『ぜいとぅーん』35号(2009.2.6発行)


どの生産者団体も、世界不況の影響を受けていました。

ナーブルス石けん工場

いつも何かしら新しいことをしている工場長のマジュタバさん。18種類の石けんを完成し、工場のスペース拡張、事務所の改造、リーフレット、ウェブサイト、など何もかも揃っていました。でも、注文がなく、いま、月に6〜7日しか操業できていません。訪問したときも、工場長のマジュタバさんが一人で事務仕事をしていましたが、工場は操業せず、他の職人さんたちは来ていませんでした。

妹のスハさんが離婚してナーブルスに戻り、工場を手伝い始めて、仕事が進んだこともよく分かりました。彼女はコンピューターが得意なのです。あちこちにメールを出して、国際機関や援助団体が工場を訪問することもあったそうです。しかし、資金援助で設備拡張はできても注文があるわけではありません。各国の市場も調べ、ネットで宣伝もしているため問い合わせもあるそうですが、価格や場所の為に注文にはつながらず。「日本は自然石けんのとてもよい市場だそうじゃないか!」とプレッシャーをかけられてしまいました。

ナーブルスは古くからオリーブ石けんで有名で、20以上の工場があったのですが、とうとうマジュタバさんの石けん工場を含めて3工場になってしまいました。いま、マジュタバさんの工場で働いている職人さんの一人も、もともと自分の石けん工場を持っていたのですが閉鎖したそうです。一方、エルサレムに新しい石けん工場が作られ、また、石けんプロジェクトも各地で進んでいます。一番売れているものは、(イスラエル企業を通じて入ってくる)中国製の安い石けんです。西岸地区北部にあり、他の地域より厳しい封鎖を受け、検問所に囲まれているナーブルスが、中部や南部の市場と切り離されている現状が固定化されつつあります。また、ラマッラー、つまりアッバス大統領とファイヤード内閣の人々の周りにのみ、お金が流れ込んでいる状況です。西岸地区では公共工事なのでしょう、道路補修が始まっています。

ナーブルスと石けん工場の間にある検問所が初めて人の移動に対してノーチェックになりました。2005年までは軍事封鎖地域。それ以降は、検問所があって一人一人がチェックを受けていたため、5分で通れることも2時間かかることもありました。それが、訪問の3週間前(ガザ空爆の2週間前)から、検問所はそのままでイスラエル兵も常駐しているけれど、チェックなしになったのです。もちろん、いつでも再開の可能性がありますが。

西岸地区全体でも、今回、人の移動に対して、検問はいつもよりは緩く感じました。しかし、生産物の移動はより厳しくなっているようです。エルサレム近郊の人からは、西岸地区のものを仕入れて売るだけでなく、買い物してくるのも違法になった(まだ取り締まりは厳しくない)と聞きました。また、シンディアナからは、西岸地区の生産物を輸出用にイスラエル側に持ってくる場合には、税関からの輸出登録や通関業者からのコンテナ予約などの書類を用意しなければならない、と聞きました。

ところで、西岸地区では、ちょうど小学生から大学生までテスト期間の真っ最中でした。マジュタバさんの双子の子どもたち(11歳)も、難しそうな英語の教科書を勉強していました。文法の教科書も全て英語でのみ説明してあります。ガザ攻撃のニュースが毎日続く中、勉強に集中しにくい状況ですが、どこの家でもテスト勉強をしていました。

イドナ女性組合

イドナ村女性組合で働くのは中心スタッフ3人と刺繍や縫製を行なう人48人。徐々に大きくなっていたイドナ村女性組合ですが、ここ数年はほぼ横ばいです。不況の影響なのか、値上げの影響なのか、ちょうど私が訪問した12日に一つ注文が来るまで、12月1月の1ヶ月半は全く注文がなかったそうです。

中心スタッフのナイームさんとサーディーンさんは週5日センターで働いています。技術チーフで、昨年5月に出産したヌハさんは週3日、赤ちゃんと一緒に近くの村から通っています。「育児と仕事の両立は問題ない」と言っていました。他の女性たちは材料をセンターに取りにきて家で刺繍をします。昨年からヌハさんがEメールを使えるようになりましたが、電話回線でネットを繋いでいるので画像などを送るのは他の人に頼んでいます。

布や糸などほとんどの材料をヘブロンという近くの町から購入しています。たまにベツレヘム、ラマッラーまで出かけることもあるそうです。ただ、ラマッラーは種類は多いけれども高い。最近さらに値上がりしています。直線距離では45kmのラマッラーに行くのに、ワディ・ナール検問所を通り乗り合いタクシー(主要な交通手段)で3時間かかります。

綿布はエルサレムの綿工場から買っていますが、エルサレムに行く許可証が出ないので、直接受け取ることはできません。逆にエルサレムの団体に商品を出荷するのも、受け渡しが難しく、相変わらず困難が続いています。

イドナ女性組合は、設立当初から、縫製の専門家である水本敏子さんがかかわっていて、新製品開発などは、水本さんとヌハさんが相談しながらやっています。水本さんは、自分がいなくても女性たちが自立できるようにするのが本来の支援だという立場で接しています。しかし、検問所に遮られてあちこち行くことのできない女性たちが、海外で売れるものを考えていくのは大変です。

エプロンの柄と同じテーブルミニクロスと大きいサイズの巾着を新たにお願いしてきました。こんなものが欲しい、というリクエストがあればお寄せください!

「私たちは大丈夫。ガザのことはとても悲しい。小さい子どもも亡くなっている。悲劇だ。」代表のナイームさんが言いました。この言葉は他でも聞きました。しかし、西岸地区の状況が改善されているわけではありません。「大丈夫」「普通よ」という言葉を私がそのまま聞いてはいけないな、と思います。

新商品(ポシェット):予約受付中。お問い合わせください。

綿工場

エプロンやテーブルマットの無漂白の綿布を作っている工場を訪ねました。エルサレム旧市街の一画にあります。工場と言っても広い一部屋に小規模な機械が並んでいます。訪問を約束した日が、ガザ攻撃に対しての抗議でエルサレムと西岸全域でストライキになってしまったため操業していませんでしたが、通常は16人以上が働いているそうです。

代表のファーリスさんの祖父がイスラエル「建国」によって、マジダル・アシュケロンからエルサレムに追われ、それ以来ずっと綿布を作り、地元市場で販売しているそうです。

 

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