「夏休みをどう過ごすか」

署名:ギデオン・レヴィ
出典:ハアレツマガジン(2003年7月25日付)


約100人の子どもたちがヤッタ村[ヘブロンの南]にあるゴミ集積所で夏休みを過ごした。日夜、彼らはトラックから落とされるガラクタを拾い集め、残飯を食べた。とくに彼らが気に入ったのは、兵士や軍が捨てるゴミだ。ゴミ回収トラックが入植地やイスラエル軍からヤッタ村の集積所に来れば、必ず喜びの声がすぐさま漏れ聞こえてくる。「シモン、シモン!」と子どもたちは興奮して叫ぶ。キリヤット・アルバア[ヘブロンに隣接する巨大な入植地]から来る[ゴミ回収トラックの]ドライバーを知っているのだ。シモンはエアコンの効いた運転室にいる。トラックがゆっくりとバックしてくるのを、子どもたちは輪をなして全方位から囲んで、その中身を手に入れようと待ちかまえている。歌いはじめる者さえもいる。「グリーン・カー、グリーン・カー、、、」。しかし、ここで子どもたちを楽しませるどんなものがあるというのだ?

子どもたちが適切な地点へとトラックを誘導する。「もうちょっと前、ちょっと後ろ」彼らはみな、トラックが完全に停止するのを待っている。そして待ちに待った瞬間がやってきた。トラックがその荷物を放出する。キリヤット・アルバアから出されたそのゴミは、ここで最も期待を持たせてくれるものだ。れらはひどい悪臭を発しているが、入植者らが出すゴミ袋の山は、ヤッタやサムア[ヤッタよりもさらに南]やヘブロンから出てくるゴミよりもはるかに豊かな宝庫になっている。ここでは本当の宝物が見つかる。錆びたランプ、壊れたパイプ、使い捨てホイルのフライパン、砕けたカーラジオ、古いスタン擲弾まである。そしてその中でも最高なのが、工業用冷蔵庫のモーターだ。

おじゃんになったモーターは、臭いの立つ腐った残飯にまみれている。でもこんなことでは、やっぱりゴミまみれになっている子どもたちはたじろいだりしない。三人がいっしょになって膨大なゴミの山からモーターを引っ張り出す。友だちらがうらやましそうにそれを見ている。こういうモーターは、錆びついた読書ランプ千個分くらいの重さがあって、ここでは鉄の重さでもって人生の価値が測られるものだから、このモーターは途方もない大発見だということになる。ちょっと時間がかかったけど、子どもたちは、重たいエンジンを引き上げてロバの背中に乗せて、そして見つからないように秘密の隠し場所にその宝物を持っていく。彼らは素手でその黒いエンジンを包み隠している残飯やゴミを拭き取る。そのあいだ、友だちらは新鮮なゴミを棒を使って徹底して調べ上げる。自分たちも幸運を手にするんだという希望を持って。とうとう彼らは入植地から来たトラックの中の掘り出し物に大当たりする。もちろんそれは、ヤッタ村から引っ張ってきたようなゴミではない。

前の日キリヤット・アルバアで、子どもたちはたくさんのスイカを食べて、『イディオット・アハロノート』紙をたくさん読んだ。だがこっちには大きな驚きがある。コシェル[ユダヤ教に則した食事]・ピザや農産物用の段ボール箱の中からは、本物の真鍮の弾丸が三つ見つかった。ここではもっとも貴重な金属だ。大きな、ほとんど空のコカコーラのボトルもある。ためらうことなく一人の男の子がごみの中から引っ張り出し、キャップを空け、中に残っているジュースを飲み干した。人生の味がした。

ヤッタ村のゴミ集積場は、占領地の中でもっとも低地にある。ここは、ある人にとってのゴミが別の人にとっての宝物になるという、人間の食物連鎖の到達点だ。これは、イッサ・ラバイと彼の友人らによるサマー・キャンプである。

アル・ファワール難民キャンプの人びとがキャンプからヘブロン工業地帯へと歩いて行こうとしているのを、一人の金髪の警察官が監視している。数台の入植者の車がバイパス道路を通り過ぎる。これは入植者しか使えない道路だ。この女性警官は装甲ジープの上から頭を突き出して、武器を通行人らに向けている。老人にも若者にも女性にも子どもにも。頻繁に彼女は武器の引き金に指をかけて、通行人に立ち止まれと命令している。このユダヤ人の女性警官が任務を終えて家に戻ったら、彼女は家族にどんな話をするのだろうか?

