『ぜいとぅーん』27号(2006.11.21発行)

生産者訪問速報!


パレスチナ・オリーブの早尾貴紀が10月下旬から11月上旬にかけて、パレスチナの生産者団体や友人らを再訪しました。

「ガリラヤのシンディアナ」

ガリラヤ地方やヨルダン川西岸地区では、ちょうどオリーブの収穫期が始まるところでした。収穫後すぐに圧搾されたオリーブオイルは、フィルターを使わず数ヶ月オリを沈ませてから出荷します。日本に入荷するのは3月の予定です。

ナツメヤシの収穫期(10月)まで、カゴの原料であるナツメヤシの枝が十分に確保できず、カゴを予約してくださった皆様をお待たせしていましたが、まもなく入荷します。シンディアナでは、カゴを作るための常勤スタッフを雇用できるようになりました。

収穫デー

例年はガリラヤ地方で行なっている収穫デーのイベントですが、今年は、イスラエル国籍のアラブ・パレスチナ人の若者たちのボランティアを募って、西岸地区の村にオリーブ収穫支援のツアーがありました。シンディアナとマアン(イスラエル内のパレスチナ人労働者のための団体)の共同企画です。マアンの登録者でコフル・カラとウンム・ル・ファヘムに住む若者が約30人、シンディアナとマアンの運営スタッフ(アラブ人もユダヤ人も両方)が約10人。合計40人がバス一台と数台の車に分乗して、集合。

行き先は、西岸地区、ラマッラーとエルサレムに近い、ベイト・アナーンという村です。この村に近いギヴァット・ゼエヴというユダヤ人入植地を取り囲むように分離壁が建設されているために、この村は分離壁とグリーンライン(イスラエルとの境界線)のあいだに置かれ、西岸からもイスラエルからも孤立している状態にあります。住居と農地が壁で分断されてしまった家庭もあり、行き来を許可された短期間に収穫をしなければなりません。

ただし、手摘みでオリーブを収穫するのはかなり手間と時間がかかるので、40人が加わって村の人々と丸一日作業をしたところで、収穫が終わるのは約50本。丸一日でどれだけ支援になったのか、心もとない。むしろこの企画は、イスラエル・アラブの若者たちに西岸の現実に触れさせるのが主目的のようにも見えました。分離壁や検問所のために、ますますイスラエル領のパレスチナ人と西岸・ガザのパレスチナ人が接する機会はなくなりつつあります。若い層においてはとくに。

収穫作業のときには、パレスチナ人同士だというのに、まるで外国人のボランティアでも来たかのような感じで、村の人たちは若者らに話しかけていました。「どこ出身?学生、それとも働いているの?この村どう思う?」

帰りには、イスラエル側に入る手前で検問所を通過。バスに乗り込んできた兵士らが若者らの身分証をチェック。そういうことも含めて、ガリラヤの若者らには貴重な体験だったと思います。

ナーブルス石けん工場

石けん工場をナーブルス郊外のベイト・フリーク村に工場を移して、一年以上が過ぎました。工場が広くなり、すべての行程をそれ専用に決められた場所で行なうことができるようになったため、作業はひじょうにスムーズにできるようになりました。以前は狭い空間をやりくりして、行程が進むごとに材料や機械を移動させていました。

ただし問題は、工場とナーブルスとのあいだの検問所を通るのに苦労することです。私が工場を訪れた日、二人の職人さんが、ナーブルス市内から来ていました。とくに、ナーブルスから街の外に出る方向、つまり彼らにとっては工場に行くときに、取り調べが厳しい。夕方にナーブルス市内に帰る方向の通過は、比較的容易なのですが、それでも質問が少ないだけで、車での往復の場合は一台一台呼ばれるのに十数分もかかり、わずか数台の順番待ちで1時間以上もかかるのが普通です。

他に地元のベイト・フリーク村から20歳前後の3人の若者が新しく働きに来ていました。工場のマジュタバさんは、「どこも失業状態がひどいから、工場が移転してくればすぐに人が集まるよ」と。こうして昔からのベテランと、新しい若い人とがいっしょに働いていました。

その日、仕事を終えて夕刻。ナーブルスに入る検問所で、マジュタバさんは若いイスラエル兵から、挑発的な質問を受けました。「お前は武器が好きか?」。毎日長時間検問所に立つ兵士は、精神的ストレスのために異常に無礼になったり攻撃的になったりします。機関銃をこちらに向けて「オレは武器を持っているパレスチナ人を殺すのが好きだ」と言い放ちました。マジュタバさんは相手から目をそらすことなくこう言いました。「君はまだ若くて何も知らない。望もうと望むまいとわれわれはここに生き続ける。望もうと望むまいと隣人とならざるをえない。武器を持ってひとの土地に上がり込んで、どうして隣人になれるのか」と。兵士はきちんと答えることなく、もう行けよと促しました。

