『ぜいとぅーん』15号(2004.6.28)

イドナ村訪問記

4月末に刺繍製品をつくっているイドナ女性組合を訪問し、仕事場を見せてもらいました。まず一言で印象を言うと、彼女らの妥協のない仕事ぶりに感動しました。日本人の水本敏子さんが、7年にもわたって裁縫教室や商品開発などで指導的な役割を果たして育ててきた女性グループで、徐々に力をつけてきた彼女たちは、いまその水本さんが見守る中、自立をしようとしています。その「援助」ではない関係の持ち方の模索にも、学ぶところが大いにありました。

その日も、いくつかの試作品を前にし、そこに刺繍糸の見本と刺繍のデザイン帳を突き合わせて、この生地にはこのデザインでは合わないとか、型と刺繍のバランスが悪いとか、微妙な色の配置(「赤」一つとっても十種類くらいある)、そして微妙な値段の設定にいたるまで、延々と議論を重ねていました。「この商品が7ドルなら、これは8ドル?」「刺繍面積の差を考えたらそれでは売れない。7.5ドルにしよう」とか。水本さんも言っていました、「彼女らには向上心がある。」

イドナ村の女性たちのグループは、縫製担当が7人、刺繍担当が20人。その中でも不可欠な役割を果たしているのが、ヌハさんといういちばん若い人で26歳。19歳のときから水本さんが裁縫教室で育て上げた人で、いまでは刺繍のデザイン開発も中心的にやっています。時折、デザインをめぐって、ヌハさんは水本さんと口角泡飛ばすような議論をします。彼女も含めて何人かは英語も熱心に勉強して、海外と直接自分たちだけで取引をできるように準備をしています。

「それでも長年の関係は、信頼だけでなくて甘えも生む」と水本さんは言います。「だから商品について何か不満があったら、ぜひ彼女らに直接FAXで伝えてほしい。私が言っても聞き流すけど、お客さんからの直接の苦情なら、背筋が伸びるから。」と。この妥協のなさがすごい。日本のNGOでしばしば指摘される問題は、援助する側とされる側という一方的な依存関係をつくってしまうことです。相手に依存をさせることで、NGOとしての存在意義を強める。しかしこれでは、永遠に自立はできません。昨今は「自立的支援」という言葉も広まりつつありますが、言うは易し、行なうは難し。いまは、水本さんが手取り足取りをしないでも地元の女性だけでやっていけるように、そういう地盤整備に力を入れている段階です。

こうして一生懸命に働いている女性たちですが、自分らだけでは解決できない悩みを抱えています。ここで働いている女性たちの仕事は、それぞれの家庭で唯一の収入源になってしまっています。男性たちは2000年の第二次インティファーダ開始以降は、仕事がありません。外出禁止令が長く続いたり、出稼ぎ先のイスラエルに入国できなかったりして、仕事ができないのです。アラブ世界で夫らは、世間体から言って、自分の妻を外に働きに出すことは恥ずべきことだと思っていますが、しかしこの厳しい現実の中では、妻が刺繍によって得てくる収入なしにはもう生活ができない、という居心地の悪さを抱えているのだそうです。でも、この状況を逆手に取って、女性たちの仕事の価値が認められ、男性たちの意識改革が進めばいいなぁも思います。

(早尾貴紀)

サマーギフトに刺繍製品が使われています

*パレスチナ・オリーブでは、イドナ村の刺繍製品を通常は取り扱っておりません。