Challenge No.109(2008年5-6月号)
ビデオ48の新作ドキュメンタリーフィルム『シックス・フロア・トゥー・ヘル』
征服されざる人々:イスラエルのパレスチナ不法労働者たち

スティーブン・ラングフール著 西尾ゆう子訳


2005年のある日、「ビデオ48」のメンバーであるヨナタン・ベン・エフラートは、テルアビブ郊外のジャンクションで仕事を探しているパレスチナ人労働者たちを見かけた。立ち止まって話しかけてみると、彼らがシャバヒーム、つまり不法滞在者であることがわかった。検問所と分離壁を迂回するのは、危険な上に時間と金がかかるから毎日通勤を続けるわけにはいかない。彼らはイスラエルで週日をすごし、シャバット(訳註:ユダヤ教の安息日。金曜の夕方〜土曜の夕方)には西岸地区に戻っていく。ベン・エフラートは、どこに寝泊まりしているのかと訊ねてみた。答えはなかなか戻ってこなかったが、彼のアラビア語と政治的立場を聞くと、パレスチナ人たちはエフラートを地下の駐車場へと連れていった。未完成のまま放置されたショッピングモールの地下6階にあり、悪臭が漂っている。あたりは真っ暗だ。男たちはここでほとんどの夜をすごしている。子どものころからずっとこの場所に寝泊りしてきた人々もいる。

エフラートはこの経験をもとにして『ザ・モール』(2006)という13分間の映像作品を作った。これに続く『シックス・フロア・トゥー・ヘル』は1時間のドキュメンタリー作品となった。私は監督の友人だから、批評家じみたことは言わないでおこう。手元にテルアビブ・国際ドキュメンタリー映画祭(DocAviv)の審査員評がある。この映画祭で同作品は編集賞を獲得した。

『シックス・フロア・トゥー・ヘル』は、イスラエル社会の最暗部に照明をあててみせた。編集者(タル・ワイスマン)は、ナレーションのないショットをつなぎあわせてストーリーを紡ぎだすという困難な作業を進めた。われわれはこの映画から、同系列の作品から受ける以上の感動を得ることができた」

同作品では闇が大きな要素となっている。ときおり、タバコ、懐中電灯、ロウソクの光が画面に現れる。映画用の照明は使われていない。意図されてのことだが、照明を持ちこもうと思ってもできなかっただろう。人々の疑念をやわらげるため、ベン・エフラートに同行したのはカメラマンのゴネン・グラゼルだけだった。はじめ彼らは完全に信用されたわけではなかったが、警察の手入れで撮影が中断すると状況が変わった。

政治情勢のため、この穴倉には400人程度のパレスチナ人が何年も住みついている。「シックス・フロア・トゥー・ヘル」にはそのような政治情勢が何度も顔を出し、正面切って語られることもあれば、それとなく示されることもある。そして錯綜した政治の間を縫いながら、ひとつのラブストーリーが鮮明に浮かび上がり、結婚するために必死になって働く男の姿が見えてくる。

最初のシーンでは、政治情勢とラブストーリーが簡略に語られる。24歳のジャラールは、1週間の大半をここで寝泊りしながら半生をすごしてきた。筋骨たくましいジャラールはカメラに向かって笑いながら、ニスリーンと結婚したいのだと語る。ニスリーンが住んでいるのは、ナーブルスの近くにある彼の村サーレムからそう遠くない難民キャンプだ。一年と四か月前に婚約したのだが、ニスリーンの両親は、ジャラールが新居を建てるまで彼と口をきいてはいけないと言い張っている。二人は、こっそりと携帯電話で連絡をとっている。苦みばしった顔をした中年のアブー・ナージーはジャラールの友人だ。二人は穴倉の一画に街角で見つけた家具を置き、自分たちの場所を整えている。照明はロウソクだ。ジャラールはニスリーンとの通話を終え、私たちに話しかけた。

「俺たちがかかえている問題と、毎日彼女の声を聞くというのは別のことさ。俺は彼女の声を聞くことができる。彼女が幸せでいるかぎり、俺も幸福なんだ。二人とも一目ぼれだったんだよ。そういうラブストーリーっていっぱいあるだろう? 同じことが俺の身にもおこったんだよ」。ジャラールはそう言うと後ろの壁にもたれかかった。ロウソクの光に照らされた彼の目は穏やかだった。

