誤解を招く「フェンス」という言葉

署名:アミーラ・ハス
出典:ハアレツマガジン(2003年7月16日付)


イスラエル人らはいまだに、「フェンス」という便利で誤解を招く用語を使って、現在パレスチナ西岸地区に建設中の防衛システムについて説明している。海外のリポートで普通に使われている「壁」という言葉でさえも、まさにこの瞬間に作られているものを描写するには不十分だ。8メートルの高さの壁、ワイヤーのフェンス、電気センサー、壁の両側に掘られた深さ4メートルの溝、足跡を残すためにむき出しにされた土面、入ることを禁じられた地域、軍のパトロールのための二車線道路、すべての壁に渡って200メートルごとに設置された監視塔と射撃台。これらすべてが「フェンス」と言われるものの中身だ。

イスラエル人は、建設が遅いと不満を述べている。だが、この計画で直接に痛めつけられる人びとにとっては、遅れることはわずかながらの慰めだ。この防御設備はすでに、ルート沿いにいる何千人もの住民を彼らの土地から切り離し、近くの街から切り離し、近隣の村から切り離した。

何千人ものパレスチナ人が、この防御設備のために土地を失い、生活の糧と貯蓄を失った。子どもたちのことを思って、ビニルハウスや貯蔵庫や家屋に投資をしてきたのに。世界銀行のリポートによると、フェンス建設によって直接損害を被るパレスチナ人の数は、最終的に9万5千人から20万人にのぼるとされている。

パレスチナ指導部は、この防衛設備がもたらす広範囲な影響に関して政治的・外交的な交渉をする立場を得ることについては、むしろ足を引っ張って邪魔をしてきた。これらの既成事実によって、ロードマップの枠組みの中でパレスチナ人らに指図された「パレスチナ国家」の国境線が規定されていくことになろう。三つの「居留地」が相互に完全に切り離される。しかも、ヨルダン渓谷からも、ジェニンとカルキリヤのあいだの肥沃な農耕地からも、「首都エルサレム」からも外されて。この「エルサレム」には、北端のギヴァット・ゼエヴ入植地、南端のベタール入植地、東端のマアレ・アドゥミム入植地が[イスラエル側として]含まれる。パレスチナ指導部は、この防衛ネットワークに対して反対するという素振りさえも見せていない。

約二週間前、パレスチナのアブ・マーゼン首相は、パレスチナ立法議会に対して大見えを切った。「自分は、アメリカの大統領補佐官コンドリーザ・ライスに、分断壁に関するあらゆる情報を与えた。それでライスは、この問題についてアリエル・シャロン[イスラエル首相]とあやうく喧嘩になりかけた。」と。しかし、イスラエルの防衛設備の目的についてこの一年以上分析を続けてきたパレスチナ側の研究者によると、パレスチナ自治政府にいつもの声明と威嚇以上の何か意味がある行動を期待することは困難だという。

壁の危険性についてまず最初に(といってももう一年も前のことだが)認識し警告を発したのは、損害を被るだろう地域の町長・村長・市長と、プロジェクトが潰されることになるパレスチナのNGO、欧米の開発援助機関であった。彼らの発した警告は、国際的な支援活動家らの耳に届いた。彼らは、地元の住民と「タアユシュ」という平和団体のイスラエル人活動家とともに、ブルドーザーに向かい合ってデモ活動を行なった。イスラエル政府がこの防衛設備の正確なルートをまだ決定していないとしても、そして多くの一般イスラエル市民がこの防衛壁がグリーンライン上にあると信じているとしても、直接の被害者たちはそうは思っていない。それどころか、何千人ものパレスチナ人を彼らの土地から放逐して、その土地をイスラエルに併合しようとすることが意図されているのだ。「ブツェレム」という人権団体も同様の疑念を持っており、この土地没収の意味についての詳細なレポートを急いで準備している。

大半の村が弁護士を雇い、この問題を高等裁判所に訴えている。パレスチナのであれイスラエルのであれ、一つの人権団体や法律家チームだけに、すべての異議申し立てを一括して任せる動きははなかった。弁護士らと各村と各地域とが、それぞれバラバラに活動をした。あたかもこれが集団の問題ではなく、個人的でプライベートな問題であるかのように。弁護士費用は、それぞれみなポケットマネーで払ったのだ。

これは典型的なパレスチナ人のやり方だ。イスラエルの法令に対して、孤立して対応をする。被害者同士の共同がないが、負傷者が出てさえもそうなのだ。デモ活動や祈りだけでエネルギーが無駄に費やされる。

発案者、指揮者、出資者などの役割においては、パレスチナ人のリーダーシップが欠けている。最初から指導者ら自らが、防衛設備は多少ずれていても基本的にはグリーンライン上を走っているという幻想に騙され、そしてそれに基づいて、イスラエルとパレスチナの間の最終的な国境とする既成事実をつくっているという幻想に騙されていたのだ。

「フェンス」と言われるものの本質を暴くための迅速で組織的で集中的な活動でさえもが、西欧世界の注目を引き起こすことが本当にできるのかと疑問に付すこともできるし、また和平を支持するイスラエル人らの反対運動が、降参してしまわずにパレスチナ人らとつき合っていけるかどうかと疑うこともできる。そしてまた、たとえそれがうまくいったとしても、アメリカの圧力(それは表面上は分からないのだが)なしには、イスラエル政府は何も現状を変えることはないだろうと想定することも可能ではある。にもかかわらず、 次のような疑問は抑えがたい。もしパレスチナの指導部が、ビザンチン様式の宮殿のための闘いなどに没頭する代わりに、イスラエルによる併合計画に対して組織的・集中的に反対する政治運動のシステムを作り上げることに力と思考と計画と時間を注いでいたら、どうなっていただろうか? これら[イスラエルの分離壁]の計画がうまく実行に移されているのは、ただたんにイスラエルの外交的・軍事的優位のためだけであろうか? あるいは、このイスラエルの[分離壁]計画の成功は、パレスチナ側の政治的活動が失敗していることにも負っているのではないだろうか?

(早尾貴紀訳)

 

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