WALLS BETWEEN WORKERS(労働者の間に壁はない)という文字が書かれた、労働者の団結を示す、メッセージ性の強い壁画です。→壁画

これは、「ガリラヤのシンディア」の連携団体であるWAC(ワーカーズ・アドバイス・センター、イスラエル内のパレスチナ人労働者の支援を行なっている)と地元労働者とマイクさんの共同作業で作られました。私には、正直、芸術的(?)には見えない壁画でしたが、村の若くてかっこいい村長さんは「こんな素敵な絵だと知っていたら、私の家の壁に書いてもらったのに」と冗談を言っていましたし、サッカー場の隣りに住んでいる家族は「とっても気に入ったわ」と言っていました。

〜建設労働〜

イスラエル内のパレスチナ人の大半が住む、ガリラヤ地方の村の男性に職業を尋ねると、ほぼ全員が建設業の仕事があったり、なかったりだと言います。大学を卒業しても就職口はありません。

ガリラヤの建築労働者は、夜明けから夜まで働くため、家族から離れてテルアビブ周辺などに働きにきて、6人1部屋でユースホステルに宿泊しています(ガリラヤからテルアビブまで車で2〜3時間)。多くは子供のいる、中年の人です。

一方で、外国人労働者の数が増えています。『ぜいとぅーん』10号でも書きましたが、1992年以降、イスラエル政府がガザ地区・ヨルダン川西岸地区からのパレスチナ人労働者を締め出し、建設業者に外国人労働者を雇う許可を出しました。外国人労働者(主にルーマニア、タイ、中国)は増え続け、イスラエル国籍のパレスチナ人も職を失いました。

今回、エルサレムからガリラヤなど北部に向かうときに、何度かテルアビブ南部の中央バスステーションを使いました。テルアビブ北部がビジネス街、高級住宅地であるのに対し、テルアビブ南部は比較的貧しい地域です。周辺を少し歩くと、すれ違う半分くらいの人が中国人労働者ではないかと思います。軽食堂の看板やメニューも中国語、店頭のテレビでは、衛星放送なのかみんなで中国語ニュースを見ていました。ユダヤ人のための国家をうたうイスラエルのシオニズムの性格から、外国人労働者は出稼ぎ労働で、家族の呼び寄せは認められていません。劣悪な労働環境、住宅環境で3〜4年過ごし、お金を貯めて本国に帰ります。

イスラエル内のパレスチナ労働者の賃金はユダヤ系イスラエル人に比べて圧倒的に低いのですが、外国人労働者の賃金はそれより低いのです。7月にWACと共同で集会を持ったホットライン(外国人労働者の労働問題を扱う)によれば、80%以上の外国人労働者が法律で定められた最低賃金を受け取っていないということです。また、人口約650万人イスラエルに約30万人の外国人労働者がいると言われていますが、この割合は世界でももっと高い国の一つになのだそうです。

ただし、WACに登録してる労働者は、外国人労働者は自分たちの敵ではなく、同じく抑圧された者なのだとと言います。問題となっているのは、奴隷労働を推進している政府・建設業界・派遣会社なのです。

〜阻害されるガリラヤの産業育成〜

ガリラヤを訪問すると、年々、パレスチナ人の村の土地が接収され、ユダヤ系イスラエル人の町が拡大しているのがよく分かります。「ガリラヤのシンディアナ」の倉庫があるマジダ・ル=クルム村に近接した土地にも新しい工業地帯(バール・レヴ)が広がっていました。一方で、イタリアで勉強し、自分の農地に乳製品工場を作ろうとしたガリラヤのパレスチナ人は工場建設の許可をイスラエル政府から得ることができませんでした。そこは農地用の土地であり、工場を建てることはできない、というわけです。ところが、ユダヤ・セクターについては、パレスチナの農地を没収した後で、工業用に土地を変更するということが容易に行われているのです。

水の配分の不公平さも変わっていません。そもそも使用できる水に制限があるほか、例えばマジダ・ル=クルム村の廃水は、近くのユダヤのキブツにの浄化施設で処理され、無料で畑に再利用されているそうです。マジダ・ル=クルム村には、設備を作るお金もないし、許可もありません。

さらに、ガリラヤの村々の行政機関が財政破綻を抱えているという話を聞きました。実際に、ある村の役所の前では、公務員(役所で働く人と学校の先生)がストライキをしてピケが張られていました。10ヶ月間給料が払われていないそうです。これは、ここ数年ガリラヤの村に共通の問題だそうです。税金の徴収や政府からの助成金が不十分であること(配分の不公正)、村の行政機関の中での分配の問題など構造的な問題からきているそうです。

〜ガリラヤのシンディアナ〜

「ガリラヤのシンディアナ」のオリーブプロジェクトはこのような背景の中で、行われているのです。中心スタッフはいつも忙しく飛び回っていて、同行する私たちの方がばてそうでした。マジダ・ル=クルム村の倉庫での作業、ガリラヤのオリーブ農家の訪問、ナザレやヤーファの共同事務所での仕事、ヨーロッパやアメリカへのフェアトレード輸出先の開拓など。今回の訪問のときに変化していたことは、ちょっと倉庫が拡張されて、石けん保管専用の部屋ができていたこと、若い女性スタッフやメンバーが増えたことです。外からは廃屋にしか見えない建物の中を自分たちで改装して、ヤーファの事務所も少し広いところに移転しました。少しずつ充実している反面、イスラエル経済が悪化し国内市場が冷え込んで販売量が落ち込んでいること、村の中で女性が自ら活動していく上での難しさなど、問題もいくつかあるようです。

皆さんがオリーブオイルやオリーブ石けんを気に入ってくれていること、活動を応援してくれている気持ちなどを伝えると、「シンディアナ」設立当初からの支援・交流に感謝している、よりいっそうの販売を期待している、と話していました。