『ぜいとぅーん』13号

本物のナーブルス石けんとは

早尾貴紀

あるとき、ナーブルスで、石けんにも詳しい一人の商人に出会いました。彼にパレスチナ・オリーブ石けんを見せたところ、触って香りを確かめて、こう僕に言いました。「これは本物の純粋なオリーブ石けんだね。髪の毛も洗える。いまではこういう良い石けんは、もう郊外の小さな村で、少しだけ手作りされているだけになってしまった。店では売られていなくて、親戚の範囲で贈り物にするのに使われるんだ。ナーブルスの大きな工場では、工業化が進むにつれて品質を落としてしまった。とても髪の毛なんて洗えない。純粋で高品質なものをたくさん出荷できる工場なんて、もうナーブルスにはないと思っていたのに、どうやってこんな良いものを見つけたんだい?」

このオリーブ石けんがどれだけ貴重な存在なのかを改めて教えてくれました。

パレスチナ・オリーブ石けんも、ナーブルスから来ています。オリーブの実とオリーブオイルは、パレスチナのあちこちで取れますが、石けんとなると古くからの産業都市ナーブルスがもっとも有名です。6つの名家に属する20を超す工場があります(現在の状況下でどれだけ稼働しているかはわかりませんが)。最も名前がよく知られているのが、トゥーカーン家。先ごろ亡くなった有名な民族詩人ファドゥワ・トゥーカーン(註1)もこの家系の一員です。二つのカギを交差させたデザインがロゴマークです。もう一つ有名なのが、ジャマル石けん。「ジャマル」はラクダのこと。石けんに押されているロゴマークもラクダです。ナーブルスだけでなくエルサレム等の雑貨屋でも、紙で一つ一つ包まれたオリーブ石けんを買い求めると、だいたいこの二つのうちどちらかが置いてあります。一つ2シェケル。50円といったところです。

ところで、こうしたナーブルス石けんの原材料となるオリーブオイルが、昨今は大量生産向けに輸入されていると言われています。イタリアなどから食用にはできない、安価な工業用のオリーブオイルを輸入して、石けんの原材料にしているのです。もちろん、オイルの品質はよくありませんから、染料・香料などを使って色・香りを整えざるをえなくなり、結果として石けんの品質そのものを落としてしまうことになりました。近代化の中の市場競争のために、石けんの値段を安く維持するには、やむをえなかったことかもしれません。

パレスチナでは、収穫したオリーブは絞ってオイルにするか塩漬けにするかで、もっぱら食用に供されます。またイスラエルの占領による物価の高騰と、経済状態の悪化も加わって、地元産の食用のオリーブオイルは割高になっています。そのために、大量生産化されたオリーブ石けんの原材料にするには向かなくなったのでしょう。(註2)

それに対して、パレスチナ・オリーブ石けん(ナーブルスで作られた石けんを「ガリラヤのシンディアナ」で包装・出荷するという連携プレーで届いています)。これを作っているのは、ナーブルス伝統の石けん工場を営む家系の一つティベーレ家で、兄弟2人を含め6人の職人が働いています。ここでは地元のヴァージン・オリーブオイルを用いて、一切の香料・着色料などを加えずに作っています。純粋なオリーブ・オイルの石けん素地からだけ作っているので、工程にも十分気を遣わなくてはなりませんし、それを硬く圧縮するのに乾燥と圧縮の手間がそれぞれ工程一回分ずつ余分にかかっています。

こうして作られるオリーブ石けんは、最高の品質で、髪の毛までしっかり洗えます(註3)。そして実はこれこそが、かつては小規模に手作りをされ、いまでは失われてしまった、「本物のオリーブ石けん」のはずなのです。

しかし、材料と機材と手間の分どうしても割高になってしまいます。地元の原材料で作ったものが、地元市場には並ばないということになります。そもそも、パレスチナ・オリーブが取り扱っているオリーブ石けんは、「ガリラヤのシンディアナ」がナーブルスのティベーレ石けん工場と協力して開発をしたものです。一方で、地元の原材料で作られた最高の品質のオリーブ石けんをこそ海外に紹介・販売して、活動を広げる、そしてパレスチナと経済的に結びあっていこうと考えていたガリラヤのシンディアナ。他方で、純粋に混ぜ物なしの理想のオリーブ石けんを形にしたい、世に出したいと考えてきた石けん工場。この両者が出会って実現した、そういう石けんなのです。

だから、地元ではこのオリーブ石けんは知られてはおらず、不自然に白く石けん臭いものこそが「ナーブルス石けん」であると信じられてしまっています。

「パレスチナで何をしているの?」と聞かれて、「これを日本に輸入しているのです」と言ってパレスチナ・オリーブ石けんを見せると、真顔で「もっと色が白いのがいい石けんなんだよ」という反応をもらうことがしばしばです。経済構造的にやむをえない面があるのは確かなのですが、しかし残念な気がします。

いまはこのオリーブ石けんは主に海外向けに作られていますが、将来パレスチナの経済がよくなって、地元でも知られて使われてほしいと思います。

(註1)ファドワ・トゥーカーン『私の旅 パレスチナの歴史-女性詩人ファドワ・トゥカーン自伝』新評論、1996年

(註2)一方で、パレスチナ(ヨルダン川西岸地区でも、ガリラヤ地方でも)地元のオリーブオイルが余っています。地元市場というものがとても限られている。パレスチナの家では農家でなくとも、家に樹があったり、親戚から分けてもらったりして、わざわざ買うまでもないから。そしてイスラエル市場では、もっと安い輸入物がヨーロッパなどから入ってきてるし、味の濃い地元産よりも、スーパーなどで売っている破格に安いオリーブ風味の混ぜ物オイルがイスラエル人には(混ぜ物とは知らずに)好まれたりもする。パレスチナで売れず、イスラエルで売れず、そして海外へのアクセスを持たない。だからこその「シンディアナ」の活動の重要性が高まっています。

(註3)石けんで髪の毛を洗うコツについては『ぜいとぅーん』7号参照。個人差がありますので、合わない場合はご使用をおやめください。


ナーブルス石けん工場最新情報

12月中旬にナーブルスを訪問すると、働いていたのは3人だけ。地元市場の状況が回復しないため、全員が出勤するほどは仕事がないのです。それでも、シンディアナから注文を受けたオリーブ石けんの原材料の乾燥作業をしていました。オリーブオイルは、ナブルス近郊の村からで、今回は3トン強。

ナーブルスはその後、ものすごい状況の悪化で、ほとんど「大侵攻」期のときの状況に戻っていると言ってもいいくらいでした。中旬に訪れたときはナブルス近郊のバラータ難民キャンプのみが、戒厳令に近い状態でした。その翌日から、市内にもイスラエル軍の侵攻・銃撃が及び、それから10日間以上、旧市街を中心にして、ナブルスでは毎日複数名の死者がでるような状況が続きました。

2月始め、イード・ル=アドハー(イスラームの犠牲祭)の初日に石けん工場に電話しました。その日は、ナーブルスは「平穏」、実家の両親などを訪問したそうです。でも、相変わらず市場の状況はよくない、、、と言っていました。