アブー・ナージーが口を開いた「結婚に関して言えばだな、世の中の女性はすべてタールの入った樽みたいなもんさ。樽の高さは120cm。120cmのうちハチミツが20cm、残りがタールだ。20cmのハチミツを味わえば残るはタールだけなんだぞ」。「違う」とジャラールが抗議の声をあげたかと思うと、かんだかい悲鳴が響いた。「警察だ!」。ロウソクが消え、物音が途絶える。まさに穴倉の闇そのものだ。そこで声が聞こえる「だいじょうぶ、誰もいないぞ」。まちがいだったのだ。ロウソクにまた火がともる。

アブー・ナージーの携帯電話が鳴った。現在の雇用主シーマからだ。明日、彼女の自宅に行くことになっていることを確認してきたのだ。シーマは彼がどこに寝泊りしているのかと訊ねてきた。彼はパルデス・カッツの名を口にした。ユダヤ人の町だ。彼は許可証を持っていると答えて電話を切った。

ジャラールが口を開いた。「話を聞いていたろう? 彼は、『自分はモールにいる。他にも400人か500人が一緒だ』などとは言わなかった」
「俺たちはウソつきさ」とアブー・ナージー。「生き残るには悪意のないウソが必要なんだ」

ジャラールが話を続ける。結婚後はイスラエルには戻ってきたくないと言う。今度もアブー・ナージーがつっこんできた「ちょっと待った、自分の親父さんもここのモールで寝てるだろう?」。ジャラールが答える「俺の親父のところに行って、自分の息子がここで寝泊りしていることをどう思うか訊いてくれよ。できることならここから出ていかせるって言うだろう。おれは親父がどこで寝ているか知ってるよ。どうやって寝ているかもだ。ダンボールの上さ。息子として見るにしのびない。おれはここで寝る。親父は上の階で寝るが、おれはここで寝るんだ」

世代をまたぐ問題は、ジャラールがアーメルと話をしているシーンにも登場する。「あんたには三人の息子がいる」とジャラールがシャバヒームの一団を見まわしながら訊いている。「ここにいる連中を見ろよ。子どももいるし大人もいる。自分の息子はここには来ないと言い切ることができるかい?」

別の日の晩。サーレム村から戻ってきたジャラールは、同郷の友人と夕食をとっている。運んできた板に腰をおろし、ピタパンにホワイトチーズを塗る。
「チーズはもういいよ」と一人が笑いながら言った。
「肉だと思うんだ」とジャラール。
「フセイン、俺の親父はどこだい?」
「木の下だよ」
「仕事をしたのか?」
「いいや」
「今日、仕事をしたのは三人だけだ」
「今日?」とジャラール。
「三人だけ」
「親父はどこで寝るって?」とジャラールが質問する。「俺たちと一緒か?」
「木の下だろう」

ヨルダン川西岸地区の村の親密性はモールでも健在だ。暗がりの中でガスバーナーを探していたジャラールが、眠ろうとしていた誰かといさかいを起こし、もみあいになった。真っ暗な画面のせいで、どこまでスクリーンがあるのかがわからない。あたりには騒音が満ち、声だけが響く。誰かがその場を丸くおさめた。友人がジャラールの頭の傷を手当てしている。「少し前には毎日誰かと争っていた.……別の村のやつらさ、俺たちの村じゃない。もめごとばかり起こしているとうわさになる。そうなったら強いもんさ。他にどうしようもない。生き抜かなければならないんだ」

ジャラールは週末にはサーレム村に戻る。村のシーンでは画面が突然明るくなる。西岸地区は鮮やかな緑色だ。映画全編をとおして、西岸地区の緑とモールの暗闇は好対照となっている。光がある場所には仕事がなく、仕事がある場所には自分のための光がない。

週末ごとに少しづつ、ジャラールは結婚のための新居を作っていった。両親の家に増築するのだ。ジャラールは作業の手を休めながら村の方をながめた。「選挙のときは、ファタハに投票すれば工場を建てて仕事をやると言っていた。ここで働けるのなら、イスラエルなんて必要ない……一週間ずっとここで働くさ。他には何もいらない。すごいことを求めているわけじゃない。金持ちになりたいわけじゃないんだ。ずっと働いていたんだ。仕事に行って家に戻ってくる。結婚して家を持つ。それだけさ。車もいらない。他の連中よりたくさん欲しいわけじゃない。みんなと同じでいいんだ」

どうして西岸地区で働かないのか?

