『ぜいとぅーん』15号(2004.6.28)

ハイファから(2)

  

〜ハイファ大在学中の田浪亜央江さんからの報告〜

身体観・健康観は各人の趣味に属することで同じ人間でも一貫していないのが普通だ。語り出せば切りがないが、少なくとも海外在住中は「健康第一・体力勝負」を至上価値とする、理念上はシンプルな生活スタイルを採ろうとするのはまあ当然だろう。

そんな私にとっての最大の脅威は、何を隠そうこっちの過剰冷房だ。寒い。暑くなるほど寒い。暑さには強い私は、冬用の靴下や「ババシャツ」を身につけ暑い中を歩き回り、さすがに冷房の効いたバスに乗ればほっとするが、ものの5分と経たないうちに寒くなる。用意した上着やスカーフも総動員する。国営のエイゲッド・バスだけではない。民間のセルビス(ワゴン車を使った乗り合いタクシー。その多くがアラブ人ドライバー)もエアコンを効かせる。どうして!?窓を開ければ気持ちのいい風が入ってくるでしょ、と何度叫びたくなったことか。

私はかつてシリアで生活していたので、何かにつけてシリアを思い出し、シリアが懐かしくなってしまう。シリアのセルビスには、もちろんエアコンなんかなかった。混雑時の乗り場にセルビスが入って来ると、衆人殺到し誰もが他人を押しやって乗り込もうとする。最後の人間が中に身体を入れきらないうちに車は動きだし、乗れなかった人間を蹴散らかす。夏の熱さは厳しいが、窓から吹き込む埃まみれの風は悪いものではなかった。私の身体感覚に合ってるのはどう考えてもこっちだ。もちろん懐かしさあまっての理想化は、かなりある。

単に寒いという愚痴ではない。この土地にとって本来不自然な、「侵略者」の文化だから腹立たしいのだ。そういう気分を増長させるのが、サングラスだ。ドライバーも乗客も、ほとんど真っ黒いサングラスをかけている。そりゃ太陽光線から目を守るためには必要だし、私だって使う。でもシリアではサングラス姿の人なんか、ほとんど見なかったことを思い出す(ごくまれに、全身を黒いベールで覆った女性が、目も隠すためにサングラスを使うことはある)。

そして健康上のもう一つの脅威。こっちが本題だが、タバコである。こちらはアラブ人と同居している私の特殊事情も大きく、「侵略者」文化を恨めない。イスラエルでも近年タバコ規制が厳しくなり、法的整備はEU諸国並み。欧米系ユダヤ人の健康志向も強い。ところがアラブ社会は、伝統的にタバコには寛容で、水タバコは社交の道具として、重要な役割を果たしてきた。イスラエルの喫煙率は、ユダヤ人が28%であるのに対し、アラブ人は48%、という統計がある。それなのにタバコパッケージに書かれている警告文がヘブライ語だけ、というのもおかしな話だ。もともとパレスチナ人の重要な換金作物だったタバコ畑が奪われ、ユダヤ人入植地に変えられていった経緯を思い起こすと、さらに気持ちは複雑になる。

やっかいなのは、アラブ社会のタバコが男性性の象徴であるのに対し、女性の喫煙には厳しいということだ。むろん地域差はかなりある。前回微妙に触れたが、私のルームメイトは親の前では絶対にタバコを吸わないがヘビースモーカーだ。一方で家にしょっちゅうやって来る彼女の友人たちもみな喫煙者で、タバコがとにかく大きな位置を占めている。時には誰かが「非合法の枯れ枝」を持ち込み、時間をかけて葉を摘み、細かにし、紙で器用に巻いて回し吸いする。女性の喫煙がタブーでさえなければ、ここまでタバコに価値が与えられていないんじゃないか、と思うのは私が非喫煙者だからだろうか。とにかく個人的に困るのは、数人がモクモクやっていると、同席したくても私は煙に耐えられないことだ。

シリアでも既婚の女性がうまそうにタバコを吸う場面は何度も見たが、独身女性の隠れタバコは不可能だと思う。そもそも親と離れて生活する、ということ自体がほとんどない。となるとこれも、イスラエルのアラブ社会の急速な変化の中での、女性のあり方をめぐる葛藤の中の一コマではある。それを「見せてもらっている」のだと思いつつ、コミュニケーションを遮る紫煙は、やっぱり恨めしい。