インチキの「入植地撤去」はもうやめろ

署名:ギデオン・レヴィ
出典:ハアレツマガジン(2003年6月22日付)


シャロン政権によって進められている西岸の仮設入植地[政府の許可を得ずにプレハブやキャンピングカーやバスを並べて土地の占領を狙ったもの]の撤去作業は、茶番劇に過ぎず、和平プロセスにとっては害悪になるだけだ。今すぐにでも、こんな見え透いたジェスチャーなどやめるべきだ。こんなものは百害あって一利なしで、そのダメージは計り知れないものだからだ。

このばかげた「立ち退き」パフォーマンスから何か得をする連中がいるとすれば、それはただシャロン首相と右派と入植者だけだ。そして敗者の側は、パレスチナ人と和平プロセスである。アメリカ人らは、この詐欺行為の全面的なパートナーであるが、ここで冷静さを取り戻して、このばかげた行為が和平には何の役にも立たないということに気づくべきである。

もし自分がパレスチナ人であったなら、さっさと[和平案に対して]「ノー・サンキュー」の宣言をしたことだろう。これは撤去でもなければ、信頼醸成の手段でもない。 むしろ、巨大な代償をともなう欺瞞なのだ。これは本物の入植地の撤去ではないし、また、より重要なことだが、入植者の排除でもないのだ。この茶番劇の中では、すべての俳優がルールを理解しており、ステージの上でその役割を演じているのだが、それはもっぱら、より大きな権力と同情を集めるためであって、政治交渉を進めるためではない。

この壮大な茶番の見せ物から得をする最初の人物は、もちろん首相である。また国民の半数は、再度「新しいシャロン」の登場を信じるように誘惑されている。シャロンは、「歴史的変化」に立ち会っている「奥行き深く」「魅力的な」人物であり、イスラエル版ド・ゴール、和平を達成できる唯一の人だというわけだ。

シャロンが撤去したのは、わずかばかりのキャラバン隊だけであり、数十人の過激な入植者を別な地域に立ち退かせたにすぎないのだが、そこもなお占領地内なのだ。シャロンは全世界のもっとも美味しいところだけを満喫している。一方の手で入植地撤去をしているそぶりを見せて、だが実はもう一つの手では暗殺作戦をしているのだ。

アメリカ政府を喜ばせるという彼の唯一の目標は、一切の対価を払うことなしに100パーセント達成されてしまう。右派はやや反発しているようだが、しかし彼らにとってもまたすべてが見せかけの作り事にすぎないということは明白である。右派の人びともシャロンが本物の入植地を決して撤去などしないということを十分に承知しているのだ。したがって、シャロン首相は「昔の邪悪なシャロン」に戻って、ハマースのリーダーらの暗殺命令を出すことができるのだ。しかも、当事者間の停戦合意に達するための国際的な政治努力が行なわれている真っ最中にだ。

こうして「偽撤去」と引き換えに、パレスチナ人たちは一連の暗殺作戦の中でわずか三日間のあいだに24人もの人びとを殺されたのだが、それがもたらした和平の破壊は、インチキ撤去劇で得られたわずかなものをはるかに凌駕している。もしこんなものが、シャロンが言うところの初めての「痛みをともなう譲歩」だとすれば、その「痛み」はいったい誰に対して加えられたものなのかまったく分からない。

仮設入植地の撤去は、実のところ入植者らにとってもメリットがある。彼らはそもそも何も支払ってはいないのだが、しかしいまやすでに「犠牲者」、「奪われた者」、「侵害された者」になっているのだ。そこからどかされた彼らのぼろキャラバンのために彼らが泣き叫ぶ声、すすり泣く声は、ことのほかシニカルだ。自分たちが大声で騒げば騒ぐほど、将来自分たちが求められる代償が小さくなり、また自分たちに対する同情がより大きくなっていくということを、彼らは知っているのだ。これがいつものやり口だ。何事も気にせずに泣き叫び、補償をゆすり取る。

