働く女性たち

『ぜいとぅーん』19号で簡単に紹介しましたが、マアン(イスラエル内のパレスチナ人労働者のための団体)主催の3月の国際女性デーで働く女性たちを撮った12分のビデオ『仕事が欲しい』が上映されました。「シンディアナ」の女性たちもちょっとかしこまってインタヴューに答えています。そのビデオが届きましたので、ご紹介します。


『仕事が欲しい』

女性たちが働く主な理由は経済的な理由と自己実現の二つです。

シンディアナ女性たちは、口々に言います。

「9人兄弟姉妹です。そのうち2人が近々結婚するのでお金がかかります。」

「仕事のある日は生き生きします。食事をしたり、家事をしたりする時間もあって仕事もして、充実して過ごすのです。仕事のない日は怠惰に感じます」

「私が働いている、というと、女性たちはみんな私をうらやみます。仕事があるなんてどんな幸運あったの?って。」

以前シンディアナで働き、学校に通い直して、コンピューター関係の仕事に就いた女性は「誰にも依存していない、自立していると感じます」と言っていました。

しかし、家父長制的なアラブ社会の中では、女性が働くことは当たり前ではありません。シンディアナの女性たちが働くことにも家族の反対があります。

「私の父は女の子が働きに出ることに反対していました。父が家族を十分養えないように見えるので、不名誉だと考えたのです。」

「婚約者は私に働かないで欲しいと言っています。男性が家族を養うべき唯一の人間だと言って、女性が働くことに反対なのです。」

シンディアナの女性は、シンディアナの運営にも参加し、労働者としての権利を持って、朝10時から夕方4時間で働いています。

しかし、一般にイスラエルで女性が働く環境は劣悪です。女性たちが権利に無自覚なことにつけ込んで、厳しい条件を強いるところが多いのです。契約書も、給与明細もありません。

「ユダヤ人経営の縫製工場で働いていましたが、病気だろうと何だろうと一日休んだら解雇されます。仕事が欲しい人は他にいっぱいいるので。」

「研修期間だと言って、最初の1ヶ月は賃金がもらえませんでした。」

「早朝に家を出て、日の照りつける農場で10時間働いて、賃金は80シェケル(約2千円)。にしかならない。疲れてくたくた。」(イスラエルの最低賃金時給は約450円なのでこれは不法な賃金。ちなみにイスラエルの物価は日本と変わりません)

「一番つらいのは権利が踏みにじられているのに、やめる以外に何もできないと感じたとき。」

マアンの女性スタッフは「女性が権利を確保し、労働条件を改善するための組織が必要だ」と言います。


ビデオの最後には、マアンがきちんとした労働条件を確保し、農作物の出荷工場で働くようになった女性たちの様子が出てきます。その女性たちが3人並んでインタヴューに答えているのですが、みんなとっても嬉しそうに笑っているのが印象的でした。

「結婚して以来、25年ぶりに働くの。とっても嬉しいわ。他の人だってみんな働きたがっているから、何人だって連れてくるわよ。仕事場までみんなを乗せる車がいっぱい必要だわ!」冗談を交えてニコニコでした。

 

女性たちに仕事がない理由

1948年にイスラエルが「建国」され、現在までの間に豊かな農地の半分以上がイスラエル政府に押収されました。パレスチナ人が多数を占めるガリラヤ地方は、イスラエルとなりましたが、1966年まで軍政下に置かれていました。以降、パレスチナ人はイスラエル経済の最底辺で働いてきました。

繊維工業

1970年代、80年代に縫製工場がユダヤ人の町からガリラヤ地方に移り、独身のパレスチナ人女性が働きました。

1993年のパレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)の後、アラブ諸国とイスラエルの経済関係が改善し、多くのイスラエルの縫製工場が賃金の安いヨルダンや、エジプト、中国や東南アジアに移転しました(イスラエルの賃金の10分の1)。そして、多くの縫製工場が閉鎖され、アラブ・パレスチナ人の女性たちは職を失いました。

農業労働

パレスチナ人の農地の多くが奪われ、さらに不公平な水の配分のため、パレスチナ人が農業で十分な収入を得ることは困難です。その一方で、ふんだんに水を使えるキブツなどユダヤ共同体の農場でパレスチナ人が雇用されていました。リンゴ、ナシ、オレンジ、レモンの収穫、綿花畑やプルーンなど果樹園の草取りなど1年中、何でもしていました。

1993年のオスロ合意後、イスラエル政府はガザ・ヨルダン川西岸地区からの労働者を大幅に制限する一方、タイや中国からの外国人労働者を増やしました。これにより、建設労働に従事するパレスチナ人男性、農業労働に従事するパレスチナ人女性が仕事を失いました。外国人労働者は、長時間労働・低賃金という厳しい条件で働かされています。

農業労働従事者の割合の変遷

イスラエル統計局発表。登録された労働者のみ。この他に不法労働者が増えています。

1990年、農業従事者7万千人。

1998年、農業従事者7万3千人。

2003年、農業従事者7万人

参照:challenge90号

 

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