『ぜいとぅーん』30号(2007.10.4発行)


分離壁(隔離壁)

 イスラエルが「安全のため」という名目で2002年から建設している分離壁は、実際には、パレスチナを分断し、土地と水源を奪い、パレスチナ人のヒトとモノの移動をコントロールしています。  2004年に来日し、『ぜいとぅーん』19号で紹介した、トゥルカレムのファエズさんを訪ねました。 (パレスチナの平和を考える会編『パレスチナ農民が語る「隔離壁」が奪ったもの ファエズ・タネブさん講演録』

ファエズさん(写真)は、トゥルカレムで農業を営んでいますが、隔離壁の建設によって農地の7割を失いました。畑が破壊され、分離壁とイスラエル軍のパトロール用道路になってしまったのです。

いま、残りの農地で、クーサ(ズッキーニの仲間)、トマト、ナス、きゅうり、さやいんげんなどを育てています。日差しの強い中、朝早くから夜遅くまで畑にいます(暑さのため、昼に休憩を挟みますが)。私も、数時間クーサの収穫に加わりましたが、それだけでぐったりです。

オスロ合意前、トゥルカレムには、イスラエル人(パレスチナ系もユダヤ系も)が買い物に来ていました。(やはりグリーンライン沿いで商店が栄えていたナズラット・イーサ村は、2003年に120もの商店と建物が破壊されました。)いまは、分離壁や検問所に阻まれているため、買い物客は来なくなりました。また、数多くの検問所のため、トゥルカレムの野菜をヨルダン川西岸各地に販売することも難しくなりました。検問所で待たされ、野菜が腐ってしまうこともよくあります。もともと、トゥルカレム、カルキリヤ近辺は水が豊富なため、農業地帯なのですが、いまはトゥルカレムの農民は野菜をトゥルカレム市場にしか売れません。市場(しじょう)が小さいので、野菜の値段が下がり続けています。

一箱が18〜20キロの箱で市場に売りますが「5シェケル(約140円)なんてときにはやってられない」と言います。ひどいときはナスが一箱2シェケル(約55円)。いまは、クーサがいい値段で一箱30シェケル(約840円)。カリフラワーが9シェケル(約250円)と言われ売るのを止めていました。「これでは育てる水代より安い」(八百屋さんでの小売値はこの1.4倍くらいになります) パレスチナの物価は日本とたいして変わらないので、生活の厳しさが想像できます。たとえば、保育園は公立のものがなく、ひと月150シェケル(約4200円)と聞きました。

ファエズさんは、農地で忙しく働く一方で、ストップ・ザ・ウォール・キャンペーンのメンバーとして活動しています。オランダのハーグで行なわれた「壁」建設を問う国際司法裁判所の公聴会にも参加しています。(2004年に国際司法裁判所は建設の中止と撤去、建設により被害を受けたパレスチナ人への補償を求める勧告を出しましたが、法的拘束力はなく、イスラエルは建設を続けています)。妻のモナさん(表紙写真)もトゥルカレムの女性クラブのリーダーとして活動しています。

北部の水源地帯から建設が始まった分離壁は伸び続け、現在はエルサレム周辺でくねくねに入り組んだ壁が建設され、そちらが焦点になっているため、トゥルカレムへの活動家の訪問は減っているそうです。

11月末〜12月初めには、パレスチナの平和を考える会の招聘でストップ・ザ・ウォール・キャンペーンの他のメンバーが来日、各地で講演予定です(詳しくは、次号の通信でお知らせします)。

検問所

パレスチナを訪問するたびにイスラエル軍の検問所のシステムが変わり、それに伴いパレスチナの交通網が変わります。ヨルダン川西岸地区では、現在、大小数百の検問所の他、エルサレム〜ベツレヘムの間、エルサレム〜ラマッラーの間、ラマッラー〜ナーブルス、トゥルカレム方面の分岐点などに巨大検問所ができ、分離壁が伸び、イスラエルにとってコントロールしやすく、よりシステマティックになった印象を受けました。

いままで、直通ならエルサレムから車で30分程のラマッラーに行くのに、いったんカランディア検問所でバスや乗り合いタクシーを降り、検問所を抜けてから別の乗り合いタクシーを拾っていました。今回は、バスから乗客が(パレスチナ人だけ!) いったん降りて検問所を通っている間、同じバスが検問所を抜けた先で乗客を待っていました。外国人である私は、イスラエル兵にパスポートを見せただけでバスの中で待っていました。巨大検問所の中を見ることができなかったのです。

多くの検問所はやはり歩いて通ります。トゥルカレムからナーブルスに行く途中、ベイト・イーバの検問所でイスラエル兵にパスポートを見せたところ、50cmの至近距離で機関銃の銃口を胸に突きつけられ「フィリピン人だろう」と言われました。一瞬何が言いたいのか分かりませんでしたが、フィリピンの人に失礼な/差別的な発言です。イスラエルでは、中国、フィリピン、タイなどアジアからの外国人労働者が増えていますが、彼らに対するイスラエル人の差別意識が見えます。

検問所などにより、職場と家の行き来が難しい人もいます。友人がこんなことを教えてくれました。「私の友人の夫はジェリコで働いて、週末だけラマッラー近郊の自宅に帰ってくる。こういうのを最近『パートタイム婚』って言うの。」 日本で言う「単身赴任」でしょうが、家族を大事にするパレスチナで、土地、親族、家族の分断がますます進んでいます。

 

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