『ぜいとぅーん』35号(2009.2.6発行)


ヨルダン渓谷

2007年末に来日したファトヒ・クデイラートさんの活動に同行して、ヨルダン川渓谷地帯を訪問しました。この地域は、日本政府が「平和と繁栄の回廊」構想プロジェクトを行なっているところで、これまで『ぜいとぅーん』でも問題を指摘してきました。(詳しくは、「パレスチナ情報センター」のサイトをご覧下さい。)

ヨルダン川渓谷地帯は軍事的にも行政的にもイスラエルの管理下にあります。建物建築も修復も禁じられています。また5ヶ所ある検問所も他の地域より通行が厳しく、原則、ヨルダン川渓谷地域の住民IDを持っている人しか通れません(特に運転手)。

今回は、ベドウィンに薪を配るプロジェクトと困窮家庭の家屋修復を行なっていました。家屋修復は、イスラエルに禁止されているので、海外の援助団体を説得するのに3年かかったそうです。ただ、日本政府のプロジェクトが始まってから、海外の多くの団体が渓谷地帯から撤退しました。

学校建設も禁じられていますが、既に一つ学校を作りました(イスラエルから破壊警告を受けていますが国際的批判もあり破壊は免れています)。そして、ベドウィンコミュニティのため、さらに新しい学校を作ろうと、1日であちこち回り、いくつものミーティングを行なっていました(現在、この地域には小中学校がなく、子どもたちは7キロ離れた学校に歩いて通っています)。イスラエルから許可は出ないものの、学校を作ったらパレスチナ自治政府から学校の先生を派遣してもらえることになったそうです。テントや青空の下でのミーティングでとても気持ちが良かった!

ベドウィンコミュニティには、水も電気もありません。井戸を掘ったり電気を通したりすることをイスラエルに禁じられているのです。イスラエル人入植者用の電線も水道管も近くを通っているのに。訪問前は学校建設が優先事項なのかピンと来なかったのですが、ミーティングの様子を見ていると、学校をつくるということがコミュニティの力を強くするということがわかりました。

ベドウィンのある家族のところでは、お客様に出すため、羊を屠り、料理するところまで、裏方を見せてもらいました。お肉になるまで30分くらい、あっという間でした。

その間もベドウィンの家族は本当に絶えず仕事をしていました。家畜にえさをやったり、水をタンクから運んだり、ヨーグルトを作ったり。でも、合間を見て話していたら、働きっぱなしで家を守る「伝統的な女性」に見えた女の子が、定時制大学の医学部の1年生(17歳)、とわかり驚きました。家の仕事と勉強の両立は大変、と言っていましたが。パレスチナらしい感じがしました。(写真:水タンクで水を購入。全ての生活用水)

この地域は、もともと農業地帯ですが、いまは、ユダヤ人入植地の青々とした畑が広がり、水も土地も奪われて不十分なパレスチナ人が、ユダヤ人農地で働いています。トゥバースに住むある人は、故郷バルダラ村に農地を持っているが、バルダラ近郊のユダヤ人のナツメヤシ農地で働いているそうです。わずかな自分たちの土地で野菜を作っても販路がありません。近郊の町ジェリコでは主産業が農業なので競争となり売れません。ナーブルス、ジェニンに売るには検問所で時間を取られるし交通費もかかります。結局、イスラエル人の仲買人がたまに来るときに、相手の言い値で売るしかありません。

今回、乗り合いタクシー(主要な交通手段)で、ジェリコからトゥバースに向かうとき、もう日も暮れていたため、ハムラ検問所で30分しか待たされませんでした。通常は2時間以上待たされたりすることのある検問所なので、ラッキー!と思いましたが、後から、本当は検問所がないのが当たり前なのに、喜んでしまう自分の感覚が麻痺していることに気がつきました。

 

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