封鎖の緩和:アル・ファワール難民キャンプ[ヘブロンとヤッタ村の間にある]を包囲する土盛りバリケードは、いかなる車の出入りもすべて遮断してしまっているが、それがときおり動かされるようになった。こういうことが起きるのは、イスラエル軍が真夜中にやって来て、誰かの逮捕拘束をするときだ。そして、ただそのときだけブルドーザーが来て、険しく盛られた土のバリケードを動かしていくのである。そして任務が完了すると、兵士らはそのバリケードを定位置に戻して、出入り可能な唯一の道はまたしても泥だらけの小道を歩くしかないようにしていくのだ。老人だろうと病人だろうと出産間際の妊婦だろうと、そうするしかない。近くにあるベイト・ハガイ入植地のかわいらしい家からはまったく見事な風景が広がっており、そこからは人びとが炎天下をどこにいくにも歩かされているのが容易に見える。

アル・ファワールにあるUNRWAの女子学校で開かれたサマー・キャンプは、農業支援委員会が出資していて、黄色い帽子と白いTシャツの数十人の少女らがいくつかの課題に取り組んでいた。「アパルトヘイト・ウォール」という言葉が少女らのシャツに書き込まれている。男の子らがバラとオリーブを校庭に描いている。彼らも同じシャツを着ている。音楽教室もあって、ベートーベンを聴いている。白いシャツの中で、ハゲ頭で口髭の生えているのがマフムード・アブ・ワルダで、アラビア語と社会科の先生だ。そして彼は、1996年にイスラエルの18番の路線バスで自爆したマジディ・アブ・ワルダの父親でもある。この夏、マフムードはこのキャンプでカウンセラーをしている。午後には、キャンプでもう一つシフトがあって、それは「クルアーン普及センター」、つまりはハマースが出資している。60人の子どもたちが農業プログラムを学び、150人がイスラームを学んでいる。ケバブを食べ、果実のジュースを飲んで。キャンプに閉じこめられている難民の子どもたちの中でも、彼らはもっとも幸せな部類だ。

ここから15分ばかり離れたところにヤッタゴミ集積所がある。大勢の子どもたちがそこに集まった。軍無線局の帽子を見せびらかす子もいれば、キリヤット・マラヒ[テルアビブの南に位置するユダヤ人の町]・コミュニティセンターのTシャツを着ている子もいる。彼らはボロや古着を着て、その奇妙な組み合わせは悲しさと可笑しさの交錯を見せている。一つの帽子には、「ヘブロンよ、永遠に」とある。

最初のゴミ牽引車がサムア村からやって来る。でも、サムアからのゴミには何も面白味がない。ほんの数人の子どもだけが渋々とゴミの山に集まった。パレスチナ人のゴミはたいてい腐っていて食欲をそそらない。ほとんどがご飯粒と卵の殻とじゃがいもの皮と傷んだトマト、つまり主食品の残飯だ。ここにいる子どもたちにとって価値のあるものなんて何もない。金属も衣服も置物も。反対に、入植地ではもっとたくさんの物を投げ捨てる。イスラエル軍もそうだ。例えば、「IDF」[イスラエル国防軍]のロゴが入ったリチウム電池を使ったバッグとか。ところが、一人の子どもが、サムア村のゴミの中から何か掘り出し物にぶち当たった。錆びきって壊れた雨樋だ。

子どもたちの顔がすすで真っ黒だ。ゴミと彼らの衣服とどっちがより汚いのか区別がつかない。彼らは週末にだけ家につまりヤッタ村に帰る。シャワーを浴びてより人間らしいものを食べるために。さもなければ、子どもたちは日夜ずっとここに居続けることになってしまう。というのも、軍や入植地からのゴミトラックは夜にも時々到着するからだ。クーフィーヤやボロで顔を覆って悪臭を防ごうとしている者もいる。「裕福な」子で手袋をしたり、物をつかむ挟み道具や金属の棒を持つ者もいなくなはいが、圧倒的多数は素手でゴミ漁りをしている。

イッサ・ラバイは、ここのギャングのリーダーだ。そのリーダーシップはすぐに明らかになった。彼は命令を下し、ゴミの山に一番にありつく。右手には指が一本余分にあり、左手には銀の指輪をしている。彼は14歳で、ここで最年長の子ではないが、しかし自分がすでにそのような立場にあることを知っている。13歳で学校を去り、それ以来ずっとここにいる。彼の説明によると、ヤッタ村では、アルミニウム1キロあたり4シェケル、真鍮1キロあたり6シェケルもらえるが、アルミホイルのフライパンではキロあたり2シェケルにしかならない。イッサのようなリーダでさえも、ここでは一日で20シェケル以上稼ぐことはできない。たいていはそれ以下だ。

・・・以下省略

(早尾貴紀訳)

 

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