Challenge No.81(2003年9-10月号)
イスラエル労働市場を巡って−3つのNGOの議論

記録:オリート・スドリ、ラアファト・ハッターブ
編集:ロニ・ベン・エフラット、明城和子さん訳


 

7月21日、ビデオ'48の最新の記録映画”A Job to Win”を観るため、80人ほどの観客がヤーファのバカー・センターに集まった。その中には社会派活動家、左派、そしてガリラヤ出身で、近くのホステルに泊まりながらテルアビブ近郊の建設現場で働くアラブ人労働者たちがの姿が見られた。上映に引き続き、パネルディスカッションが開かれた。パネリストは、ワーカーズ・アドバイス・センター(WAC、アラビア語でMa'an)のダニ・ベン・シモン、移住労働者ホットラインのエラ・ケーレン、そしてアドバ・センター長をつとめる社会学者ヨシ・ダーハンだった。

この企画は2つの面で特別なものだった。まず1つは、進行中の協力関係強化の一環として、WACとホットラインが共同で実行した、ということだ。(協定に関する文書はこちらを参照のこと) 2つめには、通常表に出ることの少ない労働市場の実際について、イスラエルの左派の人々に討論の場を提供したことだ。アラブ人労働者が参加したことで、事態の緊急性がよりはっきりと感じられた。移住労働者も招かれたが、参加はしなかった。

 

ダニ・ベン・シモン

”A Job to Win”は、悪しき三位一体像、つまり政府・建設業界・派遣会社のやり方に焦点を当てています。彼らは建設現場用に労働者を輸入し、地元の労働市場を大変な混乱に陥れています。アラブ社会にとって、この混乱は社会的・経済的荒廃を意味し、溜め込まれた不満は爆発を起こします。2000年10月の、イスラエルのアラブ人のインティファーダ参加はそのよい例でした。

ここ18ヶ月の間、WACは建設現場にアラブ人労働者を復帰させてきました。既に動員された(故意に軍事用語を使うのですが)600人に加え、私の手元には職を求めるもう1000人の人々の名簿があります。

「動員」という言葉に眉をひそめる方もいるかもしれません。しかし、全くのところ、今日建設現場で生き残るには、軍事訓練が要るのです。そうでなければ、とても肉挽き機を無事通り過ぎることはできません。

今日ここに、ガリラヤの家族から離れて働きにきている方々が何十人もいます。今週中、彼らはユースホステルに宿泊しています。多くは子供のいる、年配の人です。夜明けに起きて夜の6時か7時まで働くために、彼らは6人一部屋で泊まっています。さらに残業があることもあります。安価な輸入労働力が選択されうる限り、彼らの職はそれほど不安定なのです。

いわゆる人材派遣会社と競争するのは不可能です。今週、私は作業員を求めているハイファの建設現場に行ってきました。すると、マネージャーはこう言いました。「ちょっと考えてみてほしい。WACを通してくる労働者の時給は、大体45から48シュケルだ。だが、派遣会社から来る労働者ではおおよそ18シュケルだ。高くつく方を選ぶ理由があるか?」(訳註:1シェケルは約27円)

財務大臣のベンヤミン・ネタニヤフは、労働についての根本的な考え方を変えなければならないと言います。財務省では「労働力の融通が利くようにする」といった耳障りのよい言い回しを使います。しかし、その意味するところは、彼らが組織的な後ろ盾と人権を欠く労働力を求めているということにとどまりません。1人1人の労働者対システム、という関係を作り上げることを欲しているのです。

労働者が、たとえばソレル・ボネのような巨大企業にたった一人で相対して、何ができるでしょうか?これはしっかり油をさされた、強力で、恐ろしい仕組みです。これは戦争なのです。

この戦争の中で、ビデオ'48の映像は労働者に発言の場を提供しています。WACはその声が聴こえるように働きかけています。私たちは、この国に尊厳を持って働くことを望んでいる労働者がおり、それが彼らの基本的な権利であることを強調したいのです。