検問所の会話の詳しい会話はこちら

イドナ村女性組合

刺繍製品をつくっているイドナ村(西岸地区南部)の女性組合も訪れました。ここも近所の広い場所に移転して、作業場、生地倉庫、商品倉庫、事務所というふうに、きちんと区切って十分なスペースを確保できるようになりました。

新製品、新デザインも増えてきています。オリーブオイルや石けんとは異なり日常的に消費するものではないため、つねに新製品を開発していかなければならないことや、あるいは伝統的な刺繍の製品化が他の村や組合とも競合することなどの事情もあります。

またイドナ村は、ベツレヘムやラマッラーなどのエルサレムからも近い街とは異なり、かなり田舎にあります。交通が不便で、検問所が多いこともあり、生地や機材の仕入れ、商品の出荷にも格段の困難がつきまといます。私の滞在中の11月5日に、エルサレムのNGOショップ「スンブラー」でバザーがありました。西岸・ガザ各地の生産者団体がブースを出して、自分たちの製品を説明しながら売る、というイベントです。客層は主にエルサレムとテルアヴィヴに住む、国連や大使館やEUや国際NGOのスタッフなどの外国人です。このイベントに参加するにも、ベツレヘムやラマッラーなどの生産者団体には、検問所を通ってエルサレムに来る許可証がイスラエルから発行されましたが、イドナや他のヘブロン地区の団体には許可証が出されませんでした。

ところが、イドナの中心的な存在であるヌハさんは、一人で検問所を迂回して、エルサレムに到着。堂々と接客販売をしていました。ヌハさんが以前よりも英語での会話に慣れてきたということも、自信につながっているのでしょう。ずっと立ちっぱなしで、商品テーブルを挟んでお客さんとずっと話をしていました。

長くイドナ村女性組合を支援している、広島出身の水本敏子さんによると、初めてエルサレムで接客販売をしたときには言葉が出ずに散々だったそうです。二度としたくない、という愚痴も聞かれたとか。また、「外に売れる商品を作る」という観点や、販売や商品説明の難しさ・たいへんさを知るという観点からも、こういう経験はとても重要だとのこと。「仕事」として自立するために、水本さんは少しずつ距離を置きながら見守っている、そんな印象を受けました。

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雑感

生産者たちを見ていると、厳しい状況のなかで前向きにがんばっているという印象を受けます。やはり誇れる製品を作って外に売ることで世界とつながっているからなのでしょうか。

しかしそれに対して、二級市民の生活や長い占領状態によって、人びとが疲弊していっていることも確かなことです。ガリラヤ地方の村で、シンディアナなどの活動とは無関係の一般的な若者たちとも時間を過ごしてきましたが、分離壁によって切り離された西岸・ガザへの無関心ぶりはあからさまでした(2000年以前は、ガリラヤと西岸地区北部には日常的に往来がありました)。前々日からガザ北部での侵攻・虐殺は深刻化し、日に日に死者は20人、30人と増えていっているにもかかわらず、「考えても仕方ない」という反応でした。

あるいはベツレヘムなど南部方面では、北部に続いて急激に分離壁の建設が進められており、とりわけベツレヘムの市街地に接するユダヤ人の史跡「ラケルの墓」への排他的なアクセスを確保するための壁は異常に入り組んでおり、近隣のパレスチナ人の住宅地がゴーストタウンと化しています。またこれは北部と同じことですが、ユダヤ人入植地とパレスチナの村を隔離するためなのに、パレスチナの農地をわざと入植地側に組み入れるといった形で壁のラインが引かれています。

ナーブルス郊外のバラータ難民キャンプも訪れました。ここは西岸地区で最大の難民キャンプであり(約2万人)、激しい抵抗運動でも知られイスラエル軍による弾圧も厳しいところです。2002年に訪れはじめてから、ここに来るたびに子どもたちが荒んできているのを感じます。外国人を見たときの接し方が、無礼になってきており、お金をせびったり汚い言葉を発したりします。それはバラータに限らず、パレスチナのいたるところで見られる傾向で、そういった問題に取り組む心理療法のNGO活動もあります。

そうしたなか、バラータのある映像制作グループが、占領の現状を訴えるドキュメンタリー作品をつくるかたわらで、10代の少年少女らに写真の撮り方を教えて、日常風景を撮影し展示することを手助けしています。そうした文化活動を通して自己表現をする方法を知っている子どもたちは、どこか違うのを感じます。鬱屈をあまり感じさせず、話をしていてひじょうに清々しいのです。

しかしすべての子どもがそういう機会を持つことができるわけではありません。少しでもこうした地道な活動が広がっていけばと思っています。なお、この写真を学ぶプロジェクトは以下のサイトで見ることができます。ピクチャー・バラータ

通信では、生産者団体の状況を中心にお知らせしていますが、その他のことを「パレスチナ情報センター」のサイト(スタッフノート)に書いています。

写真:検問所で待つ人々 (文章:早尾貴紀 編集:皆川万葉)

 

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