『ぜいとぅーん』34号(2008.10.7発行)


新刊紹介

ヤスミナ・カドラ『テロル』(藤本優子訳、早川書房、2007年)

ネオミ・シーハブ・ナイ『ハビービー 私のパレスチナ』(小泉純一訳、北星社、2008年)

パレスチナを舞台にした最近の二冊の小説です。どちらも男女のカップル(夫婦/恋人)を描いています。でも、ひとつは悲観的、もうひとつは楽観的。

『テロル』は、ヨルダン川西岸地区(パレスチナ自治区)出身でイスラエルに「帰化」しテルアビブに住むパレスチナ人男性医師が主人公。その妻は、イスラエル北部ガリラヤ地方のパレスチナ人の村、コフル・カンナ(シンディアナの事務所倉庫があるところ!)出身という設定です。

その妻が、夫の知らないうちにパレスチナの武装グループに関わり、テルアビブで自爆してしまう。裕福で地位もある生活で、政治的でも宗教的でもなかった妻が、なぜ突然に。理解できない夫は、自分の足で西岸地区とガリラヤを歩き親族を訪ね、生前の妻の足跡を辿ります。そこで夫が直面したのは、自分が捨て去った故郷の現実でした・・・

時代背景は、年号の明記はありませんが、ジェニン難民キャンプへの大規模侵攻のことなどが書かれてあるので、2002年頃と思われます。しかし、それにしては、登場人物らがあまりに自在にイスラエルとパレスチナの西岸地区のあいだを、そして西岸地区内部の各都市のあいだを移動しているのが気になりました。第二次インティファーダが勃発したのが2000年であり、西岸地区はすでにイスラエル軍の検問所で寸断されていたにもかかわらず、検問所は一つも登場していません。

その点を除けば、いろいろ考えさせられることの多い小説だと思います。

『ハビービー 私のパレスチナ』は、アメリカ系パレスチナ人女性の著者の体験をもとにした小説。著者はアメリカに移住したパレスチナ人の父親とアメリカ人の母親を両親にもち、14歳頃だった1966〜67年にかけて一家でパレスチナ・エルサレム郊外に移住した経験があります。

この小説の主人公も、同じ家族構成と年齢の少女です。アメリカとアラブ・パレスチナとのあいだの文化ギャップで戸惑う少女の視点と、素朴でいたずらっぽい語り口が印象的。また、詳細なパレスチナの食べ物の描写や、日常的なアラビア語表現や、エルサレム内外の実在する地名・固有名などは、現地を知る人間にとっては、情景をありありと思い浮かべることができるし、現地を知らない人にとっても、五感に訴える具体的記述が楽しめます。

物語の核心部分は、少女がユダヤ人の少年と恋に落ちるところ。双方の家族が、二人のことを心配し、もっと慎重になるように注意します。しかし二人は、お互いが心を開き合って信頼できれば、アラブ人もユダヤ人も分け隔てなくつき合えるはずだと、曇りのない純粋さでもって、周囲の不安を払拭します。

やや楽観的にすぎるこの設定は、1993年のオスロ合意後、2000年からの第2次インティファーダの前に書かれた小説だからでしょうか(原著は97年)。アラブ人の少女とユダヤ人の少年のカップルというのも、いかにもオスロ合意直後の雰囲気を反映しています。

しかし、占領の問題など何一つ解決できないまま和平プロセスは崩壊しました。著者は現時点であれば、どういう物語を編み出すでしょうか。(早尾)

 

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