購買力平価によるイスラエルの一人あたりGDPは28,800ドルだ。2006年のヨルダン川西岸地区とガザ地区では1,100ドルだったし、現在ではこれよりも低いだろう。どうしてこれほどの差が生じるのだろう? どうして後者では経済が育たないのだろう。

「シックス・フロア」の中ではジャラールと同じ言葉がくり返され、労働者たちはファタハを非難している。ファタハはオスロ合意後に各国から資金援助を受けていたのに、経済基盤を整備しなかった。これはそのとおりだが、原因のひとつにすぎない。短い導入部で映画が語っているように、彼らは1967年以後にイスラエルがとった政策の犠牲者なのだ。この政策は、被占領地域が独自の経済発展をすることをゆるさなかった。イスラエル当局は二つの方法でこの政策を推進してきた。

まずイスラエルは被占領地域に補助金を受けたイスラエル製品を大量に流通させた。これにパレスチナ人企業家は太刀打ちできなかった。こうして20年もの間、西岸とガザ地区はイスラエルにとってアメリカに次ぐ輸出先となった。

次に被占領地域は、イスラエル最大の低賃金単純労働者の供給地となった。直前に、軍事統制からは自由になったイスラエル市民権を持ったアラブ人(訳註:イスラエル領内のパレスチナ人都市・町村は1966年まで軍政下に置かれ)に西岸地区やガザ地区の住民を加えると、イスラエルの工場労働者の4分の1近くがパレスチナ人ということになった。半数は建設作業に従事し、残りの半数はホテル、自動車修理工場、清掃などのサービス業で働いた。パレスチナ人がイスラエルで働くようになると、とりあえずは落ち着いた。

簡単に言えば、パレスチナ人はイスラエルで収入の大半を手にし、その大半を使ってイスラエルの製品を買ったわけである。これでは経済は成長しない(原註)。1994年にはオスロ合意の経済政策が話しあわれたが、パレスチナ自治政府が、被占領地域からイスラエル領内に通勤している120,000人に雇用先を提供できない事実は明らかだった。イスラエルは、被占領地域からの通勤を継続することを条件として(訳註:働いた後、イスラエル側に留まらず、その日のうちに被占領地に帰る)経済的境界の開放を主張した。つまり双方ともに物資の流通を妨げず、イスラエルとしては、パレスチナ人労働者を締め出す権限を確保しておくということになる。

こうしてイスラエルからの商品は西岸とガザ地区に出まわった。最初のうち、たびかさなる封鎖によってパレスチナ人労働者の移動が妨げられると、イスラエル人の雇用者は損害をこうむっていたが、旧ソ連からの移民流入、遠国からの労働者受け入れ――東ヨーロッパ諸国や中国からの建設作業員、タイからの農場労働者、フィリッピン、スリランカ、ナイジェリアからのパーソナルサービス(介護など)要員――などによってこの問題は緩和していった。

「シックス・フロア」では日曜日の朝、ジャラールと友人が街角に立ちながら通りすぎる車を見ている場面がある。「ここには仕事がない」と友人が言う。
「仕事はあるさ」とジャラール。「でも怖がっている……彼らが雇うのは中国人だ。俺たちを怖がっているのさ」
「何だって外国から労働者を?」と友人が不審がる。「俺たちがいるじゃないか。イスラエルを作ったのは俺たちだ」。彼はカメラをのぞきこんだ。「本当だ。俺たちがイスラエルを作ったんだ。他に誰がいる?」

