没収され、分断され続ける土地

3月30日は「土地の日」です。1976年に起きたガリラヤ地方のパレスチナ人の土地の大規模な没収に対する抗議運動を記念し、毎年ガリラヤ地方やヨルダン川西岸地区で記念行事が行われます。

1947年以前にパレスチナ全体でアラブ・パレスチナ人が所有していた土地は94%でユダヤ人が所有していた土地は6%。しかし、国連の分割案では、ユダヤ人に56%の土地が割り当てられました。それが、第一次中東戦争の結果、イスラエルは77%の土地を手に入れました。

その後もずっと、「できるだけ多くの土地を手に入れ、パレスチナ人はできるだけ少なくする」という政策が続いています。押し込められ、閉じ込められ、生活できなくなったパレスチナ人が海外に出稼ぎ、移住せざる得なくなります。

ガリラヤ地方を含む、イスラエル内のパレスチナ人の土地没収もいまだに続いています。またアラブ・パレスチナの自治体からユダヤの自治体へ管轄権が移され、アラブ住民が土地を所有しているのに、実際には住めない、利用できないという事態もあります。現在、イスラエル内のパレスチナ人の人口はイスラエルの総人口の18%ですが、自治体が管理している土地は全体の2.5%に過ぎません。

「ガザ・西岸北部から入植地撤去が決定」し、「和平」が進みだしたような報道がされています。ガザから撤退すること自体は当然で、悪いことではありませんが、これは実はヨルダン川西岸地区の入植地の恒久化とセットになっています。

ガザについてはガザの入り口の検問所が要塞化して来ていることからもわかるように、人と物の出入りを完全に管理した上での「ガザ切り捨て」が意図されています。

西岸には160前後の入植地がありますが、撤去されるのは4つの小さな入植地だけです。グリーンライン(1949年、1967年中東戦争停戦ライン)や他の大入植地から孤立しており、これらのためだけに分離壁を拡張したり、またわずかな住民のために兵士を配置することが、コストに見合いません。人口で見ると、この4つの入植地の人口が約500人。西岸の入植者数が40万人なので、0.125パーセント。つまりは、99.8パーセントの入植者はそのままだということです。

さらに、新たな入植地拡大計画が発表されました。エルサレムに近い地域へ3600戸を建設すると言うのです。これが完成すると、エルサレムはヨルダン川西岸地区から完全に切り離され、パレスチナ住民は孤立してしまいます。また、エルサレムを挟んで、ヨルダン川西岸地区の南北の交通もますます遮断されてしまいます。

入植者によるパレスチナ人への嫌がらせも頻発しています。特にヘブロンやその近郊では嫌がらせが激しく、過激な入植者が殺鼠剤に使われるよう薬品を撒き、羊が約20頭死亡、約80頭重体になるなどしています。

なぜイスラエルが隔離壁(分離壁)を建設しているのか、総合的に理解するのに、とてもよくまとまっている1冊が出ました。
パレスチナの平和を考える会編『パレスチナ農民が語る「隔離壁」が奪ったもの フェエズ・タヌブさん講演録』

演劇のテーマにもなった「分離壁(隔離壁)」ですが、これも建設は止まることなくどんどん進んでいます。分離壁が完成するとヨルダン川西岸地区の50%が事実上イスラエルに併合されてしまいます。

2004年に来日したファエズさんの講演内容の他、壁建設反対活動を行っているNGOのインタヴュー、論文など。ファエズさんは、トゥルカレムで農業を営んでいたのですが、隔離壁の建設によって農地の7割を失いました。分離壁の建設が、実は水資源の確保であること、イスラエル経済への従属であることなども具体的に書かれています。

ご注文はパレスチナの平和を考える会へ

 

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