Challenge No. 73 (2002年5-6月号)
追憶の奴隷はもういらない

Omrit Sudri と Tamar Glezerman が兵役を拒否する3人の若者にインタビューした。


 

軍人のエートスというのは九九の表と同じようにイスラエルの教育の一部である。にもかかわらず,この軍人のエートスとは別の考え方をする高校生たちがやっと現れた。

Givataim 出身の高校生 Rotem Avgar は,自分の良心的参戦拒否を両親が耳にしたとき,それに対してどう反応したかを次のように語った。「両親は私のことを社会の外れ者みたいに見ているわ。この,社会の外れ者ということが,私と私の友達の人生の岐路を分けたの。例えば,初等教育,高校,軍隊,インド,大学,仕事,そして未来をね。兵役拒否が私の将来をだめにするんじゃないかって両親は心配しているの。そしてもちろん,二人はシオニストの主張,つまり,兵役は義務である,国が私に与えたものを考えれば,という主張を曲げたりしないわ」

Rotem Avgar は,軍と対峙し占領への参加拒否をまもなく表明する予定の若者たちの大きなグループに所属している。彼女は「良心的兵役拒否者を支持するフォーラム The Forum in Support of Conscientious Objectors 」のメンバーである。私たちは,彼女の友人二人,ハイファにある Wizo 芸術高校の3年生 Tal Matalon と Misgav 高校の3年生 Hillel Goral と一緒に彼女と会った。三人とも自分たちが受けた教育を批判する。Tal によると,「私の学校では,IDF[イスラエル国防軍]についての一日会議があった。私は行きたくなかった。友人達は私のことをすごく怒ってた。彼らは私が単にその会議を抜け出そうとしているだけだと思っていたけど,私には別の理由があった。私を軍隊予備軍として養成することは教育システムのすべきことじゃないと思う。体制は軍隊を私たちの生活のあらゆる側面に押しつけようとしてる,それが私たちの一部になるまでね」

Hillel Goral は次のように付け加えた。「教育制度の中では特定の偏向に沿って歴史とイスラエルの戦争というものが教えられていて,歴史の教科書は,アラブ人を村から追放したことや実際にあった虐殺といった他の事実には言及していないんだ」

そうした批判を私たちが耳にするのは初めてではない。1993年,Eyal Sivan は『追憶の奴隷 Slaves of Memory 』というドキュメンタリー映画を発表した。それはイスラエルのテレビでは放映されなかった。この映画は「追憶の月」(過ぎ越しの祭,ホロコースト追憶日,戦没将兵記念日,独立記念日のある月)のあいだのイェルサレムの高校生たちの様子を追ったものである。Sivan は1990年4月にこの映画を撮影したが,この時は第一次インティファーダがまだ進行中だった。視聴者は式典と警報を体験し,その間,イスラエルの生活は休止するのだ。託児所と学校はこの月に,その生徒達の,ユダヤ人やシオニストとしてのアイデンティティを強化することになっている。集団すなわち「我々」の記憶を作り出すことが模索されている。そして,すべてのイスラエルのユダヤ人がそれを口にするのだ。「我々はみなエジプトでは奴隷であった。我々はみなホロコーストを経験した。我々はみなイスラエルという国家をつくった─そして,我々はみなこの国家のための戦いに備えねばならない!」

若い兵役拒否者達は,それとは別の考えを持っている。教育制度の正しい勤めは知識と普遍的価値への扉を開き,考えることを刺激し,人種種別に反対し平等のために戦おうとする人を教育することだと,彼女達は信じている。しかし,逆に,既存の教育制度は,「彼らに対立するのはいつも我々である」ような世界で犠牲になった民族に帰属するのだという感情を,生徒達に押し付けている。式典はこの感情を巧みに操作する。そして「アラブ人達は数多くの迫害者達の中でもっとも最近の者たちである。我々は彼らを征服し彼らの土地を制服する正当性がある。そうでなければ彼らは我々を迫害するだろう,ちょうど異教徒達がこれまでいつもしてきたように」とメッセージは続く。追悼は逆のメッセージを与えることも本来あるはずなのだ。「人種差別の悪魔たちを知っている我々は,それが出現した時にはいつでも,それに対抗しなければならない」というメッセージを。このメッセージはどんな警報も鳴らさない。

難問

若者たちの兵役拒否は教育システムにとっては難問を突きつけた格好になる。

Hillel:大多数の意見では,イスラエルはいつも正しいんだ。選ばれた民族とか,諸国の光とかね。でも,草の根の事実はこの深く根づいている信念とは矛盾している。唐突だけど,イスラエル国民自身が迫害者だよ! それも強力で恐ろしい迫害者! ナチスにも匹敵する! 違いは大きいけれど,個別に見れば必ずしもそれほど大きいわけではない。迫害されることと迫害するものなること,虐げられる者たちと虐げる者たちとの間の矛盾が総意にひびを入れるのさ。この矛盾は社会の混乱を作り出す。過去には,方向性は多かれ少なかれいつも明確だった。でも今は違うよ。

Orit:人々はあなたの兵役拒否に対してどう反応したの?

