『ぜいとぅーん』35号(2009.2.6発行)


ガリラヤのシンディアナ

事務所倉庫では、いま2人のユダヤ人スタッフと5人のパレスチナ人スタッフが働いています(1人育休中)。もう一人増やすことを考えているそうです。

ハナーンさん(36歳)がチーフになっていました。大学進学の資金を貯めるために働いていたドゥーリーンさんは、1年間働いた後に大学生になりました。代わりにもう一人のハナーン(18歳)がやはり大学に行きたいと働いていました。他の女性はみな子どものいる人たちです。働いている女性たちの夫や父親は、ラムレやテルアビブで建設労働をしています。ガリラヤ地方からは何時間もかかり移動コストもかかるため週末だけ家族と過ごすという生活です。(建設労働は仕事のあるときとないときがあります。また、中国など外国人労働者の雇用も増えています。)

シンディアナでは、講師を招いて月1回の品質向上セミナー(衛生・品質管理強化)を行なっています。全員が参加することは、仕事への意欲向上にもつながっているようです。

訪問した時、アベッドさんがデイル・ハンナ村とラーミ村からオリーブオイルを運んできたところでした。今シーズン最後に収穫したものです。離れた場所のオイルを運んだので「ミッション・インポッシブル!」と笑っていました。いま、デイル・ハンナ村のアベッドさんが約20世帯、アーラ村のムギーラさんが約10世帯、イクサール村のハデルさんが約10世帯のオリーブ栽培をまとめています。アベッドさんは、農業の専門家で農業だけで食べていきたいと思い続けながら実際には難しく、ラーミ村の農業学校の先生もしながら農業をしています。

さて、今回はオリーブのボトル詰めを見たい、というタイミングで訪問の予定を立てていったのですが、ちょうど、蓋閉め機械を修理に出しているところでした。

パレスチナ・オリーブ向けのオリーブオイルは、これから寝かせて澱を沈ませてから出荷、4月末にお届け予定です。(後日註:5月になりそうです)

シンディアナのいまの課題の一つとして、マーケティングやPRに必要な人を雇いたいけれど、パレスチナ女性で英語ができる人を探すのがなかなか難しい、と言っていました。イスラエル内のパレスチナ人たちは母語のアラビア語の読み書きの他、ユダヤ人の使うヘブライ語の読み書きができて、さらに英語も、、、となると大変です。

このほか、コフル・マンダ村のバスケットのプロジェクトも訪問しました。昨シーズン、オリーブの枝で編んだカゴは少量仕入れ、すぐに売り切れてしまいました。カゴに使うオリーブの枝は1年目の枝で、夏の終わり〜秋冬に集めます。ちょうどいいものを見つけるのが難しいそうです。また、ナツメヤシで編んだカゴについては、初めはサンプル通りに編んでいましたが、最近は、個性を出して編むよう勧めているそうです。尻込みしてしまう人もいるそうですが、付加価値をつけるため、発展の方向の一つだと思います。

不況の影響

世界不況のため、ヨーロッパのフェアトレード団体から注文のキャンセルがいくつか出ているそうで、驚きました。ある団体は、アーモンド8000袋の袋詰め、ラベル貼りまで終わったところでキャンセル。他の団体はオリーブオイル2トンの注文をキャンセル。農産物ですから、収穫のときにはおよその注文量の把握が必要で、予定していた注文のキャンセルは大変なことです。「パレスチナ・オリーブは大丈夫なの?」と訊かれました。私たちも注文は収穫期前の9月頃で、金融不況の影響がこんなに日本の実体経済にも及ぶとはわかっていない時期でしたが、注文を減らす、という発想はありませんでした。シンディアナのような、マーケティング担当の人もいない小さな団体では困り果てることが目に見えているので。

昨シーズンから現地におけるオリーブオイル価格が大幅に上昇したためオリーブオイルは来春から値上げになりますが、今後ともよろしくお願いします!

ガザ攻撃への対応

ガリラヤ地方では、攻撃直後は、抗議するパレスチナ住民とイスラエル警察の「衝突」があったそうで、1月2日には、ガリラヤ各地、各派のパレスチナ人たちが集まってサフニーン村で10万人規模のデモがありました。私が訪問したときには「衝突」はなくなっていましたが、ガリラヤの村の内部では、毎週金曜日にデモがあると聞きました。そして、シンディアナの事務所/倉庫のあるコフル・カナでも多くの人がハッタをつけているのを見かけました。

3日には、テルアビブで、攻撃に反対するユダヤ人とイスラエル内のパレスチナ人が一緒の1万人規模のデモがあり、グッシュシャローム(パレスチナ独立を支持するシオニスト左派)など約20団体が参加、シンディアナやマアン(パレスチナ労働者のための団体でシンディアナの協力団体)のスタッフも参加しました。(写真:ヤーファに住むマアンのパレスチナ人スタッフのアスマさん。臨月のお腹で呼びかけ中)

しかし、イスラエルのユダヤ人の中では、ガザ攻撃への支持が9割近く。一応、左派系の新聞紙「ハアレツ」でも、数人の記者をのぞいて、賛成一色という状態でした。

戦争に反対する詩や絵を使った小冊子を作るために最初に持っていった印刷屋さんでは印刷を拒否されてしまったそうです。

1月の3週目になると、「ハアレツ」でも一部の論調が変わってきました。10日には、ピース・ナウ(労働党支持のシオニスト団体)が初めてデモを行ないました。新聞でも「そろそろ十分痛めつけたのではないか。ピース・ナウも反対し始めたしイスラエルの世論が割れないうちに止めた方がいい」と。また、17日頃には、イスラエルの人権団体が、ハアレツ(ヘブライ語版)の一面全部を使って、ガザで殺された数十人の子どもたちの住んでいた場所と名前、年齢を並べた、攻撃終結を求めるアピール広告を出していました。

ハイファはユダヤ系イスラエル人とパレスチナ系イスラエル人の両方が暮らす町です。毎週金曜日にウィメン・イン・ブラックなどの人たちがデモをしています。16日の参加者は数十人でした。17日夜にもデモがあるが、参加者は60人くらいだろうと聞きました。西エルサレム、テルアビブ、ハイファと見た場所は少ないですが、イスラエルの町は普段と全く変わらないように見えました。

選挙

2月10日はクネセト(イスラエルの国会)選挙です。イスラエル国内のパレスチナ人の投票率は毎回低く半分程度ですが、今回はもっと下がるだろうと言われています。また、中央選管が「イスラエル国家に敵対する要素がある」とアラブ政党の選挙参加を禁止する決定を出しましたが、裁判所で覆りました。

 

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