俺は何てことをしてしまったんだ!--100人もの兵士たちが〈インティファーダ症候群〉で治療を受ける--

署名:エイタン・ラビン〔Eitan Rabin〕
出典:マアリヴ〔Ma'ariv〕紙(2002年11月5日付)


岡田剛士さんの翻訳を掲載させていただいています

【出典と断り書き】

メーリング・リスト[New Profile]では、11月8日付でDorothy Naorさんが、[The Other Israel]のメーリングリストから記事を転送。[Al-Awda]では、同8日付でElana Wesleyさんが、これと多分同じ英訳を転送していた。

さらに[Al-Awda]11月13日付でNicole Cohen-Addadさんが、[JewishPeace News(JPN)]という別のメーリング・リストから転送した。このJPNのものは、アーダム・ケラー〔Adam Keller〕さんとソル・サルベ〔SolSalbe〕さんが英語に翻訳したと記されているテキストだが、8日付の英訳よりも長い。多分、一部「中略」としてあった部分を追加で英訳したり、若干いくつかの翻訳を手直ししたもののようだ。

以下の日本語訳はJPN版をもとに岡田剛士が行い、最初に「パレスチナの平和を考える会」が運営するML「パレスチナ・フォーラム」に投稿したものです。


 

深い精神的危機に苦しむ元戦闘兵士たちを治療するための特別な「リハビリ村」が設置されており、こうした人々100人が今も治療を続けている。悪夢に苦しむ者、軍事作戦の失敗という事態に対処することができない者、市民に危害を加えてしまう者などがいるのだ。エリート部隊から退役した、こうした兵士たちが、カエサリヤ近郊にある「イズウン〔Izun〕」リハビリ村で。7人の予備役将校たちをも含む職員によって、治療を受けている。このリハビリ・プロジェクトは、新しい国防大臣の妻、オリット・モファズからの支援を受けており、元兵士の親たちからの資金協力をも得ている。今日も新たに4人の患者が入院することになっているが、それはドゥヴデヴァン〔Duvdevan/アラブ人に変装して逮捕や暗殺を実行する特殊部隊――この新聞記事の英訳者であるソル・サルベ[Sol Salbe]による注〕部隊の元隊員たちだ。

入院している人々は、精鋭のエリート部隊に熱意に溢れて参加していた。3年以上にわたって任務に就き、インティファーダのもっとも厳しい戦闘を戦ってきた。しかし、それゆえに彼らは、パレスチナ人の市民・住民たちとも立ち向かわざるを得なかったのだ。彼らが除隊した後になって、様々な問題点が明らかになってきた。それは個人的な諸問題や危機、あるいは自らに対する叱責の念、などである。こうした症状の強烈さは驚くほどだ。彼らの多くは極東にバックパック旅行に出かけ、その地でヘロインやコカインなどのようなハード・ドラッグを含む麻薬中毒になっている。中には、自殺しようとした者もいる。

こうした難しい状況に直面して、元戦闘指令で、ソーシャルワーカーの訓練も受けている予備役中佐のオムリ・フリシュ〔Omri Frish〕は、この「バックパッカー兵士」たちの問題の解決に乗り出した。そして彼と他の元将校たちが、カエサリヤの近くに「イズウン」リハビリ村を設立したのだった。その目的とは、インドやタイ、その他の場所から、フリシュの表現によれば「完全な自己崩壊、無感情の状態にあり、現実を全く把握することができなくなっている」状態で帰国したバックパッカーたちを収容して、治療することだ。

フリシュは、「1年8ヶ月前に取り組み始めたときに、私たちは麻薬常習者へと堕してしまったバックパッカーたちを治療するつもりだったんです」と言う。「でも私たちはすぐに、この困難な諸問題というのが実は除隊した兵士たちの問題なのだということを発見したのです。それで私たちは、インドから戻ってきたとか、海外に行かなかったとかに関わりなく、危機的な状態にある全ての元戦闘兵士たちの症例を取り上げることにしました。私たちは、かかってきた電話の数に仰天させられました。麻薬中毒になってしまった、自殺しようとする、そしてほとんどの場合には感情的な悩みなど、息子たちの非常に痛ましい状態を抱えた親たちから、900件以上の電話を受けたのです。こうした若者たちの多くは、サイェレート・マトゥカル〔Sayeret Matkal〕、海軍奇襲部隊、ドゥヴデヴァン〔Duvdevan〕そしてドゥヒファート〔Duchifat〕などの、非常に有名なエリート部隊の退役兵士たちでした。」

