『ぜいとぅーん』30号(2007.10.4発行)


パレスチナ訪問

2007年8月末〜9月初めに皆川が生産者団体を訪問しました。

ガリラヤのシンディアナ

シンディアナが設立されて10年、コフル・カナ村に移転して2年。いろいろな課題を乗り越え、全体がかみあって仕事ができているように感じました。

オリーブやハーブ類の契約農家は約50世帯に増えました。シンディアナ事務所&作業場で働いているのは、6人のパレスチナ人女性と2人のユダヤ人女性です。

作業チーフは働いて4年になるサーミヤ・ナアムナさん(39歳)。「シンディアナが発展して嬉しい。商品の種類が増え、倉庫も大きくなった。外国人の訪問者が増えたので英語が勉強したいなあ。」 1年半前に会ったときは働き始めで、おとなしそうな印象だったハナーン・ラーシッドさん(34歳)は、どこかたくましくなっていました。新人はコフル・カナ村に住むドゥーリーンさん(18歳。写真:石けんを包装中)。「大学で環境の勉強をしたいので、働いてお金を貯めたい。」 今までは既婚女性で家庭のために働いている人が多かったので、新しいタイプです。

オリーブオイル

オリーブの木は1.5cm程の小さな実をつけていました。11月からオリーブの収穫が始まります。今年は収穫量の少ない裏作で(2年サイクル)、2008年春にはアーラ村のユーニスさんのオリーブオイルが届く予定です。

シンディアナには、未使用地を借りてオリーブの木を育てたい、という長期目標があり、土地のめどもついているそうで、あとは資金の問題です。

ザータル

これまで、ジェニーン栽培女性組合からのザータルを買い入れていましたが、品質・許可・輸送などに問題がおこり、イルブーン村(ガリラヤ)のナフーレさんからの買い入れに変更になります。ナフーレさんは、ザータルの他、ミントやカモミールを育てている農家です。ザータルの畑と作業場を見せてもらいました。ナフーレさんは畑から収穫して乾燥させたザータルを、シンディアナのスタッフの目の前で小さな機械で細かくし、渡します。

フェアトレード商品の場合、品質に対するこだわりのへ理解が欠かせません。一般の農家はオリーブオイルの酸化濃度は気にしませんし、ザータルにレモンソルト(化学調味料)を使ったり、他の草が混ざっていたりしても気にしません。

かごプロジェクト

かご研修コースを行なっているコフル・マンダ村のマアン(イスラエル内とエルサレムのパレスチナ人労働者のための団体)の事務所を訪問しました。このプロジェクトはシンディアナとマアンの共同プロジェクトです。

オリーブの枝やナツメヤシの枝でかごを編むという伝統技術はいま継承されていないので、みな初めから学ぶことになります。これまで、いくつかの村でコースを実施しましたが、だいたい20人で始めて第1段階が終わると半分の人数になり、第2段階終了後、シンディアナの商品販売のレベルに達するのは数人です。

しかし、このコースの目的は、女性が外に出ること(エンパワーメント)と市場開拓です。実際、家庭に閉じこもりがちな既婚女性が一定時間、子どもを置いて外出するきっかけや自信となり、コース参加者の中には、その後、働き始めた人もいるそうです。(コースには子ども同伴の参加者もいます) 前回の通信で書いたように、コース終了者が新しいコースの先生になったり、村役場に働きかけてコースを実施して先生になったりしているそうです。

2008年春には、新商品のオリーブの枝で編んだカゴが入荷予定です! (枝の剪定の時期が冬で柔らかいうちに編むので季節商品です。)

ハチミツ・プロジェクト

ハチミツ研修コースもかご研修コースと同様の目的を持っていますが、男性も参加しています。フェアトレードで海外に売る程に量は取れませんが、ハチミツは地元で需要が高いので、地域内で売ることができます。昨年のコース卒業者は、全員、今年も養蜂を続けています。味見しましたが、軽くもなく重たくもなく、適度な感じでおいしいハチミツでした。

シンディアナでは、地元向けにハーブ・ミックスのオリーブ茶などの販売も始めました。在来種のおいしいアーモンド(ローストなし)も商品化を検討しているそうです。

シンディアナの関連団体のマアンも、建設労働者の権利擁護、雇用確保から始まり、農業労働、ホテル労働、石切労働など活動の場を広げ、事務所の数も増えています。

しかし、シンディアナやマアンの活動が充実してきた一方で、それがイスラエルの国家や社会に対抗する/それらを変えていく力となっているかということについては、スタッフは「そうなっていない。いまは時期が悪すぎる」と言っていました。シンディアナの女性たちは、働くだけでなく、女性や労働者、パレスチナ人の権利を求める様々な活動にも参加しています。

ガザや西岸と比較すれば、ましだと言えるかもしれないイスラエル内のパレスチナ人の経済状況ですが、2006年の統計によれば、イスラエル内のユダヤ人の平均所得とパレスチナ人の平均所得の格差はますます広がり、貧困層の割合も半数以上になったそうです。フラストレーションはたまっています。

補足:コフル・カナ村

ナザレから北東に約10km。住民の半分弱がクリスチャン、残りがムスリムです。ここは、婚礼でワインが足りなくなったので、婚礼に招かれていたイエスが水瓶の水を上質なワインに変えた「カナの奇跡」の場所なのです。村にはギリシア正教とフランチェスコ会の2つの教会があり、観光スポットにもなっています。