エラ・ケーレン

これは大変悲しい映画です。大きな負担を強いられている地元の労働者に焦点を当て、外国人労働者にはそれほど比重を置いていません。私たちホットラインはこちらに軸足を置いており、まさにこのことによって補完しあうことができるのです。この映画は、今まで全く見えなかったものを見せてくれます。私にとってさえ、この問題に立ち向かうために大いに力を与えてくれます。私はこの問題について知っているので、なおさらです。この映画で、労働市場がかかえる重要な問題点は網羅されていますが、政府の責任、政策の不備についての論議は不十分だと思います。私は、建設業界よりも、建設業界に好きなようにさせている行政の責任の方がむしろ重いと考えています。そして建設業界が求めているのは、労働者ではなく奴隷なのです。政府は主に3つのやり方でこれを行っており、3つが組み合わさって外国人労働者を奴隷に変えています。

1.労働者を雇用主に縛り付ける

ご存知ないかもしれませんが、この国の外国人労働者は全員、特定の雇用主の名義の元に拘束されています。彼はX通りの「ジョン・ドウ」の労働者で、Yという建設現場で働くと、パスポートに記されているのです。もしパスポートの記載と違った建設現場や雇用主の元で働いているのが見つかれば、理由の如何に関わらず、お役所にとっては彼は就労許可証に違反したことになり、不法労働者として国外追放されます。その理由が、彼自身の希望だろうと、上司が彼を「貸し出した」り「売った」り、もっと柔らかい言い方で言えば「移動した」りしたのであろうと、関係ないのです。

2.法律は労働者にのみ適用され、雇用主を縛る法律はありません。

法律上、外国人労働者は地元の労働者と同じ権利を持っていますが、国が現場の状況に介入することはありません。最低賃金を払っているか、休日は確保されているか、病気の時に休めるか−どれも法律で定められた労働者の権利ですが、政府はこれが守られているか調べていません。もし政府が全ての労働者の権利を守るよう雇用主に強制すれば、外国人を好んで雇う意味はなくなるのです。

労働省の最近の調査によれば、80%の外国人労働者が最低賃金を受け取っていません。私たちは、これでも控えめすぎる数字だと考えています。国が監視を怠っている状況下では、外国人労働者はイスラエル人との雇用獲得競争に大変有利です。なぜなら、外国人労働者であれば雇用主は彼らを奴隷のように扱い、搾取できるからです。

3.大量の国外追放

シャロン政権が始まって以来、十万人の労働者が国外に追放されました。国外追放局が設立されました。最も、移民局という、当り障りのない名前を使っていますが。それが、国のただ1つの失業者削減対策です。もちろん、国外追放は人権の著しく、醜い蹂躙の元に行われます。追放される人の中には、首になった人や、イスラエルに入るのに必要な何千ドルものお金を騙し取るための詐欺にかけられた人たちもいます。

 

以上、国の政策のうちの3つを上げて、イスラエル人労働者が労働市場からはじき出されてしまうのが偶然の産物ではなく、潤滑油のさされた装置の運動によるものだということを示してきました。今日までに2万人の外国人労働者が国外追放されましたが、国内の失業者は増えつづけています。

このような状況では、容易に外国人労働者へ憎しみが向けられます。労働者たち自身が、外国人労働者も彼らと同じく国の政策の犠牲者なのだと理解することがとても重要です。

私は600人の労働者に正規労働者としての仕事を見つけたWACの功績はすばらしいと思いますし、認めてもいます。大変困難な仕事だったことは推察に難くありませんが、これには大海をさじで空けようとするような果てしなさも感じます。お互いを補完する、長期的な行動を考える必要があります。

まず、この状況を作り出している政策を変えるために、WACの活動は政治的・社会的圧力の後ろ盾のあるものでなくてはなりません。また、アラブ人労働者の選択肢を建設業などの肉体労働にとどめるべきではないと思います。この業界に特化してしまうと、活動が脆弱なものになってしまうからです。(記事の最後にコメント−編者)

 

ヨシ・ダーハン

この国で、労働者や彼らの生活を扱っている映画は多くはありません。私が”A Job to Win”を観たのはこれが2回目ですが、一番感動するのはクライマックスの、夜明けに食事を用意しているシーンです。仕事に出かけていくことがどういう意味を持つかを、このシーンはとても人間味に溢れた表情で伝えてくれます。また、あなたからも聞いたように、この映画には別の目的もあると感じます。人々が働きたがらないといううそを、白日の下にさらしているのです。

