おすすめの新刊

ミシェル・ワルシャウスキー著『イスラエル=パレスチナ 民族共存国家への挑戦』
(加藤洋介訳、岡田剛士解説、つげ書房新社、2003年)

著者はイスラエルに住むユダヤ人ですが、「イスラエルはユダヤ人のための国家だ」というシオニズムには反対の立場をとっています。この本は、パレスチナ人とユダヤ人が一つの土地、一つの国家のなかで、差別されることなく対等に生活していけることを理想として、その可能性を歴史の中や将来の中に見いだそうとする試みです。「多民族共生」という理念を10世紀イスラーム治下イベリア半島「アンダルシア」から語りおこし、「イスラエル建国(1948年)」以前のリベラル左派ユダヤ人による二民族一国家案、そしてパレスチナ側からの「民主的・非宗教的国家」宣言(1967年ファタハ綱領)をつなげます。

今、この民族共生の理念は、イスラエル国内に住むパレスチナ人(「イスラエル・アラブ」と呼ばれる)の側から積極的に語られています。著者は、イスラエル・アラブの国会議員らの見解に同意する形で、この理念が現実味を持ってきていると主張しますし、映画『D.I.』の監督エリア・スレイマン氏もまた、イスラエル領生まれのパレスチナ人として、二民族国家という考えへの共感を述べています。実際にイスラエル社会を見ると、人口の約20%がパレスチナ人であり、また外国人定住労働者もかなり増えており、「ユダヤ人国家」の内実はあちこちでほころんできていることも事実です。

しかし、「事実上『隣人』とならざるをえない」ということと、本当に他者を尊重し「共生する」という理念とはまったく別物です。著者が例に挙げるハイファやエルサレムを歩いてみても、むしろ「不信感を抱いたままただ隣り合っている」、あるいは「目の前にいるけれど見ないふりをしている」と言ったほうがよさそうな感じです。また、西岸・ガザのパレスチナ人からすれば、入植地の撤去こそが重要課題であるのに、武装した集団入植者を前に「共存」などという掛け声は空疎に響くでしょう。そういう意味では、一国家二民族というところに希望を見いだそうとする意図は分からなくはないものの、ワルシャウスキー氏の見方はあまりに楽観的であるように思います。

その点で、「ガリラヤのシンディアナ」の連携団体である『チャレンジ』紙の編集長ロニさんは、やや異なる見解を持っています。彼女は、あるイギリス誌から受けた最近のインタビューでこう言っていました。「中身のないオスロ合意の二国家解決案が破綻するのは当然としても、一国家案というのは現段階では知識人のゲームの域を出ていない。一国家か二国家かが問題なのではなく、ユダヤ人中心主義のシオニズムを解体すること、アメリカ中心のグローバリズムに立ち向かうことが何よりも大事なのです。」と。(早尾貴紀)

*こんな本もあります*

今拓海『地図にない国からのシュート-サッカー・パレスチナ代表の闘い-』 岩波書店、2003年

*『ぜいとぅーん』10号で7月出版予定と書いた、徐京植『秤にかけてはならない』(影書房)は10月はじめに書店に並ぶこととなりました。

映画

エリア・スレイマン監督『D.I.』 〜感想編〜

この映画を案内したところ、皆さんから感想を送っていただいたので、紹介させて頂きます。ありがとうございました。


『ぜいとぅーん』10号に、パレスチナ人による『D.I.』の感想がありましたが、生活し、そこで友人を得ないとそういった感想を聞く機会もないので、そういったものを紹介して頂けて嬉しく思いました。個人的にはD.I.は良すぎた前評判のせいか、単に私の好みでなかったためなのか、期待外れではありましたが、彼の文章を読んで、確かに支援者である私は『ジェニン・ジェニン』のようなものを「期待」している側面があることを否めないな、と思いました。これはパレスチナ人以外だけでなく、パレスチナ人にとっても同じでしょうが。

〜東京の長野さんより〜


『D.I.』を7月に観ましたが、まだ興奮がさめません。パレスチナのことを人に話すとき、必ずといっていいほど反論に遭います。しかし、『D.I.』が頭に浮かび励ましてくれるのです。サントラは毎日聴いています。いいサントラです。パレスチナでは、観客は非常にわいたそうですね。パレスチナの人々のタフさを観た思いです。(あくまで映画ですが…。)

〜奈良県の藤井さんより〜


ほんとうに凄い映画だと思います。とくに、スモモの種を窓から放り投げた瞬間、巨大なメルカバ戦車が爆発するシーンには度肝を抜かれました。そんなひとつひとつのカットに込められたメタファを読み解いていくには、少なくともあと2、3回は観なければならないと思いました。

あとこの映画のパンフ、『映画「D.I」でわかるおかしなパレスチナ事情』に収録されているインタビュー(54頁)で、スレイマン監督が「なぜ二つの国家なのか、なぜ国境が増えつづけるのか、何をするためなのか、なぜ2民族1国家ではいけないのか、なにゆえのナショナリズムなのか。平和の展望においての国家の概念が、問われ、定義され、再定義されるべきだろう」と答えていることに深く共感しました。パレスチナに住む人々の間で、このような考えはどの程度の広がりをもっているのでしょうか? とても気になるところです。

〜奈良県の京谷さんより〜


映画「D.I」、私も観ました。なんでもこの映画をラマラなどで公開したら場内爆笑の渦だったそうですね。わたしもところどころ笑ってしまいましたが、全体的にはとても笑い飛ばせないものがありました。しかし現地のパレスチナ人は大笑いなのです。会場で売っていた本にも書いてありましたが、ゴダールがパレスチナ革命を象徴するものは「笑い」だといったそうです。第三者である我々がひきつった笑いをしている横で、当の本人たちは大笑い・・・。そこに不屈の精神をもったパレスチナ人の姿があるように思います。

〜埼玉県の秋本さんより〜