自分をさいなむ

こうした兵士たちの相談の中で明らかになってきた主要な問題点の一つが、インティファーダなのです。「兵士たちは、自らが行ったパレスチナ人たちに対する虐待やひどい行い、屈辱を与えたりバカにしたりといった行為ゆえに、突然に泣き出し、自分を責めるのです。除隊した後になって、彼ら自らの行為の映像は、ノンストップ映画のように、彼らの心の中に映し出され続けているのです。すると、こうした兵士――『ランボー』などとニックネームで呼ばれていたタフな戦士だったのですが――は、インドへ出かけます。その地で彼は、別の現実、静かで平穏な状況を経験します。その後、帰国して、自分が何をしたのかに気が付くのです。現実から逃れようと試み、ドラッグへと逃避し、そうして彼の人生は廃墟になってしまいます」と、リハビリ村の医師の一人は述べた。

兵士たちに起きている感情的な損傷を正確に類別することは困難だ。「厳密にシェルショック〔訳注:戦争神経症の一種〕だというのでは、ありません。同様に厳密なPTSD〔post-traumatic stress disorder/心的外傷後ストレス障害〕でもないのです。実に強烈な精神的危機状態であり、これは真の時限爆弾のようなものです」と、イスラエル国防軍〔IDF〕の上級将校は言う。

失敗に対する恐怖

明らかになってきた主要な問題点の一つ――とりわけエリート部隊の元兵士たちを治療するなかから明らかになってきたこと――は、失敗することに対する極度の不安だった。「こうした人々は、失敗する可能性を受け入れるほどにはタフではなかったのです。こうしたエリート部隊の兵士たちは、任務の失敗や90%の完遂などというのは平凡な部隊のやることなんだ、と教え込まれます」と、フリシュは言う。そして18歳、19歳あるいは20歳の若者は、こうした基準を信じ込むのです。もっと歳をとれば人は現実的になるのですが……でも、そのときには、もう遅すぎるんです。若者たちに失敗は絶対に許されないのだと教え、でも彼らは失敗を起こす。そして精神的に参ってしまうのです。彼らは感情的な危機を迎え、ドラッグに走る。ドラッグは、彼らが現実を整理し直すのを助ける点では、大きな長所があります。」

リハビリ村の職員たちが抱える主要な問題点の一つは、患者たちが、感情的に参ってしまうとか、泣いたり助けを求めることが、間違ったことだと強く感じていることだ。フリシュは、「兵士たちは、『私たちはスーパーマンなんだと教え込まれました。スーパーマンは助けを求めたりはしないんです』と、言うのです。そうして彼らは、自分には価値がないんだという、巨大な罪悪感と共に取り残されます。彼らの、その後の人生に、こうした感情がずっとつきまとってゆくのです」と、言う。

これまで3ヶ月間治療を受けてきた〔匿名の〕Sという元落下傘部隊兵士は、「私たちは〔パレスチナ人たちの〕あちこちの家に入ってゆきました。子供たちや老人が泣いているのを見ました。私たちは、彼らのTVセットに銃弾を撃ち込みました。最初は気の毒に思うなんてことは、ないんです。やるべき仕事を与えられて、それをやるだけです。でも、後になって自宅に戻ったときに、自分が一体何をやってしまったのか、理解し始めるのです。そのことに深く傷つくのです」と、述べた。

