『ぜいとぅーん』33号(2008.6.21発行)


パレスチナの破滅から60年/イスラエル建国から60年

新シーズンのオリーブオイルの入荷後、多くのご注文を頂きました。「ガリラヤのシンディアナ」に追加注文も出すことができ、シンディアナの女性たちも喜んでいました(農作物ですので、急な注文には現地で対応できないことも多いのですが)。

シンディアナの関連団体マアン(パレスチナ人労働者のための団体)を通じて職を得たガリラヤ地方の村の女性が「マアンのプログラムに参加するようになり、自信が持てるようになった。村の女性200人がマアンを通じて職を得ることができ、村の雰囲気まで変わってきた」と言っている、とも聞きました。

しかし「ナクバ」から60年の現実はまだなかなか変わっていないどころか、人々の生活はますます追い込まれています。

2008年5月

1948年の5月にユダヤ人国家としてイスラエルの建国が宣言されてから、今年の5月15日でちょうど60年になりました。イスラエル側では、ブッシュ大統領など世界各国から来賓を迎え、盛大な式典が開かれ、また日本を含む世界各地でさまざまな祝祭がもたれました。

しかしパレスチナ人たちにとっては、自分たちの土地の70%が奪われ、約500の村が破壊され、約100万人の難民が発生した「大災厄」(アラビア語で「ナクバ」)から60年を想起する日です。パレスチナ自治区だけでなく、世界各地で「ナクバ60年」を想起するたくさんのデモや集会、アート展などが行なわれました。ヨルダン川西岸地区のカルキリヤ、ナーブルスではデモに対してイスラエル軍の攻撃もありました。

イスラエル国籍のパレスチナ人たちも、イスラエル内で「ナクバ」を想起するデモや集会を行ないました。しかし、そうしたイベントに対しては、イスラエルの裁判所が開催中止を勧告したり、あるいはイスラエル警察がデモ参加者に暴行を加えたりといった、あからさまな妨害活動が見られました。また、イスラエルの政治家たちからも、「もう建国60年だというのに、『ナクバ』だとか聞かせられるのは、もううんざりだ」といったような発言がなされて、国内のパレスチナ人の存在を「厄介視」する傾向が高まっているのが感じられます。

彼らはイスラエル建国以前からその場所に住み続けた人たちです。しかも、彼らの半数が元々住んでいた村や町を追い出されてイスラエル領内に残ることになった国内難民です。

先住民であるパレスチナ人に対して、逆に「温情的に居させてやっているにもかかわらず、主人に歯向かうのか。それなら出ていくがいい」という論調です。60年を区切りに、「パレスチナ人を一掃しよう」という風潮が強まることが懸念されます。

ナクバとは

ヨーロッパのユダヤ人の民族主義者たちは、「ユダヤ人のためだけの国家」を求めてパレスチナの土地へ組織的移民運動を展開。19世紀末からイギリス委任統治期(第1次世界大戦後1920〜1948年)にかけて、大規模に入植村を発展させて、土地の乗っ取りを画策しました。そして、イギリスが委任統治を終了すると同時に「ユダヤ人国家」としてイスラエルの建国を宣言したのです。

ですから、60年前に突然悲劇が起こったわけではなく、100年以上の歴史を考えなくてはならないのですが、政治的・象徴的な区切りとして1948年はイスラエル・パレスチナの双方から、それぞれに重視されています。

 

通信目次へ