Hillel:僕の友達 Dror Baumel と私チャンネル2のウェークエンド版のインタビューに応じたんだ。僕たちが Yuvalim(ガリラヤにある入植地で,この二人はそこに住んでいる[編集部注])から戻ったら,入り口に僕らを迎える掲示があって,「Dror,Hillel,Aryeh Deri,私たちはあなた達が大好きです。Yuvalim の兵士達より」と書いてあった(Deri は超ユダヤ教正統主義政党シャスの指導者で,シャスの一般党員と同様,軍役を免除されている)。中には別の掲示があって,「私たちはあなた達に夢中です。Yuvalim の兵士達より」と書いてあった(文字通り訳せば,We are dying over you! である[編集部注])。

私たちは高校の反応について質問した。

Hillel:僕は今は学校に行っていない。講義に出るのを拒否したということで,校長が僕を放校にしたから。私は,校長と交わした「社会的なイベントに参加する」という同意書に違反したんだよ。

彼のクラスメートたちも黙ってはいなかった。彼のクラスの3人の少女たちが「私たちは兵役拒否が続くのを許してはならない」と題して地方新聞に投書した。彼女達はこう書いている。「私たち Misgav 高校三年生は,兵役拒否が徐々に広がりつつあるが,これに反対を表明したい。…ユダヤの地にあるユダヤ民族はその生存をかけて継続的に戦争しているのだから,兵役忌避は民族に対する不法で不道徳な行為である。私たちの見方では,兵役忌避は寄生的で臆病で利己的な行為である。…我々が戦っているからこそ,兵役拒否者達は生存できるのだ」

Hillel は次のように言う。
「この三人は Misgav 高校の三年生達が戦いへの欲望に満ちていると主張している点では正しいよ。そうやって免疫がつくから少年たちは外に出て入植者達を守る。こういう風にして,体制は全ての世代の人々を教育するんだよ。それはいつも,「少数派の我々」対「多数派の彼ら」として表象される。我々はいつも絶滅の危機に瀕している…,何もなされない。我々はたたずっと戦い続けなければならない。訳を尋ねてはいけない。民主主義的な方法を時に犠牲にしても,ユダヤ人の国家は生き残らなければならない。時に,土地が取り上げられ,人々が審理なしに投獄され,良心の自由が許されなくても。でも,今は,そういうのは適切じゃない。別の時,別の国,別の世界ではどうかなと思うけど…」

教育制度は兵役拒否の恐れに対応してきた。Rishon Le-Tzion の Ancori 校の副校長によれば,教育省の長官は学校側にこの話題で演説の講師を招くことを控えるように命じてきた。

Rotem:「学校は私のことで苦しい目にあっている。私は人々の頭にある考えを植え付け,学校の評判は傷つけられてる。私たちの数は増えているわ。教育省はそれが若者たちの単なる反抗ではないと心配してるのよ。私は兵役を拒否して,彼らの道具になることを拒否するわ。ユダヤ人の多くと一緒になって国家の必要性を満たすこと,つまり帝国主義者の階級であるブルジョワの利害に奉仕するを拒否する。他者がC級市民だというのに,民主主義がユダヤ人のためだけのものだなんて考えには屈したくない。まるで多くの血を犠牲にしてもいいかのようにパレスチナの人々を抑圧する兵役を拒否するわ」

こうして,今日の兵役拒否者達は自分たちがその中で成長してきたエートスを異議を唱えている。彼らは他の若者たちよりもより政治や社会に関与しているのだ。彼らは奉仕の義務よりも良心的兵役拒否の義務を選択した。さまざまな事件の過程に影響を与えるために─そして,大きな流れに洗い流されないように。兵役拒否者達は,パレスチナの人々との連帯も含めた異なる価値観を国に提示している。彼らは,イスラエル国家の国家的利害よりも市民の権利・経済の権利の平等を掲げたのだ。

(日本語訳:M.K.)

 

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