結婚式

映画のラスト近く、結婚式のシーンがある。ジャラールの両親の結婚記念写真が画面に映しだされ、25年後の今、台所にいるジャラールの母親にカメラが移動する。彼女はピンクのスカーフを被った陽気な女性だ。「シックス・フロア」はとおりいっぺんのステロタイプにはとらわれない。スカーフを被った女性――この像は何を意味するのだろう? 保守主義、敬虔、視野狭窄、厳格? だがジャラールの母(ウンム・ジャラール)はこう話す「わたしが娘だったころ、母親のところにやって来た人たちが、あんたの娘を欲しがっている人がいるって言ったんだ……それを聞いて泣いたものさ。結婚のことなんて何も知らなかった……キスしただけで子どもができると思ってたからね……でも後になって」と彼女は手を横にふりながら続けた「ぜんぶわかったんだよ。今じゃもう昔みたいなことはないね」。結婚式の歌が始まった。ウンム・ジャラールはいたずらっぽい目で、近くにいたスカーフを被っていない娘たちを見た。彼女たちは肩と腰をくねらせて踊りながら両腕を軽く上げ、指を鳴らしている。ウンム・ジャラールはうれしそうな顔の息子に視線を向けた「今晩はヘンナ・パーティだよ。歌って踊るんだ。何も心配はないね。ジャラールは結婚したんだし。もう面倒を見なくてもいい。アイロンかけも靴みがきもやらなくていい。それに拭くことも……」彼女がここでジェスチャーをしてみせると、ジャラールが笑い声をあげた。

結婚式に先立って祝われる「ヘンナの夜」になった。西岸地区には明かりが灯っている。ジャラールのための明かりだ。村人たちは新郎を肩車しながら踊りに興じている。ジャラールが腰をおろすと、母親が赤褐色のヘンナを持ってきて、それを彼の手のひらに搾り出した。ジャラールは手のひらを上にして高くかかげ、一同にヘンナを見せた。花嫁も難民キャンプで同じことをやっているだろう。それがすむとジャラールは恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、また男たちの肩に担がれた。花婿の義務ではあるが誇らしい一瞬だ。太鼓がひときわ高く鳴り響き、踊りが盛りあがった。誰もが喜びに満ちている。

だがここで電力が落ちた。照明が暗くなって歌声が消え、大きなため息になった。いつもの停電だ。また同じシーンだ。暗闇の中で政治と人生がいっしょくたになる。人々はもう一度歌おうとするのだが、うまくいかない。誰かがジャラールに質問している。「さあ、わからないよ」とジャラール。「親父に訊いてくれ。探さないと」。彼はカメラに向かってこう言う「電気がないんだ。ここはテルアビブじゃない」。人々が去っていく。と、照明がつき始めた。青年たちが我を忘れたように踊りだすが、最良の時間は戻らなかった。クーフィーヤをかぶったジャラールの父親が、そそくさと人々の間を抜けていく。

この映画は力と無力感、光と闇をめぐって展開する。だが突然お開きになったヘンナの夜で終るわけではない。もう一度モールの一階部分がスクリーンに映し出される。若いイスラエル人が持つ大きなホースの先からは、セメントが流れ出している。イスラエル当局はやっとのことでこのモールを封鎖することにしたのだ。だがこれで終りではない。ここで結末を記すことはやめておこう。だが一言だけつけ加えるならば、作品のラストはこの記事のタイトルが雄弁に物語っている。


原註:この分析は、分離壁が西岸地区の土地を侵食せずにグリーンラインに沿っているのなら問題はないという意見にもあてはまるだろう。それだけではなく、毎週、数百人のパレスチナ人が仕事を求めてイスラエル内にこっそりと入ってくるわけだから、分離壁が安全障壁として機能していないことは明らかだ。


『シックス・フロア・トゥー・ヘル』、製作:クローディア・レヴィン、ニル・ナディール、監督:ヨナタン・ベン・エフラト、編集:タル・ワイスマン、撮影:ゴネン・グレイザー、音響:イスラエル・ダヴィド、ポスター:オリト・レヴィンガー
『シックス・フロア・トゥー・ヘル』についての詳細な情報はodd@netvision.net.ilまで。題名欄に「6 floors」と明記のこと。

(訳註:皆川)

 

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