地面を引きずられる入職者らの写真は、彼らにとってこそ都合がいい。たいていのイスラエル人は、自国民が強制的に引きずられるのを目にするのが好きなはずがない。仮設入植地撤去に対して、入職者らは半ば暴力的に抵抗を示しているが、そうした入植地の大半はこの「演劇」用のステージ場面として設置されたにすぎないものだ。そしてまた、この抵抗によって多くの人びとが、「[本物の]入植地を完全に撤去するのは、流血の惨事なしにはとうてい不可能である」と思い込まされたことだろう。たかだか仮設入植地「バチェラーズ・ヒル」一つを撤去するのがこれほど困難なのだとしたら、どのようにしてオフラ入植地が撤去できるのか? そしてマアレ・アドゥミムは? アリエルは? [オフラはラマッラー近くの、マアレ・アドゥミムはエルサレム近郊の、アリエルはナブルス近くの、それぞれ巨大な入植地]

撤去作業をしている脇では、イスラエル軍と国境警備と警官らが、デモ隊を銃火器で殺傷することなくどうやって衝突するのかを、熟知して待ちかまえているのが見られる。パレスチナ人のデモと衝突したときに、彼らがそんな配慮をしたことがこれまであっただろうか? そしてまた、次のことも知っておくべきだろう。少なくともデモ隊がユダヤ人である場合、高等裁判所はより積極的に[撤去措置の]一時的な差し止め命令を出すのだ。そして検事総長は公聴会までも開催するのだが、それはパレスチナ人に対する場合と対照的だ。相手がパレスチナ人であれば、彼らの家が破壊されそうになっているというのに、その訴えをあっさりと却下してしまうのが常となっている。だが、ユダヤ人が相手となれば、高裁は義務を徹底遂行するのだ。

公正な平和への過程では、すべての入植地を完全に撤去することは決定的に重要な局面になる。先週の仮設入植地の撤去は、本物の入植地撤去へのステップには決してならない。それどころかその正反対で、真の入植地撤去の障害物となっている。もしイスラエルが心から平和を望み、パレスチナ人らと信頼関係を築こうとするのであれば、せめていくつかでも、その除去について広く市民の同意があるものについては、本当の入植地を撤去したはずだ。

例えば、まずはガザ。ガザ地区の恥ずべきすべての入植地は、ただただイスラエルとパレスチナ人の「血の代償」を強要するばかりだが、その撤去は適切な出発点たりえたはずだ。アメリカはずっと前にこれをシャロンに対して求めており、イスラエルの世論は理解を示し撤去を受け入れたかもしれないし、パレスチナ人も真のパートナーとして認めたかもしれないのだ。

このことさえもシャロン首相にはあまりに困難だとしても、しかし彼とて、「新しいシャロン」のお触れ役が訴えるように、少しは進歩を欲しているはずだ。別のどこかの場面で信頼醸成を求めてもよさそうなものだ。パレスチナ人のあまりにひどい生活条件を著しく改善させるなど。

占領地内のパレスチナの道路から何百とあるバリケードを取り除くこととか、たくさんの囚人を解放するとか、こうしたことのほうがアブー・マーゼン首相が地位を築くのを助けることになったはずだ。それこそがアメリカとイスラエルが望んだことなのだから。それによって、アブー・マーゼンが人びとに希望を吹き込み、真の平和を目指す合図を送ることになったはずなのだ。

ロード・ブロック[道路のバリケード]か、あるいはキャラバン[仮設入植地]か? 現段階では、まずはロード・ブロックを先に取り除くべきだ。そして、「ヒルトップ・ユース」[仮設入植地をつくっている入植者団体の一つ]には好きなだけ走り回らせておけばいいのだ。イスラエルが、本当の入植地の撤去を心底から望むようになるまでは。

(早尾貴紀訳)

 

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