編集後記

ラーマッラーの町中心部にあり、ぼこぼこに砲撃にあって象徴的にニュースになっていた商業ビルがきれいに修復されていました。よく見ると弾痕がわかるものの、テナントも戻っていました。爆撃されたラーマッラー警察本部の跡地は平にならされて、民間(だと思う)の有料駐車場になっていました。

また、今年2月末にペシャンコに爆破された、ナーブルスの難民キャンプの知人の家も、家族自ら建て直しの最中でした。ただ、いまは他の家に仮住まいをしているのですが、大学生のお姉さんが「早く戻りたい」というのに対して、高校生の妹が「新しい家は見に行っていない」と言っていました。理由を尋ねると「遠いから」などとあいまいに答えましたが、実際には歩いて10分程度の距離。もしかしたら、夜中の突然の破壊の恐ろしい記憶が彼女のトラウマになっているのかもしれないと感じました。さらに、その家族と親しい知人は、「家は破壊されても建て直せる。でも殺された人、自爆した人は戻ってこない」と寂しそうに話していました。

破壊された後、接収されてしまった土地の回復もまた困難です。壁建設のために、入植地拡大のために、工業地域拡大のために接収された、西岸・ガザ、ガリラヤなどの土地が戻ってくる見通しは現在のところありません。

話変わって。ラーマッラー近くに住む友人が出産を控えていたのですが、予定日を数日過ぎていました。彼女は、「お腹の子は、外出禁止や検問所なんてある世界はいや、って思って出てこないのかもねえ」とケラケラと笑っていました。

彼女から、国際起業家連盟による起業研修コースを取った話を聞きました。朝9時から夕方6時までびっしり3週間、英語で研修があったそうです。パレスチナでは初めて、ジェリコとラーマッラーで開かれ、西岸の各地から研修を受けに来た人がいたそうです。封鎖で帰れない日は、宿泊も世話してくれたそうです。

彼女と話していると、どんな状況にいようと前向きでいることはできるのだ、と思わされます。「イスラエルの圧倒的な力の前に、私たちに何ができるっていうの??」と口では言うのですが、、、

私たちはつい、目の前の破壊のすさまじさだけに目を奪われてしまいがちですが、パレスチナが今後、自立、独立を見据えていくには、パレスチナの産業や社会ををしっかり作っていくことが大切なのだろうと感じました。私たちの活動がその一助になればと思っています。

 

パレスチナ・オリーブに、皆川に加えて、新しくフルタイムのスタッフが入りました。このほか、週一回手伝いに来て『ぜいとぅーん』にイラストを担当しているあだちさん、イベントや翻訳を手伝ってくれている数人の仲間たちでパレスチナ・オリーブは運営されています。(皆川万葉)