1年半で患者が80人

リハビリ村を開設して以降、数百人の親たちが自分の子供たちを治療してほしいとの要望を寄せてきた。現在は120人が治療を受けており、そのうちの約100人が退役兵士たちだ。「問題は深刻です。パレスチナ人たちを殺した兵士たち、間違えて仲間を殺してしまった兵士たち、プレッシャーが強すぎて失敗を起こした兵士たちが居ます。彼らは人生を見つめようとして、それでインドへ、東方へと旅をします。帰ってきた彼らに、私たちは問いかけます。『なぜ、あなたは、あんなことをしたのですか?』と問うと、彼らは『なぜなのかは、分からない。まるで自分の中に別のニンゲンが居るみたいだった』などと答えるのです」と、フリシュは言う。

サイェレートの将校の悲劇

「ハードドラッグ常習者へと堕してしまう兵士の割合は小さいです。でも、しばしば恐ろしい結果が待っています。2年間ずっとパレスチナ人と戦ってきた、サイェレート・マトゥカル〔SAS[イギリス軍の特殊部隊 Special AirService についての言及と思われる――訳注]と同様の、イスラエルの特殊軍部隊――この新聞記事の英訳者であるソル・サルベによる注〕の一人の将校の事例があります。彼は、除隊した後で、タイに旅行しました。彼は、〔占領した〕領土での自らの経験から逃れようとしていたのです。彼は、それに失敗して、麻薬中毒になりました。イスラエルに戻った彼は、深刻なコカイン常用者となったのです。両親が電話で相談してきて、彼を助けてほしいと依頼されました。私たちは同意して、彼は両親の付き添いのもとで治療を受けました。数日後に彼は、自室で死んで発見されました。その時まで、誰も死の理由を知らなかったのです。」

別の元兵士はラテンアメリカに旅行して、サボテンから作られるサン・ペドロというドラッグに夢中になった。彼は、このドラッグを飲み、12時間もテーブルの下に隠れた。何をしているのかと問われた彼は、「私は今、待ち伏せ作戦中なんだ」と答えたという。そして彼は、食べ物も飲み物も摂ることすら拒んで、「待ち伏せ作戦の間には飲んだり食べたりしてはいけないんだ」と言ったという。この男性はイスラエルに帰国して、今は仕事を探しながら、人生を再建しようとしている。

別の困難な事例は、インティファーダに対する軍務を終えたエリート部隊の兵士だった。彼はインドに旅行して、少しのLSDを摂り、瞑想するために洞窟に入った。すると突然、インティファーダの光景――ハマースやイスラーム聖戦に所属するテロリストたち――が彼の眼前に見えたという。彼は動揺と不安の発作に襲われ、続いて意気消沈してしまった。彼は両親の助けで、リハビリ村で治療を受けるために連れ戻された。

一日中自宅に閉じこもる

ドゥヴデヴァン特殊部隊〔パレスチナ人に変装して行う軍事作戦に特化している〕から、つい最近除隊したばかりの元兵士は、自分の経験を、こう語った。「私たちは、あちこちの家に入っていって、パレスチナ人たちと衝突しました。私たちは市民を殺しましたが、中には無実の人も居たのです。任務を実行するだけなのです。でも、そのことが後になって自分を傷つけることになるとは分からないのです。私たちは、任務は完了したと言われました。今の私は、自分が行った事柄のいくつかを後悔しています。一日中、ただ自宅で座って、子供向けのTVネットワークのアニメをずっと観ています。時々立ち上がって、自分の頭を壁に叩きつけます。働くこともできないし、誰も私と話したいという人も居ません。」

また別の兵士は、こう語る。「私は占領地で3年間従軍しました。私たちは何十人ものテロリストを殺しました。私は、友人たちが殺されるのも見ました。それで私は強い怒りを感じました。数ヶ月前に、私は両親の車を運転していました。誰かの車が、私の車を追い越して行って、それが私を怒らせました。私はその車を追いかけて捕まえ、ドアを開け、それから私は運転手をメチャメチャに殴ってしまったのです。」

