Challenge No.82(2003年11-12月号)
ジュネーヴ合意:時空を超えて

社説


 

あらゆる公式な政治実体を代表することもないままに、パレスチナ自治政府に近いパレスチナ人らと、イスラエルの左派の一部が、和平合意のための細目にわたるプランに署名を行なった。スイス政府がこの動きを資金面で支援し、その成果は「ジュネーヴ合意」として知られている。イスラエル側の主要な人物はヨッシ・ベイリンであり、彼は以前には労働党の中心的なリーダーであったこともあり、またオスロ合意の立案者でもあった。パレスチナ側のパートナーはヤーセル・アベッド・ラボ、パレスチナ自治政府の前情報相である。

この新合意が両民族の前に初めて示したのは、他者がいつの日か共存するかもしれないと説得されるような和平合意を得るためには、どれだけの対価を支払わねばならないのかという概算である。この新合意はいくつかのタブーを破っている。一部のイスラエル人が、公然とかつ詳細にエルサレムを分割することについて語っていること、一部のパレスチナ人が、難民の帰還権を事実上破棄する合意文書を受け入れようとしていること、など。そして、この合意の提案者がさらに強調しているのは、「イスラエルは(パレスチナ側に)いかなる交渉相手も持っていない」という神話をこの合意が打ち破っているということだ。

こうした主張は、我々が見ていくように、疑わしいものだ。一つ明確な変化と言えるものはこれだろう。シオニスト左派(彼らは、11年前に労働党の影に入り込み、パレスチナ人らをオスロ合意の罠へとそそのかした)が少なくとも独自の立場、彼らとしてはこれまででもっともラディカルな立場を取り、自分たちがパレスチナ人らとの将来の合意においてどこまで進むつもりかを示したということだ。

合意そのものについて言えば、二つの疑問に焦点を絞ることができる。一つは、署名者らが厳密にどこまで《実際に》進むつもりなのか、と、もう一つは、どれだけその合意文書が文脈に照らして適切なのか、ということだ。

事態の急展開は三つの局面で生じている。

(1)占領地:イスラエル側は、《見た目では》土地を奪わないという原則に同意している。実際には交換取引という形で奪っているとしても。つまり、1967年6月4日の(休戦の)境界線を越えては1エーカーたりともイスラエルは土地の併合をしないという原則を取り、(返還しない分については)パレスチナ人に対してはどこか他のイスラエル領の土地でもって補償をするということを意味する。イスラエルに併合される土地は、いくつかのユダヤ人入植地だ。合計するとヨルダン川西岸地区の土地の2.5パーセントに達する。

(2)エルサレム:イスラエル・パレスチナの両方が、アラブ地域はパレスチナ統治、ユダヤ地域はイスラエル統治とするという原則を採用する。旧市街については、ユダヤ人地区と嘆きの壁はイスラエル側とし、その他の三つの地区はパレスチナ側とする。ただし、厳重な国際的監視のもとで。

(3)難民:パレスチナ側は、明示的には難民の帰還権をなしで済ませようとはしていない。つまり、帰還権を放棄しろとは書かれてはいない。しかしながら、この合意が規定しているのは、過去の一切の要求に終止符を打つことである。合意では、帰還が許される難民の数はイスラエル側の同意によると定められている。

展望は明るいように見えるかもしれない。しかし、よくよく考えてみると、我々が疑問に思わざるをえないのは、このフィクションのような交渉事においてイスラエル側を担う人びとの身元である。彼らは《左派》なのだろうか? たしかに左派はパレスチナ人らと同盟を組むべきであり、いまの現実を変えるべく協調をしなければならない。しかし、我々が忘れるべきでないのは、彼らが《シオニスト》左派(自己矛盾をしている表現だが)であるということだ。

この合意は、イスラエルの至上性を自明の公理としている。このことを示す事実は、エルサレム近くの入植地が、1967年以降につくられた郊外地区も含めて、イスラエルの一部として認められるということだ。例えば、エルサレムとヘブロンのあいだに広がるエツィオーン地区のように。だが、自ら原則と認めたものに基づきながら、なぜにフレンチ・ヒル(1967年以降で最初につくられたエルサレム郊外地区)やマアレー・アドゥミーム(西岸地区の中にあるエルサレム郊外地区)がイスラエル側に併合されるというのか? アリエル(ナブルス近く)やキルヤット・アルバア(ヘブロンの隣)のような入植地の場合であれば、それらはイスラエルが征服した土地の上にあると言える。それはイスラエルが「作り出した事実」なのだから。しかし、なぜに左派が、シオニスト左派だとはいえ、それを「既成事実」として受け入れる立場から出発せねばならないのか?