ところが、観光客は教会に来るだけで、村には滞在(食事や宿泊)しません。イスラエル政府は、ツアー会社に、アラブ・パレスチナ人の町であるナザレやコフル・カナ村ではなく、ユダヤ人の町となっているティベリアに泊まることを勧めているそうです。

石けん工場

前号の通信(6月初め)で書いた状況からいろいろ変化がありました。

「ハマスとファタハの連立内閣ができた」と書いたばかりなのに、6月半ばには、皆さんご存知のような流血の事態となり、ナーブルスの路上でも、武装した両組織の人々が歩き回り、子どもたちには危険だったそうです。9月初めには、いつものナーブルスの町に戻っていました。また、ヨルダン川西岸地区では、未払いだった公務員の給料が遡って支払われ始めているそうです。

工場は、久しぶりに注文が多く大忙し。マジュタバさんの他6人の職人さんたちが、文字通り、汗水たらして働いていました。この1ヶ月は、毎日のように操業できたそうです。前号で「電話、FAX、インターネットがつながった」と書きましたが、この地域には未だ電話はつながっておらず、石けん工場までは自分たちで資金を負担して電話線を延ばしました。

また、それぞれミントやシナモン、ジンジャーなどスパイスや、ナツメヤシ、キウイなど果物を入れたオリーブ石けんを一部で販売し始めました。

オリーブオイルだけの石けんより、ミント入りのオリーブ石けんを作った方が、仕事は増え、雇用は増えます。ミントは、マジュタバさんのお母さんと近所の人たちで刻んだそうです。しかし、これらの石けんは香りや色を楽しむものです。肌への効果から考えると優れているのは、最初に考え石けんセット(4種)にした、ミルクやハチミツのオリーブ石けんなのだそうです。(日本では薬事法に基づき、石けんごとに申請が必要なので、いろいろな石けんを少量輸入することは困難です) レモン果汁は最初は、石けん工場の職人さんたちで搾っていましたが、量が増えたため生ジュース屋さんにお願いしたそうです。

ドバイ(UAE)で3年間働いていたマジュタバさんの弟のマヘルさんが帰ってきていたのですが、近くまたドバイに戻るそうです(奥さんは出産のためフィリピンに里帰り)。 ドバイには、いま仕事がありますが、物価が高い。そのため、妻子をパレスチナに残して、自分だけドバイで働く、という人も増えているそうです。

変わらないのはナーブルスと石けん工場のあるベイト・フリークの間にある検問所。この検問所は、ベイト・フリークと隣のベイト・ダジャーンの住民か、許可を持った人だけが通れますが、5分で通過できることもあれば、3時間かかることもあります。

補足:生ジュース屋さん

パレスチナの町には、その場で果物を搾ってくれる生ジュース屋さんがあります。オレンジとグレープフルーツ、バナナとリンゴ、など自由に選んでミックスジュースも頼めます。イチジクジュースも最盛期でした。果物によって多少価格は異なりますが、グラス1杯150円前後です。

イドナ村女性組合

5月下旬、イスラエル軍の兵士がイドナ女性組合のセンターに踏み込んだことをお伝えしましたが、現在は修理も済み、通常に戻っています。寄付で新しいコンピューターも入っていました。

注文が増え、グループの女性たちは50人以上になりました。刺繍をする人が増えましたが、縫製をする人は技術習得が難しいために増えていません。刺繍も技術によって作れるものが異なります。刺繍用の格子のある布ではなく綿布に直接刺繍するエプロンには高い技術が必要です。

今回、商品をその場でチェックし、問題がある部分をその場で直してもらいました。刺繍はとても綺麗なのですが、縫い目が落ちていたりと縫製ミスが時々あります。「日本では、みんなあなたみたいに細かく見るの?」と驚かれましたが「(問題があれば)使っているうちに、ほつれてきてしまう」ということを伝えました。

パレスチナの刺繍団体の中では、技術・センスともピカイチのイドナ女性組合ですが、課題もあります。訪問時には、商品が出来上がった後の仕上げの洗濯(水に浸ける)に難があったものがあり、原因と対策を話し合っていました。

イドナ女性組合がしっかりしている分、援助団体からモノの寄付が多いのも問題のようでした。メンバーが必要なものを必要なときに考えて買うのではなく、モノが届いてしまう。いま、自立のためには、新しいコンピューターが必要なのか。それとも、例えば、いいアイロンが必要なのか…。検討する間もなくコンピューターが届いてしまいます。

また、ヨルダン川西岸各地で刺繍団体が増えていることも気になりました。売れるとなると、みんながこぞって同じことを始める。これでは、イドナのように技術があるところの他は、いずれ難しくなると感じました。

一時期多かった、イスラエル軍によるイドナ村の封鎖はいまはほとんどありません。村を眺めているだけでは何の問題もなさそうです。ところが、ちょっと話を聞くと「今日は近所のお店にイスラエル軍が踏み込んだ」。センターの近くにパレスチナ国旗が多く飾られたイベント会場があったので、何かの式典かと思えば「イスラエルの刑務所に4年入っていた村人が今日、帰ってくるんだ」といった具合です。

 

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