ギヴァティ〔Givati〕兵士たちの苦しい体験

現在のインティファーダゆえの精神的なストレスに苦しんでいる何十人もの兵士たちに加えて、リハビリ村ではレバノンで従軍した兵士たちの治療も行っている。あるギヴァティ〔Givati/イスラエル国防軍[IDF]の旅団〕の兵士は、心理学者による治療を受けている。彼の話は、驚くべきものだった。「私は、今も戦闘行動用の携帯口糧を食べています。夜になるとオモチャの銃を手にとって、『ヒズブッラーのスパイたち』を撃ちます。真夜中に目を覚まして、ガールフレンドを殴ります。私はドラッグを飲もうともしましたが、両親が私を家のベッドに縛りつけました。こうしたトラウマを取り除くことができないのです。」この兵士は、3人の心理学者のチームによる治療を受け、今は大学で勉強している。

IDFは、こうした現象に気が付いている。しかし、対処することが困難だと考えているのだ。「私たちは追跡調査は、していません。インドの寺院のような場所で麻薬中毒になったり、感情的な悩みに苦しむような兵士たちの全てに対処することはできません。私たちは、悩み苦しむ兵士たちの困難な状況があることは認識しています。複数の支援グループが存在していますし、このリハビリ村の設立と、その価値ある活動は好ましいものであると思っています」と、ある上級将校は述べた。

最高教育将校のエラツァール・スターン准将は、悩み苦しむ兵士たちに気付いており、イズウン村も訪れたことがある。彼は、何であれ可能な支援を提供する、と約束した。このリハビリ村の支援者のなかには、新しい国防大臣シャウル・モファズの妻、オリットも含まれている。

イズウン村のプロジェクトに関係していて、兵士たちの苦しみを十分に理解している別の将校は、こう語る。「チクタクと動き続ける時限爆弾のようなものです。私は、インティファーダに負けて、ドラッグ、殴打、暴力、あるいは自分を抑えられない、などに悩み苦しみ続ける兵士たちの非常に深刻な事例を、いくつも知っています。なのに彼らを助けることは簡単ではないのです。私は、市民・住民たちと衝突した兵士たちについて言っているのです。除隊したときに、彼らは自分が間違っていたということに気付くのです。一種の自虐です。そういう兵士が名乗り出て支援を求めたら、私たちは最大限に支援しようとします。でも私たちには、こうした兵士たちのリストは持っていないのです。」

「私たちは、治療を求めて名乗り出て、自らの魂をさらけ出す準備ができているという元兵士たちのデータは持っています。私たちは、こうした人々を支援しようとします。けれども、他に何百人もの人々が、自らの人生には何の目的もないのだという感情を抱えて時を過ごしているのです。ドラッグや自殺までは、ほんの数歩の簡単な道です。私たちは、元兵士たちが悩み苦しんだ結果として犯罪行為に関与してしまうという可能性を懸念しています。」

一部隊の兵士たち全員が治療を受けざるを得なくなってしまったというケースは、一年半前にテロリストの大物、イヤード・バタートの抹殺に関係した兵士たちだった。

「最初、私たちは〔抹殺作戦の〕成功に幸せを感じ、また鼻高々でした。切り刻まれた死体の残りを前にして、ポーズを取りながら写真を撮りました。この人物の千切れた内臓を手にして笑っている者もいました。数週間後に突然、作戦将校がやって来て私たちを叱責し、これらの写真を手渡せと命令されました。将校は、それを私たちの目の前で燃やして、こんな写真を二度と撮ってはならないと警告したのです。

自分たちが何をしでかしたのかが分かり始めると、私たちはひどく動揺しました。その少し後に、私たちのうちの二人がパーティーに出かけて行って、そこでエクスタシー〔麻薬の一種〕の錠剤を大量に飲んだのです。二人は完璧に麻薬が効いた状態で基地に戻ってきました。私たちは二人から銃を取り上げて、精神科医がやって来て連れて行くまでの間、二人を部屋に閉じこめました。二人のうち一方は誰が誰なのかも全く分からない状態で、ずっと『ムハンマド! ムハンマド! ムハンマド!』と叫び続けていました。彼は完全にクレージーになってしまいました。インティファーダが彼をうち負かしたのです。」【後略】

 

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