あるいは別の例を見てみよう。パレスチナは軍隊を持たないことになっている。パレスチナの治安は多国籍軍つまり外国人の善意に依存するというのだ。この軍事力という点において均衡を認めるということは、シオニスト左派の交渉者らの持つ考えとはかけ離れたものであった。均衡という観点で言えば、ジュネーヴ合意は、イスラエルとパレスチナのあいだの、あるいはイスラエルとアラブ世界とのあいだの経済的な《不》均衡については取り組んでいない。この不均衡は、持つ者と持たざる者とのあいだの来るべき闘争において中心的な要因になるものであるが、ここでイスラエルは第一世界が第三世界に拡張した例外として自らをさらしている。シオニスト左派がパレスチナを《非武装化》したいのも何ら不思議ではない!

現在の中東における地政学的現実においては、ジュネーヴ合意で定めるパレスチナは、翼のない鳥、哀れで自立できない存在だ。テルアヴィヴに対するヤーファのような。(訳者註:もともとのパレスチナ人の街であったヤーファは、ユダヤ人によって隣につくられた都市テルアヴィヴに飲み込まれてしまい、その一部のようになっている。)

しかし、ジュネーヴ合意に対する我々の批判の主眼は、その内容に対してではなく、むしろそれが公表された文脈に対するものである。ジュネーヴ合意は、時間と空間についてあらゆる関連を欠いている。広報担当が認めるように、この合意はまだ不完全である(例えば、水と経済に関する条文を完成させていない)が、にもかかわらず公表されたのは《公表する緊急な必要性》があったからだと言う。アブ・マーゼンの辞任と《事実上の》ロードマップの崩壊によって空洞になってしまった左派のことを考えれば、この公表の「緊急性」は、立案者らが得ようとしている政治的な配当から生じている。この「空洞」によって、イスラエルは最悪かつ醜悪な状態に置かれている。アメリカによるイラク侵攻はうまくはいっていない。イスラエルがジョージ・ブッシュに賭けたギャンブルでは、孤立を深めるばかりである。指針となるような政治理念もない。パレスチナ人らの上に降り注いだ打撃は、たんにフラストレーションの中へと蹴り込まれただけで、ますます無に帰しているように見える。経済も衰退している。人びとは失業へと沈み込み、他方で社会保障も切られている。アリエル・シャロンはまだ大衆の支持を得ているものの、政府はパレスチナ人に対してだけでなく自国市民に対してもその倫理的な基盤を失っている。

シオニスト左派は、この空洞に向かって仮想の和平案をつくった。もしこれが現状で実現されるチャンスがあるなら、歓迎だ。もしこの合意の署名者らが将来の社会民主主義政党の基本綱領にするというのであれば、それもまた歓迎だ。彼らが有権者に対して、紛争をいかに終結させられると考えているのかを示す権利はあるだろう。彼らはその綱領を投票箱に託して審判を受けることはできる。しかし彼らはそうはしなかった。泥沼の現実につま先すら踏み入れることなく、空中でただ回転しているのである。要するに、いまのところこの合意文書は、現実を変えうる提案というよりも、大衆の前での空中ショー、宣伝行為のように見えるのだ。

ジュネーヴ合意は、両陣営に対して、和平にはいかなるコストが伴うのかという現実的な見解を示すものとされているが、しかし実際には現実を混乱させることにしかなっていない。

(1)パレスチナ側のアリーナ:誰か話をする人は?

パレスチナ自治政府は、空洞の中をよたよたとふらついている。11月4日にアフメド・クレイ(アブ・アラ)首相が続投するかどうかを決断する(訳者註:続投することになった)。もしアラファトがクレイに治安部隊の支配権を実質的に与えなければ、そしてイスラエルがパレスチナ人に対する攻撃を抑制しなければ、クレイは辞任せざるをえないだろう。公然の秘密であるが、内閣の残りのメンバーが総辞職し、カギを占領者イスラエル側に送り返すということもありうるのだ。

MIFTAH(NGO:世界の対話と民主主義を促進するパレスチナ人イニシアティヴ=代表ハナン・アシュラウィ)が異例の記事を、「カオス」という題で10月18日に発表した。そこには次のような記述があった。「我々はいま、占領を解体するのではなく、我々自身の公共団体を、我々の民族を解体しているのだ。究極的には、我々はバラバラに分断された民族と無法・無秩序状態とに至りつくだろうが、しかしなお抵抗を続ける決意は持っている。つまるところは、カオス(混沌)だ。」

