『ぜいとぅーん』28号(2007.2.20発行)


新刊紹介
エミール・ハビービー『悲楽観屋サイードの失踪にまつわる奇妙な出来事』
(山本薫訳、作品社、2006年)

不条理の迷宮に翻弄されるこの小説世界の主人公の名前は、サイード・アブー=ナハス・ムタシャーイル。「サイード」は「幸運」、「ナハス」は「悲運」(「アブー」は父を意味し、アラブ世界では子どもが生まれるとその父親は「〜の父」と呼ばれる)。家名の「ムタシャーイル」が、悲観屋を意味する「ムタシャーイム」と楽観屋を意味する「ムタファーイル」を掛け合わせた造語で、書名の「悲楽観屋」をなしています。つまり、「幸運で不運な悲観的で楽観的」という矛盾だらけの名前が、イスラエル国家のなかのパレスチナ人として生きることを表現しています。そしてその名のとおりに次々と奇妙な騒動に巻き込まれていくのです。

自らの「故郷」(パレスチナ)に生まれたはずなのに、その場所(イスラエル)はいわば「外国」であり「敵国」でさえある。故郷に生きているはずなのに、所在なき他者でしかなく、周囲から敵視さえされる。それに対して勇ましい抵抗運動をして確たるアイデンティティを獲得することもできず、さりとてユダヤ人に同化することもできない。これが作者や主人公らが置かれている日常です。作者ハビービーは、故郷のなかで故郷を喪失するという倒錯した世界を、巧みなブラックユーモアとして描き出しました。笑いを武器に、倒錯した世界をもう一回ひっくり返そうというのです。

この本の帯には「パレスチナ文学の最高傑作!」と謳っていますが、作者のハビービーは、イスラエル国家ができる前のパレスチナのハイファに生まれ、イスラエル建国以降にもそこにとどまったパレスチナ人です。

これまで「パレスチナ文学」と言えば、ガッサーン・カナファーニーの『太陽の男たち』や、マフムード・ダルウィーシュの詩に代表されることが多かったと思います。しかしこの二人とも亡命作家・詩人であり、パレスチナの「外」にいたからこそ世界的に有名になりえたという面があります。カナファーニーは1948年のイスラエル建国によって土地を追われ国外難民になりました(72年にベイルートで暗殺)。

ダルウィーシュは70年にガリラヤを離れ出国しました。パレスチナの抵抗運動は国外難民によって始められ、「抵抗文学」もそのなかで海外に認知されていきました。そして87年からの占領地でのインティファーダ(民衆蜂起)を経て、93年のオスロ合意によって、「パレスチナ」の中心舞台はパレスチナ自治区(ヨルダン川西岸・ガザ地区)に移ります。ダルウィーシュについて言えば、オスロ合意後に自治区の中心ラマッラーに「帰還」(生地ではないが)したことで、いっそうパレスチナを「代表」する詩人とみなされるようになります。

こうした過程で忘れ去られてしまったのが、「48年占領地」とも呼ばれる、イスラエル領に入れられてしまったパレスチナと、そこにイスラエル国籍者として暮らしつづけているパレスチナ人たちでした。ハビービーもそうしたパレスチナ人の一人でしたし(96年没)、この作品が舞台とするのも「48年占領地」です。ハビービーは、故郷で故郷を失った自分たちの倒錯した世界をブラックユーモアたっぷりに描きましたが、たんに笑い飛ばしただけではありません。イスラエル共産党の国会議員としての活動経験や広範な文学や歴史の知識を下敷きにハビービーによって展開される不条理の迷宮は、読者を翻弄するかに見えて、日々の現実こそが不条理だということを気づかせます。(早尾)

 

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