今ここで、悪夢のような現象が起きています。私たちは、福祉国家への外国人労働者を使った攻撃を見てきました。政府はこう言います。「いったいどこに問題があるのか?ここにX人の失業者と、同人数の外国人労働者がいる。こことあそこを取り替えればいい。オーケストラの椅子を少々動かしさえすれば、完全に秩序は回復する。」

これが偽りであるのは明らかです。映画で示されていたように、雇用主たちはイスラエル人労働者を雇う気が最初からないのです。外国人労働者は、彼らがこれまで見たこともないような当たりくじであり、彼らはそれを手放すつもりはありません。ところで、私たちが作成した「外国人に関するアドバ・レポート」は、たくさんの情報を提供してくれるのですが、その中に「イスラエルの外国人労働者が占める割合は、スウェーデンについで世界第2位」というデータがあります。(アドレアナ・ケンプ博士とリブカ・レイシュマン博士、『イスラエルの外国人労働者』、2003年6月、ヘブライ語)

国の労働力の5分の1から4分の1は、非人間的な状態で雇われ、抵抗力を奪われ、使い物にならない人権の山を与えられた、組織化されていない外国人及び地元の労働者です。この、社会学者が言うところの従属的労働市場の存在下では、マルクス主義者の言葉を借りれば巨大な軍隊が作られています。つまり、人権を奪われた無産階級が無限に増加しているのです。どんな条件でも働く人間からなる軍隊が準備できた瞬間、資本主義者による殺戮の時機が実るのです。

しかしながら、ここで、労働力の輸入を政治的・概念的な面について議論したいと思います。

エラが話してくれた労働者を雇用主に縛り付けるシステムは、他の国にはほとんど存在しません。これは概念的な理由から行われているのです。イスラエル政府は、労働力の輸入に関わりたくなかったのです。それが国の、民族的・シオニスト的性格を損なうのではないかと、非常に懸念していましたし、現在も懸念しています。ドイツのトルコ人のように、ここでも外国人労働者が国の中で小さな民族集団としての地位を得ることになるのではないかと心配していたのです。そんなことになれば、イスラエルのユダヤ人的性格が損なわれてしまいます。このため、政府はできる限り外国人労働者に関わらずに済むように八方手を尽くしました。これが、労働者が雇用主に縛り付けられることいなった背景です。上司が雇用する労働者に関して責任を持ち、まるでモノのように、入ってきたときにチェックし、後で出て行ったのを確かめなければなりません。政府は、わざと全体を曖昧にして、事実が見えないようにしているのです。公式には、労働者の滞在中、上司が責任を持ちます。なぜでしょうか?もし国が責任を持っていたら、ここに来た労働者やその家族は、国に居住者、後には国民としての地位を国に要求することが可能になります。このため、イスラエルは労働者の出身国と協定を結ぶことを拒否しています。また、永住する可能性の少ない国からのみ労働者を受け入れています。

「誰が一番責任が重いか」ということに関して、私はエラとは違った意見です。政府に責任があるのは当然のことですが、政府や政策決定者は資金提供者の言いなりです。よって、外国人労働者問題では、経済面の解決と倫理面の解決はきっても切れない関係にあります。労働法の遵守を強制し、外国人労働者のコストを上げれば、既にイスラエルにきている労働者の状況を改善し、さらなる輸入を止めることができます。このような解決法なら、経済的にも倫理的にも有効、ということになります。


マジダ・ル=クルム村出身のアベッド・アル=マジドの返答

テルアビブ周辺で働くために、今週ここに滞在している、がリラヤからの60人の労働者を代表してお答えします。この事実そのものが、「労働者がいない」という政府の偽りに対する生きた反証になると、私たちは考えています。尊厳を持って仕事をするために、私たちは村と家族を後においてここに来ているのです。

外国人労働者は私たちの敵ではないということを、まず強調したいと思います。彼らは私たちと同じように抑圧されています。同じ輪に巻き込まれたもの同士なのだと感じています。

肉体労働以外の職種にも手を広げるべきだというご意見をいただきました。私は大卒です。1994年に生物学で修士を取得しました。生物学分野で仕事を見つけようとしましたが、全くの無駄でした。そのため、建設現場で働かざるをえなかったのです。アラブの教養人としては落胆せずにいられないことですが、今の私ははしごの一番下で、つまり一番低級な労働者としてしか、働けないようです。私たちは一番低級な建設現場の仕事を求めているだけなのです。これは贅沢な望みでしょうか?

 

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