パレスチナ人らは、もはや誰が自分らの統治者であるのかを知らない。アラファトか、クレイか、流浪するギャング集団か、イスラエルか。この混乱の真っただ中で、どうやってベイリンと彼のジュネーヴの仲間たちはイスラエル市民らに、「ともに話のできるパートナーがいる」などと言うことができるのだろうか。

この合意は、パレスチナ人の上流階層には反対を受けている。イスラエルに対してもアメリカに対しても穏健派であるナビール・シャアートは、10月25日の『アル・アッヤーム』紙のインタビューで、難民に関する規定を批判している。そして同じく彼が反対しているのは多国籍軍の過剰な利用であり、国境の警備以外には認めるべきではないと主張している。

(2)イスラエル側のアリーナ:内戦の危機

この合意は、大半の入植地の撤去を求める一方で、既存の基本枠組を前提としている。つまり、一方ではパレスチナ自治政府と他方ではリクードないし労働党を。しかし、労働党でさえも入植者らの前ではいつでも弱腰に引き下がっている。たまたまのことではなく、つねにだ。どの政権であろうともイスラエル政府が本気で入植者らを退去させようとすれば、内戦を引き起こすだろう。

だからこそジュネーヴ合意は、現実から乖離している印象を与える。熱狂してこの宣伝カーに飛び乗った人びとは、オスロ合意のとき同様に、膨大な体力と時間を浪費したあげく、みな落胆することになろう。入植地の撤去のための条件としては、ジュネーヴ合意が想定している限定的な枠組みを超えて、諸勢力の《グローバルな》レベルでの配置が大きく変化する必要があろう。

この点に関して我々が言及しておかなければならないのは、ジュネーヴ合意の立案者であるヨッシ・ベイリンが一切の政治的な基盤を持っていないということである。キャンプ・デービッドの破綻の後の労働党内の予備選挙で、ベイリンは選挙リストの中で現実的な地位を勝ち得ることができなかった。こう不思議がる人もあろう。ベイリンや他の署名者らがもし勝利し政府の一部を担ったとしたら、彼らはあえてこの合意を大衆に提起するだろうか、と。政治的責任を持っていないからこそ、ユートピアをぶち上げるのは容易なのだ。

(3)国際社会のアリーナ

ブッシュ政権の中には、熱狂的にアリエル・シャロンを支持する者らがいる。彼らは、パレスチナ人らによるあらゆる反対運動を潰そうとしているのだ。「暴力に対してはいかなる報償もない!」これだけでもって彼らは平和を達成できると信じている。彼らはパレスチナ問題へのアプローチを、中東の他の民族問題に対する姿勢と同じ生地から切り取ってきている。パレスチナ人とイラク人は現在治療中であり、シリアとイランはまだ準備中。しかし、ジュネーヴ合意はこのアプローチには適合していない。一つには、この合意はテロリズムの課題には取り組んでいない。ブッシュ政権は、ロードマップを強く主張しており、その枠組みの中では、パレスチナ人側が武装抵抗をやめるまでは一切の交渉が凍結されることになっている。

 

「ジュネーヴへの長い道」と題された記事(『イディオット・アハロノート』紙10月17日)で、ナーウム・バルネアは、この合意を現実社会に繋げることは困難であると書いている。「この合意の署名者らは、彼らがやり残していたこと(2001年1月のタバ合意のこと)を完成させた。あたかも時間が静止していたかのように。あたかもクリントンがまだホワイトハウスにいて、左派がイスラエル政権を握っており、アラファトが他の政治指導者らと同じような意味でまだ指導者であるかのように。あたかも、この三年間の殺し合いがイスラエル人とパレスチナ人の双方の心情に何ら変化を与えなかったかのように。そしてあたかも、両民族間の合意が真空状態でなされる、つまり感情《ぬきに》、政治《ぬきに》、歴史《ぬきに》合意が可能であるかのように。」

結局のところ、ジュネーヴ合意が拒絶されるのは、その合意が含んでいるものとか除外したもののためではない。それとはまったく異なる理由から拒絶されるのだ。信頼が両民族間で育つには、イスラエルの左派は、イスラエルの至上性という前提条件を捨て去らなければならない。アメリカ帝国主義のプリズムを通して中東を見ることをやめなければならない。そして、むしろこれに反対する世界規模の勢力のプリズムでもって中東を見なければならないのだ。

左派はいったいどれだけこうした変化に近づいているだろうか。『アル・アッヤーム』紙(10月25日)で、ヨッシ・ベイリンはこう書いた。「ジュネーヴ合意はロードマップに取って代わることを意図しているのではない。むしろ正反対に、ロードマップを《完成させる》ものなのだ。」と。

アメリカへのこびへつらいは、まだ続いている。

(早尾貴紀訳)

 

ニュース・トップに戻る